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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

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15


 苺が美味しい季節になった。
 真っ赤に熟れた果実は見た目通りの香りと甘さを持っていて、これはこのまま食べるだけではもったいないぞとエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は思う。せっかくだから、色々な食べ方を試してみたい。
 他にも質の良い果物が手元にあるし、地球にいる執事が送ってきてくれた紅茶もある。
 これを持って人形工房へ行こう。
 クロエはお菓子作りが好きだから、一緒に作る過程も楽しんでくれるだろう。
 苺を差し出した時の彼女の笑顔を想像して、エースはくすっと微笑んだ。


 果たして想像通りの笑顔をクロエは浮かべた。
「わぁ! すごいすごい、りんごよりもずっとまっかね! とってもおいしそう!」
「うん。一粒食べてみたけど、そのままでも十分美味しい逸材だったよ。だから持ってきたんだ。一緒にこれでお菓子を作ろうと思ってね」
「つくるー。きっとすてきなものができるわ!」
「喜んでもらえたようで良かった。そうそう、これもお土産。ガーベラと薔薇とトルコキキョウのプチブーケだよ。それと、梅と桃の花を少し持ってきたから飾らせてね」
 差し出したブーケにも、クロエは表情を輝かせた。気持ちを素直に表に出す子だから、あげる側としても嬉しくなる。
 梅と桃は、細い花瓶に挿した。水を入れて、窓際に飾る。
「温度と水に注意してもらえば結構長く楽しめるよ」
「きをつけるわ。ずっときれいなほうが、おはなもうれしいものね」
「そうだね」
 花といえば、もう少ししたら桜が咲く時期になる。
 その頃になったら、花見に誘ってみようか。きっと彼女は嬉しそうにするだろうから。


 キッチンに立ったのは、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)とクロエ、それからリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)の三人だった。
「きょうはリリアおねぇちゃんもいっしょなのね!」
「ええ。よろしくね、クロエちゃん、エオリア」
「よろしくお願いします」
 エオリアはぺこりとふたりに礼をして、持ってきた材料をテーブルの上に広げた。
「なにをつくるの?」
「苺タルトとケーキを作る予定でいます。他にご希望があれば取り入れますが」
「メシエがあまり甘いお菓子好きじゃないの。甘さ控えめなものも作りたいわ」
「でしたらムースも作りましょうか。クロエちゃん、ゼラチンはありますか? ゼラチンがあれば作れそうなのですが」
「あるわよ。だすわね」
 材料が出揃ったので、三人並んで調理を始めた。
 まずはケーキのスポンジを作り、焼く。これはクロエが手馴れていた。
「ケーキつくるのすきでね。なんどかつくったことがあるの」
「そうなんですか。道理で手際がいい」
「すごいわクロエちゃん、エオリアに褒められるなんて。私なんて、なかなか褒めてもらえないんだから」
「そんなことないですよ。リリアさんも、ずいぶんお菓子作りが上手になりました」
「いいのよ、取ってつけたように褒めなくても」
「本心ですよ」
「わかってるわ、冗談よ。……で、タルト生地ってこれでいいの? 全部自分で作ったのって初めてだから、自信がないのだけど……」
「ええ。見ていましたが大丈夫ですよ。本当に上達しましたね」
 スポンジが焼き終わったので、冷ましがてらタルト生地を焼いた。焼いている間にタルトの中身部分を作り、生地の焼き上がりを待つ。その間、今度はムースの準備に入った。
「……ねえ、こんなに簡単でいいの?」
「ええ」
「これなら私ひとりでも作れそうね」
「ほんとう。おてがるだわ」
 エオリアがふたりに教えたレシピは、本当に簡単なものだ。
 へたを取った苺と水をミキサーに入れてなめらかになるまで攪拌し、鍋に移して火をかける。ここに砂糖を加え、沸騰したら灰汁を引く。次にゼラチンを加え溶かしたら火を止めてボウルに移す。氷水に当てながらとろみがつくまでかき混ぜて、冷えたら七分立ての生クリームを混ぜ合わせる。
「最後に残しておいた生クリームを絞り、切った苺を乗せれば見栄えもいいですよ」
「説明だけで美味しそうだもの」
「はやくたべたい!」
「ですね。……あ、タルト生地が焼けましたね」
 生地を取り出すと、まだ熱いうちに刻んでおいたホワイトチョコを乗せた。タルトの熱でチョコが溶けるので、刷毛で伸ばす。
 冷めるのを待って、デコレーション開始だ。
 用意しておいたカスタードクリームを乗せ、次にホイップした生クリームを乗せる。あとは、苺をたくさん乗せるだけ。
 最後に艶出し用のジャムを塗って完成だ。
 ケーキ用のスポンジも冷めていたので、デコレーションをしていく。
 スポンジを半分に切って、間にホイップした生クリームと苺を挟みスポンジをかぶせる。全体に生クリームを塗って、上部にやはり、苺をたくさん乗せる。
「わ、いい感じだね」
 お茶を淹れるためにキッチンへやってきたエースが、デコレーションの終わったケーキとタルトを見て賞賛の声を上げた。リリアとクロエが得意げな顔をしている。
「そうそう。クロエちゃん、チョコフォンデュ好き?」
「? やったことないわ」
「そうなの? ならちょうどいい、やろうよ。リリアが好きだから持ってきてたんだ」
「エースって本当に、用意がいいわね」
「任せて」
「では、そちらの準備もしましょうか」
 準備が終わる頃にはお茶も入るだろう。
 そうしたら、リンスも誘ってみんなでお茶をしよう。


 完成したケーキを持っていくと、テーブルの上はすっかり片付けられていた。どうやら、作っている間にエースとメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が片付けていたらしい。
「エースはすぐに外に行ったがね。ほら、雪が残っているだろう?」
 メシエが指差した先を見ると、日陰に残った雪が見えた。
「エースの故郷では雪はそう多くないし、綺麗な雪が積もることも少ないそうだよ」
「つまり、はしゃいだのね」
「その通り」
 テーブルの上にある雪うさぎがその結果のようだ。温かい屋内でも溶けずにいられるのは、メシエが氷術で強化しているからだそうだ。
 そんな雪うさぎを真ん中に、テーブルの上にはスイーツが並べられた。ケーキとタルト、チョコフォンデュ一式、それからムースだ。中でもケーキはリリアの自信作である。なぜなら、
「これ。飾り付け綺麗だね」
「本当!?」
 エースの一言に、思わず声が弾んだ。そう、飾り付けを担当したのはリリアなのだ。スライスした苺を花弁に見立てて並べ、花が咲いたような華やかさを演出してみた。花っぽい装飾ならエースに負けないと、彼を唸らせるため頑張ったのであの反応は心から嬉しい。
「ああ。すごく綺麗だ」
「!」
 メシエからの賞賛は、少し予想外だった。てっきり、「へえ」くらいの淡白な反応で終わると思っていただけに、照れる。
「何を真っ赤になっているんだ」
「別にー?」
「私だって、いいもにはいいと言うよ」
「ありがと」
 そうこうしているうちにお茶が並べられ、お茶会のメンバーがテーブルについた。いつしかケーキも切り分けられ、各々の前に置かれる。
 いただこうか、とエースが言って、お茶会が始まった。


「リリアは押しかけ的に契約したんだよね」
 不意に、エースがそう言った。急に何を、とメシエは思ったが、表情には出さないで紅茶を飲む。
「いきなり温室にリリアがいたからさ。で、契約した後みんなに紹介しようとしたら、メシエが怒った口調で『アレはなんだ』ってリリアを指差すし」
 が、さすがにこれには苦い顔になった。それを見て、エースがくすりと笑う。
「メシエって結構昔のことを引きずるタイプなんだな、ってその時すごくわかったよ」
 こちらが憮然とした表情をしていても話を続けるのだから、なかなかいい性格をしている。
「驚いただけだよ」
「そう?」
「ああ」
「じゃあ、そういうことにしておこう」
「…………」
「けど、ふたりが仲良くなって良かったよ。予想以上に仲良くなったみたいだけど」
 先ほどとは質の違う笑みをエースが浮かべる。ちらりと隣のリリアを見ると、リリアは「でしょう?」と微笑み返していた。女性は強い。
「こうやって少しずつ時が流れていくんだね。なんだか感慨深いや」
「ああ……そうだね」
 出会った頃は、今こうして穏やかにみんなでお茶を飲んでいる風景なんて想像もつかなかったのに。
「何が起こるかわからないものだ」


 ケーキがテーブルに並んだ時も、エースたちが出会いの話をしている時も、リンスはどこかぼんやりとした様子だった。
 なんとなく原因を察して、エオリアはそっと口を開く。
「春は別れの季節でもありますが、また新たな出会いももたらしてくれます」
 それが自分に向けられた発言だとしばらく気付かなかったらしく、リンスは数秒黙ってから「え?」と顔を上げた。苦笑いして、エオリアは同じ言葉を繰り返す。
「わかってる。けど」
「ええ。そう簡単に割り切れないのも事実。ですので、無理に元気を出せとは言いません」
 けれども本当に、悲しいことばかりではないのだ。
 それだけは、わかって欲しかった。