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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第1章 消えた部品は誰の手に

「リスクが大きいですし、横流しや転売は考えなくていいと思いますわ」
 数ヶ月前から起きている、イコン部品盗難事件及び投棄鉄材消失事件。その解決を目指し、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)富永 佐那(とみなが・さな)は行動を開始していた。壁に貼られたパラミタ全土の地図には、不規則に画鋲が穿たれている。一見して意図が読めない各地へのマーキングは、事件が発生した場所を示すものだ。
「痕跡を残さないとはいえ、イコン部品なんて製造コードやパーツごとのシリアルナンバーがありますから、公式非公式問わず売買ルートに乗れば即座に判明してしまいますから」
「そうですね。エレナの言うように、盗品が横流しや転売された可能性は極めて少ないでしょう。私もそう見積もっています」
 静かにエレナの話を聞いていた佐那は、地図からは目を離さずに言う。未だにそういった報告が一件も無いということは、犯人が盗んだ部品を手離していないということだろう。
「売買目的ではないとしたら、やはり実用目的でしょうか。盗まれた部品は、犯人の下で使用されている可能性が大きいですね。その筈なのですが……」
 続く言葉を待っているのだろう。地図を見詰めて思案気な表情をしているエレナの隣で、佐那は考える。
「それならば、別に痕跡を残しても問題ない筈ですね」
 部品を使用し、完成する『モノ』が世に潜められるわけもない。後に確実に露見する――露見させる予定であろう『完成品』の為に全ての痕跡を消し去るなど、普通は徒労だと考えるし意味の無いことだ。
 身バレなど今更恐れないし、恐れる必要も無いだろう。
「イコンのような大型兵器に手を出すなど形振り構わない類の手合いでしょうし、その目的も良からぬものであるのでしょう。にも関わらず、それまでの行動を徹底的に秘匿するという意味で……この犯人は慎重の上にも慎重を重ねる、極めて危険な側面を持つ人物であるかもしれませんね。想像出来る豪胆さと同時、その可能性も否定できません」
「……今のところは残念ながら、盗品を使用した結果として皆に役立つものが出来るとも思えませんし、油断は禁物ですわね。質量から見ても……」
 エレナは手元の紙に目を落とす。それは、これまでに確認した盗品についてのリストだった。最初に知るべきは、その種類だ。盗品の種類を纏めてその傾向が判れば、犯人が何を完成させようとしているのかおおよその見当が付くだろう。そう考え、被害先に電話を掛けたり直接赴いたりして地道に調べた結果だ。ニュースは『部品』と伝えるだけでそれ以上の報道はしない。
 そして、外装や内部パーツの名が羅列されるリストの中には攻撃用武装の名も散見された。投棄鉄材に関しては詳細までは判らなかったが、質量だけを考えると巨大兵器ひとつ分を遥かに上回る量が盗まれている。
「このまま犯人が見つからなければ、人々を脅かす存在として完成するのは単一では済まないかもしれませんわ」
 佐那はエレナの話を聞きながらリストと地図を見比べる。このリストは完全なものではない。まだ調査の途中であり、今はその最中での意見交換の時間である。それでも、時系列に沿って調査を進めている以上、盗品とその場所を照合していけば何らかの法則が見つかるかもしれない。
「…………」
 考え込む佐那の前で、エレナは地図に打たれた画鋲同士を糸で繋いでいく。何か浮かび上がるかと思ったが。
「……どうも、よく分かりませんわね。何度か同じ場所に盗みに入ったりもしているようですし……」
 糸を切って仕舞うと、エレナはこちらに向き直った。目が合ったところで、佐那が言う。
「残りの盗品を調べて、盗まれていない必要パーツを絞ってみましょう。イコンパーツなんかは、その中枢になる物が多い割に代用が利かないものが多いので、それを逆手に取れば犯人をおびき出す事もできます」
『――今日の午前6時頃、蒼空学園内で盗難事件が発生しました。盗難物はイコン部品と同等の大きさで、保管物として格納されていたようです――』
「……またですか」
 ふと耳に届いたラジオのニュースに、佐那は眉を顰める。
 それから、地図上の蒼空学園のある場所に、新たに画鋲を差し込んだ。

              ⇔

「……まあ、この状況じゃあいつ盗まれてもおかしくなかったわよね。私も暫く忘れていたし……」
 ピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)との通話を終えた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は、空京の別宅にて息を吐いた。ソファに腰を沈めた彼女の膝には、娘の陽菜が座っている。契約者ではない陽菜は、空京以外では暮らせない。その為、ツァンダの家では今、複数の結界装置設置等の改築が行われている。作業が完了すれば、敷地内では結界装置の有無を気にすることなく過ごすことができる。工事が終わる4月末まで、3人は空京に滞在する予定だ。
「偶然なんでしょうか。それとも……」
「分からないわね。立て続けに大型の部品が盗まれている中での事だし、偶然と考えるのが自然でしょうけど。模倣犯という可能性もあるけど、あれだけの物を盗むのに痕跡を全く残さないというのは難しいわ」
 少し心配そうな御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に、環菜は考えを纏めつつ話をする。
「……同一犯、ということですね」
「何にせよ、ね。それに、真相がどうであれ良い気はしないわ」
 環菜の言葉を聞きながら、陽太は数年前、地下で見た巨大機晶姫を思い出していた。今回盗まれた左足――正しくは『つま先』は、ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)と関係の深いその機晶姫の一部だった。破壊された機体の中で、唯一残った、無傷の部位。
 その時、呼び鈴が鳴り、インターフォンで来客を確認した陽太は2人を迎えに出た。
 2人とは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)である。

 用向きを聞くと、環菜は蒼空学園で盗難が起きた時の様子を説明した。その後、過度に深刻ぶらずに淡々と言う。
「大したことじゃないわ。偶々巻き込まれただけでしょう。あなた達が気にするのは分からないでもないけれど」
 そうして、厳しい目をレン達に向ける。あの時、巨大機晶姫を破壊したのはこの2人だ。全ては終わった事であり、環菜自身、記憶の片隅に僅かに残していただけだった。しかし、彼等の行為は無かった事にはならない。当時彼女が口にした、許されることじゃないという考えは、変わっていない。
「…………」
 正面から環菜の視線を受け止めるレンの隣で、メティスが哀しげに目を伏せる。左足が盗まれたと知った時の彼女の表情を思い出しながら、その時の気持ちを代弁するように、レンは言う。
「……正直、驚いている」
 それは、彼の率直な意見でもあった。
「今の世の中、あのパーツを盗む必要性がどれだけあるのかを考えると、全くのゼロに近い。当時はあれだけのサイズの機晶姫など存在しなかった為に研究する価値はあった。だが、今は同様のサイズのイコンが出回っている。盗みというリスクを犯してまで手に入れる必要性がない。御神楽の言う通り、偶々巻き込まれたのならパーツの持つ背景は問題ではないのかもしれないが……」
「……それに、使用予定もなくてただ保管していたものだから、盗まれてもそう痛手ではないし」
 学園側から見れば、の話だけどと環菜は付け足す。あれから、校長も2回変わった。彼女が関わらなくなった蒼空学園にとっては尚更に重要事項ではないだろう。2重の意味で、過去の遺物だ。ただ、泥棒に入られた事が問題なだけで。
「もしかして、偶然ではないと思っているんですか?」
「そうだな。この件には何か……『悪意』があるような気がする」
 話に引っ掛かりを感じた陽太の問いに、後半に若干の強調を込めてレンは答える。抵抗無く言葉にするのは難しいそれを聞いて、夫婦の集中力は否応無く上がった。
「……悪意?」
「悪意……ですか?」
 緊張の増した空気の中、陽菜だけがいつもと変わらない声を上げる。
「メッセージみたいなものだ。犯人が、もしファーシー達の事を知っているのであれば……明確な悪意を持って、意図した上であの機晶姫の左足を盗んだ」
 そして、暗に伝えようとしているのかもしれない。
「『この一連の盗難事件は全てお前達に向けてのものだ』――と」
「…………」
 室内に、沈黙が落ちる。思い過ごしだろう、と環菜は一蹴しなかった。陽太もまた、考え過ぎだと場を和ませることができなかった。多少なりとも同じような“予感”を、2人も持っていたからだ。自分達以外からも類似した話を聞くと、偶然、という説がただの希望的観測に思えてくる。
「他の盗まれたパーツや鉄材を組み合わせて、犯人が何を造ろうとしているかはまだ判らない。だが、それが最終的にファーシー達に向けられる可能性は高いと見て良いだろう」
「報道では盗難物の詳細までは報じられていませんでしたが、ファーシーさん達にも伝えておいた方が良いと思います。特に、ファーシーさんとアクアさんにとっては……仲間の一部、のようなものですから」
 レンに続き、どこか沈痛な面持ちでメティスが言う。彼女に一瞬だけ目を遣ってから、環菜は言った。
「私もそう思って連絡したんだけど……ファーシーはアルバイト中だそうよ。電話に出たピノちゃんが言ってたわ」
 それから、何故ピノが? という顔になったレン達に子守の為に家に居たのだと付け加える。ラス・リージュン(らす・りーじゅん)フィアレフト・キャッツ・デルライド(ふぃあれふと・きゃっつでるらいど)が一緒であることも合わせて話した。
「そうですか……。それでは、ファーシーさんの家に行ってみましょう」
「待っていれば帰ってくるだろうしな。ラス達にも心当たりを聞いてみよう」
 メティスとレンは腰を上げ、玄関に向かう。環菜と陽太も立ち上がる。環菜の方は、何か言い残した事があったようでその為に送りに出てきたようでもあったが。
「話してくれて、本当にありがとうございます」
「ああ、助かった」
 礼を言うメティス達に対し、環菜は娘をあやしながら簡単に答えた。
「必要だと判断したから話しただけよ。……確か、ルミーナが今日ファーシーの家に行くと言っていたわ。会ったら、左足の件、伝えてくれる?」