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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第31章 死亡フラグに立ち向かいましょう

『……私達も手伝うわ』
 ルカルカが覚に申し出たのは、デパートで事件が起こる前の事だった。2月の5日を過ぎていたと思う。たまたまラスと会う機会があった彼女は、いつもと何か様子が違う彼に何かあったのかと訊ねかけ、その話の中でフィアレフトと満月――実際はもう1人の未来人としか聞いていないが――の未来でリンがどのような行為に走ったのかを知ったのだ。ラスにはそれ以外にテコでも話したくないことがあったらしく、彼の中で重要度2番目以下に位置していた家族に関することは比較的詳しく聞くことができた。
 正直、最初に『リンに話をしに行って殺された』と聞いた時は肝が冷える思いだった。
 ルカルカが覚に『ラスに母親を返してあげてください』と言ったのはもう一月前だ。彼は、覚えておく、としか答えなかったが1人で話しに行くようにと談判した彼女の言葉を受けてそれを実行に移していたら――
 だが、ラスから覚は生きていると聞き、安心した。同時に、彼女は新たな希望を抱いた。防御することで得る希望ではなく、攻めることで得る希望だ。
 ラスと別れた後、すぐに覚に連絡を取った。そして、まだ沖縄に居るという彼にリンの話を切り出そうとした矢先、報告がある、と前置きされて今回のフランス行きを知ったのだ。
 彼に、再度同じ説得をしようとしていたルカルカにそれを止める理由はどこにもない。協力を申し出て、待ち合わせてから病院へ行くことを約束し――今日。
(万難を排してリンの心を現実に戻す……。それは、サトリや私の希望……!)
 未来の悲劇を“今”変えるのだ。注意深く。
「あれ? あれって、サトリよね。寝てる……?」
「待ちくたびれて眠ってしまった……という訳でもないだろうな。この時間じゃ」
 時刻を見てダリルが言い、ルカルカも時計を確認する。まだ、待ち合わせの10分前だ。この厳寒の中、30分とかそれ以上前から来ていたとも思えないし、普通に考えれば待ちくたびれて寝る時間では全く無い。
「どうしたのかな。! まさか……」
 頭をかっくりと落とし込んで動かない覚に駆け寄る。呼吸を確認すると、やはり寝ているだけでほっとした。
「良かった。とりあえず起こさないと……サトリ、サトリ、起きて」
 だが、いくら声を掛けても覚は起きる気配を見せなかった。
(……どれだけ熟睡しているのか……)
 ダリルがそう思いつつ見守る前で、「…………」と何かを考えていたルカルカは、試しにという感じでむにーと覚の頬を引っ張り始めた。どの程度の痛みだったのかは想像する他になかったが、そこそこには痛かったらしい。
「いててててててっ! 何すん……何だ、君か」
 若干、素を覗かせて覚は目覚めた。やれやれと苦笑を零しながら、ダリルは言う。
「たんぽぽ頭がすまないな。大丈夫か?」
「ああ……幸い今日は気温が低いからな。外気が湿布代わりになるだろう」
 頬をさする覚に、「そんなに強くしてないんだけどなあ」とルカルカはおかしいな、という顔をした。
「何かあったの?」
「? いや、何も……しかし何だ、やけに眠いな」
 頬に続いて、彼が顔をこすっていると病院棟の方から声が聞こえた。
「よく寝てるので、起こさないように注意してくださいね」
 見ると、望が紺のブレザーを着た男性を連れてこちらに来ているところだった。望は起きている覚とルカルカ達に気付くと「あら」と呟いて男性を振り返った。「すみません、やっぱりキャンセルさせてください」と言ってチップを渡す。
「起きてしまったんですね」
 3人の所まで歩いてきた望は、仕方無い、というように息を吐いた。
「君は……望さんだったかな。何でこんな所に……偶然にも程がある気がするが」
「フランスで見かけたのは偶然ですが、ここにいるのは偶然じゃありませんよ。サトリ様、リン様に会うつもりですよね」
「つもりではなく、その為に来たんだ」
「…………」
 十数秒の間、望は考え、それからおもむろに口を開いた。
「ただのお見舞いでしたら構いませんが……その場合は、ピノ様のことは口を滑らせないようにお願いしますね。ああ、どちらのピノ様についてもですが」
「ピノとピノちゃんの事を? ……ああいや、今日はその事を話しに来たんだ。だから、それはちょっと難しいが……でも、何でそんなことを?」
「それは……」
「予言があったのよ」
 事情を説明すべきか一瞬迷った間に、ルカルカが先に覚に言う。「予言……?」と眉を顰める彼に、彼女は未来からきた少女がいること、その少女が告げた『事実』について、そこから考えられる危険性について語り始めた。

「……そうか。それは実際に起こった『過去』なんだな……つまり、このまま俺がリンに話をしに行けば、死ぬかもしれないと……」
 全てを把握して笑みを消した覚に、ルカルカは頷く。
「……認めたくない現実を知った時に、リンが破壊衝動に身を委ねる可能性もあるわ」
 膝の上で両手を組み、覚は考えた。何とか表情に出すことは堪えていたが、話を聞き、彼は衝撃と共に胃に鉛が落ち込んだような感覚を味わっていた。死への恐怖が、じわじわと心を支配していく。抱いていた決意は殆ど萎んでしまったといってもいいだろう。
 止めたい。止めてすぐにでも帰りたい、と本気で感じた。即座にそう口にも出しかけた。だが、いざ言おうとすると踏み切れなかった。
 リンを必ず元に戻すという気持ちも、どれだけ酷い醜態を見せられようと殴られようと引かない覚悟を抱いていたのも、自分の死が想像の埒外にあったからだ。『生』を疑わなかったからこそ、そこまでしようと思えたのだ。
「…………」
 先程、ラスに言った台詞を思い出す。あいつは止めようとしていたようだが――そしてその理由も今なら解るが――そんな事は関係ない。あれだけの事を言って、のこのこと何もせず敵前逃亡(妻は敵ではないが)するというのは、息子を裏切るような気分だった。会わずに帰っても、彼は怒らないどころ安心するだろう。
 だが、それでも――
 そこまで考えた時に、覚の意思は固まった。
「ルカルカさんは、俺を止めに来たんだな。ありがとう、でも……」
「違うわ。止めようなんて思ってない」
 1人でリンに話をするという選択肢を覚に与えたのは彼女だ。だが、それは結果を知らなかったからこそ言えたことで、知ってしまえばむしろ止めるのは当然だろう。そう思い、でも帰る気はないと言いかけたところでのその言葉に、覚は驚いた。
 ぽかんとした彼と、そして望にルカルカは言う。
「リンの記憶は『今戻し』、彼女を落ち着かせて心の病も治すわ」
「……ですが……サトリ様、リン様に話をしようとしたことはこれが初めてではないのでは?」
 望に聞かれ、覚は「ん?」と彼女を見てから「ああそうだ」と答えを返した。
「ここ何年かは様子を見ていたが……ピノが死んで暫くは、何とか死を受け入れてもらおうとよく話そうとしていたよ。その場にラスがいたこともあったな。けど、話を始めた時点で錯乱してどうしようもなくなるんだ。何かのリミッターが外れるんだろうな。男2人がかりでも、抑えられた頃にはいつも家の中が滅茶苦茶だった」
 暫く、その場に沈黙が落ちた。充分に考える時間を経てから、望は言う。
「それが、今回に限って成功するなどという都合の良いことが起きるとは……考えにくいと思います」
「だけど、『予言』にあったのは2月じゃないわ」
 そこでルカルカは口を挟んだ。彼女も何も考えず、当たって砕けろ精神でここまで来たわけではない。
「万全の防御と対策を取った上で、予定より早い、今の時点で記憶を戻してしまえばラスもサトリも死なずに済むわ。だって、予言だと今年の後半だもの。予言を逆手に取るのよ!」
 力強く、覚を励ますように鼓舞するように、ルカルカは言い切った。
「未来は絶対じゃないわ。変える事が出来るの。消極的に守るのではなく、積極的にプラスの方向に動かすのよ。未来を知ったからこそ、一歩前に進めるの。だから今日、ここに来たその選択を正しい事だと信じて進みましょう」
 幸せになろうとする渇望に嘘はつけない。その思いが篭った言葉を聞き終わり、覚は真剣な表情で彼女に訊いた。
「万全の防御と対策って言ったが、具体的にはどうするつもりなんだ? それを聞かせてくれないか」
「……そうだな。まず、凶器についてだが……」
 それについてはダリルが引き継ぎ、計画を一つ一つ説明していく。2人が用意してきた『対策』は数多く、スキルやパラミタの事情に明るくない覚が理解するまでにはそれなりの時間が掛かった。
「あ、そうそう、リンはESP能力みたいなのは持ってるの?」
「ESP……超能力のことか? ……ああ、それなら念力、というのかな? それが使えるな。おかげで、いつもガラスが粉々になって大変なんだ。ラスには遺伝しなかったようだが……ピノは、簡単な超能力なら使えたよ」
「……ガラスが粉々……契約者の使うサイコキネシスより強力そうだな」
 ダリルがサイコキネシスの効果を説明すると、覚は「そうだな」と頷いた。
「それの何倍も、下手したら10倍くらい強いかもしれないな。直接物を投げたり壊したりの被害よりもこっちの被害の方が多いだろう」
 ノーンからのテレパシーが届いたのは、彼がそう説明していた時だった。

 空京を発った乙琴音ライダーは、雲海を抜けて地球上に降下すると一気に欧州まで辿り着いた。空港を通過し、近くに建つ総合病院も通過し、目的地である、一見マンションにしか見えない病院の近くに着地する。
「ありがとうおねーちゃん!」
「気をつけてくださいね」
 陽太が活動資金を渡していたのは見ていたし、言葉に関しても覚と合流すれば心配は要らないだろう。 ノーンを降ろし、一応安心してコクピットをゆっくり閉める。そして、エリシアはすぐに高空までイコンを上昇させた。緊急事態ということであえて気にしなかったが、ここに来るまでに複数の国の領空侵犯をしてしまっている。長く地球にいるとあらぬ喧騒を招きかねない、と、再び機体を発進させた。間もなく最高速度に達したその姿は、あっという間にノーンの視界から消えていった。
「わたしも行かなきゃ!」
 歩き出しつつ、到着を覚に報告しようとテレパシーを使う。
(サトリさん! ノーンだよ、今、病院までついたよ! ……あ、びっくりしちゃった? えっとね、これはテレパシーっていってね!)
(て、テレパシー? こ、これがそうなのか。びっくりなんてものじゃなく驚いたが……ああ、病院の正面入口から入れば俺達の姿が見えるから、そこまで来れるか?)
(うん! 行ってみるよ!)