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過去から未来に繋ぐために

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9章 明日を切り開く剣


 魂剛を駆る紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は、サイクラノーシュの左肩に肉薄していた。
 神武刀・布都御霊を振るい、無機的装甲を斬り裂いていく。しかし大廃都を覆う時間乱動現象が、双方に理不尽な影響をもたらした。
 今し方斬り裂かれたばかりのサイクラノーシュの装甲がたちまち再生し、対して、魂剛が急激に老朽化していった。
「エネルギー急速減少中! いかん、このままでは保たんぞ!」
 エクスが警告を発する。朽ちゆく魂剛のジェネレーターとコンデンサが破損し、エネルギーゲージが加速度的に0に近付いていった。
 とどめとばかりに、魂剛の両腕が原子単位にまで分解された。急激な老朽化に伴う現象だ。
 森羅万象、いつかは終わりが来る。時間乱動現象は万物を終焉に向かわせる。両腕を失った魂剛の足下に神武刀・布都御霊が落下し、サイクラノーシュの左肩に突き刺さる。
 老朽化はそれだけに留まらず、魂剛のコクピットをも侵食し始めた。内部機器に苔と蔓が繁殖し、モニターとコンソールがひび割れ、朽ちていく。
「畜生っ……! もう駄目だってのか……!」
 幾ら何でもこんな終わり方は理不尽すぎる。無慈悲すぎる。
 唯斗が拳を震わせコンソールを叩いた瞬間、僅かに生き残っていた一部の機器が巽のメッセージを受信した。
『これ……より……我は……ジェネレーターに……突っ込……む……』
 ノイズまみれで不明瞭だったが、確かに巽の言葉は唯斗に届いた。
 唯斗は自嘲気味に笑った。
「突っ込むんだってよ」
「そのようだのう。――このままで良いのか、唯斗よ」
 エクスの問いかけに、唯斗は拳を握った。
「このままでいい訳が……無いだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 思い切りコンソールを殴り付けた瞬間。
 虹色の泡が、魂剛を包んだ。


■再現された過去■


『――騎馬武者……だというのですか……!?』
 ノイズ混じりで、顔の見えない誰かの愛機。その【彼女】の愛馬に跨り、騎馬武者となった魂剛に“鼬”が告げる。
『……確かに雄々しい姿ですが、貴方に武器はもうない』
 確かにその通りだ。だが、唯斗は動じなかった。
「ハイナ、聞こえているか? そこは鬼鎧の整備施設。ゆえに、そこには間違いなくある筈。今ここで、野太刀を出してくれ!」
『で、でも……あれは鬼鎧サイズでは扱うのが難しいでありんすよ。ましてやエネルギー残量が万全ではない今の魂剛では……』
 躊躇うハイナに、唯斗は一切の躊躇なく告げた。
『心配無用! 今の魂剛は単騎で万全の状態にも勝る! 既に選択の余地も是非も無い――頼む!』
『……了解したでありんすよ!』
 施設全体が激しい稼働音を立てた。巨大なチェーンが巻き取られ、リフトに乗った何かが凄まじい速度で迫り上がってくる。
 魂剛の視線の先――施設の搬入口にリフトが衝突するかの如く姿を現し、積荷を放り投げた。
 積荷の正体は、鬼鎧の一般的な武器である鬼刀。ただし、普通の物よりも遥かにサイズが大きい。
 ――ジェネレーター全開。各部から余剰エネルギーを放出しながら、地面に突き立った野太刀を魂剛が引き抜く。
 重い。重すぎる。その重量は、魂剛でさえも支えきれるかどうか。
 少しでも集中を乱せば、魂剛はたちまち落馬するだろう。
 だが、それだけの価値はある。この刀は……ハイナが託してくれた物だ。
 だったら、やるしかないだろう。
『“鼬”。今一度、尋常に勝負――』
 “鼬”に通信メッセージを送ってから、唯斗は【彼女】に語りかけた。
『さあ征くぞ。我が友よ――』
『おう! 見せてやろうぜ! この姿になった俺達の愛機の力を――』
 唯斗と【彼女】は雄叫びを上げる。魂より噴出する叫びを、機体に託す。
『今こそ名乗ろう――』
『――我らが名は』
 一心同体となった唯斗と【彼女】が宣言する。
 そう。彼らの名は――



『――騎神剣帝!』





■現在■


 己の過去を垣間見た唯斗の意識が現在に戻る。
 唯斗は笑った。なぜだか分からないが、無性に笑いたい気分だった。
「――俺は! 俺の護りたいと思う奴を護り、救いたいと思う奴を救う!」
 その気持ちに嘘は無い。護りたいものは何だって救う。救いたい奴は何だって救う。それが唯斗だ。それが……唯斗の生き様だ!
 魂剛は最後のエネルギーを振り絞り、跳躍した。暗雲に手を伸ばし、その名を叫ぶ。
「――来い、イコンホースッ!」
 雲の谷間より現れた【イコンホース】に跨り、魂剛が騎馬武者形態に生まれ変わった。
 新たに生まれた虹色の泡が時を逆転させ、魂剛の老朽化を逆方向に進行させる。
 ――即ち。
「エネルギー残量、5%から急速上昇――100%! 全破損部位、回復!!」
 原子単位まで分解されたはずの両腕が元通りに再生し、朽ち果てた装甲が新品同様に生まれ変わった。コクピット内を覆う苔と蔦が消え失せ、モニターとコンソールが完全に復旧した。
 暗く濁る空に青白い稲妻が迸り、魂剛の再誕を祝福する――。
「――仕掛けるぞ、エクス!」
「良かろう!」
 過去よりもたらされた高揚感をそっくりそのまま引き継ぎ、唯斗/エクス/魂剛が空を駆ける。
 迫り来るブラックナイトの数々を縦横無尽に駆け巡って回避し、神武刀・布都御霊を超大型剣に変化させる。
「――俺たちは!」
「――妾たちは!」
 風を切って走る唯斗/エクス/魂剛が神武刀・布都御霊を振りかぶった。


「「――明日を切り開く剣であるッ!!」」







 サイクラノーシュの左肩のジェネレーターが、両断された。