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2024年ジューンブライド

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2024年ジューンブライド
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リアクション

 アルクラントとシルフィアが執り行う式が、ついに始まった。
「新郎新婦、入場です」
 エメリアーヌが声をかけると、列席者たちが一気に扉の方を見て歓声を上げた。
 扉が開いて、緊張と幸せの入り交じった表情のアルクラントとシルフィアが入場してくる。
「マスターもシルフィアも幸せそうだなー。ちょっと、寂しい気はするけど」
 ペトラの隣には居候中の家出犬、ポチの助がちょこんと座って、二人を見つめている。
「ポチも、憧れる? 僕もね、やっぱり憧れるかな」
 ペトラはシルフィアのドレス姿を見つめて、微笑んだ。
「フード……あ、もし着る事があったらヴェールか。それは、外せないのかもしれないけれど」
「シルフィアちゃんの衣装、綺麗で似合ってますねぇ。うっとりしちゃいますですぅ」
 ヴィサニシア・アルバイン(びさにしあ・あるばいん)が、シルフィアのドレス姿を見て思わず溜め息を零す。
「ほーう。尻尾男がとうとう年貢の納め時とな」
 ンガイ・ウッド(んがい・うっど)は身を乗り出して、アルクラントたちを見た。
「いつぞやはスケコマシだなんだと言われていたような気がする様なしない様な気がするが、とうとう腹を据えたわけだな!
 盾女も報われたな。良きかな、良きかな」
「とうとう、というかやっと、というか結婚するのか、あの二人」
 緋菜たちと同じようなことを、玖純 飛都(くすみ・ひさと)が呟いた。
「……思えばいろんな事があったな……」
 呟いてから、飛都は脳裏にアルクラントとシルフィアの姿を浮かべた。
 飛都がアルクラントたちに出会った頃には、いつ結婚してもおかしくないような既に既婚者のような雰囲気があった二人。
(それが却って踏み切れない要素になったのかもしれない。ま、ジェニアスさんがヘタレという説もあるけど)
 推測を繰り広げる飛都の脳内などつゆ知らず、アルクラントたちは参列者たちの間を歩いていく。
「あと、花嫁が酔っ払って温泉で花婿に迫ってそれをすっかり忘れてたとか、あれとかこれとか……いろいろあったなあ」
 と、飛都が一人で思い出にふけっていると、隣の矢代 月視(やしろ・つくみ)に小突かれる。
「……あの、こういう時は自分の事にも思いを馳せてもいいんじゃないでしょうか? 君だって世間で言うところのお年頃なんですが?」
 月視が説教を始めようとしたタイミングで、アルクラントたちが二人の隣を通った。
「おめでとう!」
「おめでとうございます。お幸せに」
 飛都と月視は、アルクラントたちに拍手と祝福の言葉を贈る。
 また、列席しているコミュニティの仲間たちも、アルクラントとシルフィアの結婚を口々に祝った。
 程なくして、エメリアーヌの進行で誓いの言葉に移った。
「私、アルクラント・ジェニアスは、シルフィア・レーンを妻とし、共に歩む事を誓う」
「私、シルフィア・レーンは、アルクラント・ジェニアスを夫とし、生涯隣を歩き続けることを誓います」
 アルクラントとシルフィアの誓いの言葉に、参列者たちは聞き入った。
「では、指輪の交換を」
 エメリアーヌに促されて、アルクラントとシルフィアは向き合う。
 アルクラントとシルフィアの結婚指輪はピンクゴールドのシンプルなものだ。
 二人の薬指に指輪が光る。……指輪の交換が終われば。
「それでは、誓いのキスを」
(堂々と……)
 式場に入る前に交わした言葉を思い出して、アルクラントとシルフィアは見つめ合う。
 二人が口付けをすると、式場全体から祝福の歓声と拍手が沸き上がったのだった。

 そのまま続けて、披露宴に移る。アルクラントが最初に、スピーチを行うことになっていた。
「私達がここまで来れたのも、皆のおかげだ。ここにはいない人もいるが……彼らも、きっと私達の事を祝ってくれていると信じている」
 会場全体を見回して、アルクラントは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「長い挨拶はやめにしようか。久しぶりに私達の為に集まってくれたんだ。積もる話もいっぱいある。ここから先は、大いに食べて、飲んで語ろうじゃないか」
 乾杯の音頭が取られると、一層会場内は沸き立った。
「本当にありがとう。今日は、本当に素敵な日だ」
 集まってきてくれた皆のテーブルを回りながら、アルクラントはシルフィアに微笑みかける。
「本当に、本当にステキな日。私は一生、この日の事を忘れないよ」
 さて、まずアルクラントたちが訪れた飛都と月視のテーブルでは。
「16で恋人どころか恋愛に関心皆無とは……一時はもしかしたらって時もあったのに……」
 わざとらしく嘆く月視。先ほどアルクラントたちが入場してきた時の続きの話をしていたらしい。
「いいじゃないか。素敵な思い出は未来を支えてくれる」
 大きな事件に関わったことだけでなく、そんなちょっと恥ずかしい、飾らない思い出もまた。
 そう言って、飛都は笑った。
「恥だって、ここまで来たらもう笑い話。いや、元々笑い話か」
「そういうことだけじゃありません」
 苦笑する月視を背に、飛都はアルクラントたちに向き合った。
「ま、お二人の門出ですから野暮は……」
「おめでとう、これからもお幸せに」
 そう言って飛都は、何やらメモリを手渡した。
「これは……?」
「て、何の記録を作ってるんですか、君は」
「まあ、後で見てくれ」
 次にアルクラントたちが回ってきたのは、ペトラとエメリアーヌ、ポチのテーブルだ。
 三人とも、周囲の皆と談笑しつつ、食事を楽しんでいる。
「凄くかっこ良かったし、綺麗だったよ!」
 ペトラは、アルクラントとシルフィアに笑顔を向けた。
「マスター、シルフィア、お幸せに、ね!」
 司会進行の役目をひとまず終えたエメリアーヌも、一息つけたようだ。
「ま、幸せにやんなさいよ。あんた達の心が導くままに。アルク、シルフィア」
 エメリアーヌが微笑むと、隣のテーブルからンガイが身を乗り出した。
「……ところで養子を引き取ると聞いたのだが、結婚前から子持ちか、大変だな」
 アルクラントは、白い壁の内側で、アルクラントとシルフィアの婚約を祝ってくれた「友達」のことを想う。
 いつか、彼女も一緒に暮らせる日が来たら。そんな幸せな未来を信じて、アルクラントは頷いた。
「子守が欲しければいつでも言うが良いぞ! もふもふさせてやらんでもない!」
「ありがとう。時が来たら、もふもふさせてもらうよ」
 アルクラントたちの元に、ヴィサニシアも顔を出す。
「今日は本当におめでとうございますぅ?。今までいろいろとお世話になって?。ありがたいことですぅ?」
「私たちの方こそ、お礼を言わせてもらうわ。それに、何よりこうして結婚式にも来てもらえて嬉しい」
「二人ならうまくやっていけると確信しますですぅ〜〜」
 ヴィサニシアの言葉に、ンガイは大仰に頷いた。
「ふむ、思えばそなたらとも長い付き合いになったものだ。もっとも、より長く付き合ってきた筈の我がエージェントは、今も行方知れずだがな」
 我らがこうして健常であるからして、生きている事は間違いないのであろうが。と、ンガイは付け足した。
「心配じゃないのか?」
「心配ではある。見よ、我が毛並みの艶やかさが失われているであろう? トリーマーの如き我がエージェントの手並みが失われた事は、誠に残念なことだ」
 ンガイは真剣な瞳で、アルクラントとシルフィアを見つめた。
「……だがまぁ、生きている限り希望はある。そうであろう?」
「ああ、そうだね」
 アルクラントはシルフィアを見つめた。
「私達は、私達の行くべき道を行く。これからずっと、一緒にね」
「アル君に出会えて、皆に出会えて、こうして祝ってもらえて……本当に、幸せ」
「世界は、素敵で満ちている。世界、素敵、発見、だな」

 皆への挨拶を終えて、披露宴も終わりに近付いた。
 最後のイベント、ブーケトスが残っている。
「じゃあ、ブーケトス、行くよー!」
 シルフィアがブーケを構えると、ンガイが身を乗り出してブーケを見た。
「ブーケトスか。こうして間近で見るのは初めて……」
「えいっ」
 勢い良く放り投げられたブーケ。……ひらひら、と、ブーケをまとめるリボンが空に棚引いた。
「あ、ああっ!」
 猫の本能なのか、ンガイがリボンに釣られてジャンプしてしまったのだ。
「身体が勝手に動く、ひらひらにゃあぁぁーぁぁぁあああああぁぁぁ……」
「……あれ、シロちゃん?」
 ブーケとともに空を飛ぶンガイに、会場はどよめきに包まれた。
「嗚呼……我がエージェントの『相変わらずだなぁ』って声が聞こえるようである……空が眩しいぜ」
 緋菜と碧葉は、そんな様子を微笑ましく見守っている。
「……あたいにも、いつかはこんな時が来るんでしょうかねぇ」
 ヴィサニシアは、しみじみと呟いた。
 アルクラントとシルフィアは思わぬハプニングに顔を見合わせて、笑った。 
「この幸せ、必ず護って見せるから。二人で、ね」


 さて、これで本当に全てが終わった。
「本当に……今まで色々あったんですね……」
 帰り道、どこか遠くを見るように他人事のように呟く碧葉。
「そうね……私達は……あんまり実感沸かないわね……」
 懐かしむような声の緋菜、どこか他人事のような言い方だ。
「気付けば何か始まって……もう終わってたりね……忙しないったらないわ……」
「毎日が楽しいと……こういう事って中々気付かないものなんですね……」
 碧葉に微笑みかけられて、緋菜はくすりと笑う。
「いいんじゃない……私達は私達なんだしさ……」
 緋菜はそっと碧葉にくっついて腕を組む。
 突然のことに慌て、少し恥ずかしげな碧葉に緋菜は悪戯っぽく笑い掛ける。
「私達はきっとずっとこのままよ……」
「……もう」
 愛おしげに呟く緋菜。碧葉は顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。
 今日の式に参加した皆は、アルクラントたちから幸せを貰って帰ったのだった。