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ハードコアフェスティバル

リアクション公開中!

ハードコアフェスティバル

リアクション

――インターバルが終わり、会場が暗くなり次の選手が花道に姿を現す……筈である。
 だが誰も姿を現さず、一体何事かと観客は勿論、スタッフもざわめきだす。

「スミスミスミ〜!」

 突如、ざわめきをかき消すような声が上がるとコーナー上に忍者超人 オクトパスマン(にんじゃちょうじん・おくとぱすまん)が姿を現した。
 その手には【赤き死のマント】が握られていた。これを纏い、誰にも気づかれることなくリングへと上がっていたのであった。
「油断してるんじゃねぇーッ!」
 コーナーから飛び降りるなり、オクトパスマンは【テンタクルスティンガー】を翼へと振るう。
 咄嗟の事に対応が一瞬遅れたが、切っ先を何とか躱すが掠って皮膚が切れる。更に体勢を崩して倒れてしまう。
「流石とでも言うべきか。だが躱す事なんざ予想済みだぜぇッ!」
 オクトパスマンは粉の様な物を倒れた翼へと投げつける。
 咄嗟に手でガードするが、その様を見てオクトパスマンが厭らしい笑みを浮かべる。
「さぁて、どのくらいで回り始めるかなぁ?」
 オクトパスマンがそう言うと、翼が動きを止める。それを見て更に嬉しそうにオクトパスマンは笑う。
「スミスミーッ! 早速効いてきたようだな……そうだよ毒だよ毒ゥー! けど安心しろ、単なる【しびれ粉】だ。けどぉ……動けなくてピンチには変わりないよなぁ?」
 そう言うと、翼の頭を掴みリングに叩きつける。
「あぁたまんねぇなぁ、動けねぇ奴をいたぶるのはよぉーっ!」
 更にオクトパスマンは翼の頭部を狙いストンピングを繰り返す。先程の吹雪との戦いでついた額の傷口が開いたのか、血が流れ出す。
 何発か踏みつけると、翼の髪を掴んで無理矢理引き起こす。
「おぉ良い面になってきたじゃねぇか。もっといたぶるのもいいが……俺様も心優しい悪魔だ。『調子乗っていたミジメな私にお情けを下さい』と言えるなら楽にトドメをさしてやるぜぇ〜? フィギュラハーッ!」
【テンタクルスティンガー】を突きつけるオクトパスマンに、翼は震える手を動かし自身の顔を指さす。その先にあったのは口元を覆うハーフマスク。
「ああ、なるほど。こいつがあっちゃ喋れねぇわな」
 笑みを浮かべつつオクトパスマンがハーフマスクを切り裂くと、翼の口元が露わになった。
「さぁて聞かせてもらおうか。情けが欲しいか? ん?」
 そう言って顔を近づけるオクトパスマンに、翼は唇を突きだす様な形を作る。
 そして、赤い液体をオクトパスマンの顔面に霧状に吹き付けた。
 オクトパスマンの顔面が赤く染まる。その液体は血液であった。
「血って目に入ると結構厄介なんだよね、知ってた?」
 口元を赤く染め、笑みを浮かべつつ翼が立ち上がる。ストンピングにより切れた口の中の血を溜めて毒霧として噴射したのである。
 オクトパスマンが顔を押さえている隙に翼はトップロープを利用したウルトラウラカンラナで丸め込み、あっという間にピンフォール。
「て、てめぇ! 【しびれ粉】を食らって何で立ち上がれるんだよ!?」
 起き上がったオクトパスマンは自分が敗北したことに気付くと、目元をこすりながらコーナーで息を整える翼に掴みかからん勢いで詰め寄る。
「いや、だってマスク着けてたし」
 翼が切り捨てられたマスクを指さす。【しびれ粉】を投げつけられた時、翼はまだ口元をハーフマスクで覆っていたのであった。
 それを見て小さく「あ」とだけ声を上げると、丸め込まれた悔しさが出てきたのか翼を睨み付ける。だが少しばかり睨み付けると、「けっ」とだけ言ってさっとリングを降りるのであった。

○天野 翼(4分28秒 ウルトラウラカンラナ)忍者超人 オクトパスマン●

 ※  ※  ※ 


 次に現れたのは、鳴神 裁(なるかみ・さい)蒼汁 いーとみー(あじゅーる・いーとみー)であった。
 いーとみーの姿を目にした観客から、悲鳴に近い声が上がる。
 いーとみーの姿はまんまるスライムボディに宇宙外生命体のような触腕や蝙蝠のような翼、上部に疑似餌にしか見えない人間形態がボディに跨るような姿で生えており、ぎょろりとした単眼がチャームポイントという見た目が既にメンタルアサルト、何処のグレートオールドワンだお前と言いたくなる邪神形態であった。そんなもん目にしたら悲鳴が上がるのは当然である。
 更にいーとみーは裁を触腕で捕らえ、まんまるスライムボディにある巨大な口で捕食するかのように貪り始めた。
 裁がまるで何処ぞのホラー映画のワンシーンばりに悲鳴を上げ、足元から徐々に咀嚼され飲み込まれていく。実は【ユニオンリング】で合体する為の演出なのだが、どう観てもホラーだ。観客のSAN値がガリガリ削られるどころか直葬物である。
 捕食(合体)が終わり、悲鳴やら何やらの阿鼻叫喚に包まれる中「いーとみー☆」と何処か嬉しそうに鳴きながらいーとみーはリングへと上がる。よく見ると【レビテート】でその身体はわずかに浮いている。
 翼といーとみーが対峙し、レフェリーが「これ一体どうすりゃええんや……」と困惑するが、運営側は一切止めに入らない為続行と判断しゴングを鳴らすよう指示。
「もはやプロレスってレベルじゃねーぞ」という空気の中、ゴングが鳴り響く。
 いーとみーは触腕をうねうねと動かしながら「いーとみー☆」と嬉しそうに鳴く。いーとみーの武器はこの触腕とスライムボディである。
 触腕を鞭に用に振るい打撃に持ち込む他、ゲル状の何かを口に流し込んだり、複雑に恥ずかし固めの形に絡みつくという「酷い事する気でしょう! ウス異本みたいに!」と言わんばかりの攻めを行うつもりでいた。絵面的に相手が男性だと相当酷い事になりそうな戦法である。
 うねうねと触腕を動かして見せつけるいーとみーに対し、翼は少し何か考える仕草を見せると、やがて梯子を組み立て始める。
 組み立て終わると梯子をを上り、最上段に立ち上がると翼は跳んだ。いーとみーのスライムボディの上部にある疑似餌、でなく人間形態の顔面にメテオラという技のような形で膝からぶち当たる。
 翼の体重を受けたいーとみーは【レビテート】でわずかに浮いている事もあり、抵抗なくぐるんと回転し疑似餌部分がリングへと叩きつけられる。
 その上に抑えこむ様に座る翼を見て、レフェリーはフォールと判断。カウントはあっという間に3を数える。
 試合終了のゴングが鳴り響き、レフェリーが翼の腕を上げ勝ち名乗りを上げさせる。それに対し不満そうにいーとみーは「いーとみー!」と吼える。
 レフェリー(42歳厄年男性)は抗議する様に「いーとみー!」と詰め寄るいーとみーに対し、「カウントは3、もう試合は終わりだ」と退場を指示する。
 その言葉にいーとみーは怒った様に触腕を動かした。
「な、なにをするんだ!? 私にそんな事をしても意味は無いぞ! 私はそんな触手なんぞに負けない!」
 いーとみーに対し毅然と対応するレフェリー(42歳妻子持ち男性)だったが、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁんらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

数十秒後、いーとみーの触腕により恥ずかし固めを極められるわ、口に触腕を挿入されてゲル状の何かを出されるアへ顔ダブルピースを決めるレフェリー(小柳さん42歳)の姿があった。
 そこまでやると少しは腹いせになったのか、いーとみーはリングを降りて花道へと戻る。その途中裁をぺっと吐き出した。これが合体解除の様である。
 ゲル状の何かでドロドロになり、恍惚とした表情のレフェリー(来月子供が結婚予定)が他のスタッフによって救助される。
「……やっぱり触手には勝てなかったよ」と一言だけ残し、レフェリー(今年は某厄除け大師にお参りに行きました)も運ばれていった。

「……何だったんだろう」
 その光景を自軍コーナーで眺めていた翼が、ぽつりと呟いた。いや本当何だったんだこれ。
「うわ、どろっどろ。これで次も試合かぁ……」
 リングを見て翼が顔を顰める。リング上には先程いーとみーがレフェリー(とろろが顎につくと痒い)を「悔しい……でもビクンビクン」させた残骸というかヌルヌルするような液体が散らばっていた。ルール上これらは掃除されないので、次の試合にも影響が出そうだ。
 そんな事を考えていると、次の選手が花道に姿を現す。
――その選手の身体は、白く輝いており、まるでメタルなボディであった。

「蒼空戦士ハーティオン、ただ今参上!」

 高らかに叫び、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が姿を現した。
「……まともな参加者居ないの?」
 タコ、邪神に続き今度はメタルボディという連戦に、流石に翼が呟いた。

○天野 翼(1分37秒 体固め※メテオラ)蒼汁 いーとみー●

 ※  ※  ※ 


「先程はオクトパスマンが失礼した……だが彼も悪役としての誇りを持つ一人のレスラーなのだ。卑劣な行為であったが許してほしい。私からも頼む」
 リングに上がるなり、コアに頭を下げられ翼も「は、はぁ……」と困惑したように頷く。
「感謝する……私も精一杯一人のレスラーとして正々堂々と戦わせてもらおう! さぁ、良い試合にしようではないか!」
 そう叫んだ瞬間、観客席から「何処が正々堂々だゴルァ!」「反則ってレベルじゃねーぞ!」「運営仕事しろや!」と野次が飛び、コアが困惑する。
「な、何故ブーイングを浴びせられるのだ!? うぅむ、やはりサイズが大きすぎたか……」
 首を傾げつつ呟くコア。確かに翼と体格差を比べると、大人と子供というレベルではない。だが問題はそこじゃない。
 ちなみに参加表明時に『そのボディ自体が凶器だボケナス』とスタッフに言われたのだが、それがどういう意味か理解していないようである。

 そしてスタッフの言う通り、コアのボディは凶器そのものであった。
「受けてみよ! 超重量級ラリアットぉッ!」
 走り込んできてのその身体によるラリアットを、翼は回転して受ける。実際に食らうというよりも腕を支柱にして回転して受け流している。まともに食らったら話にならないからである。
「食らうがよい! 超重量級ビックブーツぅッ!」
 更に走り込み、色んな意味で大きな足が翼に襲い掛かる。これを受け流しつつダウンして回避する翼。だがその両足をすぐさまコアが掴む。
「行くぞ! ジャイアントスイングぅッ!」
 コアは叫び、その場を回転し始める。何故か『ミスミス』という擬音が鳴っていた。リングが軋む音かと思われたが、空中から鳴っているようであり謎である。だが今は一切関係ない話である。
(……あー、これどう戦ったもんかなー)
 振り回されながら翼は考えていた。コアの攻撃は体格差があり過ぎ、一撃一撃がシャレにならない為まともに受ける事は出来ない。そして翼が攻勢に回ろうにも、丸め込みや投げ、関節技はまず無理だろう。
 となると打撃や身体を浴びせる技になってくる。だが下手な打撃はあのメタルボディ、こちらがダメージを受けかねない。
 そう考えていると両足を放され、ジャイアントスイングが終わる。少しふらつくが、それ以上にふらつくコア。三半規管あるんかい。
 チャンスと蛍光灯を拾い、抱えてのジャンピングニーを放つがあまり効果は無さそうである。僅かに破片によりそのメタルボディに傷がついたくらいだ。
 ならばとパイプ椅子を拾い、コアへパスする。
「む、私は凶器はつかわんぐぉッ!?」
 そのパイプ椅子を狙い、ドロップキックを放つと握った手からすっぽ抜け、コアの顔面に当たる。
 今のはダメージがあったのか、当たった場所を手で押さえつつコアが笑みを浮かべる。
(凶器を使ってもあくまでもルール内での使用。成程、正々堂々とした戦いという訳か。これで蛍光灯を突き刺してくるような外道だったならば迷わず【勇心剣】を振っていたが、この王者にその必要は無さそうだな)
 ちなみに【勇心剣】を振っていた場合一発反則退場である。※理由:凶器じゃなくて武器だから
「中々良い試合だった! だがそろそろ決めさせてもらおうか!」
 そう言ってコアが翼を掴むと、ロープへと走らせる。そして戻ってきた所を捕らえると、その勢いを利用し身体を捻る。
 身体を浴びせながらリングへと叩きつけるパワースラム。コアの狙いはそれだった。
「必殺! メガトンパワースラぁッ!?」
 身体を捻り、叩きつけようとした時であった。足がずるりと滑り、そのまま叩きつけられたのはコアであった。
 よく見ると足元には先程のいーとみーの粘液のようなものがあった。それで足を滑らせたのだろう。
「な、なんたる不覚……」
 起き上がろうとするが、身体が上手く動かず天を仰ぎつつ呟くコア。
 そんなコアに向かって、翼はパイプ椅子片手にトップロープへと駆け上がる。
 飛び上がり、パイプ椅子を下敷きにしつつ放つダイビングフットスタンプでコアの顔面を踏み抜く。顔面のダメージに加え、衝撃で後頭部も打ち付けたコアはそのまま大の字になる。
 コアが意識を取り戻したのは、3カウントを取られ終了のゴングが鳴り響いてからであった。

「おつかれー、面白かったわよー」
 バックステージ。肩を落として退場したコアに、ラブ・リトル(らぶ・りとる)が笑顔で話しかける。
「……ラブか」
 落ち込んだ声で反応するコア。
「いやー流石最後、色んな試合が合って楽しんでるわよ」
 ラブは観客席でただ単に観客として試合を観戦しているだけである。勿論コアやオクトパスマンの試合も見ているが、決して応援する気などない。あくまでイチ観客である。
「あのタコ助も奇襲やら【しびれ粉】やら外道の所業だったわよねー。それにハーティオンも正々堂々とかいいながらもうその身体が反則の塊だってーの。天然外道過ぎて思わず『あいつサビればいいのに』って思っちゃったわよ♪」
 興奮したように捲し立てるラブであるが、コアは大きく溜息を吐くばかりである。
「なんとも不甲斐ない試合であった……あのようなところで足を滑らせるなど……相手に対しても申し訳ない……」
 悔しさを滲ませながら呟くコアは、地面にぽたりと滴が垂れた事に気付く。その滴は、コアの顔――目から流れているようである。
「……これは涙か? 私は涙を流しているというのか? 身体が動かない……この感情は一体……悔しさ……私は悔し涙を流しているというのか!? そうか、私は悔しいのか……敗北もそうだが、自分の不甲斐なさに悔しさを感じているというのか……!」
 一人感極まったように叫ぶコア。
「いや、それ多分冷却水なんじゃないの? あんなに動き回ってたんだし。そんで身体動かないのは冷却水で錆びてるんじゃ……おーい、聞こえてるかーぽんこつー?」
 ラブの言葉など全く届いていないようで、コアは自身の感情にただ只管感動していた。
「んー……ま、いっか。さーてあたしも戻って続き続きー♪」
 そう言ってラブは残りの試合を見るべく、観客席へと戻るのであった。コアを放置して。
 ちなみに涙はラブの言う通り冷却水であり、身体が動かないのは錆び始めているからである。
 そんな事とは露知らず、コアはその場で感動し続けるのであった。
 そして錆びた体に気付き、スタッフと一悶着あるのだが、それはまた別のお話であり、語られることは無い。

○天野 翼(7分35秒 体固め※ダイビングフットスタンプ)コア・ハーティオン●