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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

リアクション

 昼食には少し早い11時。ベルギー邸宅内ではプロポーズプランを予約した3組が、個室へと案内されていた。
 明智 珠輝(あけち・たまき)は美しい調度品が並ぶ室内に、デッサンをするならどの角度が良いだろうかと気分良く部屋を歩いているが、一緒に来たリア・ヴェリー(りあ・べりー)にとっては落ち着かない。
(いくらランチが美味しいと前評判が良かったからって、まさか珠輝とこんな所に来るなんて……)
 賓客や花嫁の待機室に使われるこの小部屋は、広くも無ければ狭すぎることもない。よく知っている珠輝と今さら2人きりになったところで特別緊張などするわけはないが、窓の外に広がる素晴らしい庭園に着々と結婚式の準備が進められている様子を見れば、自分たちがいかに浮いた存在なのかを知る。
 じっと窓の外を見るリアに気付き、珠輝はふっと笑みを浮かべる。今日ここへ誘ったのは、もちろん美味しいランチを2人で食べるため。それ以上の理由があるとすれば、くるくると良く変わる彼の表情を眺めることだろうか。
「リアさん……結婚、しましょうか」
「……はぁ? 何を言っているんだ。だいたい、そんなことを言う気はないって――」
 そう言っていたから、こんな場所についてきたのに。そう文句を言ってやりたいのに、珠輝はとても穏やかな顔でこちらを見ているから、一瞬本気で言っているのかとリアは黙り込んでしまう。
「ずっと、考えていたんです。世間体などで悩ませてしまうことも……全て考えて、私は決断しました」
 見せることの少ない、真面目な表情。射貫かれてしまうんじゃないかという瞳の力強さに、いつものツッコミも忘れてリアはただ珠輝を見つめ返す。本気で彼を嫌っているならば、早々に縁を切っているし、どんなに美味しい物があると釣られても、こんなところに来はしない。いつもはちょっと、いや一種の病気のように、というか珠輝を構築する全ての物が破廉恥と変態成分で出来ているから全力で止めるのであって、普段からこのように振る舞ってくれたなら、少しは考えを改めてやってもいいかもしれない。
(顔は、悪くないんだし……って、そうじゃなくて!)
 窓枠に置いていたリアの手に、そっと珠輝が自分の手を重ねる。振り払うことも出来なくて、でもこれ以上近づいたら殴り飛ばしてやろうかと握りしめられた逆側の拳は未だ下ろされたままだ。
「リアさんは怒るかも知れませんが、私はやはりウェディングドレスがいいと思います」
「なに、言って……だいたい、その、急に言われたって……男同士、だし、似合うわけがないだろっ」
 しどろもどろになりながらも拒絶しようとするが、上手く言葉がまとまらない。もっとハッキリとした言葉で断らなくては図に乗ってしまうとリアは思考を巡らせるが、切なそうに笑う珠輝の顔を見て、その思考は止められてしまった。
「どうして、そんなことを言うんですか? 絶対似合います、いいえ美しく仕上げます。私のこの腕にかけて」
 薔薇学で行ったハロウィンパーティで、珠輝はお客様に合わせての衣装を作り化粧を施し、色んな姿へと化けさせていったのを覚えてる。だから、彼の腕が信用ならないという気持ちはないのだが、それとこれとは話が別だ。
「ぼ、僕は女装する趣味はない!」
「そう言われると思ったので、私がウエディングドレス、リアさんがタキシードでと。記念撮影も出来るみたいですしねぇ、ここ」
「…………は?」
 ニコリといつもの調子で微笑む物だから、開いた口が塞がらない。つまり、一連の会話は全て「珠輝がウェディングドレスが着たい」というだけの話になるわけで。
「リアさん、私が女装するのも快く思ってないでしょう? 怒られるのは覚悟の上なんですが、式場に来たからには結婚式の真似事もしたいですし」
「わかっているならするなバカッ!」
 ずっと温められていた拳を繰り出すときがやってきた。しかし、乱闘騒ぎが本格化する前に聞こえたノックの音で一時休戦となった2人は、静かに食事を始めることにした。
「……で、何が欲しいんだ珠輝は」
 世間一般で言うところのバレンタインデー、2月14日は珠輝の誕生日。そのお祝いに何が欲しいと尋ねればここへ付き合って欲しいと言われ付いてきたリア。なので祝おうとする気持ちはあるはずなのに、いつものように問題発言をするものだから、この瞬間までリアも素直に祝えなかった。けれど、美味しい食事に先程の怒りも収まってきたのか、そんなことを尋ねるリアにふふっとまた珠輝が怪しげな笑みを浮かべる。
「それではリアさんの――」
「公序良俗に反しない範囲でというのを忘れるなよ」
 言い終わる前に帰ってきた手厳しいツッコミ。先程まで狼狽えていたとは思えないほどの切り返しぶりに、珠輝は苦笑する。
「いえ、もう頂きましたよ。リアさんの幸せそうな表情」
 少しばかりからかいが過ぎる自分では、彼を怒らせたり困らせたりするばかりで中々笑顔にするのは難しいが、こうして見目麗しく美味しい料理を目の前にすると、途端に子供のように顔を輝かせて食べ始めるので見ているこちらが幸せになる。
「ななな、何を言ってるんだ馬鹿! ……ほら、プレゼント。用意しておいてよかったよ、まったく」
 そんな物をプレゼントにされるのは恥ずかしくてたまらない。そう思って手のひらに乗るくらいのピンク色の小箱を差し出した。食事に付き合ってくれただけでも十分だと言うのに、プレゼントまで用意されていると思わなかった珠輝は、少し驚いた顔でそれを受け取った。
「ふふ、リアさんってば誕生日プレゼントに自分を、そしてバレンタインにチョコレートで悩ましきチョコプレイをしても良いというお誘」
「馬鹿なこと言ってると取り上げるぞ」
 それは困ります、と言っていそいそと包みを開けると、そこには予想通りチョコレートと、黒革の腕時計。そういえば、少し前に何気なく欲しいと呟いた記憶のあるデザインと同じ物で、口うるさく世話を焼いてくれるリアが自分の欲しがっていた物まで気にかけてくれていたのかと珠輝は素直に喜んだ。
「ありがとうございます。チョコだけでなく、こんなに素敵な物まで……大切にしますね」
「……今日ぐらいはいくらでも笑ってやる。誕生日おめでとう、珠輝」
 その喜びように釣られてリアも微笑むと、珠輝は愛おしそうに目を細めた。
「このプレゼントも嬉しいですが、やはりリアさんの笑顔には適いませんね」
「な、何言って……」
「あまりに可愛すぎて、今すぐ抱かせて頂きたいくらいです。私、ちょっとベッドルームを予約しに――」
「阿呆か!」
 行儀が悪いのもお構いなしに、リアは立ち上がって珠輝に殴りかかる。困った顔をしながら避ける珠輝に苛立ちながらも、何処へ行ってもいつも通りの風景になってしまう自分たちは、なんだかんだ言ってもベストパートナーなんだろうなとリアは思うのだった。
 もう一部屋では、少し緊張した虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が上機嫌のリリィ・ブレイブ(りりぃ・ぶれいぶ)と参加していた。日常ではよく一緒にいるパートナー同士だが、だからこそこういう恋人同士のような雰囲気で食事をする機会も初めてで、涼は平静を装っていても気さくに話を進めることが出来ないでいた。というのも、単なるパートナーだったはずの2人がこうなってしまったのはリリィから「1日だけ恋人になってほしい」とお願いされたためで、豪華なランチよりもどう振る舞えばいいのかさっぱりわからない。
(そりゃあ、リリィとはもう少し仲良くなれればと思ってたが……)
 他の部屋と違い、少しでも積極的なアピールをしやすくというリリィの希望で、席は向かい合わせでなく隣り合わせ。最初は目の前にある大きなドアから見える庭園の様子やメニューについて話していたけれど、次第に彼女の術中にはまりはじめてしまった。
「はい、涼。あーん♪」
 向かい合わせだったなら1人分ずつ来ただろうメニューも、全て1皿に2人分盛りつけられており取り分けなければならない。彼氏っぽく、と意識して取り分けようとした涼は逆にリリィを意識しすぎてしまって上手くナイフを扱えず、結果彼女が取り分けるくらいならとこうして食べさせてくれる。
 ニコニコと嬉しそうに笑う彼女の機嫌を損なわないように、そしてこれがデートっぽいと言うのならと恥ずかしくなりながらも受け入れている涼だが、一体何の目的があってこんなことがしたいと言って来たのか分からない彼は、少しおっかなびっくりといった感じで大人しく口を開く。
「ふふ、美味しい? ――あ、少し大きかったかな。口元に付いちゃってる」
 待ってね、とナプキンを手にしたリリィの目が怪しく光る。
(い、今! もしかして今がキスするチャンス!?)
「じ、じっとしててね!」
 ぎゅっと握りしめたナプキンを近づけつつ、ゆっくりと自分の顔も近づける。口元に注がれる視線に恥ずかしくなって、涼が目を閉じた隙を狙ってリリィは口づけた。
「………………」
 あまりにも驚きすぎて言葉もない涼に、リリィも何と言い訳したら良いかとわたわたし始める。このまま告白しちゃえばいいと頭ではわかっているのに、中々言葉に出来ない。勢い任せにキスは出来たのに、どうして告白のほうが恥ずかしいのだろう。
「りょ、涼……あのさ……その、あの……」
 告白出来なくても、ぜめて何か言わなければ。思えば思うほど混乱してきて、リリィは顔を赤くして俯いてしまう。
「ま、まあ。……気楽に行こう、リリィ」
 咳払いをしながら窓の方へ視線を向ける涼の顔も真っ赤になっていて、リリィはほんの少し期待する。いつも勝ち気で女の子らしい部分が少ない自分だけれど、ちょっとは女の子として見てくれているのかもしれないからだ。
「涼、怒ってない……?」
「どうして?」
 そう聞き返されると返答に困ってしまう。我を通しすぎてしまったことを詫びるべきなのかと考えていると、ふと涼が笑った。
「リリィ……これからも、よろしくな」
 まだ赤みがかった顔で照れたように笑う涼を見て、彼の言う通りもう少し気楽に距離を詰めていこうと反省しながら、今日縮める事の出来た距離を嬉しく思うリリィだった。
 このエリアでプロポーズプランを申し込んだ最後の1組は荒神 龍司(あらがみ・りゅうじ)ロザリーン・セルビィ(ろざりーん・せるびぃ)。龍司は可愛い妹のように思っていたロザリーンへ告白しようとこのプランへ申し込んだので、準備は先程のリリィを上回るほど力を入れていた。
 まずはロザリーンに結婚式の雰囲気を味わってもらおうと着替えを促し、その間に用意された部屋を確認する。そこは、彼女に勧めた純白のドレスに合う教会のような内装に出来る限り変えてもらって、まるで小さな教会で2人きりの結婚式を挙げるかのようだった。
 とは言え、今日は結婚式ではなく告白をするのが最大の目的。何事もはっきりさせたい性質の龍司は、この機会を逃す物かと気合いを入れて席に座る。それはまるで、花嫁の入場を司祭の前で待つ花婿のようで少し緊張委してしまう。
(さすがに式は早いだろ、告白すらまだなんだから……)
 そうこうしているうちに聞こえてきた控えめなノック。ロザリーンはドアを開けると、白い壁に掛けられた十字架や聖母の絵、天使の像や聖書が飾られた棚などに教会をモチーフにされた部屋だということはすぐに気がつき、龍司がなぜ白いドレスを勧めたのかなんとなくわかって恥ずかしそうに席へついた。
「えっと……その、やっぱロザリーはそういう服が似合うな!」
「そうか? これではまるで花嫁衣装のようで、私には些か不釣り合いな気がしなくもないのだが」
「いや、似合う! 可愛い! あれだ、馬子にも衣装というか、鬼瓦にも化粧というか……」
「……どちらも褒め言葉ではないな。やはり龍司にもそう見えるか」
 なんとか格好良く褒め言葉を言いたかったのに、緊張のためか語学が苦手なためか失敗してしまった。このままでは、折角の雰囲気を台無しにいてしまうと龍司は一呼吸置いて回りくどいことをせず率直な言葉で伝えようと決心する。
「俺がロザリーのために選んだドレスが似合わないわけないだろ? そのまま花嫁になって欲しいくらいに、すごく可愛いよ」
 あまりに真っ直ぐ過ぎる言葉に返す言葉がなく、沈黙が訪れたところを見計らって再び控えめなノック。前菜などが運ばれて来て、これで会話の流れも変えられるだろうとロザリーンが安堵していると、スタッフが去ったのを見送って龍司がもう1度真剣な眼差しを向けてきた。
「……好きだ」
 何の前置きも無く、食事に手を付ける前に告げられた言葉に固まってしまう。もう少し遅かったなら、手にしていただろう銀食器を落としたに違いない。
「何を……折角の食事だ、話があるなら後で聞こう」
 彼のことは大好きだ。だからこそ子供っぽく見られたくなくて、こうしてデートに誘ってくれたことに浮かれないように努めて冷静に返した。好きという言葉だって自分自身のことではなくドレスを着ている女の子がとか他の要因があるかもしれない。そう言い聞かせているロザリーンの心などお見通しだとでも言うように、龍司は次々と言葉を変えて彼女を攻め立てる。
「ロザリーのこと、ずっと守りたいんだ。絶対幸せにする、子供ごと包んでみせる!」
「こ、子供……?」
 一体何を言っているんだと目を瞬かせるロザリーはみるみる赤くなっていき、立ち上がった龍司はテーブルに右手を置いて銀食器を取ろうと構えていたロザリーンの左手を取った。
「今はまだ何も用意出来ないけど、気に入る物を用意してみせる。だから、俺が指輪を買えたその日には……結婚しよう」
 なんとなく、彼女が好意を寄せてくれているのには気付いていた。だからこそこうして自信満々にプロポーズをしている龍司だが、彼女からしてみれば急な告白かと思えばプロポーズで正直頭がついていかない。
「りゅ、龍司は私を妹として見てたから、急にそんなことを言われても……困るよぅ」
 本当は嬉しいけれど、素直に喜んでしまったら子供っぽいと思われないだろうか。折角好きだと言ってもらったのに女の子として見てもらえなくなるんじゃないだろうか。そんな心配をしているロザリーンを畳みかけるように、龍司は彼女の手の甲へキスをする。
「妹なら、こんなことは言わない。ロザリーが欲しいと思ったから言ってるんだ。心も体も、俺にくれないか?」
「なっ……無理!」
 好きという言葉だけでいっぱいいっぱいのロザリーンには性急過ぎる言葉だったようで、手を払うと彼女は顔を真っ赤にして部屋を飛び出してしまった。
「え、待てロザ――」
 呼び止める間もなく大きな音を立てて閉まるドアに龍司は打ちひしがれ、ロザリーンは赤くなった顔を隠すようにその場で蹲ってしまう。けれど、両思いだったことは素直に嬉しかったと返事をしようと思っていたが、落ち着きを取り戻す頃にはすっかり拗ねた様子の龍司が待っていて、機嫌を直すために言うのも忍びなく、この日のうちに返事をすることは出来ないでいた。