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ゴチメイ隊が行く2 メイジー・クレイジー

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ゴチメイ隊が行く2 メイジー・クレイジー

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第7章 
 
「はーい、根っこは、私たちが捜すのー。だから、任せてくださいなの」
 世界樹最下層の入り口に立った朝野 未羅(あさの・みら)が、やってくる者たちに呼びかけていた。
 本来は、根の部分は世界樹の中でももっとも迷宮らしい迷宮と言える場所なのであるが、度重なる成長でその総量は数倍の規模に増えていた。そのおかげか、いくつかの根は探索も終わって安全が確保され、枝と同じように有効利用されている。もちろん、まだ危険な根もあるので、そちらは未だに侵入には許可がいる形になっているのだが。
「ほーう、それはご苦労さん。じゃあ、通らせてもらうぜ」
 そう言うと、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は、ずかずかと朝野未羅の前を通りすぎた。すぐ後ろに、弁天屋 菊(べんてんや・きく)が続く。
「ああ、ちょっとぉ」
 ここでライバルを足止めするという作戦をもろに崩されて、朝野未羅がおろおろする。もっとも、「私に任せて」と言われて、「はいそうですか」と引き下がる学生は、パラミタには少ないだろう。元々が、朝野未羅の役目は、そういう馬鹿がいれば御の字というものであった。
「さてと、早くゴチメイの奴らにカリン党を売り込まないとな。とりあえずは、新入りのお前にちなんで、グリーンからってとこかあ」
「よっしゃあ、やってやるじゃんか」
 遺跡のときに売り込みがいまいちであったと思うカリン党のさらなる飛躍を求めて、イエローとしてのナガン・ウェルロッドは、新入りのグリーンこと弁天屋菊を従えて意気揚々であったのだが……。
「ああん。てめえ、グリーンのプロレスマスクはどうした?」
「どうしたって、ちゃんと……ああ、つけてねえ。忘れた!」
 あらためて顔に手をやって、弁天屋菊が驚いたように叫んだ。
「きっさま〜、万死に値する〜」
 ナガン・ウェルロッドが、目に危ない光を宿らせた。
「だがよお、おまえこそ、プロレスマスク被ってないじゃん」
「何を言いやがる。ちゃんと被って……あっ、うっ、おおっ!?」
 言われて顔に手をやったナガン・ウェルロッドが奇声を発した。
 被っていない。
「忘れた……。ああああ、ナガン・ウェルロッド、一生の不覚ぅぅぅぅぅ!!」
 二人とも馬鹿である。
「正体バレバレで、どうするんじゃん」
 弁天屋菊のまっとうな疑問に晒されて、ナガン・ウェルロッドの脳が沸騰した。
「こうすりゃいいんだよぉ」
 何か思いついたナガン・ウェルロッドが、持っていたファンデーションをべたべたと厚く弁天屋菊の顔に塗りたくった。あっという間に、弁天屋菊の顔が緑に染まった。
「つまり、こういうことなわけだね」
 同じように、弁天屋菊がナガン・ウェルロッドの白塗りの顔をさらにファンデーションで黄色に塗りたくった。まさに、こいつに注意という黄色である。
「これでなんとかごまかすぜ。さあ行くぜ!」
 誰よりも自分たちを強引に納得させると、ナガン・ウェルロッドたちは適当に選んだ根に進んでいった。
 
    ★    ★    ★
 
「ここは、私たちがあ……」
「はい、御苦労様ですねえ。御安心ください、月刊世界樹内部案内図編集部員(仮)ですの」
 そう言って、清泉 北都(いずみ・ほくと)は腕の腕章を引っぱってその文字を朝野未羅に見せつけた。
「僕は、マップを作りに来た記者ですから、大丈夫ですよお」
「ああ……」
 清泉北都もあっけなく朝野未羅をスルーすると、先へと進んでいった。
「ああ、そこの人。あなたも、ここは私たちに任せてえ……」
「御苦労。ここから先は、俺にこそ任せてもらおう」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)は記者の腕章を見せると、歩調を緩めることもなく先に進んでいった。
「えっぐ、えっぐ……。誰も止まってくれないの……」
 涙ぐむ朝野未羅を残して、佐野亮司は奧へと進んでいった。
「まったく、最新号の発売が遅れそうだと小耳にはさんだら、バイトが遭難するなんてな。そんなんなら、最初からこんなバイトしなけりゃいいものを。こういう斥候のようなことは、俺たちみたいなベテランに任せるもんだぜ。そういえば、未沙も捜索に加わってるって聞いたが……。あいつがいれば、大丈夫……。いや、逆に危険か。ゴチメイの女の子の貞操のためにも、早く保護しなければ……」
 そう思いなおすと、佐野亮司は先を急いだ。
「むっ、なんだ?」
 歩く途中で何かに足をとられかけて、何かあるのかと佐野亮司は足許を調べてみた。
「ボルト? ナット? なんでこんな物が落ちているんだ?」
 拾いあげた小さなボルトを見て、佐野亮司は不思議そうに首をかしげた。
「とにかく、危ないな。できる限り拾っておこう」
 
    ★    ★    ★
 
「待て、そこの御主人様」
「うっ」
 またまた呼び止められて、清泉北都は足を止めた。目の前には、見るも怪しい姿の機晶姫がメイド服を無理矢理着込んで立っている。いや、よくみると、機晶姫ではなく、ヒーロー型のマスクを被った男だ。
「僕は、あなたの御主人様ではないですよお」
「いや、冥土漢モードの俺にとって、すべての人々は御主人様だ。あえて言う。貴様も、御主人様だ!」
 異様に無意味な自信を込めて、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、清泉北都に言った。
「はあ、そうなのですかあ」
 清泉北都としては、ここで納得しないといきなり戦いを仕掛けられそうだったので、調子を合わせることにした。
「ここから先は俺に任せて、貴様のような御主人様は他を探してくれ!」
 シャキンとケンリュウガーのポーズをとって、武神牙竜が言う。
「そうは言われてもお……」
 この先に、探しているゴチメイの誰かがいそうな気がして、清泉北都は躊躇した。とはいえ、こうも自信たっぷりに言われると、この先は任せてもいいような、妙な説得力も感じる。
「おとなしく、言うことを聞いといた方がいいわよ。というか、こんなのに関わんない方が身のためだと普通思うよね」
 武神牙竜の後ろから現れたリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)が、そう清泉北都に告げた。ゴスロリ眼帯で片目を隠し、衣装は所々破れたり赤黒い染みのある包帯を巻いたグロいロリータ・ファッションだ。
 まさか、こいつと関わるとこんな姿にされるのかと、清泉北都の背に少し冷たい物が流れた。
「で、では、僕は、あちらを捜すとしますねえ」
 そう言うと、そそくさと武神牙竜たちとは違う方の根のトンネルにむかう。
「グハハハハ……。真の御主人様と同志の邪魔をするモノは全力で掃除! これぞ、冥土からの最狂の奉仕だ。ぐははははは……はあっ!?」
 高笑いしすぎてのけぞった武神牙竜のマスクが勢いで少しずれた。
「お、俺は、いったい何を……」
 ごすっ!
 鈍い音が響いて、武神牙竜はばったりと倒れた。
「だめなんだもん。今のあなたは、冥土漢なんだもん。未沙お嬢様のために、今日はそれを演じるのよ」
 謎めいた微笑みを浮かべながら、武神牙竜の上に馬乗りになったリリィ・シャーロックは、楽しそうに洗脳用のマスクを彼の頭にしっかりとはめなおした。
「おうい、そこ何をしているんだ?」
 そこへ、佐野亮司がやってきた。
「ん? 奇妙なゴスロリファッション。お前が、遭難したというメイドさんか。さあ、戻るぞ」
「えっ!? ちょ、ちょっと」
 佐野亮司はリリィ・シャーロックの腕をつかむと、有無をも言わせずに彼女を引きずるようにかかえてエントランスめざして戻っていった。
 後には、無視されて大の字にのびたままの武神牙竜だけが残されていた。
 
    ★    ★    ★
 
 さて、まんまとのせられたというか、無事に危険を回避した清泉北都は、適当に選んだ根を進んでいった。
「おや、なんかポンプがあるみたいだけれど。井戸かなあ」
 根の途中で変な物を見つけて、清泉北都は立ち止まった。
 壁に、唐突に埋め込まれたという感じの蛇口が突き出ている。あからさまに補修したという感じで、壁の亀裂には充填材らしき物が埋められていた。なぜか、御丁寧に紐に結ばれた金属製のカップが、蛇口にぶら下がっている。
「水が出るのでしょうかあ」
 ためしに、清泉北都は蛇口を捻ってカップに水を汲んでみた。
 蛇口からほとばしった水は、かすかに金色を帯び、いい香りがする。毒ではないだろうと思いつつ、念のために指先を少しだけその水につけてから味を確かめてみた。
「美味しい!」
 次の瞬間、思わずごくごくとカップの中の水を勢いよく飲み干してしまう。
 これは、以前害虫騒ぎがあったときに傷ついた所に設置された物だった。傷から滴る樹液を止めるとともに、適量は飲料用に採取できるようにした場所なのであった。
「なんだか、元気が出てきましたねえ。ようし、この勢いで、今度は上を捜しますかあ。また、いろいろと隠し部屋とか見つけられるかもしれませんからねえ。テラスに出て景色を見るのもいいかもしれませんし」
 元気になった清泉北都は、マップにこの場所を書き込むと、次の場所へとむかった。
 
    ★    ★    ★
 
「おお、いたぜいたぜいたぜ」
「さすがあたしたちじゃん」
 ずんずんと適当に根を歩いていたナガン・ウェルロッドと弁天屋菊は、偶然にもマサラ・アッサム(まさら・あっさむ)を見つけて小躍りして喜んだ。
「おや。誰かいるのかい。助かった、変な所に迷い込んでもう、大変だったんだ」
 マサラ・アッサムの方は難儀していたらしく、喜んで二人に近づいてきたのだが。
「ええと、何か、カーニバルの帰りか何か? それとも、噂に聞くサッカーとかいうやつの試合観戦の帰りとか……」
 怪しげな顔面イエローとグリーンの二人を見て、さすがにマサラ・アッサムが後退った。
「ええと……、サインくだしゃい!」
 言葉につまったナガン・ウェルロッドが、唐突にサイン帳とペンを取り出してマサラ・アッサムにさしだした。
「え? ああ、サインね、まあいいだろうさ」
 ちょっと戸惑ったものの、そこはいつもの見せかけの愛想で、気前よくマサラ・アッサムはサインをしてあげた。
「ところで、君たちは誰?」
 あたりまえの疑問を、マサラ・アッサムが投げかけてくる。
「よくぞ聞いてくださいました。あたしは、暴れっぱなしなんだよォのカリン党グリーン!!」
 ここぞとばかりに弁天屋菊がポーズをつける。
「ええと、ワタクシ、カリン党イエローと申します。ささ、グリーン君、お土産のサンドイッチをさしあげて」
 ナガン・ウェルロッドが、丁寧に言って名刺を渡す。あいかわらず、情緒不安定で、性格が安定しない。
「は、はあ」
 心の中で見た目まんまの色分けかよとつぶやきつつも、とりあえず歩き回ってお腹の空いていたマサラ・アッサムは、ありがたく弁天屋菊の持ってきたサンドイッチをいただくことにした。
「おっ、これは美味しい。いい奥さんになれるよ、これは」
「そうだろう、そうだろう」
 マサラ・アッサムのお世辞に、弁天屋菊が満足気に微笑んだ。
「まったく、さっきは全身に嫌な汗をかいたけれど、これはいける」
 二つ目のサンドイッチを頬ばりながら、マサラ・アッサムが言った。
「変な汗……、そいつはいけねえぜ。そういったもんはすぐに洗い流さねえと。どうだい、ここは一つ大浴場へでも行って裸のつきあいを……」
「いいねえ」
 ナガン・ウェルロッドの誘いにマサラ・アッサムが乗りかけたそのとき……。
「ちょっと待ったあ。そういう裸でおつきあいな台詞は、あたしのものなんだもん!」
 そう叫びながら走ってきたのは、朝野 未沙(あさの・みさ)だ。
「待ってぇー、姉さん。まだ、帰り道の目印用のボルトを撒いてないんですぅ」
 すぐ後ろから、袋からボルトを一つずつ落としながら朝野 未那(あさの・みな)が追いかけてくる。まるでヘンゼルとグレーテルのようだが、まさか彼女も、落としてきたボルト類の大半が、危ないからという理由で佐野亮司に拾われてしまっているとは気づいていない。
「ごめんなさい。この前は、ココさんとマサラさんの乱れて絡む姿が見たくて、個室で待っていたんです。だって、あたしもメイドですから、いろんな技術を、女の子同士の秘密として教えあえるかなって。キャッ。だから、この子たちにお願いして、遊びましょうって声かけたんです。いろいろと、あたしと弄ばれてみませんか。お願いします!」
 あわてていたので、自分でもよく分からない台詞を朝野未沙はまくしたてた。
「えーっと、状況がよく分からないんだけど。遊ぶのは……」
 戸惑いつつも、マサラ・アッサムが興味を示しかける。
 ピキーン!
 その瞬間、ナガン・ウェルロッドが自分の計画の危機を敏感に察知した。
「ゆけえい、グリィィィィィーン!!」
「うわおあ!?」
 突然弁天屋菊の腕をつかむと、ナガン・ウェルロッドはそのまま振り回して、彼女の身体を朝野未沙と朝野未那に叩きつけた。
「きゃあ、いきなり何するのよ」
「ひどいですぅ」
 ガタイの大きな弁天屋菊に押し潰される形になって、朝野姉妹が倒れる。
「ようし、行け、イエロー!」
 そのままガッチリと二人を押さえ込んで、弁天屋菊が叫んだ。
「よし、ここは任せた」
 ナガン・ウェルロッドはマサラ・アッサムの手をつかむと、その場から逃げ出した。
「つ、潰れるですぅ」
「ああん、このシチュエーションは嫌いじゃないけれど、予定外なんだもん!」
「こ、こら、人の身体の下で何もぞもぞ動いてる。や、やめ〜」
 錯綜する悲鳴を無視して、ナガン・ウェルロッドたちは根を後にしたのだった。