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リアクション
「お話中、失礼します。俺は薔薇学のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)と言います。謙信さんに聞きたいことがあって、こちらにお邪魔しました。まずはお近づきの印にこちらをどうぞ」
エースは優雅な物腰で謙信の前に跪くと、一輪の薔薇を差し出す。
麗しき花に挨拶するときには、その美しさを称える花とともに。
これはレディーファーストを信条とするエースならではの流儀だ。
「ちっ、だから薔薇学は嫌いなんだよ」
話の腰を折られた形になった竜司は、エースの気障な言動に舌打ちを隠せない。
すぐに追い払おうと思ったが、謙信は呆れ顔を浮かべつつも花を受け取っている。
その上、エースの話を聞くつもりのようで。
無言ながらも手を指し示し、椅子に座るよう促していた。
やっぱり顔がイイ奴が優先なのかよ…と竜司は悔しさも露わにエースを睨み付ける。しかし、謙信の意図は別にあったようだ。
「互いに協力すると決めた矢先に、薔薇学の者を追い返すわけにはいかないだろう?」
静かに諭されてみれば尤もである。
しかし、先ほどからずっと謙信の言動に違和感を覚えてならないのは何故だろうか。領主邸の前で見た謙信と、今目の前にいる謙信とでは、まるで別の女を見ているようだ。
エースに薔薇を差し出されたときも、まさか受け取るとは思わなかった。
領主邸の前の言動は明らかに薔薇学を嫌っているようだったし、鼻で笑って追い返すのが落ちだと思っていた。
しかし、実際はどうだ。
追い返すどころか真摯な表情を浮かべエースと向き合っている。
「俺達は200年前に起きたエテルニーテ家の事件について調べていました。
その過程で貴女がかつてシャン・ケイシーと名乗り、エテルニーテ家に仕えていたことが分かりました。エテルニーテ家に仕えていたはずの貴女が何故、アーダルヴェルト卿の家臣・上杉謙信と名乗られたのか、その理由をお聞きしたく、こちらに伺った次第です」
エースの言葉に謙信は諦めのような表情を浮かべた。
直接言葉を交わしたことはないが、エースに同行してきた吸血鬼には見覚えがある。それは未だ謙信が「姫君」と呼ばれていた頃。とある貴族のパーティで見た記憶がある顔だ。
謙信は再びため息をつくと、こちらをジッと見つめるメシエに問いかけた。
「…その様子だと、私の本当の名前がシャン・ケイシーでないことも分かっているんだろ?」
「…マリノ・ファイフェル」
メシエが口にした名前は、まさにその通りだった。
「…どうして分かった?」
「貴女の肖像画を拝見させていただいた」
200年前に起きたエテルニーテ家の事件について調べていたエースたちは、その過程でシャン・ケイシーと謙信が同一人物である確証を得た。
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)やエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)らとともに、各貴族が所有する肖像画を調べていったところ、ファイファル家という貴族の屋敷で謙信によく似た女性の肖像画を見つけたのだ。
ファイファル家当主ユリノによると、それは200年ほど前に出奔した姉の肖像だという。
「よくそんな埃を被ったものを掘り出したものだね」
かつてファイファル家を出る際に、素性を抹殺するため自らの肖像画をすべて焼き捨てた…はずだった。
恐らくは、理由も告げず出奔した姉を偲んだ妹が、記憶を元に書き上げたのだろう。彼女はとても絵が上手かったから。
「まさかエテルニーテ家から足がつくとは思わなかったよ。そこまで裏をとられたら完敗だ。ユリノは元気にしてたかい?」
「ええ。最近、姉君によく似た女性に出逢ったと伝えたところ、ぜひ連絡を取りたいとおっしゃってましたよ」
「それはできない約束だ」
そう言うと謙信は苦笑いを浮かべ、肩をすくめて見せた。
「では、貴女が出奔した理由…も教えてはいただけないですよね? 私達はアーダルヴェルト卿と貴女の間に何らかしかのやりとりがあると思っているのですが」
封建的な考えが根強いタシガンでは、未だ女性の家督相続は認められていない。
だが、ファイファル家の現当主ユリノは紛うことなく女性なのだ。
彼女の話によると、相続権を持つ男子が産まれなかったファイファル家は断絶の危機に瀕していたという。しかし、マリノの出奔直後に突然、「ユリノの家督相続を認める」という領主の使いがきたというのだ。
これはマリノとアーダルヴェルトに何らかしかの密約があったと考えるのが妥当ではないだろうか。
むしろ疑うな、という方が無理がある。
そのことは謙信にも分かっていた。
だが、答えられない事情が彼女にはあった。
「アンタたちがエテルニーテ家について調べた理由について聞いてもいいかい?」
謙信の問いにエースは静かに頷いた。
一方的に話を聞くのはフェアじゃない。
こちらの真意もきちんと伝えるべきだ。
「エテルニーテ家の出身の友達がいるんです。俺達は彼の無実を晴らすことで、タシガンの人々と薔薇学が仲良くなるキッカケになったらいいと思いました」
「…ホント、薔薇学の子ってのは馬鹿みたいに純粋で真っ直ぐな子ばかりだね」
まるで丹誠込めて育てられた温室の薔薇のようだ。
あたたかな陽差ししか知らず、その足下には影があることに気がついていない。
タシガンを覆い尽くす深い霧は、街だけではなく人の想いすらも曇らせているということに。
それが疎ましく、そして羨ましい。
「でも、アンタ達は友達の無実を晴らすことで、逆に領主の暗部を垣間見てしまったんだよ?」
「…それは分かってます」
真っ直ぐにこちらを見つめてくるエースから視線を外した謙信は、否定的な表情で首を左右に振った。
「私もタシガン家の臣を名乗る以上、これ以上は話せない。
友達の命が大切ならば、これ以上、アーダルヴェルトの暗部に近づくんじゃないよ」
謙信は「話はここまでだ」と言い捨て、立ち上がる。
勘定を済ませると、竜司とアインを引き連れ酒場を後にした。
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