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リアクション
第3章 再会・その3
これで邪魔者はいなくなった。
ハイヨーと馬車は走り出し、西の宮殿チャンドラマハルを目指す。
ジェイコブたちは死人戦士の相手で手一杯、荘太には戦力外通告が出されている。
これで悠々移送が行えるとタクシャカが思ったのも束の間、ふと、進路上に人影が立ちはだかる。
「御神楽環菜……、ようやく見つけましたわ」
ベルフラマントに身を包んだエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)である。
「まだ伏兵がおったか。しかしもう馬車は走り出したのじゃ、何人たりともわらわの道を遮らせはせんぞ!」
馬車は速度を上げて轢き殺さんばかりに迫る。
しかし、エリシアはすこしも慌てずサンダーブラストを放って牽制する。
稲妻は敷かれた石畳をめくり上げながら波打ち、正面から馬車をしとどに鞭打つ。
「なんじゃと……!」
タクシャカは身を伏せ回避。
馬車は火花を散らしてあちらこちらが吹き飛んだ。
「き、貴様……!」
顔を上げて睨むと、今度は光術による目つぶしが襲いかかる。
目の前が真っ白になったタクシャカだが、それと同時にゾンビ馬の視界も白一色に染まってしまった。
方向感覚が狂ったのだろう、エリシアの目と鼻の先でカクンと直角に曲がった。
「……陽太、あとは任せましたわよ」
彼女の仕事はあくまでも陽動、昔からお姫様を助けるのは王子様だと相場が決まっているのである。
ただ、すこしばかり頼りない王子であるが。
◇◇◇
自称・御神楽校長終身専属SS影野 陽太(かげの・ようた)は建物の屋上で身構えている。
ベルフラマントと迷彩塗装で気配も姿も消し、眼下に走ってくる馬車に合わせ、意を決したダイブを決める。
トレジャーセンスにもはっきりと感じるものがあった。
陽太の宝物は間違いなく馬車の中にある。
「ずっとずっと足掻き続けて、やっとここまで来れました……、環菜!」
馬車の屋根に五体投地の体勢で着地。
車体を軋ませるほどの衝撃が走り、ただでさえ目くらましで神経質になっていたゾンビ馬が暴走を始める。慌てて手綱を操り制御を試みるタクシャカであったが、時既に遅し、操縦不能となった馬車は道ばたのあばら屋に突っ込んだ。
石壁を半壊させ、馬車は全壊、外れた車輪がコロコロと転がる。
しんと静まり返る路地に、カツ……、カツ……、と足音。
音に合わせ、ポツポツとこぼれ落ちた血が、地面に線を引く。
かろうじて形を保つ車内に、環菜は芋虫のように転がっていたが、物音に気付き顔を上げた。
「……誰?」
「やっと見つけました……」
陽太は塗装を拭い、その姿を見せる。
馬車に突っ込んだ所為で頭から血を流し、体中に突き刺さった木片や金属片がとても痛々しい。
けれども、その表情に苦痛の色はなく、目からこぼれる涙とわなわなと震える唇で喜びに染まっている。
「よ、陽太なの……?」
「お待たせしてすみません。お迎えに上がりました、環菜……」
抱き起こそうとすると、環菜は足がもつれ倒れ込んで来た。
陽太はその身体を強く抱きしめ、支える。
「……貴女の隣でずっと一緒に生きていきたい、それが俺の願いです。もうどこへも行かないでください」
「陽太……」
「くだらん夢は見るものではないぞ、小僧……!」
◇◇◇
不意に、タクシャカは首根っこを掴んで陽太を馬車から引きずり降ろした。
彼女もまた事故の所為で随分と負傷し、ところどころに刺さった残骸から血を滴らせている。
そして、陽太本人に変貌すると、魔導銃で両足を撃ち抜き、呻き声を上げる彼を蟻でも潰すように踏みつける。
「く……!」
「下等な人間が……、よくもわらわの馬車を壊してくれよったな……、死ね、死んで詫びろ……!」
「やめなさい……!」
環菜は身をよじって陽太の元に行こうとする。
だが、そんな必死の行動も叶わなかった。
「動くな……、娘!」
鼻先にドンッと槍の切っ先が降りてきた。
おそらくは幻槍モノケロス……、ゆっくり顔を上げて先を辿る、そこには額に傷の走る幼い顔があった。
その顔は紛れもなく先ほどタクシャカに挑んだ【ミミ・マリー】のものである。
しかし、何かがおかしい。
表情は邪悪に歪み、気配からはなにやら禍々しいものを感じる。
「誰なの……?」
「クベラッハクベラッハ! 羅刹兄弟の出来のいいほう、クベーラ様に決まっているだろうが!」
高らかに笑った。
それから、細身の身体で環菜を持ち上げると、軽々と肩に担ぐ。
「おい、タクシャカ、とっとと引き上げるぞ。そんな小僧捨て置けい、どうせそのうちナラカで野垂れ死ぬだろ」
「わらわに指図するな……と言いたいところじゃが、確かにそれが賢明じゃ。命拾いしたな、小僧……」
二人の奈落人は馬車から離れ、跳躍して立ち並ぶ民家の屋根に乗った。
そこにパートナーを奪われた荘太が走ってくる。
「何してんだ、ミミ! 目覚めたと思ったらいきなり走り出して……、こっちに戻ってこい!」
「クベラッハクベラッハ! スッ込んでろ、キンカン頭! この身体はもはや俺のものよ!」
どうやら気絶している間に、どこぞより忍び寄ったクベーラに憑依されてしまったらしい。
おそらく一度敗北……と言うか自滅をしたおかげで、彼のこれまでの肉体では対抗出来ないと踏んだのだろう。
そこにちょうどよく気絶していたミミは格好の獲物だった。
なんかもう一人虎みたいのも気絶していたが、どうせ入るなら見た目が奇麗なほうがいいと、こっちにした。
「て、てめぇ……、ミミを返しやがれ!」
「返せと言われて返す馬鹿がどこにいる。貴様の相棒の身体は俺が有効に使ってやるから安心しろ」
言うだけ言うと身を翻し、屋根を渡ってあっという間に姿が見えなくなった。
「く、くそ……! 待ちやがれーっ!!」