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静香サーキュレーション(第2回/全3回)

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静香サーキュレーション(第2回/全3回)

リアクション



【?5―2・論争】

 稲場 繭(いなば・まゆ)は、エミリア・レンコート(えみりあ・れんこーと)に手を引っ張られるままに保健室へ急いでいた。
「ちょ、ちょっと待って。一体どうしたんですか?」
「いいからいいから。きっと面白いもの見られるからさ」
 なにかを企んでるとしか思えないエミリアの様子。加えて奇妙な騒がしさがある学院内。
 繭としては無理に厄介ごとに首をつっこみたいわけではなかったが、なにか起きているのに全く関わることができないのはそれはそれで嫌な気分だった。
「失礼しまーす! あ、校長センセ。どうもー♪」
 そうして思考に没頭していると、いつの間にやら目的地に到着していたようだった。
 流されるままやってきた繭ではあったが、いざ静香を目の当たりにしてみると。どの角度から見ても具合が悪いのがわかりそうなほど、暗い顔をしていた。
「校長先生……大丈夫ですか? なんだか元気がないみたいですけど……」
 その言葉で、静香は益々頭をかかえていた。どうやら会う人会う人に心配されてる自分が情けなくなってきたらしい。
 繭達はナーバス静香を落ちつけつつ事情を尋ねていき、大体のことを聞き終えると。
「おどろいたあ。校長センセ、女の子になっちゃったんだ。大変、大丈夫? 汗拭こうか? いや絶対拭くよ?」
「え、いやその。僕はべつにそんな。て、ちょっ、うああ!」
 エミリアは、予想通り面白いことに出会えたとばかりのニヤニヤ顔で、タオル片手に静香ににじり寄っていき。最後は一気に飛びかかった。
「ふふふ。遠慮しないでいいのよ。ほらほら、わあ、かなりおっきい」
「や、やめてよ! ど、どこ触って……んあっ……や、やっ……」
 あからさまに胸を集中して拭いたり触ったりくすぐったりのエミリアに、静香は弄ばれていったが。次第に下半身まで拭こうとしてきたエミリアに、これはさすがにまずいとばかりに本気で逃げ惑って。
 わずか五分たらずで保健室の中はベッドがひっくりかえり、薬品棚は倒され、カーテンまでボロボロでそれはもうぐっちゃぐちゃの惨状になり。両者ぜーはーと肩で息をして、余計汗だくになってしまっていた。
「あの」
 そんなふたりに呆れつつ、しばらく考えにふけっていた繭が口を開いた。
「私、力も強くないし魔法も上手く出来ないし。何かあっても基本守られてばかりなんですよね」
「あれ、なに? 真面目な話?」
 エミリアはまだ戯れたかったが、パートナーの真剣さにここは引くことにした。
「自分も、私に出来ることなんてないんだって。足手まといでしかないのかなって思ってました」
 静香も雰囲気を察して、ちゃんと座りなおしておいた。ちなみにベッドが壊れているので、丸椅子のほうに。
「……でも、ここに来て。いろんなことを経験して。こんな私でもできることがあるんだなって、思ったんです」
 繭は自身の言葉を噛み締めながら、続ける。
「自分には力も何もないけれど、それでも自分ができることを精一杯やっていきたい、そう思います。守られるだけ、というのは悪いですし」
「そうだね。自分にできることを模索して努力するのは、大切だろうね」
 静香もまた自分に言い聞かせているように繭は感じ取った。
「だから校長先生にも、簡単に諦めて欲しくないんです」
「たしかに僕も今日のこととか、なんとかできるならなんとかしたいんだけど。実は、ヘタに動くと危ないかもしれなくて」
「それならそれでいいんじゃない? 校長先生が動かなくても誰かが解決してくれるでしょう。校長センセはなーんにもしなくていいの」
 エミリアはせっかくのパートナーの発言をほぼ全否定していたが、繭としては別のことが気にかかった。
「そうです。今日は校舎が妙に騒がしいですけど、それについて何かご存じなんですか?」
「残念だけど、詳しいことはなにも。ただ不審者がうろついてるらしいから、ふたりも気をつけておいて」
 わずかに他人を気遣う余裕が生まれた静香。
 ふたりが去ったあとも、改めて思う。自分がどうするべきかを。
(いやまあ不審者よりなによりまず、どうしよう、これ……)
 台風でも過ぎたかのような保健室の状態に、今だけはループに助けを求めたくなった。
「ちょっと、汗流してこようかな」
 ひとまず現実逃避と気分を切り替えたい思いから、風呂場へ向かうことにした。
 そうして保健室を出て、すぐのところに立っていたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)に出くわした。
「あ、桜井校長」
 静香は彼女に見覚えがあった。
 昨日起きたループ中にも会った相手なのだが。
 あのときは錯乱していてその事実などは後で知ったわけで。
 情けない姿を見られたことからいたたまれない気分が残って、なにを話せばいいかわからず黙り込んでしまった。
「大丈夫? 身体の調子が良くないって聞いたけど」
「あ、うん。まあ、その、一応、なんとか」
 まったく答えになってない答えに、より心配を深くするロザリンド。さらに、
(……あれ? そういえば前も調子の悪い校長を気にしていたような。あれはラズィーヤさんが殺されるループの時でしたっけ)
 はじめは勘違いかもと思ったが、
(……いえ。違いますね。保健室に何度も来た感じがします)
 よくよく記憶を探ってみれば、二回くらい同じようにここで警護をしていた覚えがあり。
 そこから導き出される事実はひとつ。ループ以外にない。
(ひょっとして、また繰り返されています!?)
「校長。これまでにも、以前と同じような事が起きていませんか? またループが発生しているんでしょう。そうでしょう?」
 気付くなりずぃぃと詰め寄ってきたロザリンドに、静香はただ頷くしかなかった。
「やっぱりそうでしたか。じゃあまたなにかおかしな事が起きているんですか? だとしたら何が原因か心当たりは? もしかして、校長のお体が優れないのもその事が原因ではないですか!?」
 矢継ぎ早に質問と心配をしてくる彼女に押しきられる形で、静香は「実は……」と前置きして全てを語ることにした。身体のことや、放課後の不審者のこと、そして自分が何もできずにいることなど包み隠さずに。
 ロザリンドは女性化のくだりでかなり目を見開かせたが、聞き終えるころには平静を取り戻していた。
「それで、校長は結局のところ男に戻りたいのですか? それならそれで、私は全力で戻る方法を探すお手伝いをしますけれど」
 静香は回答できず顔を俯かせる姿勢のようで。
(私は、一人の女性として、校長が男である方が嬉しいのですが……)
 という動揺した心の内は隠し。別のことを口にした。
「あの。さっきから気になっていたんですけど、一体どうしたんです!? ずっと煮え切らない様子で、状況に流されるだけで、自分でない誰かに期待するだけで」
 途中から声が厳しくなっているのがわかったが、あえてそのまま続ける。
「私が知っている校長は。確かに泣きごとを言ったり、どうしたらいいのか分からずオロオロしたりしています。でも、それでもより良くなろうと、躓きながらでも前に進もうとする。私の好きな校長はそんな方です」
「え、あ、僕は」
「足りない部分を誰かに力を貸してもらう事はあるでしょう。女性である事選んでもいいです。ですが、今起きている問題に対して、他人に任せないで。自分で考えて行動するのを止めないでください。お願いします!」
 最後は叫ぶように、しっかり目を合わせて伝えきった。
 そして伝えられた側の静香はというと。
 目を潤ませていた。唇が震えていた。手も震わせていた。足までがくがくしていた。
 悔しいのか、恥ずかしいのか、いたたまれないのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、あるいはその全部か。自分でもよくわからなかった。
「桜井校――」
「ごめんっ」
 結局、このときもまた情けないことに、背を向けて逃げ出してしまった。
 どこへ行くのかのアテは、事前に決めていた風呂場しか思いつかなかった。
「あ、ちょっと待って!」
 向かう途中、誰かにいきなり首根っこを掴まれた。
 誰だ!? と憤って振り向くと。そこには前のループでも会った、レキとミアがいた。
「校長先生、ボクたち。気がついたんです」
「なにに、とは言うてくれるなよ? もちろん繰り返しの日々にじゃ」
 実はついさっきふたりは廊下で桜谷鈴子と挨拶し、
『あれ? ボク今日、一回挨拶しなかったっけ?』
『そういわれると、妙なデジャヴを感じるのう』
 印象に強く残っていたため、そこからそこでループに辿り着いたのだった。
「どういうことなのか、説明して欲しい。校長先生は、なにか知ってるんだよね?」
 静香としては、今はこれ以上なんだかんだと責められたくなかったが。
 話さない限り、離してくれそうもないのでやむなくすべて説明していった。
 聞き終えた上でふたりの感想はというと、
「うーん。ボクとしては、別にそのままでもいいんじゃないかな」
「そうじゃのう。わらわもべつにそこまで気にならんが」
 意外とあっさりしたものだった。
「まあ、校長先生が嫌なら戻る為にお手伝いするけどさ。本当に戻りたいと思ってる?」
「え、あ、まあ……」
「ボクとしては他人任せじゃなく、校長自ら動く事でループに変化が現れ、脱出出来るんじゃないかと考えてる。だからさ、何かしてみようよ」
「………………」
「あ、そっか。もしかしたらループは校長先生の迷いの心が現れたのかもしれないね」
「確かにのう。その可能性は高いかもしれん」
 そこまで聞いて、静香はまた脱兎のごとく走りだした。
 気にしているところをズバズバ切り込んできたため、どうにもいたたまれなくなってしまったらしい。
 しばらくふらつく足で走り続けて、ようやく浴場を見つけるなりのれんを勢いよくくぐり、脱衣所で服を脱ぎ散らかして、戸を蹴破る勢いで駆け出し、そのまま身体も洗わぬまま湯船に直行した。
 幸いほかに誰もいなかったので、文句を言われることはなかった。
「……僕は、一体どうすれば…………」
 十二畳くらいの湯の中でひとり、たっぷり一時間はぼけっと浸かりつづけた。
 湯に浮かびながら自分の身体を見る。いつもと違う、女性の身体を。
 どうしても恥ずかしいのは抜けなかったが、一応平静は保てていて。
「やっぱりこの身体は、本当の僕じゃないんだよね」
 呟きを最後に湯からあがって、いざ出ようとした。
「あれ?」
 が。戸が開かなかった。
「だいじょうぶだよ。もうばっちり封鎖済みだから!」
 突然声がしたかと思うと、いつの間にかそこに湯島 茜(ゆしま・あかね)がいた。
 顔を真っ赤にして即効湯船に逆戻りして身体を隠す静香。ちなみに茜は服を着ている。
「え、えええええ? 封鎖って、どういうこと?」
「だからぁ。静香さんを守るには、こうするのがベストだと思ったんだもん」
 茜としては、人間が一番無防備になる場所である風呂場を徹底して守ろうと考えて行動した末。外にいろいろバリケードを張り巡らせたということだった。
 しかし前日のループでラズィーヤにしたことを思い返し、笑っていられない心地の静香。
「これで安全はばっちりだよね。静香さんはなにも心配しないで、ここでゆっくりしてください」
「いやいやいや、明らかにおかしいよね? 本当に出られないの? そんなの困るよ!」
「そう言われても……あたしももう中に入っちゃったし。全部終わるまで、誰も近づかないようにしちゃったんだもん」
 いきなり頼りなさげになる茜に、静香は濡れた頭をかかえたくなった。
 今が一体何時なのか、ここではわかりようがない。外でなにがおきてるのかもわからない。声を出しても空しく響くだけ。力のなくなった裸一貫では閉ざされた戸を開けることは叶わない。完全お手上げだった。
「どうしよう。なんだか頭がぐらぐらしてきた」
「安心して。のぼせちゃってもあたしが介抱するからね」
 茜は脱出にまったく協力するつもりはないらしい。
 どころか、じぃっとこちらを見つめて微笑んでいるので。
 湯船からあがるにあがれないという事態に陥らされていた。
 さっきの言葉も情に訴えたわけじゃなく、本当に意識が朦朧としはじめ。
(もう、ダメだ……)
 静香はついに、意識を失わせていった。