リアクション
卍卍卍 将軍後見職の寝所にて、丑三つ時、皆が寝静まったころ。 鬼城 慶吉(きじょう・よしき)は何者かに起こされた。 「よお、ちょっといいかにゃ」 目を開けると、そこには寝姿の鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)がいる。 「さ、貞継(さだつぐ)公!? いったい、その、ご回復されたのですか?」 「わしは貞継じゃにゃーよ……鬼城 貞康(きじょう・さだやす)なるぞ。ひかえろ!」 急に声色が変わり、慶吉は布団から飛び退き、平伏した。 はたと顔を上げる。 「貞康……初代将軍? まさかそんなことがあるはず……」 「信じられんのも無理はにゃーか。水登(みと)に預けてある『印籠(いんろう)』があるだろ。それを出せ」」 「『印籠』をご存知……とは、あなた様は……」 貞康は手を差し出し、「早く!」と急き立てる。 慶吉は急かされるまま、厳重に鍵のかかった箪笥から古ぼけた箱を取り出した。 一見なんの変哲もない箱である。 その中に、これまた何の代わり映えもしない鬼城の紋の入った『印籠』があった。 「わしは、『印籠』は水登藩主が肌身離さず身につけておれ、防水加工もしてるから風呂に入っても大丈夫といったはずだが?」 「そ、そうでしたか。いや、何を申されるか貞継(さだつぐ)公」 「だから、わしは貞康(さだやす)だ!」 貞康は腰の脇から愛刀『宗近(むねちか)』を引き抜いた。 宗近は障子越しに差し込んでくる三日月の光を受け、きらきらと輝いている。 刀を近づけると、ただの黒漆の『印籠』が金色に輝き始めた。 「これは鬼城の鍵の一つだな? 隠された黄金の?」 貞康の言葉を聞いて、慶吉は青ざめる。 「し、失礼いたしました! そのことをご存知なのは、代々の水登藩主と初代将軍様のみ。本物の貞康公でいらっしゃいましたか! しかし、ニ千年前に亡くなられたという方が一体どうやって?」 「正しく言うなら、わしは貞康ではない。貞康公の影の一部だ」 「解せませんが」 「貞康が、鬼城とマホロバの万が一に備えて、鬼の力と記憶の一部を隠したのだ。天子様にお願いしてな。わしは、それ。そいつの一部だ」 そう貞康の影が言った視線の先には、『宗近(むねちか)』が光っている。 「『刀』は宗家。『槍』『皿』『印籠』は御三家に預けたうち、結局残ったのは『印籠』だけなのか?」 「申し訳ございませぬ。黄金の『槍』と黄金の『皿』は、頭張(とわり)、鬼州(きしゅう)がお預かりしていたにもかかわらず、喪失したとのこと……」 慶吉は頭を畳に擦り付けんばかりに平服している。 「せっかく、わしが天子様にお願いをして、力の一部を封じていただいてたというのに。これじゃあ、何の意味もないがね」 貞康は「厳重に幾重にも金庫に保管させたほうが無くなっているのはどういうことか」とブツブツいっていた。 「瑞穂の手になど渡っておらぬと良いがな」 「あの……」 「ああ、いや。そちは、水登は、よくやってくれた。とりあえずこれがあれば、まだ次の備えは守られている」 「まだ? ほかにも何かあるのですか。どうか鬼城の秘密を全てお教えください。我らは一体どうすれば……」 「いったであろう? そちはよくやっていると。先程の樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)の問いも、見事にすり抜けたではないか。御三家に選ぶ際に最も重要視したのは、いかに口が固く、鬼城の血を監視し、宝物を守っていく能力があるか、だ。それ以外のことは求めてはおらん」 貞康は『印籠』と『刀』を手にしたまま立ち上がった。 「わしはな、石橋を叩いて叩いて壊す男ぞ。念には念を入れて……ん?」 襖の向こうで物音が聞こえた気がした。 貞康は舌打ちする。 「ネズミか……あまりチョロつくとわしは容赦せぬぞ」 卍卍卍 「どうしたの? 顔色わるいよ?」 翌朝、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が血相を変えてやってきたのを見て、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は首をかしげた。 ルシェイメアはさながら幼少軍の乳母のように世話をしている。 「一晩中、眠れなかった……」 昨夜きいた慶吉と貞康の会話が、アキラの頭の中でなんども反響している。 「ねー、みてみて。白継様もう立って歩けるんだよ。簡単な言葉もしゃべるし、普通のお子様よりずっと成長が早いんじゃないかな。そういえば、他の将軍家のお子さんもそうだって。地球人の血が混じってるからかな?」 「え……まじか。それ」 そのアキラの目の前を、ザクロの実を頬張った白継がよちよち歩いて行く。 畳にぼとぼと落としていく赤い実と果汁をセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が後を追いながら拭いていく。 「ああん、もう! 白継様待って〜! あ、アリス止めてよ!」 「白継様こっちです〜」 お人形のアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が両手を広げた胸の中へ、 白継は倒れこむ。 ムニュ……! 「わー。やられたー」 棒読みセリフを吐きながら、エプロンを真っ赤に染めたアリスがひっくり返る。 アリスの傍らには鬼子母神像がころがり、彼女は『鬼子母神殺人事件』などといっていた。 「アホかおまえら……」 アキラはなんとも言えない微妙な空気の笑いを耐えていたが、いつのまにか口の端に笑みを浮かべていた。 「ま、俺ららしいか。泣こうが喚こうが、マホロバがやばいことにはかわりねえし。だったら、せめて子供たちの前では笑っててやるか」 アキラが白継を抱き起こしてやると、幼少軍は彼の頬をぺちぺちと叩いた。 「お、おじ……しゃん」 「ん? 何かしゃべ……おじちゃんだとおおおお?!」 ルシェイメアが目を三角にしてわめくアキラのそばで、像を拾い上げて祈っていた。 「鬼子母神様、貴方様と同じ鬼の子供たちをどうかお見守りください」 |
||