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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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第六章 忠臣1

 扶桑の都。
 宿場に幾人もの男達がいる。
 彼らは今夜、どこへ行こうかと話している。
「日数谷さんなんすか、ソレ。まさか差し紙(恋文)!?」
「うるせーよ、でけえ声だすんじゃねえよ」
「またまた〜顔赤いっすよ。あ〜すっげいい匂いがする!」
 日数谷 現示(ひかずや・げんじ)は若い瑞穂藩士の頭を叩き、薄紅色の和紙を取り戻した。
「水波羅(みずはら)の遊女からだとよ。『私の誕生日だから今夜あって欲しい』とさ。たぶん、あんときの女だな」
「え、さっきちょっと変わった娘たちから、遊郭で遊ぼうって誘われてなかったすか? ……なんか、嵐でもおこるんすかね。女に縁遠い日数谷さんが急にモテるなんて……いてッ、またあ、頭はたかないでくださいよ!」
「てめぇは一言多いんだよ。くそ、どうしたもんかな」
 瑞穂藩で頭角を現してた急進派とは今は変わり、今はただ瑞穂藩から逃げ回っている浪人風情である。
 資金も底をつきかけている。
 現示は愛刀『元平(もとひら)』を手にし、草履を履いた。
「ちょっと出てくる。今夜は帰らねえかもな」
 彼は花街へと向かった。

卍卍卍


「あ、キタキタ! 現示君、こっちだよ!」
 水波羅(みずはら)妓楼にある一室。
 上席では着物姿の桐生 円(きりゅう・まどか)が手招きしている。
 彼女の前には舞妓の『月華(げっか)』ことルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)と、芸者『雪華(せっか)』こと夕月 綾夜(ゆづき・あや)が華麗な舞を見せていた。
 円の隣では、妖艶な遊女咲夜 紅蘭(さくや・くらん)が含み笑いをしている。
 彼女たちの前には、都料理が並べられていた。
「なんだ、これは」
「さあさあ現示様、ご遠慮なく。今夜は円様の奢りだそうですから。どうぞお入りくださいませ」
 華やかな着物に身を包んだアリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)が現示を優しくいざなう。
 彼は、ずいぶんと警戒してるようだ。
「この間、俺に襲いかかってきたガキが何のようだ。ここは子供の遊び場じゃねえぞ」
「また、そんなこといって。じゃあ、どうして来てくれたのかな?」と、円。
「金が……なかったからな」
「え?」
「実は……」
 現示がしどろもどろしていると、襖がすっと開いた。
 美しく着飾った遊女宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が現れた。
「桔梗です。日数谷様、会ってほしいとはいいましたが、まさか子連れとは……」
 花扇・桔梗こと祥子が着物の袖で半分顔を隠しながら、不愉快そうにしている。
 円が勢い良く立ち上がった。
「誰が子連れだよ、失礼な! それより現示くん。これどういうこと? ボクをダシにしたの?」
「いや、これは」と、現示。
「そうですよ。私、大事なお話があると手紙に書きましたよね? その後で逢わせたい人もいるとも」と、祥子。
 二人に詰め寄られ、現示はますます困惑している。
 すると、聞き覚えの男のある大きな声が聞こえた。
「あーあ、またやらかしてんのか。前からあんた、策を弄するのは苦手だろうに。二兎負うものは一兎を得ず、だろ」
 目元をひくつかせながら、霧島 玖朔(きりしま・くざく)が柱にもたれかかっていた。
「探したぜ〜、水波羅中な! 危うく、探してるこっちが有名人になるところだった!」
「それは自業自得でしょ! 私たちにこんなエロい格好させて花街を練り歩かせるなんて。何が身分を隠すためよ!」
 玖朔のパートナー伊吹 九十九(いぶき・つくも)が異常にスカートの丈の短いロリィタファッションでむくれて言う。
 楼主に大枚を叩いてやっとここまで漕ぎ着けたというハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)も、同じく丈が短かく、しかも透けるように軽いドレスを身につけている。
 彼女たちが座るときに下着が見えていたが、現示はあえて黙っていた。
「それで、揃いもそろってなんなんだ。俺と楽しく遊ぼうって雰囲気じゃないよな。まあ、このメンツを見ればだいたいの察しはつくけどよ」
「だったら話は早い。今後の相談とやらをしようぜ。あんたの迷いを絶ち切ってやるために来たんだからな」と、玖朔。
 現示が円や祥子たちを見渡す。
 彼女たちの真剣な眼差しが突き刺さる。
「いっとくが俺は瑞穂藩士だ。そう簡単に落ちねえよ」
「誰が男を落とすかよ。俺だってこっちがいいに決まってんだろ。いざ行動を起こすときのために準備はしておいてやるから、もう逃げまわんなってことだよ」
 そう言いながら、玖朔は右手でハヅキの太ももを撫で、左手で九十九の尻を掴んでいる。
 そして視線は、この間濃厚な一夜を過ごした紅蘭の胸元と、祥子の腰へとすい寄せられていた。
 祥子が軽く咳払いをした。
「迷っているなら、私もひとつお話ししましょうか。地球の、日の本(ひのもと)について――」
 彼女は、今のマホロバが、日本の幕末と似ていると語った。
「地球人の私がマホロバで遊女をしていても、日の本の大地に育てられた日本人であり続けるように、あなたもマホロバ人をやめることはできないはずよ。瑞穂とか葦原とか、鎖国とか他国との交易とか些細な問題。良くも悪くも扶桑が、天子様がいればこその現在ではないですか」
「しかし天子様は……瑞穂には来てくださらなった」と、現示が答える。
「俺達は、二千五百年も耐えてお待ちしていたというのに」
 瑞穂藩士にとって念願叶わなかったあの出来事は、かなりの心の痛手だったようだ。
 現示がうつむく。
「俺も武士だ。マホロバの為、瑞穂の為に死ぬ覚悟はできている。だが、天子様に拒絶され、瑞穂藩主様からも疎まれ、何の為に死んでいったら良いかわからなくなった。俺は何の為に戦って死ぬか――」
 現示の前に円が座り、手を差し出す。
「現示君それ、なあに。前も聞いたよね、その十字架(ロザリオ)。どうしてまだ持ってるの? 死ぬ死ぬ言うんだったら、もういらないよね。だったらボクにちょうだい」
「……?!」
「ほら、やっぱり。手放したくないんじゃん。もう、仕方ないな」
 円が名前を呼ぶと、暗い廊下からぼんやりと人影が浮かんだ。
 吸血鬼オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)と英霊ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が音もなく現れる。
「ごめんなさいねぇ、遅くなちゃって。大奥に入り込むのに手間取っちゃってぇ」
 と、オリヴィア。
「そうだよー。大奥と扶桑の都の往復なんてハードすぎだよおぅ!」
 ミネルバも肩で軽く息をしていた。
「とにかく、間に合ったようだね。はい、円がずうっと気にしてた物。瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)の持ってた十字架(ロザリオ)!」
「睦姫様のだと!?」
 現示は奪うようにミネルバに飛びつき、ロザリオを手にとった。
「……間違いないな。本物のようだ」
「さすが、オリヴィア! よく見つけたね」
 と、円が褒めると、オリヴィアは少し顔を赤らめて視線を逸らした。
「吸血鬼がロザリオ探しなんて、聞いてあきれましたけどぉ。円のたっての願いでしたからねぇ。まあ、かなり無茶したわあ」
 オリヴィアによると、ミネルバとともに力を使い全力で探していたら、一人の女官を突き止めた。
 その女官は大老派で命令に従っていただけであり、後に大老がマホロバ門外の変で打たれ、瑞穂睦姫が行方知れずのあと死んだと聞かされたあとは恐ろしくなり、マホロバ城の堀に捨てたとのことだった。
「それからというのも、ミネルバちゃんも、一晩中かかってお堀探索だもん。戦闘より疲れちゃったよ〜!」
 ミネルバはげんなりした様子だ。
 オリヴィアはくすりと笑う。
「まあ、私はその女官を吸精して美味しく頂いちゃったから、そうでもないけど〜。大奥は相変わらずのようだったわぁ。また権力争い。よく飽きないわねぇ〜」

 それまで黙って話を聞いていたルナティエールと綾夜の元へ、用心棒として妓楼に雇われているセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)がやってきた。
 彼はルナティエールの夫でもある。
 そっと妻に耳打ちした。
「となりの部屋に陰陽の術を使う怪しい一団がいる」
 言ったあとで、セディは玖朔の姿を見つけてぎょっとしたが、再び真面目な顔になりとこう言った。
「この間のこともあるから、十分気を付けるように」
 「それは俺のことか〜!」と暴れそうになる玖朔を尻目に、祥子はすっと前に出た。
「となりの方々はご心配無用です。私が連れてきたの。日数谷様、いや現示。逢わせたい方がいるわ」
 急に名前を呼び捨てにされ、ムッとしながらも現示は奥の間に向かった。
 そこで彼は硬直する。
「……なぜ、あなた様がこんなところに」
 現示の首筋に冷汗が流れおちる。
「睦姫様……!」