First Previous |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
Next Last
リアクション
第三章 遊女の恋6
「すまんな。本当は、巻き込みたくなかったのだが」
影蝋、霞泉こと天 黒龍(てぃえん・へいろん)は、楼閣の屋根の上でよいこの絵本 『ももたろう』(よいこのえほん・ももたろう)に詫びをいれている。
『ももたろう』は卵を大事に抱えたまま、こくこくと頷いていた。
先ほど自分を連れ去った男だが、悪い人には見えないと思ったからだ。
「うん……大丈夫です。それよりお兄さんの方こそ大丈夫なんですか?」
「ああ、確信がなかったのだ。あの人が本当に遊女を殺した人なのか、何者なのか、何を求めているのか……」
夕闇の空を見上げる黒龍。
あっという間に日は落ちていく。
「あの時と同じように、天秤の刻む音と共に、夜の闇が……広がっていくようだ」
黒龍はあの男と過ごした夜を思い出している。
「なんかよぉ、龍の影をみたんだが……」
見知らぬ男の声を聞いて、黒龍が立ちすくむ。
ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がよじ登った屋根の上で、黒龍たちを見つけた。
「ほお、その小さな遊女……どうする気だ? お前が殺害犯なのか?」
彼の周りには、顔を真赤にしたイランダ・テューダー(いらんだ・てゅーだー)と柊 北斗(ひいらぎ・ほくと)がいた。
イランダは『ももたろう』を捜索していた際に助けを求め、そこでラルクと出会ったのだった。
「もも! 探したよ、無事なの? 怪我ない?」
「う、うん」
「こんなところで何やってんだ?」
北斗の心配に、『ももたろう』は「心配かけてごめんなさい」と謝りながら、黒龍の顔を見る。
「えーと、その……」
『ももたろう』は見上げるが、黒龍はなぜか黙ったまま答えない。
「黒龍が殺人犯であるわけがなかろう。おまえたちの目は節穴か!」
黒龍のパートナーであり遊郭で用心棒をしている黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が、彼らの前に立ちふさがる。
「待っておるのだよ……黒龍は」
「待ってるって、まさかあいつをか!」と、ラルク。
「闘神からきいたが、ごしきが黄金天秤とやらを持っていて、何か鬼に関係するようなことを探ってるのは事実だろう。そして、このマホロバは、かつて鬼の住む島だったんだ。なんかやべー気がするぜ。気安く関わっていい話じゃねえよ」
「しかし……彼がもしそうだとするなら、やはりこの目で確かめなければ納得できない」
黒龍が再び空を仰いだ時、一匹の龍が彼れらの頭上で止まった。
「天秤が騒ぐかと思って来てみてば、お前たちか!」
頭上から男の声が響く。
龍の背にはごしきと高 漸麗(がお・じえんり)がいる。
漸麗は龍の背から振り落とされ、慌てて黒龍とラルク、北斗で受け止める。
「……ッ!」
「ごしき……何を!?」
「このひとは正識(ごしき)だよ。黒龍くん……」
漸麗は、か細い声で言った。
「そして、蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)でもあるんだ」
「あんたが遊女たちを殺した犯人……なのか? なんでそんなことを!」と、北斗が問う。
「ああ、俺も聞きたいね。なぜ殺した。彼女たちは彼女たちなりに懸命に生きてる。なんの罪があるっていうんだ?」と、ラルクは、咥えたばこのはしから煙を吹く。
「話してもらおうじゃあ、ねぇの」
正識は彼らを見下ろしたまま、落胆したような表情をみせた。
「鬼城 貞康(きじょう・さだやす)はいないのか。私もそう暇ではないんだが」
彼は一息つくと、自分はマホロバを清浄するために来たのだといった。
「このマホロバを支配してきたのは、『鬼』の家系である鬼城家だ。人々はそれに気付き、真の心の平穏を得るべきだ。私は自らを与えて実践し、彼らを救おうとした。しかし、そこから遠いものもいる。そういったものは消去した。それだけのことだ」
「遠いものってなんだ? あんたが勝手に判断しただけのことだろ?」
「私ではない。この黄金の天秤が決めたのだ」
正識はそういって、目の前に金色に輝く黄金の天秤をぶら下げた。
「この魂をはかる天秤は、『永久の黄金』と『世界樹ユグドラシル』から作られている。どちらも何にも左右されない、変わることはない、決して」
「それは……その天秤からは、目を離せなくなる……」
黒龍がふらりと歩み出て手を伸ばす。
大姫が彼に背中から抱きつき、止めた。
「よせ、黒龍。それはユグドラシルで作られたといってたであろう。ユグドラシルとはエリュシオン帝国。マホロバ人には不要ぞ!」
大姫が正識を睨みつける。
「ユグドラシルの守護とやらでこの地が再生した所で、それはマホロバで無くもはやエリュシオンじゃ。我らが、亡国の憂き目を見る事に何ら変わりは無かろうぞ。妾は、妾がマホロバ人として在る為に扶桑を護りたい。それが答えじゃ!」
「人の感情など脆いものだ。キミは、一刻のセンチメンタル(感傷)にひたって、我を失っているだけだろう。マホロバ人はとくにその傾向がある。感傷がおさまればすぐ忘れる。何事もなかったように日常にもどるんだ。そこを、鬼に利用されているだけどなぜ気づかない。なぜ世界を受け入れようとしない?」
「そんな押し付けはいらぬ! おとなしくエリュシオンに帰るがよかろう!」
大姫が正識を拒否したと同時に、風が巻き起こった。
龍が飛びたとうとしているのだ。
ラルクが拳を握り締め、飛びかかった。
「逃がすかよ、人殺しが!」
正識は『聖十文字槍』をつかみ、振り下ろす。
「何……!?」
衝撃波が彼らを襲い、楼閣の屋根瓦を吹き飛ばした。
「ちィッ……女、子供がいても容赦なしか!」
ラルクが『ももたろう』たちをかばう。
北斗も必死にイランダが飛ばされないよう彼女を抱き抱えていた。
しかし、正識は建物ごと破壊する。
「七龍騎士に刃向かうなど、そんなに死にたいのか」
瓦礫と粉塵が舞う中で、正識は冷たく言い放った。
うめき声が途絶える。
正識は天秤を取り出し、彼らの魂の重さをはかろうとしたが、動けない者や意識を失っている者もいた。
『ももたろう』は潰れた卵を見て涙を浮かべている。
七龍騎士は天秤を持っていた手を下ろした。
「まあいい。一度、機会を与えよう。君たちが心の底から己の過ちを悔い改めるのなら、私は罪を問わない。第四龍騎士団を尋ねるといい。私はそこにいる」
正識には、彼らが束になっても自分にかなわないという自信があるのだろう。
龍騎士に今夜の件を言えば、通してやるよう言いつけておくといった。
「鬼城の『鬼』にも伝えてくれ。『影』のみならず、元から消去してやると。それまで、この二千五百年の過ちを懺悔しろと……!」
彼はもう一度、東雲遊郭を見渡す。
星々のように揺らめく灯りは人々が活動している証拠である。
耳元に、男女の睦事が聞こえてくるようだ。
「所詮は浮世は、『夢らか醒めた夢』……か」
正識はそう言い残し、飛び去っていった。
First Previous |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
Next Last