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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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まほろば遊郭譚 第二回/全四回

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第六章 忠臣2

「久しぶりだな、現示。しぶとく生きてやがったか」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が部屋の真中に立っている。
 彼の魔鎧プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が行灯に明かりをつけた。
「今日は聞かせてほしいことがあってな、無理を承知で瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)を連れてきた」
 その唯斗の傍らには睦姫が思いつめた表情で正座している。
 日数谷 現示(ひかずや・げんじ)はカッとなって、唯斗を殴りつけた。
「なぜお連れした! 何のためにお前に任せたと思ってんだ!」
「は……まだ人を殴る元気はあるようだな。けど、そんぐらいにしとけ。雪千架(ゆきちか)が目を覚ますからな」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の膝の上では、睦姫の子、雪千架が寝息を立てている。
 現示は驚いて雪千架を眺めた。
「大きくなったであろう? けれど、貞継将軍と地球人との子は、もっと早く成長しているようだ」
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が子守唄を歌うのをやめた。
「雪千架さんは睦姫に似て色白で金髪碧眼だし、きっと美青年になるでしょうね」
「私の髪は『托卵』で失われたけどね」
 睦姫がボソリとつぶやくと、現示はその場に平伏した。
「いいのよ髪なんて。カツラをかぶればいいだけだもの。命が在るだけでも良いと思わなければ。それに今はね、シャンバラ人がいろんな色のカツラを持ってるのよ」
 睦姫が笑顔を見せる。
 現示は直視できないでいる。
 唯斗は真面目な表情で言った。
「それは置いといてだ、聞きたいのはロザリオの件だ。あれは何だ。瑞穂藩主と何か関係あるのか? いや、睦姫のひとりごとをきいてしまったものだからな」
「それは、この十字架(ロザリオ)のことだよね?」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が現示の背後からおずおずと顔を出す。
「……チカちゃん、久しぶり。元気、だった?」
「円! あなたなぜこんなところに……ううん、あなたの方こそ元気そうでよかったわ」
「うん、ボクね。十字架(ロザリオ)探してたんだよ。チカちゃんに返してあげたくてさ。現示君、渡してあげてよ」
 現示は丁重に差し出し、睦姫は十字架(ロザリオ)を受け取った。
 行灯の灯りに照らされて輝いている。
「ありがとう。苦労をかけたわね」
「いいんだよ、そんなこと! ねえ、教えてよ。その十字架(ロザリオ)についてさ」と、円。
 睦姫はじっと手の中の十字架を見つめ、静かに言った。
「日数谷、話してあげて。お前が覚えているのなら」
「はい、忘れるはずがありません。姫様は私の命を救ってくださったのですから」
 現示は眼を閉じて語り出した。

卍卍卍


 今からは八年程前。
 瑞穂城に賊が侵入した。
 瑞穂に養子に入り、次期当主と目された正識(まさおり)の部屋であった。
 当時、部屋には正識と瑞穂藩主しかおらず、共に負傷した状態で発見された。
 また、正識が逃げる際、小姓が一人、左目に矢を射かけられ重症を負った。

「お前、何、してるの」
 睦姫は木の上に登っている少年を見つけ、問いかけた。
 驚いた少年は枝から転げ落ち、手には縄が握られていた。
「これは何?」
「睦姫様、どうぞお許しください」
 少年の左目には真新しい包帯が巻かれ、血がうっすらと滲んでいる。
「私は若殿様の小姓であるにもかかわらず、大殿様、若殿様をお守りすることが出来ませんでした。右目もやられ、もう侍にはなれないでしょう。切腹も許されません。このまま、お見逃しください」
「お前、名は?」
「はい……日数谷と申します」
「では日数谷。今日限りでお前は兄様の小姓ではありません。私付きの護衛になりなさい。兄様の代わりに、私を守るのです」
 少年は訳がわからないというように、睦姫を見る。
「ですが姫様、私はもう……刀を握っても目が……」
「お前はいちいち、姫であるに口答えするのか!」
 睦姫は癇癪を起こし、首に掛けてあった十字架(ロザリオ)を取り出した。
「これは正識兄様から頂いた物。これを私と兄様と思って、死ぬ気で守るのです。いいですね?」
 睦姫は十字架の部分だけを外し、黄金の鎖の部分だけ投げてよこした。
「鎖だけあげる。今日のことはお前と私の秘密。無くしたら、ただじゃすまないわよ」
 睦姫が足場やに去っていくのを、少年はただ見つめていた。

卍卍卍


「その後、俺は城から追い出されることもなく、睦姫様の護衛につくことができた。本来ならとうに野垂れ死ぬはずだったのに……」
「もう良いのです、日数谷。お前がまだ鎖を持っていることを知って、瑞穂への忠義を忘れてないことがわかりました」
 睦姫は一息付いたあと、こう続けた。
「それに、これだけではないのです。このロザリオは、本来は瑞穂藩主が持ってなくてはならないもの。私の手にあるのを知って、大殿様は大層驚かれていたわ。『マホロバの秘宝をなぜお前が持っているのか』と。だけど、『それは正識にはいうな、とも」
「それは、私も初めてお聞きしました」と、現示。
 唯斗が、思ったことを口にする。
「なんというか、大殿と若殿は仲が悪かったのか?」
「私にもわからないわ。ただ、大殿様は兄様を避けておいでなのは感じたけど」
 睦姫は言い、現示は黙り込んでいる。
 彼には思い当たる節があったが、何も言わなかった。
「取り合えず、貴方のわだかまりの一つは解消したでしょう? 何が本当の忠義なのか。逃げまわるでなく、主君の目を覚まさせてやることも忠義と言えるんじゃないかしら」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、帯に挟んでいた一通の書簡を見せる。
 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が、八咫烏(やたがらす)を通じて持ってこさせたものだ。
「幕臣の一人、陸軍奉行並が貴方の力を借りたいと言っているわ。私の馴染みだから、橋渡しはつけとくわよ。貴方が望むならね」
 そこには、『現示と睦姫の情報を確認し、秘密裏に庇護する。この情報は他に漏らさず極秘とする』と、あった。
「今すぐには返事ができない。少し時間をくれ」
 現示は片目を覆う赤い布を押さえ、よろよろを座敷を後にした。
 彼はだれもいないのを確認して、柱に頭をぶつけた。
「あの時……俺に担がれた若殿に向かって矢を放ったのは……大殿様だったんだ。こんなこと、誰に言えるってんだ……」


「睦姫様、先程の忠義の話、姫をその家臣の話、歌や舞にしてみると良さそうですね」
 ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)が舞い始め、夕月 綾夜(ゆづき・あや)が琴の音を即興で奏でる。
 彼女たちは恭しくおじぎした。
「マホロバをほろぼさせたくない、そのためにできることをしているだけ。こうした想いが、人々に届き、繋がっていくのを伝えたいのです」