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リアクション
第五章 大奥再び1
鬼城御三家。
頭張(とわり)、鬼州(きしゅう)、水登(みと)。
御三卿(ごさんきょう)とも呼ばれる。
政治、経済面の要地でもあり、防衛面において御三家は後詰の統領であった。
鬼鎧が多く発見されるのも、この地方が多い。
鬼城宗家に密接に関わっており、宗家の危機には必ずこの中から将軍後継職が選ばれた。
水登(みと)藩主鬼城 慶吉(きじょう・よしき)は、はじめこの職を断ったと言う。
将軍後継職などになって失敗するよりは、はじめから受けないほうが良いと言うのである。
しかし、最終的には、保守派の旧楠山大老派の説得により受けいれた。
慶吉はこの日、マホロバ城内中奥の庭で弓撃ちに興じていた。
馬に乗って狩猟に行きたいといったが、この情勢でどこに不逞な輩がいるかわからないからと、押しとどめられた。
「私は将軍家の血筋を監視するためであって、私が監視される筋合いはないのだが」
「左様でございます。しかし、慶吉様。幕臣をはじめ城内も、油断ならぬ動きがございます。ご承知いただきますよう」
と、家臣。
「そういえば、開国だ、造船だと騒いでいる者たちがいたが、その後どうなった。まだ泣きついて来ぬのか」
「はあ……申し上げにくいことではありますが、シャンバラ政府と接触し、条約を取り付けたようです」
「シャンバラのう……」
慶吉が弓を放ち、ダンッと的に当たった。
「あた〜り〜」と太鼓持ちが叩く。
御従人が「おめでとうございます」と大声を出し、ふれ回る。
「……天子様が、直々に勅命を下されずにすんで良かった。扶桑が焼かれたのは残念だったが、でなければ、今頃は攘夷を決行しなくてはならなかった」
慶吉は再び弓を撃ち、太鼓持ちが叩いた。
「エリュシオン帝国にシャンバラ、両方相手などしていられるものか。瑞穂だけでも手を焼いているというのに」
「慶吉のおっさん……結構考えてるじゃん」
後見人を務めるアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が、両腕を組んで柱にもたれかかっている。
「おっさんだと!?」と御従人が刀に手をかけ、血気を登らせた。
慶吉は「まあまあ」と制した。
「アキラ殿いかがされた。一緒に弓でも撃たれるか」
「俺、あんたを信じるよ」
アキラは突然、ぶっきら棒にいった。
「鬼と天子の力、そこに地球人の血が交わった。鬼を抑え、托卵の犠牲をなくし、『天鬼神』を超えた新たな力になるかもしれない。俺は、その可能性を信じたい」
そのために協力するのだと彼はいった。
慶吉は手ぬぐいで、大きく秀でた頭の上の汗を拭った。
「前将軍直々のご指名による後見人とはいえ、大奥の一部のものしか知らぬ托卵の秘儀もご存知とは。貞継公はずいぶん開放的な方だったようですな。私も、将軍後継職となったからには、鬼城の血は慎重にお見守りしています。幸い、前将軍の血を引くお子たちに、鬼の兆候はでておらぬようですが……ひょっとしてということもあります」
「貞継公はだからこそ、新しい血を入れたんじゃないか?」
「私は天鬼神の力を持たぬゆえ、可能性については測りかねます。普通に考えれば、新しい血を入れれば、鬼としての、鬼城の血は薄まりましょうな。旧来の家臣たちは、そこを心配している。鬼城家の崩壊は、すなわち鬼城二千五百年の治世の崩壊ですからな」
「鬼城家も潰さず、子供たちもその母親も助けたいんだ!」
アキラは拳を握りしめている。
己の無力を嘆きながら――。
「アキラ様……そこまで私たちのことを」
大奥大台所であり現将軍白継(しろつぐ)の母、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)が幼将軍と警護の女官たちと共に現れた。
白継を守るように忍犬をついれた土雲 葉莉(つちくも・はり)と隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)がいる。
「これは樹龍院様。大奥の大台所様である方が大奥を出てここまでいらしゃるとは、前代未聞ではありませんか? 大奥のしきたりは廃れてしまったのですかな」
慶吉が大げさに言うと、白姫は申し訳なさそうに、しかしはっきりとした口調で答えた。
「いてもたってもいられず、表の家臣や役人を説得して参りました。普段であれば許されることでありませんが、どうしても鬼城家のお一人である慶吉様におききいただきことがあるのです」
「ほう、どのようなことでしょう?」
「マホロバの鬼と、天子と扶桑の関係です」
白姫は長いまつげを伏せる。
「鬼とはかつて闇の眷属のような存在で、他の民との共存を望み、闇としての鬼を天子様と扶桑様に封じていただいたのではないですか。封印に全力を使う二神に替わり、鬼はこの地と民を守る将軍となった。ただ、闇の鬼の力は強大で完全封印できず、民や扶桑を徐々に侵食していく。その為に噴花で、扶桑や民の体を定期的に浄化する必要になったのではないでしょうか……」
「……どうぞお続けください」
「托卵で母が体の一部を捧げるのは、鬼城の血筋は闇の鬼の影響が強く、その身代わりが必要だから。このような現状が今のマホロバの体制なのではないでしょうか。違い、ますか?」
慶吉は黙りこみ、アキラも葉莉たちも固唾を飲んで見守っている。
何も知らない、白継のきゃっきゃと発する声だけが長い廊下に響いた。
「私が言えるのは、この全容をご存知なのは、おそらく天子様と初代将軍鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公のみでいらっしゃるだろうということです。我々鬼城御三家をはじめ、家臣、大奥と、忠実に家訓やしきたりを守り貫いてききました。しかし、それぞれの役割しか知らされておりませぬ。どのようなお心づもりでこのようにされたのか、貞康(さだやす)公に聞かねばわからぬこと。今となっては、叶わぬことですが」
「では、私の考えは正しいかどうか、ご存知ではないのですか」
「鬼の……暗部については否定しません。現に、貴女も貞継公の苦しみを間近で見てこられたのでしょう?」
そう言う慶吉の顔が、一瞬般若の表情に見えた。
ああ、この方も鬼城家の鬼の血がながれているのだと、白姫は思った。
「白姫さん、実は私もずっと考えていたことがあるの」
貞継のお花実の一人水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が、鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)その人を連れてやってきた。
「さ、貞継様……?」
皆、驚いて前将軍を見つめたが、貞継の視線は定まらず、相変わらす心ここにあらずのようであった。
「私、貞継さんの心を探しているの。扶桑の噴花を止めて以来、行方知れずのお心を。もしかしたら、白継様の中にいるのではないかと思って、その確認をさせてほしいの」
「白継様をですか!? だ、だめですよぉお!」
葉莉が両手を広げ、緋雨の前に立ちふさがる。
「お願い、わかって。確認さえとれればいいんだから」
「だって、幕府の人さえもが白継様たちを見張りにくるとかいうんですよ? 誰を信じたらいいんですか!?」
将軍家の子供たちをめぐって、大人たちの争いが激しくなっている。
かつて幾人もの子供たちが後継者争いや権力争いで命を落としてきたのだ。
今はまだ、鬼の兆候が現れたものはいないが、過敏に反応するのも無理はない。
「葉莉……やめてあげて。水心子様を信じましょう」
白姫が静かに諭し、緋雨と貞継に向かって悲しく微笑んだ。
「もしそうなら、貞継さまにお会えできるかもしれませんもの」
「では……どうぞ。万が一の時にはお覚悟召されますよう」
と、銀澄がいつでも刀を抜くことができるよう構えている。
緋雨は貞継の手をとって、白継の小さな手の上の重ねた。
大奥では侍女として振舞いた櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)が緋雨に背にぴったりと寄り添う。
姫神の力を借りようというものだ。
二人は意識を高める。
貞継の手がピクッと跳ねた。
「貞継さん?」
緋雨は期待を込めた目で貞継を見つめたが、その後いくら待っても何も反応がなかった。
「うーん……違ったのかしら。ごめんなさい」
「いいえ、いいんです。私ももしかしたらと期待しましたから」と、白姫。
「じゃあ、次は扶桑さんね! 扶桑さんの中に貞継さんもいるかもね。ちょっと行ってきます」
火軻具土 命(ひのかぐつちの・みこと)があくびをしている。
「ふあ……またどすかあ。うちの出番は飛空艇操縦することぐらいで、白継様と緋莉と一緒に眠りはるわぁ……わあ!」
天津 麻羅(あまつ・まら)はう無を言わさず、連れていこうとしている。
「そんなことでどうする。もし、万が一城が攻め落とされるようなことになれば、誰がお守りするのだ!」
しかし、緋雨は変り身も早く、扶桑の都への出発を急ぐ。
その時、大奥の広敷にいる役人が慌てた様子でやってきた。
「慶吉様! 樹龍院様、水心子様もこちらへいらっしゃいましたか。実は大奥が一大事かと。葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)様がすぐお戻りなるようにとのことです」
「房姫さん? 何だ、またなんかあったのか?」
アキラは大奥でのイザコザを思い出し、嫌そうな顔を見せた。
彼女たちは急ぎ、大奥へと戻る。
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