校長室
インベーダー・フロム・XXX(第2回/全3回)
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【3】 Re:CHURCH【5】 エレベーターは地下に続いていた。 ゴシック建築を思わせる、美術性の高い宗教様式の建物とは一変し、地下の空間は近代的だった。 鋼鉄製の床に、天井を走る無数の配管。空間は暗闇と静けさに包まれていたが、眼を凝らすと奥に青白い光が見える。 それは統率のとれた軍隊のように規則正しく並んだ培養槽だった。どくんどくんと脈を打つ肉塊が紫色の液体に浮かんでいた。それが何なのか、窺い知ることは出来ないが、忌まわしいものであるのは間違いない。 「研究施設のようだな……」 「そこにデスクが並んでるわ。ファイルとか資料らしきものも……」 レンとルカルカは言った。 「……どうやら先客がいるようだ」 刑事の視線の先には、昌毅とマイア、そして淡雪の姿があった。 「よう、刑事さん。遅かったじゃねぇか」 「うるせぇ。しかしお前ら、よくエレベーターを使わずにここまで来れたな。マジ結構、深かったぜ、ここ」 「ああ。ただの縦穴かと思って、自力で来ちまったんだよ」 昌毅はため息を吐いた。 「まぁでも、苦労した甲斐はあったぜ」 一冊の手帳を刑事に投げた。 「ここに教団が海京に来た目的が書いてある」 ーーG計画。 2022年に水没した海上都市”海京”にて進められていた超兵器開発計画らしい。 計画書に多数の欠損が見られるため、詳細は不明。一体どのような兵器だったのか、重要部分が欠落している。 しかし記載されている未知のエネルギーを用いた武装や、人間の精神を兵器にフィードバックするシステムなど我等の化学力でもまだ辿り着いていない次元の理論に基づいて計画されていたのがわかる。 このスペックを実際に再現出来るなら、ドージェ・カイラス(どーじぇ・かいらす)に対抗しうる力になるかもしれない。 「こいつは……!」 刑事は言葉を失った。 手帳には、海条保安、敷島順志、三郷正太郎、ブルーク・スクルスカラ、ニコラス・C・エーテルマン、紺野耕造、ロベルト・スタークス、矢野歳幸甚……殺害された被害者の写真が挟まっていた。 写真には赤字でバツが付けられていたが、中にはバツの付いていない写真もある。 「となると、コイツが次のターゲットか……!」 刑事はその写真をスキャンすると、警察本部に転送した。 「うーにゃー!」 ちびあさも何かを発見した。 机の上にあったPCに、ガーディアンに関する資料があった。 G計画の詳細は未だに不明だが、この欠損した計画書を元に我々も独自に超兵器開発を進める事が決定した。 G計画から頭文字をとり、グランツ教の超兵器開発計画を”GURDIAN計画”と名付ける。 計画書を見るに、G計画で進められていた兵器にはエネルギーや骨格素材の点で懸念があったようだ。しかし我等はこの懸念をクリアするニルヴァーナの科学力がある。 パラミタに存在する巨大生物ドラゴン種の遺伝子情報を元に、各種モンスターの遺伝子を合わせ魔法的に巨大生命体を創造する事は可能だ。 これまでの実験では知能レベルを実用段階にまで引き上げる事は出来なかったが、G計画にある精神フィードバックシステムを応用すれば問題を解決出来る。人間をベースに、各種遺伝子を植え付け、制御装置にフィードバックシステムを組み込む。この方法なら、人間の意識を保ったまま強靭な肉体を手にする事が出来るだろう。 さながら”知恵の樹の実”と、”生命の樹の実”を食べた究極の人類と言うところか。 クルセイダーの数名を被験者に実験を行った。多大な犠牲も出たが、実験は形になりつつある。 第一段階では、巨大生物化(以降はガーディアン化と呼称する)に成功、精神フィードバックシステムも良好に作動し、G計画にあった武装を再現した収束熱線砲”メギドファイア”の実装にも成功した。 しかしながら、意識の安定化には失敗したと言わざるを得ない。ガーディアン状態での被験者に意識の混濁が見られる。単純な行動に支障はないが、複雑な行動には対応出来ず、戦略に勝る敵を前にすればガーディアンではどうする事も出来ないだろう。 また、スペック通りの性能が発揮されない不具合も散見された。 これでは到底ドージェを倒す事は出来ない。更なる実験が必要だ。 第二段階の目的は、意識の安定化、および性能の強化だ。 第一段階での失敗は、必要最低限の機能付加に終始してしまった事にあった。手術によるガーディアン化の深度を深めれば、より安定する。 その場合、人間からは遠い存在になってしまうが、クルセイダー達はその事をとても喜んでいるようだ。 彼らの気持ちはよくわかる。超国家神様のため我が身を差し出す喜びだ。ワタシも超国家神様のため、我が身を捧げる覚悟で実験を進めようと思う。 第三段階では、単独での制圧能力の上昇を目的にしている。そもそもG計画の超兵器は単独運用される兵器のようだ。 ガーディアンを複数体融合させる事で、更なる巨大化とスペックの上昇を実現した。 また、この状態でベースになっているガーディアンが死亡しても、別のガーディアンが代用となって行動を継続出来ることがわかった。合体したガーディアンの数だけ生命はストックされるようだ。この機能を”アダムカドモン”と名付ける。 より不死に近い生命体にガーディアンは進化している。これも超国家神様の奇跡に他ならない。 「こっちにもあったよ!」 美羽も一冊の手帳を見つけた。 海京に来て2ヶ月、クルセイダー達にG計画を調べさせているが、未だ見つからない。 関係者らしき人物、兵器隠蔽の可能性のある施設をしらみつぶしに当たったが、出てくるのは断片的な情報ばかりで、本体の手がかりは得られない。 ここ最近の戦闘データのおかげで、ガーディアンの改良は進んでいるが、それでもドージェと戦闘可能なレベルにはほど遠い。やはり我等にはG計画が、超兵器が必要だ。 しかし約束の日は近付いている。我々の世界に、海京は無い。我々の世界と同じになるよう、海京を地図の上から消し去らねばならないのだ。G計画は惜しいが、奴らに兵器を実用化されるよりはいいだろう。 約束の日までに見つけ出さねば。 「海京を消し去るだとぉ……! マジふざけやがって!」 「刑事、あれを見ろ……!」 カルキが指し示す方向に、見たこともない巨大な装置が置かれていた。 装置の上部には、紫色の液体ーー培養槽に入っているものと同じ種類のものだろうかーーの入ったガラス管が十本ほど刺さっていた。 「何の機械だこりゃ……?」 刑事が近付いたその時、ガラス管の中の液体が泡立ち、装置が唸りを上げて作動し始めた。 次の瞬間、部屋に違和感が走った。空気が泥のように重たくなり、身体にのしかかる感覚……”シャドウレイヤー”だ。 「け、刑事!?」 非契約者である刑事は、この空間に適応する事はおろか、認識する事も出来ない。 石像のように固まってしまった。 「ルカ! この感じは……危険だぞ!」 「暗闇の奥から殺気が複数……! とにかく刑事を守るのよ!」 ルカルカは魔法少女仮契約書を取り出し、魔法少女に変身する。 「國を憂う心が生んだ、愛と正義のソルジャー系魔法少女! キャプテン☆ルカルカ!」 ルカルカの服が、軍服をベースにした魔法少女コスチューム(背中に教導団の紋章が大きく刺繍された)に変わった。 カルキはマスコット化、ミニドラゴンになって、ルカルカと刑事を守る。 暗闇の所為で気が付かなかったが、この部屋の入口はエレベーターだけではなかった。 このラボを中心に、蜘蛛の巣のように通路が張り巡らされ、それは海京の下水道に通じていた。 それが、上の教会にクルセイダーの痕跡がなかった理由だ。 「我等、神に祝福されし理想の尖兵。我等が道を遮る理想の敵に安らぎを。安らかなる眠りを」 身体に張り付くようなライダースーツに身を包み、禍々しい意匠の施されたフルフェイスのヘルメットを装着する暗殺者……”クルセイダー”が、捜査隊の前に現れた。 「……邪魔はさせねぇ」 最も速く敵に反応したのは、同じ暗殺者であるマーツェカだった。 先んじてペトリファイを放ち、奇襲を仕掛ける。しかし、クルセイダーは身じろぎ一つせず、突進してきた。 「ぐ……! 石化は効かないか……ならば!」 アボミネーション、その身を蝕む妄執を続けて繰り出すが、それも通用しなかった。 クルセイダーの状態異常耐性、精神異常耐性は異常なほどに高い。 「愚かなる娘よ。神の祝福は、忌まわしき邪術を跳ね返すのだ」 閃いた右手に青白く光る戦斧が現れた。 「がは……!!」 振り下ろされた一撃は、マーツェカの肩を裂き、血飛沫が上がった。 魔法少女でもマスコットでもない彼女では、シャドウレイヤーに適応出来ず、クルセイダーの攻撃を回避することも出来なかった。 「良き眠りを!」 更にとどめの一撃を振り上げた。 「させるかぁー!」 駆け出した美羽は、仮契約書を取り出し、魔法少女に変身した。 「閃光の魔術師、魔法少女マジカル美羽!」 超ミニスカ魔法少女となった彼女は、脚にパワーブレス。強化された自慢の美脚で無影脚を叩き込む。 「そらそらそらそらーーっ!!」 「……っ!?」 その名の通り、影を残さないほどの高速蹴り。全撃身体に撃ち込まれたクルセイダーは、たまらず壁に叩き付けられた。 「これが魔法の力だよ!」 メインは魔法じゃなくて、肉弾戦のほうだった気もするが。 そして、レンもクルセイダーと対峙していた。 空間への適応力を持たない彼は、マーツェカ同様、クルセイダーに追い込まれていた。敵の青白く光る大刀を前に防戦を余儀なくされ、彼の身体は少しづつ斬り刻まれていた。 「このままでは……!」 指に嵌めたデスプルーフリングを見た。 (この空気、ナラカに似ていると思ったが、デスブルーフリングでも対処出来ないのか……!) 前回の報告を参考に、闇耐性のある装備で固めてきたが、効果はほとんどない。 「ぐはっ!?」 クルセイダーの放った掌底が、レンの胸を砕き、吹き飛ばした。 敵の動きは眼で追えている。しかし身体がどうしても付いて来なかった。 「理想の敵に幸福を! 楽園への旅路を!」 「く……!」 大刀が頭上に振り下ろされた。その時。 「アウストラリアス・ディフレクター!!」 突然現れた光の壁が、斬撃を弾き飛ばした。 「世界の危機に颯爽登場! 魔法少女アウストラリス、見参!」 ブルーの魔法少女コスチュームを翻し、アイリ・ファンブロウ……いや魔法少女アウストラリスが駆け付けた。 「間に合って良かった……! さぁレンさん、この契約書で早く魔法少女に!」 アイリは契約書を差し出した。しかしレンは受け取らなかった。 「生憎だが、俺は魔法少女になるつもりがない。戦士としての矜持を捨ててまでなるものではないからな」 「ですが、このままでは戦えません」 「なら、奴に任せるまでだ……!」 レンは悪魔リンダ・リンダ(りんだ・りんだ)を召喚する。 突然、空間にドアが出現し、中からメイド服のリンダとお供の超人猿が現れた。 「喚ばれて飛び出てこんにちは! 金の切れ目が縁の切れ目! 魔界のプリンセス・らぶりー?リンダたぁ私のことだぁ!」 威勢良く出てきた彼女だが、出て来た場所が見たこともない場所だったので戸惑った。 「どこだ、ここ……?」 「クルセイダーのアジトだ、リンダ」 「なんだレン? しばらく見ない間にこっぴどくやられたようだな?」 「敵を見誤った。奴らを頼む……」 リンダはクルセイダーを睨み付けた。 「ああ……任せときな!」 リンダは大刀を躱し、野球のバットで敵のヘルメットを叩き割った。 「オラァ! 魔法のステッキ(注・バットです)! オラァ! 」 「ぐふ!」 態勢を崩したところに猿をけしかける。 「さぁトドメだ! 畳んじまえ!」 「ウホ……」 「ん?」 命令したものの、猿は空間に適応出来ず、大分衰弱していた。 「使えねぇな!」 リンダは猿を殴り、返すバットで、クルセイダーをボコボコに殴った。 「……出てきましたね」 その時だった。暗闇の中に、異様な気配が蠢くのをアウストラリスが感じとったのは。 培養槽から漏れる光が照らすのは、柔らかな桃色の髪に、青い瞳は宝石のよう、西洋人形を思わせる整った顔をした青年……司教・メルキオールだった。 彼は拍手をしながら、こちらに近付いてきた。 「お見事デス、皆サン。このラボラトリの存在は、神官もナイツも知らないと言うのに突き止めるナンテ、素晴らしい捜査能力デス。海京には優秀な方々がいらっしゃるのデスネ」 「……あなたの本性はわかりました。何が人々のための宗教ですか!」 アウストラリスはビシィと指を突き付けた。 「甘い言葉で不安に思う人々を教団に取り込むその裏、暗殺者を使って海京の平和を乱している。あなたこそが不安の元凶です。人々のためと言いながら、していることは教団のため、超国家神のためでしょう……!」 「そうデスけど?」 彼は首を傾げた。 「だって、超国家神サマの治める未来こそ、人類の辿り着くべき場所、幸福が約束された世界デショウ? ワタシはその幸福な未来に、世界を導くお手伝いをしているに過ぎマセン。それが皆サマのためでなくて何デショウ?」 メルキオールは微笑みを浮かべたまま言った。 その底知れない不気味さに、アウストラリスは戦慄した。 「な、何を言ってるんですか……! 海京が沈む未来が人々の喜びなわけがないでしょう! たくさんの犠牲が出たあの事件が!」 「超国家神サマのため、自らを捧げる、それは幸福以外の何ものでもありマセン。海京沈没の尊い犠牲になる皆サマは、とても幸せ者デスネ」 そう言って目をキラキラ輝かせた。 恐るべきことに、彼は本気だった。彼は自分のしている事が、人々のためだと本気で思っていた。 「……デスから、ワタシ達の邪魔をする行為は、人々から幸福を奪う行為にほかなりマセン」 メルキオールは剣の柄のようなものを取り出した。 それは彼の自室で、レンが見たペンライトだった。一本一本、指の間に挟む。片手に3本、両手で計6本を持ち、アウストラリスに微笑んだ。 「けれど、ワタシは幸福の敵にも寛大デス。死と言う安らぎをもって、皆サマに最期の幸福を差し上げマス。後の世界はワタシどもに任せて、ごゆっくりお休みクダサイ。この古き時代とともに」 6本のペンライトは青白く光る鞭に変形した。 「”聖剣アシュケロン”の力、見せて差し上げマス……!」 「……伏せて下さい!」 変則的な鞭の軌跡は、部屋を一撃で6度斬り裂いた。 火花を散らして壁を斬り裂き、床を斬り裂き、培養槽を斬り倒し、机を真っ二つに両断し、その上に乗る資料を微塵に刻み、PCを粉砕した。 幸い直撃を食らった者はいなかったが、次は確実に食らう。刑事を始め、マーツェカやレン、空間に適応出来ない者は避けようが無い。 「どうしたら……」 アウストラリスは部屋の奥にある奇妙な装置に気付いた。 「あれは、まさか……”シャドウレイヤーの発生装置”?」 彼女は立ち上がり、装置に掌を向けた。 「アウストラリス・パーミット!」 掌に収束した魔力が発射され、装置をばらばらに吹き飛ばした。 その瞬間、シャドウレイヤーが消えた。 「……やられマシタネ」 装置から出た紫煙で部屋が覆われる中、メルキオールは肩をすくめた。 「これで全員動く事が出来ます。今度はこっちの反撃する番ですよ!」 「……じゃあ今日は止めマショウ」 メルキオールは後方に控えるクルセイダーに目配せした。 「え?」 「海京を沈める大事な計画の前に、怪我をしてしまってはいけないデスし……」 「ま、待ちなさい!」 「では、また……」 メルキオールとクルセイダーは、地下の闇に消えていった。