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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

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『動き出した歯車』

●イルミンスール:校長室

「ハイジ様が掲げたイルミンスールの方針ですが、あの方針では“鉄族及び龍族の視点で見て契約者陣営がどのように映るか”が考慮されていないのではないでしょうか。私の想像ですが、両陣営の視点からだと、契約者が意味も無くただ単に侵略戦争を仕掛けているだけに見えてしまうんです。
 現段階では鉄族、龍族共に『契約者陣営の思惑』が十分伝わっているとは思えません。そんな中では交渉の余地が有るとも思えませんし、最悪、鉄族、龍族を敵に回した状態でデュプリケーターと事を構える……そうなってしまわないか心配なんです」
 校長室を訪れたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)に自身が思案していた内容を口にする。
「今、両陣営への介入を行ったとしても効果は得られず、それどころか両陣営を敵に回す事になりかねん。
 それよりも私は、デュプリケーターを早い内に叩く方が奴らに漁夫の利を取られないためにも重要であると考えるな。両陣営にデュプリケーターが脅威であると意識させられれば、彼らの協力も引き出せるかもしれない」
「私達で龍族と鉄族が一つの目的のもとに共闘する、という流れを作り、その上で『天秤世界の争いの終わらせ方』を明確にした上で両者と交渉が出来ればいいのですが……。
 ともかく、相手を見誤れば私達もただでは済まなくなります。どうか御熟慮を」
 フレデリカの意見に合わせるように、グリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)も持論を展開する。向き合ったアーデルハイトは腕を組み目を閉じ、深く思案しているようであった。
「うーん。ボク考えたんだけど、そもそも何で両陣営はここまで争っているんだろうね?
 戦わなくて済むならそれに越した事ないよね。どうしても戦わなきゃいけない理由を取り除いたら仲良くできないかな?」
 スクリプト・ヴィルフリーゼ(すくりぷと・う゛ぃるふりーぜ)の、きょとん、とした表情から吐き出された意見にグリューエントが呆れた顔をしつつ反論を返す。
「…………、レスリー、気持ちは分かるが君の意見に具体性はないだろう?」
「そ、それをこれから調べるんじゃない! ボクだって今すぐにどうこうできるって思ってないよ!」
 いがみ合いになりそうなのを、ルイーザが間に入ってとりなす。フレデリカがさらに一歩踏み出し、この場の流れを決定づけんとする言葉を吐き出す。
「今、『天秤世界の争いの終わらせ方』を明確にできない以上、ハイジ様の立てた“天秤世界の争いを止めるために両勢力の戦力を均等に削ぐ”という方針はそのまま鉄族、龍族双方に伝えた所で納得してもらえるとは思えません。
 ですから、今まで得た情報を元に鉄族、龍族双方が飲み込みやすい『契約者陣営の思惑』を打ち立て、それを両陣営に主張する事で両陣営との停戦協定を結ぶべきではないでしょうか。あわよくば対デュプリケーター体制を構築する、もありますけど、そこまでは難しいかなと思うんです」
 フレデリカの言葉が切れ、辺りに沈黙が降りる。その沈黙を破ったのはアーデルハイトでもフレデリカでもなく、新たな来客であるレン・オズワルド(れん・おずわるど)とパートナーたち、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)ガウル・シアード(がうる・しあーど)であった。
「すまない、盗み聞きするつもりはなかったのだが、聞こえてしまってね。
 俺達もその事で話をしに来た。よかったら輪に加えてもらえないだろうか」

 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)も輪に加え、改めて、イルミンスールの方針、今後取るべき行動が話し合われる。
「これまでの生徒の思い、行動を鑑みるに、個々はともかく総意としては、『龍族、鉄族、どちらの勢力にもつかない』という方針であるように思う。
 そしてそれはイルミンスールの方針とも合致している。……それで間違いないな、エリザベート」
「えぇ、間違いありませんよぅ」
 エリザベートが頷いたのを確認して、レンが表情を険しくし、言葉を続ける。
「ならば、理解して貰いたいことがある。今回の戦いで俺達は両種族からの誘いを蹴った上で、彼らの情報を利用して戦力を配分、行動を起こす。それはつまり、相手の顔に泥を塗った形での武力介入となる。当然、両種族からの反発は必至であり、今後の調査にも支障が出る可能性は高い。……故に次の一手として、早急に打たねばならないことが2つある」
 皆の視線が集中する中、レンが1つ目の『次の一手』を口にする。
「1つは、俺達が彼らの戦力に拮抗しうる存在であることを天秤世界に示すこと。そうすれば故事にある『天下三分の計』ではないが、一時的に天秤世界のパワーバランスは安定する。……否、安定せざるを得なくなる」
「……質問、いいですか? その、両陣営の戦力に拮抗しうる存在であることを示す方法ってなんですか?
 後、パワーバランスが安定せざるを得なくなる保障ってありますか?」
 フレデリカが手を挙げ、気になった点を問いかける。この2つの問いに対しレンは、確固たる保障に基づいた自身の意見は持っていないと答えた。方法については今後、俺達と君達、校長達とで話し合って決めるべきだろうとも告げた。
「だとしたら、私達はやはりデュプリケーターを当面の『敵』に据え、両陣営には彼らの脅威を伝えた上で対処に当たる旨を伝えるべきではないでしょうか。それが両陣営に、私達が相応の戦力を持っていることの証明にもなると思うんです」
「フリッカ、気持ちは分かりますが、まだレンさんのお話は終わっていませんよ」
 身を乗り出して意見を主張するフレデリカを、ルイーザがやんわりと窘める。
「あっ……ご、ごめんなさいっ」
「いや、構わない。イルミンスールの生徒がそれだけ真剣に事を考えているのは、俺も嬉しく思う。
 ……話を戻させてもらう。一時的には拮抗状態を作り出せたとしても、それは決して長くは続かない。攻め続けられれば簡単に崩れるし、生徒達の心にも疲れが見えてくる。生徒達は戦う術に長けてはいるが、兵士じゃない。一時は優れた力を発揮出来ても、長期に渡って持続可能かと問われれば、難しいだろう。故に次の手が必要となってくる」
 レンの眼が、メティス、ガウルを一瞬捉え、そして口が開かれる。
「それは、両種族の長に改めて謁見を申し入れること。それも戦闘が終わってからではなく、この戦いの最中にだ。
 戦いが収束してからでは俺達への警戒は強まり、謁見を申し入れても断られるだろう。故に、今直ぐに行う必要がある。
 おそらく、彼らとしても俺達の真意を測りかねていることだろう。彼らに『悪意ある敵』として認知される前に、こちらの意図を説明し、彼らに『協力』を求める」
 その為の使者として、レンはメティスとガウルの名を挙げる。「危険と予想される場所へ赴くこと、それが俺達の『命を賭けた行為』だ」と言うレンの意志に、二人も出来る限り応えんという表情を見せていた。
「……皆の言葉、意思、受け取った。私の掲げた方針は、いささか浅慮であったな」
 それまで沈黙していたアーデルハイトが、自らの非を認める発言を漏らす。だがその表情は自虐的でも悲観的でもなく、『これほどの意見を臆することなく口にした者たち』への感謝を示しているように見えた。
「現状、天秤に乗っているのは龍族と鉄族。この天秤が大きく傾く事態は避けたい。その為にどちらかの種族に肩入れする必要はあるかもしれんが、基本我々はどの勢力にも属さぬ第三勢力として行動する。
 その上で、我々と同じ立場にあるであろうデュプリケーターを早期に無力化する。彼らに天秤をいいようにされてはならん。その点では我々は天秤の調律者であり、守護者であるとも言える」

 こうして、イルミンスールの方針は当事者である契約者によってより具体的な方向性を決定されようとしていた――。

「では当初の手筈通り、ノアはイナンナの元へ。メティスは“灼陽”へ、ガウルはダイオーティへ謁見を頼む。
 ……会議の場で言った通り、俺達は彼らの顔に泥を塗っている。使者に立つ者はその怒りを一身に浴びることになる。何があっても対処できるよう、準備は怠らないようにしてほしい」
 レンの忠告を、メティスとガウルが真剣な表情で受け止め、頷く。
「ねーねーフリッカ、ボクたちはどうするの?」
「そうね……。交渉の席にメティスさんとガウルさんが行くって話だと、私達はどっちか一つに絞って向かった方がいいのかな」
「少し、他の契約者の動向を調べてみましたが、『昇龍の頂』『“灼陽”』のどちらとも、足を運ぶ予定の契約者が居るようです。
 数は『昇龍の頂』の方が多いようですので、拘りがなければ私達が『“灼陽”』へ行けば、バランスは取れるかと思います」
「まったく、もっと自分の身を大事にして欲しいものだが。こういう所は兄妹そっくりだな。
 ……っと、話をすればもう一人の“苦労人”が来たようだ。まあ、話を聞けば彼の取る行動は、おおよそ予想がつくがな」

 グリューエントが視線を向けた先、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が足早にフレデリカの元へ歩み寄る。
「フリッカさんが深刻そうな顔をしてここに向かったって聞いたものですから。
 その様子だともう事は終わったみたいですけど……何がありました?」
「えっ、私そんな顔してたの? うーん、全然自覚なかった」
 自分の頬に触れつつ、フレデリカがフィリップの顔へ視線を向ける。自分の事を心配して、何か力になれないかと言っているように見えて、なんだか嬉しくなる。
(少し前までなら、私の思い込みかも、ってなったかもしれないけど、今は違う。
 だって……フィル君は私の恋人。私もフィル君の恋人、だから)
 そんな言葉を胸に秘めつつ、フレデリカが事の次第をフィリップに聞かせる。“灼陽”に契約者の思惑を主張しに行くつもり、と話したフレデリカを、フィリップは表情を変えず見つめていたが、話が終わると何かを決心した顔つきになって言った。
「……本当は、こんな時に一方の種族の本拠地へ行くなんて、危ないって思ってます。でも、フリッカさんがやる、と決めたことを僕は応援したいし、支えてあげたい。……だから、僕も一緒に行きます」
「うん……ごめんね、フィル君。あと……ありがとう」
 頬を染め、フレデリカが頷く。


●カナン:キシュ

「…………」
 姉であるアーデルハイトの書簡に目を通すイナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)。それを持ってきたノアが見守る中、書簡から目を上げたイナンナは一息つくと、複雑な表情を浮かべて話し始める。
「事情は分かりました。確かに『ギルガメッシュ』は修理を終え、この神殿の地下に保管しています。
 ……ですが、ギルガメッシュを貸与することは、申し訳ないのですが出来ません」
「……理由をお聞かせ願えますか、イナンナ様?」
 ノアの問いかけに対し、イナンナは『シャンバラやイルミンスールの危機であれば貸与を考慮するが、今回の事例はそれらとは異なる』という内容の言葉を口にする。『天秤世界の事件を解決できなければ、イルミンスールの滅びは免れないのだから危機と言えるのではないか』という指摘には、悲痛とも言える表情で沈黙するばかりであった。個人としては今すぐにでも飛んでいきたいところだが、カナンの国家神という立場がそれを許さないのを、非常に心苦しく思っているようであった。
「状況が変われば、その時は力を貸してくださいますか?」
 ギルガメッシュの貸与は成らないと見切りをつけたノアの、去り際の言葉にイナンナは、辛うじて笑顔と取れる表情で頷いた。