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一章  防衛戦線




「まだパニックになっていなかったのが幸いだったわね」
 十字架状に走る大通りによって分かたれた、東西南北の町並みの内、観光街の趣が強く、最も人の多く密集する北側の大通りで避難誘導を開始していた、ロイヤルガード騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はひとりごちた。
 突然の空の異変と、次々に飛来してくるモンスターに、観光客も含めた人々がざわめいてはいるが、フライシェイドが小型なモンスターであることや、ほとんど情報が入ってきていないからか、まだそれが我が身に降りかかる重大な危機だという認識は薄いようだ。安全に避難させるのは今のうちだろう。引き連れてきた敏腕執事たちが、揉み合いにならないように気を配っている。
『これだけの人数ですから、パニックになると手がつけられなくなりますからね」
 そんな中、通信機を通して応えたのは、東側の大通り方面で、避難誘導をしていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。
『情報によれば、フライシェイド達の降下予測地点は全て、この町に限定されているようです』
「ずいぶん局地的ね」
 その言葉に、騎沙良は難しい顔で首をひねった。上空の様子を見る限り、彼らの集合範囲は相当な広さであるはずだ。あれがいっせいに降りるとなれば、彼らの集合範囲がそのまま被害範囲となりそうなものだ。彼らの目的は知れないが、ただ「攻撃する」だけなら、この町だけが狙い撃ちにされているのはおかしい話だ。
「場所に固執している、のでしょうか?」
 口を出したのは、エースのパートナーであるエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だ。
「だとすれば、この町から離れてしまえば、ひとまず安全……ということではないでしょうか」
「そうだな」
 エースと友に、騎沙良も頷き、手元の地図を広げた。
「まずはルートを確保しなければならないわね。そちらはお願いできる?」
「ああ。エオリア、イアラ」
 最後は自らのパートナーに呼びかけると、エオリアの方は力強く頷いたが、もう一人イアラ・ファルズフ(いあら・ふぁるずふ)は「ええ?」と嫌そうな声を上げた。面倒くさがっているのがありありとわかる表情だが、その横でエオリアがぎっと強い目線でイアラを射抜く。
「こんな時に我儘言わないでくださいね。お説教する時間も勿体無いんですから。ここでごねるようなら……」
 温度の低くなったエオリアの表情に、イアラは慌てたように首を振り、落ち着くように身振りしてから、諦めたようにため息を吐き出した。
「わかったよ、面倒だけどしゃあない」
 そう言って機関銃を抱えあげたが、その様子にエースは困ったような顔をした。
「……できるだけ、それは使わないようにできるか?」
 モンスターとは言え、本来は人を襲う種でないのなら、無闇に命を奪いたくない。そう続く言葉に、甘い、と言いかけて、イアラは言葉を飲み込んだ。その真剣な表情と目には、何があっても翻らない意思がある。その決意の前に反論を飲み込むと、イアラは再度盛大にため息を吐き出して、首を振った。
「気をつけはするが、保障できねえぜ。あの数だ、それどころじゃねえし」
「わかってる」
 一応付け加えられた声には、エースも苦しげな顔をしながらも、しっかりと頷く。
「もちろん、人命が最優先だ」
「そうですね」
 その言葉に、応える声があった。
「避難用のシュートの設置は終わりました。こちらも誘導を開始できます」
 そう報告したのは、同じく東へ回ったゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)だ。
 彼は、避難中、頭上からの襲撃に備えて狭いアーケードのつくりを利用して、丁度蚊帳のような幕を設置して回っていたのである。少人数であるならともかく、大規模な人の移動では、頭上の危険に対して手が足りないと判断したためだ。
「ここへの誘導は、レナと天津が行っているところです」
 そう言って、視線を向けた先。
 大通側では、彼のパートナー達が忙しなく動いていた。
「焦らないでね、走ったら危ないわ」
 上の開けた大通側では、既に何人かフライシェイドの攻撃を受けたものがいるようで、レナ・ブランド(れな・ぶらんど)はヒールやキュアポイズンで治療をして回っている。
「はい、もう大丈夫よ」
「これ、使ってください」
 そうして治療を終えた人に、厚手の毛布を渡しているのは天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)。攻撃力の高くないフライシェイドの針も、それで幾分か防げるだろうと思っての配慮だ。
 幾人か異変に気づいて、慌てて乗り物に乗ろうとする者もいたが、そんな者たちにも、レナは止めに入った。
「乗り物は使わないでください。乗り物の通れるような大通りは、開けすぎていて逆に危険ですから、徒歩での避難をお願いします」
 だが、バイクで逃げ出そうとしていた男は、そんなレナをぎろりとにらみつけた。
「そんなこと言って、逃げ切れなかったらどうするんだ!」
 その可能性はゼロではない。こうしている今でも少しずつ、だが確実にフライシェイドの影が増えつつあるのだ。
 思わず詰まったレナと男の間に、見かねてゴットリープが割って入る。相手が女性でなくなったせいか、男は僅かに身を引いた。
「そんな事態にならないように僕たちがいるんです。信用していただくほかありません」
 真摯に訴えると、不承不承ながらも男はバイクから降り、教えられた避難ルートへ向かい始めた。
「負けていられないな」
 それを見て、エースたちも、混乱を避けるために人々を少人数のグループに分けながら人々を誘導していく。
 特にエースは、女性や子供がおびえて足が竦んでいるのを見かけては、どこから取り出したのかガーベラを手渡してにっこりと笑って見せ、緊張をほぐした。
 その姿を横目で見ながら、イアラはため息をついた。
「ったく、こんな時にナチュラル女ったらしを発揮してんなよ」
 呟きに、エオリアは逆にくすりと小さく笑う。
「まあ、らしくて良いじゃないですか」
 その言葉に、イアラはふん、と鼻を鳴らしただけだった。



 エースとゴットリープが連携を取り、少人数ごとで避難をしている一方、騎沙良の方では、彼女の連れた執事たちによって誘導され、人々が集ってきていた。
 こちら側は人数が足りない分、小分けにするために人が避けなかったためだが、人が多ければ多い分、ざわざわと落ち着きのないざわめきに、場に段々と、困惑による不穏な気配が広がりつつある。
 そんな中、騎沙良はすうっと息を吸い込んだ。
「皆さん!」
 突然の大音量に、思わず口を閉ざして人々が声の方を見ると、手近な台に上った騎沙良が立っていた。
 戸惑う人々をぐるりと見回し、「この町に今、危険が近づいています」と口を開いた。その言葉にざわめきが起こるのを制するように、騎沙良は「しかし」と続ける。
「心配には及びません。私たちが必ず、この町も、皆さんも守ってみせます」
 その力強い声に、人々は声を呑んだ。
「ですから今は、指示に従って速やかな避難に協力をお願いしますっ!」
 異論は上がらなかった。騎沙良の名声が、その言葉に説得力を与えたこともあるのだろう。続けて避難の経路などを説明し終え、連れてきた凄腕の執事たちに先導を任せると、自身は、人々のガードラインとなるために、大通りから少しずつ数を増やそうとしているフライシェイドへと向き直った。
「ここから先は、一歩たりとも、通すわけにはいきません。強制的に――お引取り願いますっ!」
 宣言一つ。
 騎沙良は持てるセネシャルの力全てを解き放った。