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三章 灰色天蓋


1


 空はますますフライシェイド達の作る群れが、その密度を上げている。
 そんな、灰色に塗りつぶされようとしていた空の真っ只中で、奮闘している者達がいた。 

「この様相は最早、異常事態どころではないであります。これぞまさに……災い!」
 虫の羽音すらかき消すほどの迫力でそんなことを言ったのは、エアカーに乗っているマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)である。何故か、屋根の上に蘆屋 道満(あしや・どうまん)が乗っているが、これはどうも同乗者のカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)による嫌がらせの一環であるらしい。しがみ付きながらフライシェイドを追い払おうとしているが、エアカーの乱暴な動きにばっしばっしと激突している有様だ。それでも一応、フライシェイドの方が当たり負けして倒されているのは不幸中の幸いといえるのかもしれないが。
 それは兎も角。
 エアカーの中で、通信機無しにでも味方に聞こえそうな声の、マリーの演説が続いていた。
「中国由来で虫がもたらす災いといえば蝗害。自らを鞭打たせ敵を欺いたのは黄蓋。このような時にこそ問われるのは教養。
…そこ、聞いてるでありますかッ」
 と、同意を強要。通信機の向こう側では、何人かが苦笑を堪える気配がある。だがそれに構わずに、エアカーを操縦中のカナリーがのんびりした仕草で首をかしげた。
「つまり、どういうことなの?」
「蝗といえば、これでありますッ」
 ドーンッ!という効果音を背負っていそうな勢いで、掌に書いた『火』の文字を見せた。
 見えているのは、傍にいたパートナー達だけだが、それも兎も角だ。
「今皆から入っている情報によれば、フライシェイドの近く方法は熱源。となれば、火を使えば散るやもしれぬであります!所詮虫でありますからしてっ」
「なるほどねー、マリちゃんあったま良いー」
 状況にそぐわない明るい声で、カナリーが手を叩いた。そして、窓から顔をひょいと覗かせると、屋根に乗った道満に合図を送る。
「ってわけだから、カナリーちゃんは火炎放射器でいくから、どーまんはアシッドミストお願いねー?」
「フ……承知した。だが、カナリー、ちょっと速度を落としてくれ」
 失踪するエアカーの速度では、道満にはしがみ付くのでやっとなのだ。だが、訴え虚しく、エアカーの速度は緩む気配は無い。それどころか、カナリーは無情にもにっこりと笑って、ぐっと親指を上げて見せた。
「そんな余裕あるわけないでしょー!? 落っこちてもいいからやるんだよ。がんばれ、どーまん。ファイッ」
 その無邪気な笑顔と言葉は、明るく応援しているものの、言っていることはかなりアレである。だが、文句を言っている間もなく、エアカーはフライシェイド達が柱のように密集しているところへと突っ込んで行く。
「これは、あれだ……何とかしないとオレが死ぬ、ということだな……フ」
 言葉では余裕をぶっこいているが、内心はそれどころではない。エアカーから吹っ飛ばされないように必死でしがみ付く傍ら、道満は急いで呪文を唱え始めた。
「いっくよー!」
 道満が同意を示すのを待ちもせず、妙に明るい声と同時に、カナリーは火炎放射器の引き金を引いていた。
 ごうっ! と唸りを上げて噴出した炎は、その軌道上にいたフライシェイドを焼き尽くしていく。そして同時に、マリーの推測どおり、炎の圧倒的な熱量を避けるように、フライシェイド達はぶわっと埃が払われるかのように炎の傍から散っていった。そこへ道満のアシッドミストがふりかかったものだからたまらない。一気に大量のフライシェイドが、そこで払われた。
「おお!」
 マリーは歓声をあげる。
「有効なようでありますな。次々行きますぞーー!」
 そして、通信機が必要ないほどの大声でそれを伝えると、カナリーたちと共に再びフライシェイドの群れの中へと突っ込んでいった。
 ちなみに、エアカーが突っ込んだ瞬間、密かにマリーは一人、巻き添えにならないように適者生存を使っていたのは秘密だ。



「なるほど、炎か……確かに効果があるみたいだな」
 セントリフューガを使い、あたりを飛び回りながらフライシェイドを撃退していた樹月 刀真(きづき・とうま)は、通信してきたマリー達のその一連の様子を見て呟いた。
「利用すれば、ここである程度食い止めることが出来そうだ」
「そうだね」
 呟きを拾って答えたのは、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だ。
「街や避難する人達は傷付けさせない…ここで止めないと」
 屋根の上へあがり、刀真と連携してフライシェイドの迎撃に当たっていた月夜は、強い思いを言葉に示す。
「だが、それには、このままじゃ埒が明かない」
 同意しつつも、この数をこの人数では個別に撃破していては手数が足りない。特に、地上まで降りてきてしまったフライシェイドは、一気に払ってしまおうとすれば町にまで影響が出てしまうのだ。だとすれば、一番効率がいいのは地上に到達する前――空にあるうちに殲滅することだ。そう考えてのセントリフューガでの出撃だったのだ。が。
「炎、上空……そうだ」
 そこまで考えて、ふと、刀真の脳裏にある思い付きが浮かんだ。
「月夜!」
 刀真はパートナーの名を呼んだ。
「避難経路上に到達しそうな群れの位置を、いくつか割り出すぞ」
「ええ!」
 二人分の行動予測を駆使し、地上で避難している人々のルート上へ降下しそうな群れを割り出すと、他の迎撃や避難を手伝うメンバーたちにそれを伝えながら、セントリフューガでその軌道上へと身を躍らせた。
「ここから先には通さない」
 刀真は、黒曜石の覇剣を構えると、ぐっと柄を握り締めた。途端に、揺らめく炎がその刀身に纏わりついていく。それは彼と契約する者の力で増幅され、炎の渦となって刀真の刀を一振りの巨大な剣へと変えていった。
「一尾が宿りて煉獄と成す……煉獄斬ッ!」
 一声。ごうっ! と音を立てて炎を纏った斬撃が、フライシェイドの群れを薙ぎ払って行く。
 と、同時に、巨大な炎で暖められた空気が、振り払われた斬撃の巻き起こした風を巻き込んで、強い局地的な上昇気流を生んだ。それは、炎熱を伴って更に空気を取り込むことで、ファイヤーストームのような高熱の暴風となって、更に上から降下しようとしていたフライシェイドの一団を吹き飛ばすようにして押し上げる。
「よしっ」
 一度吹き上がった上昇気流は、次々にフライシェイド達を巻き込んで上空へと押し上げていく。これで暫く、降下の足を鈍らせることが出来るだろう。問題は、あまり大規模にすれば、拡大した熱気流は今度こそファイヤーストームと化して、町が炎に呑まれてしまう可能性があるため、連発が出来ないことか。
 月夜が、屋根を移動しながら別方向からも降下してくるフライシェイドを撃墜している。
「後は……」
 刀真は呟いて、上空を見上げた。




「上昇気流で虫たちを押し上げる、か。なるほど考えたな」
 刀真の見上げた空の上で、小型飛空艇、アルバトロスで上空での迎撃をしていた三船 敬一(みふね・けいいち)が、感心した様子で呟いた。
 フライシェイドは、蜻蛉のような形態をしたモンスターだ。その羽の構造からいって、鳥のように翼を収めて抵抗を殺すという手段が無い以上、その薄い羽は目いっぱい気流の影響を受けてしまう。乱れた気流の中では、上手く降下が出来ないようで、先ほどまでに比べて明らかに降下速度が落ちている。
 だが、降下を防ぐことは出来ても、それだけでは勿論数が減らせるわけではない。そう何度も同じ手段が使えない以上、いずれは再び現状が回帰してしまう。と、すれば。
「当然、数は減らしておかなきゃあな」
 三船は自身に期待された役割を悟って口の端を上げた。
「イヴリン、火力支援を頼む」
「はい」
 三船の声に、イヴリン・ランバージャック(いゔりん・らんばーじゃっく)は頷いて、六連ミサイルポッドをフライシェイド達の群れに向けた。
 上昇気流によって押し上げられた群れと、降下しようとしていた群れとがぶつかって、局地的に密集度の変わったその様子は、灰色を通り越して黒い煙のようですらある。
「人海戦術と言うのを聞いたことがありますが、ここまで集まると異様の一言ですね」
 それを見て思わず呟いたイヴリンに、三船も苦笑する。
「人じゃないんだ、ありゃ蚊柱の方が多分近いぜ」
 何しろ空を埋め尽くせるほどの量のフライシェイドである。蜻蛉の羽音は普段は意識するほども無いほど小さいが、こうまで集まると木々のざわめきにも匹敵するほどの羽音が響いている。逆を言えば、これだけ密集しているからこそ、細々と狙いを定める手間も省かれるというものだ。
 三船は自身も自動小銃【ハルバード】を構えるとフライシェイド達に向き直った。
「当たればいいんだ、威力は考えるな。効果範囲だけ意識してりゃいい」
 了解の言葉の代わりにイヴリンが頷き、合図を受けて二人は一斉に引き金を引いた。
 小銃によるスプレーショットによって、団子になった群れが薙ぎ払われ、それが散り散りになってしまう前に、打ち込まれたミサイルが大量のフライシェイド達が巻き込まれて上空に大きな爆発の花を開かせる。一発一発が、その範囲の被らないように放たれたミサイルの作る一文字の爆炎が収まるのもそこそこに、三船は小型艇の空きスペースに詰まれた予備弾薬を素早く装てんしなおすと、今度は別の降下地点を目指している一団の方へと、一斉に射撃した。
「悪いが、そっちに行かれたら困るんだよ」
 その先は誘導ルートに被ってしまっているのだ。三船の陽動射撃に、敵性を察知したフライシェイドの群れは、矛先を小型飛行艇へと変えてぶわっと音を立てて群がろうとしてくる。
「さあ、次々行くぜ」
 空中で、無数の火花が散った。