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五章  茜色の終幕





「何だ、今のは……」
 突然の女王の奇怪な嘶きに、白竜は後退の足を止めた。
「今までの鳴き声とは違ってたよな……何か、異変が起こったのか?」
 羅儀が不安げに眉を潜める。
「うーん、これは……」
 エッツェルが何か思い当たる節があるように呟いた次の瞬間だ。
『まずい、亀裂が広がり始めてる!』
 と、切迫した声が通信から入ってきた。皆が緊張に顔色を変える中、エッツェルだけが「やはりですか」とやや興味深そうな声で呟いた。
「あの鳴き声、岩壁の影響で、空間に干渉しているようですねぇ」
 最初に空間に穴を空けたのも、あの鳴き声でしょうか、と続けるエッツェルの言葉に、白竜が眉を寄せた。つまりこのままいくと、今残っている他の柱の分の封印も、破ってしまうかもしれないということだ。
「封印を急がなければ」
「私たちも急がないと……!」
 セレンフィリティが慌てたように声を上げる。五人は、訪れた時の慎重さをかなぐり捨てて、出口へと急いだ。



 同じ頃、地上でも封印のための準備が進んでいた。
 柱の文様や、当時の伝承などを検証した結果、幸いにも、完全な封印までは無理でも、柱さえ戻せば、封印に出来た綻びを埋めることはできるようだ。
「でもまだ、中にいるだろ」
「出てくるまでまだ時間がかかる。脱出と同時に封印ができるぐらいには整えておかないと」
 アレフの不安げな言葉に、エールヴァントが答える。その時だ。
「あ、あの!」
 行動を始めようとした天音たちに、唐突に声がかかった。
 今まで邪魔にならないように、隅で固まっていたはずの少年たちだ。
 彼らは、少年は震える掌を握り締めながら、それでも意を決したように真っ直ぐに前を向いた。
「何も出来ないかもしれないけど、ぼくらにも手伝わせて……!」
 本当は今すぐにでも逃げ出したいぐらいに怖いだろう。それでも、垂に罪悪感を認めた上で「取り戻せる」と言ってもらえたことが、少年たちに勇気を与えていた。
「もちろんだ」
 垂が嬉しそうに即答した。他の皆も、力強く頷いて、少年たちの助力を歓迎する。
「かけらを拾い集めるんだ。ずっと柱を見て育ったんなら、見分けるのは簡単だろう?」
「うん!」
「任せといて!」
 自分たちにやることが出来た途端に元気を取り戻すあたり、現金ではあるが、子供らしい素直さだ。その微笑ましさに満足しながら、垂は他の仲間と目配せし、さりげなく子供たちの護衛につく。
「修復は出来そう?」
「不可能ではないだろう」
 ブルーズが天音の声に答え、持参していた日曜大工セットの中からボンドを取り出す。
「こんなものでも、隙間を埋めるぐらいには使えるだろう」
「それに、文様の大部分は残っている。繋ぎ合せるのは不可能じゃないが……」
 その隣ではエールヴァントが、柱の破損した部分を眺めながら続ける。文様や装飾については、ブルーズが詳しいし、それでダメならアレフがサイコメトリで意味を読み取り、ダリルや自分で検索をかければ元に戻せるはずだ。だが。
「問題は時間、か」
 アキュートが皆の懸念をあえて言葉にした。
 先ほどの女王の鳴き声が引き金だったのか、フライシェイドの降下が一気に加速しつつある。灰色の天蓋はその厚みを更に増し、地上へと幕を下ろそうとしているのだ。
「時間は気にしないでいい」
 そんな中、クレアがきっぱりと言い切った。火炎放射器を構えると、ストーンサークルに背を向けて、波打つように押し寄せようとしているフライシェイドに向き直った。
「我々が、そちらに一匹も通さない。その代わり」
「必ず、封印を」
 鈴が後を次いで、同じようにフライシェイドに向けて、ルミナスワンドを構え直す。
 その様子を受けて、四方防御の一角を担っていたアキュートとルースもまた、ため息と共に武器を構えなおした。
「あとは、迎撃の方にも、頑張ってもらわなくてはな」
 クレアは、呟くように言って、通信機に手をかけた。