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 上空で、そして屋根上で、奮闘する者達によって迎撃されているとは言え、どんどん数を増すフライシェイドの全てを、いつまでも押し止められるはずもない。少しずつ、少しずつ、灰色の脅威は地上へと到達し始めていた。
 そんな中、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は一人、アーケードの下をゆっくりと歩いていた。勿論、ただ歩いているわけではない。町に取り残されている人がいないかどうかを探しているのだ。殆どの住民や観光客は避難が済んでいるが、何らかの事情があって避難の遅れているものもいるはずだ、と考えたのだ。
 だが、避難が完了したために防衛圏内から外れてしまっている場所は、フライシェイド達の降下している数も多くなっている。流石に上空と比べれば、数匹程度のものだが、それでも安全とはいえない。特に、何の訓練もしていない一般人にとっては、十二分に危険である。
「杞憂であれば良いんですけれど……」
 建物の中を覗き込み、あるいは物陰を探しながら呟いたが、悪い予感、というものは、大抵当たって欲しくないときに限って、当たるものだ。
「きゃああっ!」
 突然、細い通路の方から甲高い女性の悲鳴が響き渡った。慌ててリリィが駆けつけると、一人の女性がドアを開け放った状態で硬直していた。どうやら今まで家の中で様子を伺っていたが、通りから人が絶えたことで不安になったのだろう。様子を見ようとドアを開けただけだったのだろうが、それがまずかった。今までは壁に遮られていたフライシェイド達が、一斉に女性へ向かって群がったのだ。
「危ない……!」
 リリイは咄嗟に叫んで駆け寄ると、我が身を省みず、女性を庇うようにして抱き込んだ。既に数匹から攻撃を受けたようで、顔色が悪くなっている女性に、リリィは自分が羽織っていたローブを着せ掛けて更に攻撃を受けないように守りながら壁により、背中で庇うようにして横たえると、キュアポイズンをかけて先ずは毒を治療し、続けてヒールを唱えて治癒を続けていく。
 素早い対応のおかげで、女性はすぐに快癒を見せはじめたが、喜ぶよりも先にその顔を不安で歪めた。
「わ、わたしはもう大丈夫です。ですから、ローブを……」
 そう、女性にローブを貸し与えていることと、自らは治療に専念しているせいで、リリィは先ほどから集まったフライシェイドの攻撃を一身に受けてしまっているのだ。数は多くなくとも、蓄積すればダメージは深刻なものになる。だが、リリィは痛みや苦痛は押し隠し、女性を安心させるように無理やり笑って見せた。
「大丈夫ですわ。わたくしは契約者ですから、この程度のこと、何と言うこともありません」
 そう言って微笑んでは見せるが、余り顔色は良くないように思える。女性が尚も食い下がろうとするが、リリィは治療を完了した女性を立ち上がらせると、その背中を押した。
「さあ、早く逃げてください。このまま真っ直ぐ走れば、まだ避難している人たちに追いつけるはずです」
「で、でも……!」
「早く!」
 まだ迷っている女性の背中を更に押しやり、リリィは微笑んだ。女性は暫く躊躇ったようだったが、リリィが動かないのを悟ると、頭を下げてその場から走り去っていった。



 丁度その頃、その通りからやや離れた場所では、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)たちが最後のグループの避難を手伝っているところだった。
 いくつかのアーケードに避難用シュートの設置されているおかげで、上空からの飛来を心配する必要が無いのが幸いして、道中でも怪我人を治療するだけの余裕がある。特にこのグループは、避難が遅れていた人々で構成しているためもあってか、フライシェイドの攻撃を受けてしまった者も多く、急いで避難しようにもその速度を上げることが出来ないのだ。
「治療終わった人から、できるだけおじいちゃんたちを手伝ってあげてね」
 避難の途中で転倒し、怪我をしてしまった青年の傷を治療しながらそうやって声をかける蛇々の傍らでは、リュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)が、フライシェイドに襲われた人のナーシングを行い、毒を払っている。彼女らに同行しているエスフロス・カロ(えすふろす・かろ)は、まだ取り残されている人がいないかどうかを、避難の合間合間で通路の探索に出ていた。
「流石に人の気配は無し……か。この分なら、何とか全員避難できそうだな」
 呟いた、その時だ。ぱたぱたと駆け寄ってくる足音があった。最初はこちらに逃げてきたのだろうか、と思われたが。
「すいません……!」
 ローブを深く被った女性は、逃げてきた、というよりは何かに必死になっている顔で、蛇々達のところまで駆け寄ると、縋るようにして蛇々の腕を強く掴んだ。
「ど、どうしたの、大丈夫?」
 驚いて尋ねた蛇々だったが、女性はそれどころではないというよな切羽詰った表情で「助けてください」と訴えた。
「お願いします、私を助けてくれた人が、そこで……!」
 フライシェイドに襲われている。そう続ける女性に、蛇々は顔色を変えた。
「エスフロス、行って!」
 呼ばれたエスフロスは、言われるまでもなく走り出し、飛び込んだ通路ですぐにリリィを見つけた。無防備に攻撃を受けすぎたためだろう、壁にもたれてはいるが、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。すぐに駆け寄って、フライシェイドを払いのけると、その体を抱きかかえた。
「悪いが、少々我慢してもらうぞ」
 言うが早いか、そのまま蛇々たちの下へ駆け戻ると、すぐさまリュナがナーシングを施し始めた。
「しっかり、意識はある?」
 蛇々の問いかけに、弱弱しくリリィが頷いた。だが、彼女には自分の身よりも気になることがあるようだ。
「私は、大丈夫です……それより、女の人を、みかけませんでしたか」
 一瞬目を瞬かせた蛇々だったが、すぐに何を気にしているのか気付いて「だいじょうぶ」と力強く言った。
「ローブを被ってた女のひとだったら、無事だよ。みんなといっしょに避難してる」
「良かった……」
 リリィは安堵に息を吐き出したが、その仕草に蛇々は悲しそうに眉根を下げた。その表情の意味がわからず首を傾げるリリィに、蛇々はそのさらりと流れるきれいな髪に、撫でるようにして触れ、続けて確かめるようにして腕を取り、治療を続けながら、蛇々はぽつり、と口を開いた。
「助けるのは良いけど、自分のこともちゃんと大事にしてね」
 誰かが死んじゃうところなんて見たくないよ、と、リリィの傷ついた掌をぎゅうっと握って鳴きそうな顔をする蛇々に、リリィは何だか申し訳なくなって「はい」と小さく頷いた。
「さて、動けるようになったら、悪いがすぐ移動するぞ。ここでじっとしているのは危険だからな」