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「か、簡単に言わないで欲しいであります」
 通信を受けた丈二が、げっそりと肩を落とした。
 封印を直すための時間を稼ぐのに、協力してくれという旨の通信内容だったのだが、先ほどまででも大概限界気味であったのと言うのに、更に数をまして来ているフライシェイド達を押し留めろ、というのだから無理な話だ。
 だが、口では文句を言っているものの、その顔には笑みがある。今まで先の見えない中での消耗戦を強いられていたのだ。一筋の光明が見えた今、疲れたと言っている場合ではない。
「あと少しだ、頼むぞ皆!」
 勇刃の言葉に、パートナー二人も力強く頷く。
「言われるまでもないわ。まだまだ暴れ足りへんところやったしなあ!」
 ぱしん、と意気揚々と拳を叩いたのは聡美だ。
 屋根の上で防衛線を敷いていた面々は、それぞれの意思を奮い立たせながら、武器を、あるいは拳を握り締める。
 奨護もまた、雅刀を強く握り締めて、圧倒的なフライシェイド達の群れを見据えた。
「行くぞ!」


 迎撃班が最後の奮闘をしている最中、ストーンサークルの方でも修復は大詰めを迎えていた。
「地の底、点と点、繋がり、正す、断絶、繕う……うん、間違いなさそうだ」
 子供たちが集めてきた石を、刻まれた文様と装飾の意味にあわせ、欠けた部分を違えることなく埋めていく。
「八つの意志、干渉、阻害、太陽、刻印。こっちも問題ない」
 それぞれが持ちうる限りの能力と手段を使って、間違いないことを確認し終わり、ふう、とひとまずの息を吐き出した。
 だが、問題がもう一つ残っている。
 正確に距離を測り、柱の位置も間違いないはない。あとは立ち上げるだけだが、柱はかなり大きく、高さもあるためそもそも数人がかりなのだが、封印が破られていることが影響しているのか、立ち上げようとする途中で、何かに突っかかっているような感覚があるのだ。
「やはり、封印の呪文か何かが、必要なんでしょうか……っ」
 柱を支えているルークが、苦しげに言った。鬼神力を使って全力で押しているというのに、柱の中央部分がまるで動かない。皆で力をあわせ、サイコキネシスも使用しているが、まるで磁石の両極のように、押し戻す力があまりにも強いのだ。
「このままでは、持たないぞ」
 ごう、っと火炎放射器の炎を撒き散らし、フライシェイドを牽制していたクレアが声を上げた。四方から襲い来るフライシェイドの量は、迎撃班が数を減らしているとは言え、四人で完全に防ぐには多すぎるのだ。
「くそ、このままじゃ……っ」
 誰かが絶望的な声を吐き出した、その時だ。
「手伝え!」
 唐突に声を上げたのはルークと同じく、鬼神力で柱を押していた、垂だ。
 その目は立ち竦む少年たちを真っ直ぐ見据える。
「取り戻せないものは、無いんだっ」
 その言葉に、弾かれたように少年たちが動いた。
 細い体を皆の隙間に押し入り、小さな掌を懸命に伸ばす。
「もどれ、もどれ……っ」
 幼い力だ。契約者たちの数分の一ほども無いはずの。
 しかし、一体何の力なのか、少年の手が柱に触れた途端、ゆっくりと柱が動き始めたのだ。
「……っ、いける!」
「いくぞ、皆、タイミングを合わせて!」
 はっきりとした手ごたえに、皆の顔色が変わる。
 顔を見合わせ、誰にとも無くカウントを取り始めた。
「いち、に、さん……っ!」
 地面を踏みしめ、呼吸を合わせ、皆が最後の力を振り絞る。
「わぁあああっ!」 
 力いっぱいに柱を押しやった、少年の声が響く。

 ごうん、と。
 重たい響きと共に、柱が真っ直ぐ立ち上がった。
 派手な光も、音も、何も無い。
 だが、空間の歪むような感覚が周囲を襲うのと同時。
 空中の亀裂は、まるでその中に飲み込まれるようにして消えていった。




「見て、あれ!」
 最初に見上げたのは誰だったか。町の外で避難をしていた者たちは、その声に空を見上げた。
 先ほどまで空を染め上げていた灰色が、ゆっくりと崩れるようにして薄れていく。
 フライシェイド達が、方々へ散っていっているのだ。
「どうやら、封印は成功したみたいねぇ」
「ええ」
「よかったあ」
 それを見て、ゴーレムの上ではレキが息を吐き出し、地上ではニキータと騎沙良が、安堵に目を細める。
 同じように、避難用テントの中で人々の治療を続けていた蛇々たちも、ようやく元気を取り戻したリリィと共に、騒がしくなった外の様子を確かめに外に出て、正常な色を取り戻しつつある空を見やって、喜びを露にした。
 不安を払拭され、安堵と喜びが訪れた人々の歓声が、波のように広がっていく。
「何とも、頃良いタイミングですね」
「全くだ」
 避難してきている人数の確認や、本部との通信を行っていたエースやゴットリープも、喜びに騒ぐ人々に釣られるようにして空を見上げ、感嘆の声を上げた。
 空を覆っていた灰色の天蓋が消えていくと、そこから現れたのは、燃えるように美しい夕焼けだった。



「何だ、ありゃあ……」
 上空で、最初に気付いたのは、三船だった。
 空が夕日に染まり、フライシェイド達が攻撃性を失って散り散りになっていくのにようやく安堵の息を吐き出した矢先のことだ。何気なく見下ろした地上に広がった光景に、思わず目を瞬かせる。
「おお、これは壮観でありますな!」
「凄いな……」
 三船の様子がおかしいのに気付いて、続いて空中から地上を見下ろしたマリーと刀真もまた、思わず声を漏らす。
「まさかこの町……そのものが封印の一部だったのか?」
 見下ろした地上では、町が夕日を受けて真っ赤に染まっている。
 そして、その東西南北に走った大通りは、ストーンサークルを押さえ込むように、赤く十字架を刻んでいた。
 
 

「なるほど、「太陽」ね」
 その十字架の中央で、天音がくすりと納得したように笑って呟いた。
 余裕で、と言いたいところだが、皆、全力を出し切った後のため、地面に座り込んで肩で息をしている有様だ。元気なのは、回復の早い少年たちぐらいのものだ。
「まあ、これも一時凌ぎだがな。後できちんと封印をしなおした方がいいだろう」
「立ち入りも禁止にしておいた方がいいな、また倒れられたら困るし」
 和輝の言葉に、子供たちがふっと表情を曇らせた。
 柱が元に戻せたのは、少年の力のおかげなのかもしれないが、そもそも自分たちが柱を倒してしまったことが原因なのだ。それを思い出してしゅん、と項垂れるその小さな肩を、和輝がぽん、と叩いた。
「いいんだよ、逃げずに頑張ったじゃないか。反省はしなきゃいけないけど、繰り返さなければ」
 怒られると思っていたところにかけられた思いがけない言葉に、少年たちは驚いたように瞬いた。
 そんな少年たちに、皆表情を緩める。
「良くやったな」
 垂が皆の意見を代弁するように口を開いた。
「でも、もう町の約束事を破っちゃ駄目だぞ?」
 その言葉の意味を、身をもって体験した少年たちは、うん、と強い意志で頷いて見せた。