空京

校長室

【十二の星の華SP】女王候補の舞

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【十二の星の華SP】女王候補の舞
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第5章 踊って、笑って

 空京にあるミス・スウェンソンのドーナツ屋、通称ミスドは、ヨハンナ・スウェンソンという北欧系の若い女性がオーナーをしているドーナツ屋だ。
 学生達には『冒険好きの学生が集まる店』として知られており、今日も若者達を中心に賑わっていた。
 普段からショーを提供しているわけではないが、店の一角に舞台を設けて、音楽や踊りを提供することもある。
 そのミスドの店内で、煌びやかな数々の装飾品と、露出度の高い踊り子の衣装を纏った女性が、冒険者達に踊りを披露している。
 ヴェールで顔の半分を覆っている正体不明の踊り子だったけれど――彼女の踊りを見たことのある人物には、彼女が誰であるのか察することは出来ていた。
「おー」
 小さな声を上げて、パラ実の時雨塚 亜鷺(しぐづか・あさぎ)が踊り子に近づく。
 儲け話を求めてミスドを訪れた亜鷺は、ドーナツを食べながら彼女の踊りに見入る。
 パートナーのジェイムズ・ブラックマン(じぇいむず・ぶらっくまん)は、テイクアウト用のドーナツが入った箱を持ったまま、亜鷺の側で直立不動。
 踊り子の側には、護衛と思われる者達の姿がちらりと見受けられるため、亜鷺が変なことをやらかしはしないかと案じながらも直立不動でただ側に立っていた。
「ふむふむ」
 亜鷺は踊り子に興味を持ちながらもどう儲けに繋げるかまでは思い浮かばず、ただなんとなく携帯電話を取り出して、写真を撮っていくのだった。
「そういえば、えっと……女王候補の……ミルザムさんだっけ?」
 チョコレートがコーティングされたドーナツをもぐもぐと食べながら、蒼空学園鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が、パートナーの ルクス・ナイフィード(るくす・ないふぃーど)に話しかけた。
 ルクスは甘いものが好きではないので、コーヒーだけ頼んで踊り子の踊りを楽しんでいた。
 劇場や酒場ではなく、ドーナツ屋ということもあり、音楽は控えめに流されている。
 客達も自由に会話を楽しんでいた。
「あの人って踊り子さんなんだってー」
 氷雨がそう笑顔で言うと、ルクスは氷雨に目を向けて、頬杖をつきながら笑顔を浮かべる。
「今も踊ってるようなものじゃん。蒼空学園の理事長の手のひらの上で」
 ルクスの返答に氷雨は小首を傾げる。
「うーん、踊るの好きな人なんでしょ? なら、いいんじゃないかな、きっと好きで踊ってるんだよー」
 ぱくりとドーナツを食べながら、氷雨は笑顔を浮かべた。
 その答えに、ルクスは更に楽しそうな笑みを浮かべて。
 すうっと、踊り子の方に目を向けた。
「そうだね。ねぇ、マスター、これから楽しみだね。この世界がどんな風に歪んで行くのか」
「ん?」
 氷雨はドーナツを加えながらまた少し不思議そうな顔をする。
「……」
 そんな2人のやり取りを、直ぐ近くの席で蒼空学園の湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)はパートナーのセラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)と共に耳にしていた。
 軽く眉を顰めて顔を合わせるも……何も言わずに、踊り続ける踊り子に視線を戻す。
 踊り子から一番近い席には、蒼空学園の閃崎 静麻(せんざき・しずま)レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が向かい合って座っていた。
「ダークヴァルキリーの一件で、地球のお偉方は利権優先で王国をキッチリ立てる気がない事がわかった」
 紅茶を飲みながら静麻がそう言い、レイナが頷いた。
「今、六学園には真に協力する意志が見えにくいのは確かですね。鏖殺寺院をはじめとした敵に対して今の状態で戦い抜けるか不安にも覚えます」
 抹茶ドーナツを食べながら、レイナも不安を口にする。
「ティセラも聞いた話じゃ弱肉強食の国家を建てそうだし、誰が立てても普通の人達が苦しむだけの国しか建たない」
「難しいですね……」
「ミルザムならそうならない為に動くかと思ったが、結局は利権優先な日本政府のお人形って事か」
「それは言いすぎです」
 即レイナは静麻を嗜める。
 踊り子の踊りに、少し元気がなくなったような気がする。
 静麻は彼女の正体に気付いていた、気付いていて苦言を呈したいと思ったのだ。
 それ以上はミルザムの名は出さず、レイナとドーナツを食べながら情勢について話し合っていく。

「踊り子さん、綺麗だし、上手く踊ってて……すごいなぁ」
 教導団の曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は、ぼーっと踊り子の踊りを眺めていた。
「ええ、あの方、姿も踊りも綺麗ですよねー……羨ましいです。私も、おおきくなったらあんな風になれるかな……?」
 マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)の言葉に対し、瑠樹は苦笑した。
「オレはマティエの中身見たことないからなんとも言えない」
 マティエはゆる族だ。
「その頃には……国、出来ているかもしれませんね」
 言いながら、マティエはチョコドーナツを口の穴に入れて食べるのだった。
 音楽が終わり、踊り子が踊りを終える。
 瑠樹は真っ先に立ち上がって拍手を送る。
 続いて、店内に拍手と歓声が湧き起こる。
 彼女は皆にお辞儀で答えた後、側に控えていた男性からタオルを受け取って汗を拭いていく。
 軽くヴェールをずらした際に、ちらりと見えた顔を――瑠樹は見逃さなかった。
「女王がらみで色々あるけど……女王の座には、シャンバラの民の事を大事に思う人に即位してほしい」
 拍手を続けながら、そう呟くとマティエもこくりと頷く。
「良い人が、女王になってくれるといいなと思います」
 それから2人で、踊り子に手を差し出して握手を交わす。
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
 同時にお礼の言葉を言い合った。
 微笑んで分かれた後、瑠樹は微笑を消さずに。
「あちこち掻き乱してそうなティセラより、ミルザムさんのほうが……好きだなぁ、って思う」
 そう呟き、マティエも首を縦に振った。
 その言葉は、踊り子の耳にも微かに届いていて、彼女は息をついて瑠樹の後姿に僅かに礼をした。
「やあ、素敵なお嬢さん」
 声をかけられて踊り子が振り向く。
「俺はエースっていうんだ。貴女のお名前は?」
 薔薇学のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、薔薇の花を一輪、差し出してきた。
「ありがとうございます」
 花を受け取るも、戸惑いの表情を浮かべたまま、踊り子は名乗れない。
「いや、決してナンパとかそういう訳じゃないよ? 友人が増える事はいい事だろ? 可愛い娘はチェックしておかないとね」
 そう笑うエースに、踊り子も微笑みを向けて。
「トレジャーハンターやっている者です。可愛いですか? 顔隠しているのに」
 くすりと踊り子は笑みを浮かべた。
「美しさを表すのは顔だけじゃないからね。キミは凄く素敵で可愛いよ」
 と言うエースの服の裾を、ドーナツを頬張っているクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が引っ張る。
「全種類制覇したい。だけど、食べきれないから持ち帰えろう。あ、もちろんドーナツだよ。エースが目当ての女の子はお持ち帰りできないからね」
 クマラはそれだけ言うと、次のドーナツに向って駆けていった。
「いや、目当てというわけじゃ……。もちろん踊りも楽しませてもらうよ」
 エースが再び踊り子に笑みを向けると、踊り子は微笑みながら頷いた。
「ほぐっはぐ、こんにちは、キレーなお姉さん」
 お腹すいたよードーナツ食べたいよーお腹すいたよードーナツ食べたいよーお腹すいたよードーナツ食べたいよーと、散々せがんで、ミスドに連れてきてもらったトト・ジェイバウォッカ(とと・じぇいばうぉっか)が、ドーナツが入ったバスケットを踊り子に差し出した。
「一緒に食べよう。武がなんか、踊り子さんのこと知ってるみたいだし」
「いや、知り合いに似てるなーと思ってな。少し休憩にしないか?」
 パラ実の五条 武(ごじょう・たける)が椅子を引いて踊り子をテーブルへと招く。
「ありがとうございます。それでは少しだけ休憩を取らせていただきます」
 踊り子が席につくと、男性を中心に彼女の周りに若者達が集まりだす。
「君もトレジャーハンターやってるんだってなあ。ちょっと聞いてもいいか?」
「何でしょうか? お宝の情報は秘密ですよ」
 軽く笑った踊り子に微笑み返して、武は悩みを話してみることにする。
「シリウスって知ってるだろ? 俺、その偽名を使っての女王器捜索の協力を申込まれたことがあるんだ。立場があるとはいえ、正直にミルザムという名前で出てきて欲しかった」
「ミルザム……って、女王器を持ち逃げしたってやつか?」
 パラ実の泉 椿(いずみ・つばき)が、ドリンクを持って武の隣に腰掛ける。
「それは単なる噂ですよ」
 踊り子の背後に立っていた凶司が口を挟む。
 持ち逃げというのは誇張された噂ではあるが。
 武が関わったその探索は、とても危険な依頼だった。
 無償で協力に応じた自分達に、正体を黙っていたことを――武は騙されたように感じてしまっていた。
「そうした行為は許せないが、ミルザムの立場を考えると、俺はどう動くべきだろうか?」
「……偽名じゃ、ないんです。それは本当の……トレジャーハンターとしての本当の名前なんです。そう、思っていただくことは出来ないでしょうか」
 今もまた踊り子――ミルザムは、本名、素性を隠してこの場にいる。
 それが、武を更に傷つけるのだと解ったけれど。
 どうすることも、出来なくて。
 ただ、俯いた。
「でも平気で弱いものを傷つけるティセラよりはましなんだろ?」
 と、椿が軽快な声で言った。
「パラ実的に言えば、ティセラの方が上なんだろうがな」
 武が腕を組む。
「パラ実は弱肉強食の世界だからね。でも、権力に押さえ込まれるのはごめんだわね」
 椿のパートナーの緋月・西園(ひづき・にしぞの)がそう言って、見定めるような目で踊り子を見る。
 彼女は何も言わずに、ただテーブルを見ていた。