リアクション
「よっ、ちょっといい?」
同じくパラ実のカリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)が踊り子に近づいて、ストロベリードーナツと差し出した。
「ありがとうございます」
礼を言って、踊り子はドーナツを受け取った。
踊り子の隣に座るカリンをパートナーのメイ・ベンフォード(めい・べんふぉーど)が隅の席から見守っている。
「パラ実ってこの大陸の頭さんの底辺校じゃん」
はいときっぱり言うわけにもいかず、踊り子は反応を示さずにカリンの言葉の続きを待つ。
「そこから転校って、できるのかな? なんかこー立ち位置とかが気になってさ……気分転換にココに来たら、キミが踊ってたから」
もぐもぐドーナツを食べながら、カリンがそう尋ねた。
「その気になれば、転校できると思います。新たな学園という組織に所属して、その規則を守るつもりがあるのでしたら」
「規則かあ……むしろ、踊り子さんみたく職に就いた方がいいかな?」
軽く眉を揺らした後、踊り子は曖昧な弱い笑みを見せた。
「やりたいことがあるのなら、それもいいと思います。……あなたは、自由なのですから」
「そっかあ」
カリンは指についたチョコレートをぺろりと舐めた。
「あの……」
薔薇学の瑞江 響(みずえ・ひびき)が踊り子に声をかける。
「どうしてそんな寂しげな顔をしているのですか?」
その言葉に、踊り子は不思議そうな顔をした。
「そんなしけた面で同情引いても、みっともねぇだけだ」
後ろからついてきた、パートナーのアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が、不機嫌そうに言う。
ずっと踊り子のことを気にしていた響に苛立ちを覚えて、踊り子に嫉妬していたのだ。
「アイザック!」
パシッ
響の平手がアイザックの頭に飛んだ。
「いってぇ……っ」
ふて腐れながら、叩かれた頭を撫で、視線を浮かない顔の踊り子の方に戻す。
「……悪かったな……」
それから、きちんと彼女の目を見つめて励ます。
「よくわかんねぇが、元気だせ」
響も、ほっと息をついた後、踊り子に優しい眼を向けた。
「素敵な舞には曇りのない笑顔が一番似合います」
「……ありがとうございます。場所を借りて踊らせていただいているのですから、皆さんに喜んでいただける舞をお見せできるよう頑張ります」
「なんか悩んでるみたいだし、一緒に息抜きすっか? バイクに乗せてやるぜ」
立ち上がって、椿が手を差し出す。
踊り子の瞳が揺らいで、手が軽く上がった。
だけれど、椿の手を掴みはせず、彼女はその手をテーブルに乗せて立ち上がった。
「いえ、ここで、皆さんの側で踊らせていただけるだけで十分です」
一角に設けられた小さな舞台へ踊り子は歩いていく。
立ち上がった彼女に、蒼空学園の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と、諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が付き添う。
「その悩み、話しては下さいませんか?」
優斗がそう問いかける。優斗はクイーン・ヴァンガードとして、彼女の正体を知り護衛についている。だけれど、護衛としてではなく、同じ1人の人間として彼女の悩みを聞き、助けになってあげたいと思っていた。
踊り子――ミルザムは歩きながら、首を左右に振った。
「女王候補として相応しくないとも思える今回のお忍びに、付き合ってくださってありがとうございます」
「重荷を1人で抱えていては、潰れてしまいます。時間を作って、このような機会を頻繁に設けることができたらと思います」
優斗の言葉に、微笑してミルザムは頷いた。
「政治的なことでお困りのことがありましたら、アドバイスが出来ると思います。クイーン・ヴァンガードのような隊だけではなく、ご自身を慕ってくださる打算や立場を抜きで一緒に悩みも責も分かち背負い合える、お人好しの仲間を作ることです」
「友人は沢山いたはずなのですが……先ほど問われたように、話すことが出来なかったことで、疎遠になってしまっているようです。でも……」
どうしても、言うことは出来なかった。
そして他にも、言ってはならないことがある。
どんなに親しい友人であっても、今は――もしかしたら一生、話すことが出来ない事実がある。
隠し事をしている状態で、真の友人なんて作れるわけがない。
真実を知った後、騙されたと感じて、皆去っていくだろうから。
ミルザムは孤独を感じていた。だけれど、寂しいなんて言えない。自分は女王候補なのだから。
シャンバラに女王が必要だということを説かれて、自分自身が女王になれば建国はなされ、安定していくのだと――そう信じて。
信じていたけれど。
「女王になりたい方がいて、その方が私より相応しいのなら……私は……」
小さな呟きを、優斗と孔明は聞き逃さなかった。
音楽が始まって、ミルザム――1人の煌びやかな衣装を纏った踊り子が踊り出す。
○ ○ ○ ○
踊り子が踊りを再開して2曲目の音楽が流れている。
「ふうん、トレジャーハンターやってる踊り子ねぇ」
旅の途中でミスドに立ち寄ったパラ実の
駿河 北斗(するが・ほくと)は、踊り子の振る舞いに興味を持っていく。
「……ドーナツ、食べよう」
パートナーの
ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)は、北斗が踊り子を楽しげに見回し始めたことに、また何かやらかしそうだとうんざりして、他人の振りをするために彼から離れることにする。
ベルファンティータとしては、偶にはゆっくりドーナツでも食べながら静かに休日を楽しみたい。と思って訪れたのに……。
「なあねーさん。あんたそこそこ動けるよな、良けりゃ俺と一曲踊ってくれねーか?」
曲が終わった途端、北斗は踊り子に女王の短剣を投げ渡す。
「大丈夫です」
護衛達を制して、踊り子は短剣をキャッチすると、北斗と共に踊りだす。
踊りは踊りでも、それは剣舞だった。
北斗は笑顔で時折踊り子に剣を突き出すも、踊り子は優雅に踊りながら躱し、自身も剣を繰り出していく。
「おっ、かなりいい筋してんな!」
本気で戦い合いたくなる衝動を抑えながら、北斗は踊り子と一緒に音楽に合わせて舞い続ける。
「想像以上だったぜ!」
そして音楽が終わると、剣を収めて北斗は踊り子に握手を求める。
「俺は駿河北斗ってんだ。良い運動になったぜねーさん、ありがとな!」
「……あのね」
ぱこん
ぼこん
どす
げす
どかっ
「ありがとな! じゃないわよ馬鹿北斗!」
ぼすっ
ばき
がんっ
ベルフェンティータがハーフムーンロッドで容赦なく、北斗をガンガン殴っていく。
「ほら謝りなさい! いきなり剣舞なんかしたら危ないでしょう!」
「あてっ。ありがとなー!」
それでも、悪いとは思ってないらしく、北斗は笑顔で踊り子に手を振る。
踊り子も微笑みを浮かべて手を振り返してきた。
「あたっ、いてぇよ。いきなりじゃないだろ、剣を渡して双方合意の上だ〜」
殴られながらも、北斗はすっきりした顔だった。
「あ、あの……私も……」
軽く顔を赤らめて、教導団の
月島 悠(つきしま・ゆう)が舞台に近づく。
「一緒の舞台に上がらせていただけるよう、店長さんにお願いしました」
パートナーの
麻上 翼(まがみ・つばさ)が「悠くんをよろしくお願いします」と、踊り子と皆に頭を下げていく。
「えっと……よろしくお願いします」
悠はぺこりと踊り子と皆に頭を下げる。
店長から仮装用の服や装飾品を借りて纏っている。踊り子と姉妹のように煌びやかで魅力的な装いだった。
「よろしくお願いします」
踊り子が微笑みを見せると同時に、音楽が流れ始める。
ライトを浴びた2人の踊り子が、星が瞬き、流れ星が流れていくように、光を放ちながら艶やかに軽快に踊っていく。
「サイコー!」
歓声を上げた後、翼は客の方に開いた手を向ける。
「さあ、皆さんもご一緒に!」
そして大きく息を吸い込んだ。
「キャー、ユウチャーン!」
「踊り子姉妹、可愛いぜ」
「頑張って〜!」
翼の声に続けて、客から声が上がっていく。
「売れそうな娘達だね〜」
亜鷺は携帯電話でパシャパシャ写真を撮り続けている。絶妙なアングルから撮った写真なら、写真自体、値がつくかもしない。
「もう……っ」
恥ずかしげに顔を赤らめながら、悠は微笑み踊り子の方に顔を向ける。
「ちょっと恥ずかしいけど…、みんなの前で踊るのって楽しいんだね」
「ええ」
踊り子の返事を聞き、微笑みを悠は満面の笑みに変える。
「沢山の人が自分を見て、楽しんでくれるって最高だね!」
「……はい」
踊り子も頬を上気させながら笑顔を浮かべていた。
手拍子、歓声が飛ぶ中、彼女達は軽やかに舞う。