空京

校長室

【十二の星の華SP】女王候補の舞

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【十二の星の華SP】女王候補の舞
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リアクション

「お疲れさん。ドーナツ一緒にどう?」
 音楽が終わり、拍手をしながら、教導団の橘 カオル(たちばな・かおる)が踊り子達に近づく。
 カオルは先日パートナー契約をしたばかりの、獣人のランス・ロシェ(らんす・ろしぇ)を連れて、私服でミスドを訪れていた。
「それじゃ、もう1曲踊ったら休憩にしましょう」
 踊り子の言葉に悠が頷く。
「じゃ、俺にも踊り教えてくれよー」
 言って、彼女達の間に、カオルは混ざるのだった。
「これも何かの縁だ。ぱーっと楽しもうぜ!」
 側で踊り子を見て、カオルは彼女が女王候補のミルザムであることを確信した。
 だけれどそれについては触れずに音楽開始と同時に手を振り上げて踊り始める。
「オレもこの穴の開いたヤツ食ったら踊るぜ〜!」
 ランスが初めて食べたドーナツを頬張りながら、声を上げた。
「……けど、どう動けばいいんだ?」
 踊りを嗜んではいないカオルは、狭い空間でくるくる回っている程度で精一杯だった。
「こんな風に、こんなカンジに踊るのか? ちと指導してくれ――」
 踊り子に手を伸ばし、踊り子がそれに応じようとした途端。
 カオルは目が回っていたせいもあり、ふらりと体制を崩し踊り子に衝突する。
 衝撃を受けて尻餅をついた踊り子に、カオルは覆いかぶさりそうになり、夢中で手を伸ばして身体を支えようとした。
「わっ」
「きゃあっ」
 悲鳴が2つ上がり。
 踊り子――ミルザムを押し倒し、ふくよかな胸を思い切り握り締めているカオルの姿があった。
「いたっ、何なさるんですか」
 踊り子が赤くなって、手を突っぱねる。
 踊り子としての経験が長いミルザムはお触り系の対応には慣れているのだが、突然の押し倒しには驚いたようだった。
「ご、ごごごごめん。悪気はないんだ、これは誰かのいんぼいん、じゃない陰謀だ!」
 動揺しながら、カオルは後ろへ飛んで謝罪する。
 でもしっかり、柔らかな感触が手に残っていて、頭の中はほんわりしていた。
「何やってんだ、カオル!」
 怒鳴って近づいてきたランスは何故か半裸だ。
 踊り子達の露出度が高い服を見て、世間知らずの彼は脱いで踊るものだと解釈したらしい。
「他のお客様の迷惑ですから」
 すぐさま凶司、優斗、その他クイーン・ヴァンガード達が立ちふさがり、凄い形相で睨みつけた後2人を隅の方へと追いやる。
「私は月島悠。ねぇ、あなたの名前は何て言うの? また一緒に踊りましょ」
 悠が踊り子に手を差し出した。
「機会がありましたら、また是非」
 名前は言わずに、踊り子は悠の手を握って立ち上がり、握手を交わした。
 しかしその直後。
「シリウス! サイン下さい!」
 教導団の神代 正義(かみしろ・まさよし)がメモ帳とペンを差し出す。
「素晴らしい踊りだった! きっと将来有名人になれるぞ!」
 正義は数ヶ月前に受けた依頼で、トレジャーハンターのシリウスと名乗る女性と会ったことがあった。
 その時の服装と今の衣装は少し違うが、シリウスであることは間違いないと思われた。
「依頼の時はどうも。よくこうして踊ってるの? ここでは初めてじゃない!?」
 嬉しそうに話しかける正義だったが、店内はざわついていた。
「シリウスってミルザムだよな」
「女王候補の? まさか、こんなところで遊んじゃいないだろ」
「ティセラがヴァイシャリーに現れたって時に?」
 次々に疑問の声が上がっていく。
「え、あ……っ。すっすいませんでしたぁ!」
 正義のパートナーの大神 愛(おおかみ・あい)はとにかく謝った。
 状況はよくわかっていないが、正義の発言の所為で場の雰囲気が悪くなってしまったようなので。
「ほ、ほら、帰りましょう。帰りますよ!」
 愛はサインを待つ正義の腕に自分の腕を絡めるとぐいぐい引っ張る。
「あ、まだサイン貰ってないのに」
 数人、冒険者が踊り子の方に詰め寄り、正義は押し出されてしまう。
「すみませんでしたー!」
 謝りながら、愛は正義を引っ張って出入り口の方へと退散する。
「……休憩、取るんだろ」
 蒼空学園の虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が、ミルザムの手を引っ張って空いている椅子に座らせた。
「ここの雰囲気っていいよな」
 涼がそう言うと、ミルザムは微妙な笑みを浮かべながら、頷いた。
「涼と一緒に踊り見てました。きらきらして、綺麗でした。踊り子って楽しいですか?」
 涼のパートナーのリリィ・ブレイブ(りりぃ・ぶれいぶ)がドーナツを食べながら尋ねる。
「はい、身体を動かすことも、皆さんに見ていただいて、楽しんでいただくことも、とても……」
 クイーン・ヴァンガードが守りを固めているため、近づいてくる者はさほどいないが、客達の視線はミルザムに集中していた。
 もう隠す必要はないと感じて、ミルザムはヴェールを外した。
「女王にならなくても踊り子としてやっていけるのではないかえ?」
 蒼空学園のセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が、パートナーのミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)と共に近づいて笑みを浮かべる。
 クイーン・ヴァンガードのミリィはミルザムに深く頭を下げる。
 ミルザムも2人にお辞儀をする。
 顔を上げた彼女の目には戸惑いの色が浮かんでいた。
「……冗談じゃ。お忍びのようだから確認は一つだけにしておくが、お主は自分の意思で女王になりたいと思ってるのかえ?」
 セシリアの問いかけに、ミルザムは軽く瞳を揺らした後、首を縦に振る。
「はい。シャンバラには女王が必要ですから」
「ふむ、わかった。なら私はお主が女王になる為に尽力するのじゃ」
 セシリアはそれだけ言うと、そのまま自分の席に戻っていく。
「えっと、ミルザムさま」
 セシリアの後を追おうとしながらも、ミルザムに身体を向けてミリィはミルザムにこう言葉を残す。
「あたし達は令嬢とか関係なくて、ミルザムさまの人柄と……シャンバラ人と地球人が手を取って平和を築いていける国を創ろうとしているという事を信じて、あなたを護ろうとしてる。それは忘れないで欲しいです」
 ぺこりと頭を下げて、ミリィはセシリアを追っていく。
「本当に?」
 と、涼が穏やかな目でミルザムに尋ねる。
「本当に女王となりたいと言う意志があるのか? シャンバラに地球、そしてエリュシオンまで絡んできた。多くの意思が動いているが、自分ではどうありたいと思ってるんだ?」
 ミルザムは少し考えた後、こう答えた。
「シャンバラで生きる皆さんにとって住み良い国になればと思っています。関わる方々にとっても、良い国でありたいです」
 そのための方策や、方針などは彼女にはないようだった……。
 そうなればいいという理想。
 そのために女王が必要だから。
 自由を失っても、命を狙われても。
 それが、国のためになるのなら。
 踊りで喜ばせることが出来る人々は、ほんの一握りだけれど。
 自分が女王になることで、沢山の人々に喜びを与え、幸せを与え、恐怖が取り除かれていくのなら。
 そんな……彼女の自己犠牲的な思いが、涼や彼女を気遣う者達の心に流れてきた。
「踊り子さん♪」
 明るい笑みを浮かべた少女と、可愛らしい少女が花束を抱えて歩み寄ってくる。
 イルミンスールのクラーク 波音(くらーく・はのん)アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)だ。
「踊り、とっても楽しかったよっ」
 シリウスという名やミルザムという名を気にすることなく、波音は踊り子としての彼女に桃色のスイートピーと赤色のチューリップの花束を差し出すのだった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
 微笑んで、ミルザムは花束を受け取った。
「近くの花屋で、春のお花を選んできました」
 アンナは波音が渡した花束のスイートーピーを指差す。
「スイートピーは「優しい思い出」という花言葉を持っているようですよ。特に桃色は「繊細」「優美」という意味もあるようです」
 続いて、チューリップの方を指す。
「チューリップは「博愛」「思いやり」「名声」などの花言葉です」
 そう花言葉を説明した後、アンナは改めてミルザムを見て。
「楽しませていただき、ありがとうございました」
 と、礼を言った。
「ホント、とっても楽しくわくわくさせてくれて、ありがとう!」
 波音もそう言って、満面の笑顔を浮かべると――店の中に拍手が響いた。
 拍手の音は次第に増えて。
 集まった人々の殆どが、ミルザムに拍手を贈っていく。
 ミルザムは立ち上がって、花束を抱えたまま深く深く頭を下げた。
「本日は、ありがとうございました。私の方こそ楽しませていただきました」
 礼を言った後、ミルザムは護衛のクイーン・ヴァンガードに顔を向けた。
 女王候補の休憩時間はもう、終わりのようだ。
 凶司に優斗、私服で客に紛れていたクイーン・ヴァンガード達がミルザムに近づいて、彼女を護衛し裏口の方へ向っていく。
 人が集まると騒ぎになってしまうため、迅速に専用の空飛艇の方へと向うクイーン・ヴァンガード達だったが……。
「飛空艇までは直ぐだが、バイクで送るぜ」
 と、裏口を出た途端、ヴァンガードエンブレムを装備した蒼空学園の日比谷 皐月(ひびや・さつき)が軍用バイクで現れる。
「皆は警戒を頼む」
 ミルザムの腕を引っ張って皐月はバイクのサイドカーに彼女を乗せた。
「ちょっと待って!」
 違和感を感じてセラフが止めようとするが、皐月は構わずバイクを発進させる。
 途端、周囲が光に覆われた。
 皐月のパートナールーシュチャ・イクエイション(るーしゅちゃ・いくえいしょん)が放った光術だった。
 異変を察知し、目を覆いながらクイーン・ヴァンガード達は皐月を追おうとするが、既に飛空艇を止めてある場所より先に、皐月は走り去ってしまっている。
「くぅ……っ、やらえた」
 セラフが悔しげに歯噛みする。
「……仲間を信じられないこの体制、どうしたものでしょう」
 凶司は頭を抱えたい思いだった。
 皐月は同じ学校の生徒だ。身元もわかっているし、ミルザムに害意はないとは思うが……。