空京

校長室

【十二の星の華SP】女王候補の舞

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【十二の星の華SP】女王候補の舞
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リアクション

「静香様は校長。毅然としていれば大丈夫ですよ。ラズィーヤ様もそれを望んでいらっしゃるはずです」
 メイド服姿のネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)が、背後から静香にそっと声をかける。
 静香は首を縦に振って、拳を握り締める。
「彼女達の話したことについて、冷静に考えてみてください」
 タキシードを纏った知的な青年、朱 黎明(しゅ・れいめい)が手を組みながら貴族達を見回す。
 ネアはパートナーである黎明の方へと歩き、斜め後ろに控えた。
「もし仮に、もし仮にティセラが女王となり、シャンバラが大国と渡り合える軍事国家となったとします。その場合、貴方達、貴族はどうなるのか考えて下さい」
「軍事国家になるということは軍首脳が政治を行うことになります。それはつまり今貴方達が持っている地位が失われるということなのだと。ヴァイシャリー家が万が一、軍首脳の上に立ち、政治に関与することになったとしても、貴方達貴族という立場のものは不要になることに変わりはありません。つまり、貴方達はヴァイシャリー家を止める立場にあるというわけです」
 控え室が静まり返った。黎明は更に言葉を続ける。
「そして、ヴァイシャリーに宮殿が出来た場合、ここが他国に最も狙われることになるということもご理解下さい。貴方達自身が強い軍人となり、宮殿を守護して戦い、名誉の戦死を遂げたいというのなら……一考はあるかもしれませんが」
 貴族達は口を閉ざし、互いに顔を合わせていく。
「軍事国家を建国するのに軍事力に秀でていないとこに援助を求めるってのはおかしな話だな」
 そう言葉を発したのは、蒼空学園の伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)だった。
「それにここは交通の要衝であって天然の要害ではない。攻め易く守り難い土地だ。商業の中心は交易であり水路を閉鎖され篭城になった場合、自給自足で持ちこたえるのは難しいんじゃないか?」
「なぜ強固な軍事国家を築くと言っているティセラがここに協力を求めてきたのか考えてごらん?」
 パートナーで地球人の支倉 遥(はせくら・はるか)が軽く笑みを浮かべて、貴族達に問いかける。
 そして声を低めて言う。
「6首長家、6校の中で一番組し易しとみて舐められてるんだよ、キミらは」
 その言葉に、静香がピクリと震えた。
「ほら、しっかり」
 と、ヨルが静香の背をポンと叩く。
「……つまりヴァイシャリー家と百合園はティセラの手札が揃うまでの捨石に選ばれたってぇことだな」
「それはちょっと違うよ」
 静香が声を上げ、注目を浴びる。
 ラズィーヤの玩具的立場とはいえ、百合園女学院の校長だ。注目を浴びることも、大勢の前で発言することにも慣れている。
「ティセラさんが交渉を持ちかけているのは、ヴァイシャリー家だよ。百合園については何も言ってはいない。もちろん、ヴァイシャリー家が擁立すると決定してしまったら、僕には……反対する力はない。知っての通り、百合園女学院はヴァイシャリー家と、こうしてヴァイシャリー家に力を貸してくれている皆さんのお陰で、成り立っている学院だから。だから、ヴァイシャリー家がティセラさんの誘惑に負けそうになったら、皆さんにも止めてほしい」
 しっかりと静香が言い、強い目で貴族達を見た。
「ティセラが真に女王として相応しいかどうかといった視点からも考えてみよう」
 殊葉が、語り始める。
「ヴァイシャリーに政務の中枢をおくと言っているが、軍事国家を目指すティセラにとって、ヴァイシャリーに政治をおく意義があるか疑問であることは、今挙がった通りだ。ティセラが本心から言っているなら「女王としての政務能力を疑う」し嘘ならば「信用できない」のではないだろうか」
「仰る通りです」
 そう答えたのは青年貴族だった。
「ふぐっ、ごふっ、けほっけほっ」
 殊葉の隣でホールから持ってきたお菓子を食べたり、紅茶を飲んだりしていたパートナーの真宵は、お菓子を喉に詰まらせて咳き込む。
 殊葉が冷ややかに目を向けると、しゅんと一時的に反省して真宵はお菓子から手を離すのだった。
「ヴァイシャリー家は、ミルザム擁立に賛成し、女王候補宣言の式典に参加したのではなかったのか? 一度決めた約束を反故にするのは信義に反する。日本に武士道があるように、シャンバラには騎士道があるはずだ」
 蒼空学園の朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が、格式ばった口調でそう言う。
「ぐぬう……」
「しかし……」
 貴族達はホールの方に目を向けるも、もう反論が何も思い浮かばないらしく、唸るばかりであった。
「ティセラの甘言に騙されてはいけません。単独行動で領土を持たないティセラと違い、ヴァイシャリー家とツァンダ家が争いになれば常に敵同士で領土が接する状態になり、最悪の場合、共倒れになってしまいかねません」
 千歳のパートナーイルマ・レスト(いるま・れすと)が諭していく。
「むしろ、それがティセラの狙いと見るべきですわ。喜ぶのは最後の刈り取りをするティセラとエリュシオンだけでしょう」
「ティセラのような目的の為に手段を選らばない為政者が上に立っても国民は幸せにならない。もちろん、ここに集った皆も」
 そう言って千歳が皆を見回すと、頷く貴族もいた。
「自分を支持すれば政治は任せる……か。話にならない。良いように手折られ、花瓶にでも飾られるつもりか?」
 蒼空学園のアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)が、軽く嘲笑を見せる。
「私はこれまでの意見とは逆に考えている。誘いをかけてくるぐらいだ。ここに集まった貴族の者やヴァイシャリーの力は脅威なんだろう。それをわざわざくれてやって、あとでもらえるのはわずかばかりのおこぼれ……馬鹿馬鹿しい」
「政治を任せるだとか、軍事大国だとか……態の良い言葉だが、所詮、エリュシオンの小間使い。与すればシャンバラへの尖兵として使い、与さずとも他の者も言っているように、シャンバラ内での疑心暗鬼や抗争を深めることができれば占めたもの、だ」
 テオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)が、アルフレートの言葉に続けていく。
「疲弊したシャンバラを根こそぎ平らげるのはツァンダでも何でもない、エリュシオンだ」
 皆の言葉により冷静さを取り戻しつつある貴族達の頭に、テオディスの声が響いていく。
「今、信頼を寄せるべきはそのエリュシオンが背後に控えるティセラなのか? 違うだろう」
 貴族達は何も答えない。ホールの音楽もやんでおり、控え室が静寂に包まれる。
 しかし、それは一瞬だった。
「今の状態のシャンバラが、神のみで構成された龍騎士団を擁する、パラミタ最大の国家エリュオン帝国に匹敵する力を有することが出来るとでも? ヴァイシャリー家はこの混沌の地を任せるに相応しい家だとエリュシオンに認められたのです。ティセラに与すればエリュシオンと交渉を持つことも可能でしょう。それとも彼女を拒絶し、ティセラとエリュシオンのご厚意を踏みにじるおつもりでしょうか?」
 入り口付近に立っていたシャノンが穏やかに疑問を投げかける。
 貴族達に動揺が走った。
「ティセラがテロと呼べる行為を行っていることを、知っての上での発言か?」
 冷徹で厳しい声が響く。
 教導団の天霊院 華嵐(てんりょういん・からん)だ。
「支持するということはその罪も一緒に背負うという宣言、つまりテロリストになるということだが?」
 華嵐の言葉に、反応を示さず、シャノンは静かに貴族達の反応を見守っていた。
「ああ、なるほど、貴族から安易にその言質をとってしまえばテロリストが身内に出たという風評を広められるな。さしずめ鏖殺寺院などのテロリストどもの策謀かな?」
「テロリストなんて……」
 シャノンはくすりと笑みを浮かべる。
「改革後は彼女は英雄となるでしょう。もとより話が済んだら帰る予定でしたから、私はこれで失礼します」
 シャノンは「ヒャハハハ」と笑い声を上げるマッシュと共に、控え室を後にする。
「奴等、見張っておく必要があるな。退場を確認後、ヴァイシャリー家の方に、これまでのことを報告しておく」
 天霊院 豹華(てんりょういん・ひょうか)は、華嵐にそう話すと状況を記録した手帳を手に控え室から出て行った。
「こうならないように、前もって話し合った上で、ミルザムさんを候補にしたんですよね? 約束したことはちゃんと守るべきだと思います」
 百合園の橘 舞(たちばな・まい)が動揺している貴族達に優しさを込めながら、しっかりと話していく。
「その上でいいたい事があるのなら、またお互いで話し合えばいいと思います。一方的に約束を破るのはよくないと思います」
「しかし、その余裕はあるのだろうか……」
 貴族の1人が、不安気な眼をホールの方へと向けた。
「いやそもそも、なんでティセラを擁立しなきゃなんないのよ」
 突如、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)がそんなことを言い出した。
「ヴァイシャリーの貴族なんだから、ティセラを推すぐらいなら、主家のラズィーヤを女王候補に推すのが筋だと思うんだけど?」
 それはこの場に集っている者も――多くのシャンバラ人も思っていたことだった。
「私もツインドリ……ラズィーヤが女王になるのがミルザムやティセラが女王になるよりマシだと思うけど、当の本人がなりたがってないんでしょ? それじゃ仕方ないじゃない」
 ヴァイシャリー家がミルザムの擁立に承諾した理由は、一般的には知られておらず、ラズィーヤが女王になろうとしないのは、本人がなりたがっていないせいだと思っている者も多い。
 だか、それだけではなく。
 国家神となる存在として、シャンバラ人のラズィーヤは相応しくないのだ。
 王の血筋とは、権威的な意味はあるものの、パラミタではさほど重視されない。
 なぜならパラミタにおける神は突然変異で誕生し、子供にもその力は遺伝しないのだ。
 ただし、神ほど強くなくとも、子孫がその力の一部を受け継ぐ場合はある。
 シャンバラの6首長家はそれぞれ王家の血を引いており、特殊な力を秘めて生まれてくる者も稀にいる。
 とはいえ、異種族間結婚などにより、現在のヴァイシャリー家は特別な力を持たないシャンバラ人の一族となっており、女王器の力を行使しようとも、神となれるほどの力を振るうことは不可能だ。
 だから、ヴァイシャリー家に連なる貴族達も、ラズィーヤを推すことが出来ない。
 本人自身も、たとえ力を有していたとしても女王になる気はさらさらないようだが、彼女が公の場で本心を語ったことはない。
「それともヴァイシャリー家の意向に逆らって主家に弓でも引くつもりなの。大した度胸よね?」
「ヴァイシャリー家が……変えるつもりはないというのなら、それは仕方ないが」
 貴族の中でも発言力の高い人物と思われる、壮年の貴族がそう言うと、集まった者達はうなり声と共に小さく頷いていく。
「ただ、ミルザム・ツァンダには良くない噂もあるしのう」
「仲間と共に手に入れた女王器を勝手に自分の所有物にしたとか?」
「その辺りを理由に、失脚させてヴァイシャリーから候補を出せぬものか」
「その件は、その依頼に同行した俺が説明しよう」
 薔薇学のクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が微笑みを湛える。
 隣に座っているパートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、軽く怪訝そうな目をクリストファーに向けるが、何も言わなかった。
「シリウスが女王器を収集してるのは周知だったし、彼女が女王器を所有しようとするのは自明と思えた。そもそも探検機材が依頼主持ちだったし、大した報酬が期待できないのも明白。よってシリウスが女王器を私物化したと言うのは、反対者の扇動か、誤解だろう」
 クリスティーは当時の状況をも詳しく貴族達に説明をしておく。
「遺跡調査団の募集は蒼空学園のルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)の名前で行われた。必要装備はルミーナが購入する契約。依頼主はシリウスで「古王国時代の遺跡を巡り女王器を集めているトレジャーハンター」との触れ込み」
 貴族達は無言で話を聞いている。
 クリスティーが言葉を続けていく。
「調査後、朱雀鉞はシリウスが保管、書物類は蒼空学園図書館で保管と決定。他の発掘品はシリウスが換金し、無報酬で危険な探索に参加をした、調査隊員への報酬とした。……というわけで、もともと無報酬前提で参加したんだから俺は文句はないよ。調査で見つけた物が自分の物になると思ったりは皆してないはずさ」
「でも、そういう疑惑が浮かんでしまうほどに、ヴァイシャリー家や6首長家、6学園の決定が突発的、寝耳に水であったことは、ご理解いただきたく思います」
 青年貴族がそう発言し、貴族達が次々に頷く。
「うん、確かに説明が色々不足してたよね。貴族の皆にも、学校の皆にも。それは猛省しないと……そういうことって、きっと僕の役割だから」
 静香はそう言うと、立ち上がった。
「申し訳ありませんでした」
 そして、貴族達の前で深く頭を下げたのだった。