空京

校長室

【十二の星の華SP】女王候補の舞

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【十二の星の華SP】女王候補の舞
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第3章 混迷の控え室

 舞踏会が開かれているホールの2階に、ホールを見下ろせるガラス張りの部屋がある。
 控え室として使われているその部屋に、桜井静香は協力者と共に貴族達を避難させていた。
「なんと……美しい」
「ヴァイシャリー家のご息女、ラズィーヤ・ヴァイシャリー様を超える立ち振る舞い」
「強さと気品を兼ね備えた女性じゃのう」
 貴族達の口からは、感嘆の声が漏れている。
「あのような娘が、殺戮を指示したなどとは、何かの間違いじゃないのか?」
「誇張された噂と捏造にきまっとる!」
「それこそ他首長家の陰謀、ミルザム・ツァンダを支持する者達による情報操作じゃないのか?」
 貴族達から次々にあがる言葉に、静香はおろおろするばかりだった。
「ヴァイシャリーがティセラを擁立しようとすると、面倒なことに繋がりそうなんだって。とにかくこの場での判断はやめるよう貴族達を導いた方がいいみたいよ」
 イルミンスールの川野 殊葉(かわの・ことは)のパートナー黄昏 真宵(たそがれ・まよい)が、入り口で貴族を招き入れている殊葉に変わって、殊葉からの伝言を静香に囁きかける。
「ええと、空京で式典を襲撃したのは本当だよ。死者が出たんだ。カメラが設置されてたし、記録も残ってる」
 静香が貴族達に声をかけるも、皆静香の話に耳を傾けることなく、ホールで繰り広げられるダンスに夢中になっていた。
 その貴族達の背後にそっと近づいて、ささやきかける者がいた。
「ティセラが目的の為に武力行使するのは自分の強さとこの国の脆弱さを国民に知らしめる為だったのです」
 その言葉に興味を示し、貴族が数人振り返る。
「私はティセラに協力する者です。皆様方に危害を加えるつもりは一切ありません。話が済みましたら、速やかに退室いたします」
 そう微笑んだのは、波羅蜜多実業高等学校のシャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)だ。
 隣には、護衛をしているマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)の姿がある。
「寝所での戦いは鏖殺寺院との圧倒的力量差と地球国家の圧力をうけた学園の主導権争いが原因で、シャンバラ二強の軍事組織クイーンヴァンガードと教導団は惨敗し多くの犠牲者が出ました」
「それはわしらも思っとった!」
 老貴族が声を上げる。
 シャノンは頷いて、悔しげな声で続けていく。
「この結果から分かるように、今のシャンバラは軍事力が脆弱で、学園の防衛力に依存しすぎた為に地球の国益競争に足を引っ張られています」
 そして悲しげな目で、貴族達を見回す。
「寝床の悲劇を繰り返さない為にティセラを擁立し軍事力強化と地球国家の圧力の抑制を図るべきです」
 そして最後に、強い声、強い瞳を見せた。
「そうじゃ、地球の権益に振り回されるより、エリュシオンとの関係強化を目指した方がいいじゃろうて!」
「一理あるかもしれんな」
 貴族達の心がティセラに傾きだす――。
「だらしない方々ですわ!」
 厳しい言葉が飛ぶ。
「テロリストが社交の場に出てくるという時点で、これは交渉ではなく脅し」
 貴族達の前に歩み出たのは、百合園のモディーラ・スウィーハルツ(もでぃーら・すうぃーはるつ)だった。
「目先の人参に釣られるなんて、ヴァイシャリーの貴族も馬の骨にも程がありますわ」
「なんじゃと!?」
 貴族達の非難の目がモディーラに向けられる。
 すっと、パートナーのハルセ・クリンシェ(はるせ・くりんしぇ)が彼女を庇うために前に出ようとする。しかし、モディーラは手で制して前面に立ち言葉を続ける。
「あなた方の祖先に慕われていたという封印されている古代女王と、あのティセラというエリュシオンの手先のどちらを信用できますの?」
「何も知らぬ地球人の小娘の分際で、我等に向ってよくもそもような態度を!」
「ティセラが女王になった後、私達の扱いは保障されていませんわ。ティセラと皆様に、何の関係があるというのですか? 政治を任される保証がどこにあるというのです!?」
「煩い!」
「われわれの問題に部外者が口を挟むな!」
 貴族達からの罵声とも言える声が、モディーラに飛ぶ。手を握り締めながら、怯まずモディーラは厳しい目を貴族達に向け続ける。
「ご、ごめんね。その通りだよね。えっと、とにかく下がって、ね」
 静香が心配そうに声をかけて、立ち続けているモディーラの手を引いて、下がらせる。
「頑張ったな」
 ハルセがモディーラの背に手を回して労う。
 こみ上げる感情を抑えて、モディーラはぎゅっと唇をかみ締めた。
「ど、どしよう……」
 貴族達が討論をし、場が荒れていく様子に静香はオロオロし通しだった。
「校長先生、落ち着いてくださぁい」
 教導団【ノイエ・シュテルン】の皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)が静香に声をかける。
「うん、うん。そうだね。でも何をすれば……」
「校長先生、「どうしよう、何をすれば」なんて言ってる場合じゃないよ」
 圧倒されるように、部屋の隅に移動した静香に、百合園の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が歩み寄る。
「貴族達に落ち着いてもらわないと! このままじゃラズィーヤさん孤立しちゃうよ」
「え? どうして」
「いや、ラズィーヤさんは当然断るだろうから。貴族達はティセラに惹かれてるみたいだし」
「そ、そうかな」
 混乱している静香の様子にヨルはため息を一つついた後、真剣な目で静香の瞳を覗き込む。
「ここは校長が頑張るところだよ。不満に流されないように貴族達を導かないと。いいことばかりの話なんてないんだよ。軍事国家なんて一部だけが得をして、そんなの誇りある貴族のすることじゃないよ」
「うまい話には裏があるってな。怒りのまま不満のままに動くと、ティセラの思う壺だ。あいつが腹ン中で何を狙っているのか全然わからないんだから」
 ヨルの言葉に続けてカティ・レイ(かてぃ・れい)が静香を諭していく。
「ラズィーヤが下で時間稼ぎしてる間にこっちをまとめないとな。扇動者はつまみ出そうと思ったが、既に去ったようだな」
 シャノンとマッシュの姿は既にこの部屋にはなかった。
「校長先生、慌てなくても大丈夫ですよぉ。貴族の皆さんはかしこいですからぁ、暴走して五大家がかりで潰されるような軽挙はしませんって」
 伽羅は大きな声で静香の両肩に手を置きながらそう言った。
「百合園さんはうちの団含めて他校と仲がいいのが長所ですしぃ」
「伽羅の申す通りにござります」
 伽羅の後見人として訪れていた皇甫 嵩(こうほ・すう)も、静香に声をかける。
「皆様、不意のこと故少々動転されただけにござりましょう」
 あくまで静香に向けて語っていく。
「よそ者故に申し上げまするが、ヴァイシャリーの皆様のよき所は教導団のように武器に訴えずとも、和やかに物事をお治めできる歴史の重みと威厳でござりますからな」
「そうですぅ、その通りですぅ」
 伽羅がうんうんと頷き、嵩が言葉を続けていく。
「街の歴史、ヴァイシャリー家とお歴々のご家門の重み、それに百合園の存在が一体となってそれを支えておるわけで、むざと崩される方なぞおられますまい」
 その会話を耳にした貴族達が、地球人が、軍隊が……と呟き声を発していく。
「正式な交渉は後日ヴァイシャリー家が行うことになるでしょう。それまでに、我々の意見もまとめてヴァイシャリー家当主に申し上げるのがよろしいかと」
 そう貴族達に提案をしている青年がいた。
「ほら、貴族達の中にも冷静な人がいるみたいだよ。校長! 校長がやる気なら協力するよ」
 ヨルの言葉に、静香はごくんと唾を飲み込んで頷いた。
 伽羅は静香の肩から手を離す。
「皆さん、席について下さい! 話し合いましょう」
 貴族達に向って、静香が大声を上げた。
「なるべくホールから離れた位置へどうぞ。私は契約者ですので多少攻撃を受けたとしても大丈夫ですから、ここに」
 青年貴族がホール側の席に腰かけ、上手く年配貴族達をホールが見えない位置に誘導した。
 静香もホール側の席に座り、その隣に護衛として付き添っていた百合園のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が腰掛ける。
 全ての貴族が着席したのを確認し、ロザリンドがまず口を開いた。
「私はあの人の起こす事件に関わった事があります。ジャタの森では火災によって小さな子を含む命が失われました」
 ロザリンドは瞳に悲しみを湛えながら、遭遇した事件について語っていく。
「それから、ツァンダの東にある……あった、獣人達の村では、あの人が連れていた合成獣により多くの命が失われました」
 集っているのは、十数人の貴族達。若者が多い。
 悲しげな瞳に、強さを含ませながらロザリンドは皆の前ではっきりと言う。
「不本意だと言いつつ、自分の命以外に従う者は民でないと殺した人。今はいかなる理由があろうとも、その罪を贖わない限り、彼女を女王候補と認めたくありません」
 不服そうな貴族達に、ロザリンドの隣に着席をしたテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が語りかける。
「例え話だけど。……あんた達の屋敷に強盗が来て、止めようとした家族を皆殺しにして財産盗んだ。でも強盗は『この金でヴァイシャリー軍を強くする』と言い、他の人はそれは素晴らしいことだし力もあると軍の指揮官に推薦。それを納得できる?」
 貴族達がうなり声を上げていく。
「彼女の行動はそれに近いよ。反感を覚える人は沢山出るはず。そんな人達との間で諍い起きない? それに犯罪者を擁立したと他から攻撃される口実にならない? 今は擁立止めるのがいいよ」
「反感なら、他首長家にも持っている」
 中年の貴族が声を上げた。
「でも……さっきセツカちゃんとお話したんです」
 百合園のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、大きな声を上げた後、隣に座るセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)に目を向ける。
 セツカは強く頷いて見せた。
「軍事国家だと、貴族はないがしろにされたことがあるとか、街も攻撃に備えた形になるから、汚くなりそうだとか」
 切実な声でヴァーナーは貴族達に訴えかける。
「今の貴族がまとめてるヴァイシャリーがステキなんです。軍事国家はイヤです……っ」
「軍事国家といえば、すこし前の日本などもでしょうか。貴族などをお飾りにして軍隊が力をもって暴走したアレですわ。ヴァイシャリー家に政治をと言っても、実際は軍部が統制するのだから、雑務、民間人の苦情処理班ってところでしょう」
 セツカがそう言葉を付け加えると、貴族達が眉間に皺を寄せていく。
「ならばその軍もヴァイシャリー……いや、ヴァイシャリー家が招致した、百合園女学院は……」
 ひそひそ話を始める貴族達を、静香は困った顔で見ていた。
「建国に際して、権力を握るために必死なんですわ。建国後、ヴァイシャリーが正当に政治で権力を振えるような案があれば、一発で抑えられそうですわ」
 そうセツカはヴァーナーに説明をする。
「ラズィーヤおねぇちゃんが、がんばってくれるはずです……」
 ヴァーナーは頷いて、切実な目で貴族達を見守っていた。
 それには百合園生も、ヴァイシャリーで暮らすものとして、ヴァイシャリーの民――ヴァイシャリー家を慕う貴族達のために、政治的に立ち回っていく必要もあるのだけれど。
 まだ幼いヴァーナーにはこうして訴えるだけで精一杯だった。