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リアクション
林紅月
「……行ってしまったな」
ドージェを筆頭とするパラ実生の軍勢を見送って、林 紅月(りん・ほんゆぇ)は目の上に当てていた腕を降ろした。スパイクバイクの排気ガスやまき散らされる砂埃も、もう地平の彼方だ。
「良いのですか、協力などして。闇龍を復活させ、世界を破壊することが目的だった筈では?」
千石 朱鷺(せんごく・とき)が切りそろえられた前髪の下から、訝しげな視線を送る。
紅月は、闇龍を止めようとするドージェの元へアナンセ・クワク(あなんせ・くわく)を送り届けた。そのアナンセの目的はドージェのサポートだというのに。
「今、闇龍を封じ込めようとするのは、人の力で雨を降らせたり止ませようとするようなもの。成功したとしてこれから先の天候を全て操ることなどできはしまい」
「闇龍とは、実体のある生物でもなければ、一時的な現象などでもない……ということですか」
「そういうことだ。私のことよりも、二人とも身体は大丈夫か? どこか痛いところはないのか?」
「まるで母親みたいな言い分だな」
自分には母親なんていなかったけど、とこれは心の中で留めながら、仮面の下でトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が苦笑する。
「その怪我は私のせいだ。心配しない訳があるか。……いいか、絶対に無理はするなよ」
紅月のそれは本心からのものらしい。顔つきまで母親じみている。
彼女がわざわざそう言うのは、教導団が『ドラゴンキラー作戦』で彼女を殺そうとする以上、庇う彼らは教導団の敵となるからだ。今までは鏖殺寺院の将軍の一人という扱いを受けていた彼女だが、今回は明確に指名されている。
「来ました、あそこです」
朱鷺は“ディテクトエビル”で関知した存在に向けて指を差した。予想通り──教導団にとっては予定通りと言うべきか、草地を教導団の制服を中心とする部隊が歩み寄って来た。
ナラカ城や光条砲台でかち合った【鋼鉄の獅子】の面々だ。
【鋼鉄の獅子】は隊長レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の左右にゆっくりと散開、紅月達を取り囲んだ。
部隊を指揮するレオンハルトは自身の背嚢にくくりつけた狙撃銃を取り出し、弾丸を込めていく。
「おまえが以前言った通りなら、この世の全ては悪。すなわちそこのトライブも悪。悪が滅びた方が良いのなら、トライブも殺せるはずだ」
弾丸を込め終わった銃を、彼は傍らの橘 カオル(たちばな・かおる)に渡して後ろに下がる。少なくとも作戦が終わるまでは関羽に邪魔をされたくない、その警戒のために。
「言っておくけど、逃げようとしたらルインのビリビリが来るからね」
レオンハルトのパートナー、ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)が牽制する。声音は冷たく何処か空々しい。それは、彼女が過去の記憶を持っていないからで、紅月は記憶があるだけマシという論理からくるものだった。
ルインはついでに“ディテクトエビル”で、説得の邪魔をしそうな人間の邪念を警戒する……が、周囲には邪念が満ちていて、だれがどうとまでは特定できない。
次に声をかけたのは、銃を受け取ったカオル。安全装置をかけながら紅月に掲げて見せた。
「この弾丸は特別製だ。殺傷力は無いに等しいが、内部に仕組まれた神経毒で、当たれば高揚感包まれたまま死ぬことができる。それでトライブを殺すか自分で死ぬか選べ」
そして銃を彼女の足元に放り投げる。
「選ばなかった場合、総力を挙げてトライブを殺す」
「さあどうするの? キミが自殺するなら、トライブを含む世界の生存は絶望より価値があるのよね?」
カオルのパートナーマリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)が追い打ちをかける。
表情特徴からいってただの脅しには見えない、と紅月は判断した。
カオルらは知らないのだ、レオンハルトが弾丸をすり替えたことを。あれはただの麻酔弾だ。知らないからこそ、その脅迫には演技めいたものがない。
紅月は銃を拾い上げ、銃を見つめた。
その表情には迷いがあるとルカルカ・ルー(るかるか・るー)には見える。
「信じて欲しいなら、まず相手を信じないとね。……林さん、私も貴女を信じる」
そのルカルカは紅月を見つめ呼びかけたが、選択は迫らない。【シャンバラの守護者】として、光へ導く者として、思いを伝えたいだけ。
──【鋼鉄の獅子】の目的は、紅月の矛盾を突きつけ、矛盾の中に希望を見出させること。
彼らの行動にも矛盾があるようだが、これはそれぞれ論破、説得と飴と鞭に別れてより作戦の成功率を上げる役割分担。隊員の性格からいえば必ずしも役割だけとは言えないのだったが。
ただ、とレオンハルトは思う。もしこれで紅月がトライブを殺すことを選ぶのなら──紅月を殺すしかない。彼女は“救えない”人物だったというだけのこと。
「……おい、あんたらにどんな権利があって選択を迫るんだ。それは脅しか!?」
一方的に選択を迫る小隊の面々に抗議したのはトライブだった。しかし雅刀を抜こうとする、その腕に血が跳ねた。
「トライブ!」
「心配すんなって、かすり傷だ」
彼は心配そうに腕を取る紅月に笑ってみせると──咄嗟に避けようとしたため、実際かすり傷だった──“カモフラージュ”で岩陰に伏せていた射手を睨み付けた。警戒役の男──黒髪をツンツンに逆立てたルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は、にやりと口の端に笑みをのぼらせる。
「口を出さないでもらいたいですね。……さ、選んでください」
「例えば、こうするとは思わなかったのか?」
紅月は安全装置をかけたまま、銃口をカオルに向けるも、彼に変わりマリーアが答える。
「もし戦うっていうなら、どうして自分の手では殺せないのかしら。もし犠牲にする覚悟であたし達と戦うつもりなら、どうして自分の手では殺せないのかしら?」
紅月は目を細め、自らの疑問に反問しているようだった。
「……そうか」
彼女が口を開きかけたとき。
「マスター、来ます……!」
周囲を見張っていたルースのパートナーソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)が声をあげた。
振り返った朱鷺はその中に憎むべき顔を見付け、その名を呼ぶ。
「サルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)……!」
パラ実生の彼は何故か教導団員を数名引き連れていた。その団員達の手にあるのは見知らぬ、しかしその姿や砲身から見て狙撃中の類であろうことは容易に判別できた。
「邪魔しないでくださいよ。手加減する気はないですから」
ルースはスナイパーライフルを向けるが、サルヴァトーレは全く動じない。
「そのつもりはない。それが終わってからでもいいんだが」
教導団にしゃしゃり出る権限がないのもあったが、サルヴァトーレにしてみれば手段は多ければ多い方が良い。
自分が結果的に紅月が、失敗に決まっている『ドラゴンキラー作戦』で絶望したまま死ねばそれで目的が達成されるのだ。そう、ヴァイシャリーの破壊が。……彼はヴァイシャリーで百合園と攻防する闇組織に与していた。
「こちらにも提案がある……おっと」
が、サルヴァトーレの会話は味方によって邪魔をされた。
「武蔵坊弁慶、参る!」
狙撃部隊の中から武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)が飛び出したからだ。弁慶はクレセントアックスの柄を握りしめ、紅月に向かって真っ直ぐに駆ける。
朱鷺が紅月を背に庇い、弁慶を向かい討つ。
「邪魔はさせませんよ……くっ」
両者、手に得物を持って武器を打ち交わす。
弁慶の上からの斬撃を朱鷺の翼の剣が迎えたが、剣は弾かれた。そのまま斬り伏されそうになるのを地面を蹴って飛び退って回避し、着地をバネに反撃に転じようとするも、反撃どころか相手の太い腕から繰り出される再度の一撃は重く防戦で手一杯となった。
彼女は体の中心に精神を集中させ、“封印解凍”を試みる。
「やめろ、負担をかけるな! 朱鷺には済まないが、加勢させてもらうぞ」
紅月が朱鷺と弁慶の合間に滑り込む。その時を狙い、弁慶の手から煙幕が吹き出た──煙幕ファンデーション。
それを合図にパートナーの松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が銃を構える。彼は密かに隠形の術で、斜線を確保しようと静かに回り込んでいた。照準に紅月を捕らえつつ、近づく。
しかし。トリガーを引き絞ろうとしたとき、視界に現れたのは、百合園の生徒だった。
「何故そこにいる……!」
世界の危機に大して、教導団と百合園、特に白百合団は作戦に共同で当たることが多かった。
その一人、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は以前の作戦で出た怪我人の見舞いに訪れた際、『ドラゴンキラー作戦』の事を知って、狙撃部隊の手伝いを買って出たのだった。
彼女は狙撃部隊側だから、勿論岩造の存在も、彼が姿を消したのも分かっている。そして、この間にも狙撃部隊が展開して既に銃撃体制に入っていることも。
彼女の本当の目的は、スフィア保有者の保護。そして狙撃部隊の時間稼ぎの理由。
団長の真意がスフィア保有者の保護にあることは関羽の出奔でも分かる。しかし表向きは関羽の追撃命令まで出ている。一兵卒が命令違反をするわけにはいかない。けれど他校生がうろうろしたら──それは撃てない理由になる。大した効果はないかも知れない。
少しでも、時間稼ぎになれたら。その間に命令が撤回されれば。
……無論全ての教導団員が団長の意を汲んでいることもなく、岩造もまたその一人だった。
(軍人は黙って作戦に従う、任務を遂行する。それが軍人だ!)
とはいえ彼女を無視する訳にはいかない。他校生の中でも、彼女は彼が憧れと敬意を払う百合園の生徒。特別なのだ。
けれど。それを気にする者ばかりではない。狙撃部隊よりも、どちらかといえば【鋼鉄の獅子】には。
「危ない、避けて!」
「……え?」
ロザリンドパートナーメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)の警告は間に合わなかった。
銃撃が響き、振り向いたと同時にロザリンドの脚部に衝撃が走った。レギンスに瞬く間に蜘蛛の巣状にヒビが入る。
「何でそんなことするの!?」
「邪魔しないでくださいと言ったたじゃないですか。この場には必要ない人達ですからね。正直どうでもいいです」
ルースはメリッサの抗議にこともなげにそう言った。銃を撃つことに躊躇をしなかった。手加減もしない、する必要もない。邪魔者は排除するだけだ。彼は弁慶を薙ぎ払った紅月に顔だけ向ける。
「まぁ、正直こんなつらい選択は女性にはさせたくないんですが……これも命令なんでね。迷わず死んでくださいよ……っと」
続けて再びロザリンドの腕に狙いを定めるルースだったが、その腕は突如背後から押さえられる。
「隊への妨害行為は互いの作戦行動に悪影響しか及ぼさないと思われるが」
「……見覚えのない人ですね」
「軍属でないのでな」
黒甲冑に全身を包んだ──いや、それが着ぐるみのデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)はルースの手を押さえたまま答える。それに、普段は光学迷彩で姿を隠していると、これは答えないでおく。
「では何故?」
「私のパートナーは軍医志望でな。隊に損害を出すわけにはいかん」
「ではこの辺で、こちらの条件も出そうか」
ルースが押さえられたのを確認して、サルヴァトーレが葉巻を取り出した。
「何故パラ実が教導団を指揮する」
「指揮ではない、協力だ。敵対するつもりもない。この前もそうだっただろう?」
彼はレオンハルトの疑問にあっさりと答える。
キャンプ・ゴフェルのコントロールルーム付近で彼らは一度出会っていたが、その時も直接的な敵対はしていない。
むしろ、紅月を同じ敵とする店では目的は一緒だった。無論今回は違うのだが、その辺は言わないでおけばいい。彼らが紅月を見限れば一致する可能性もある。
「さて、こちらも取引をしてみよう。……林紅月。死と引き替えに、トライブ・ロックスターとそのパートナーの安全を保証しよう。彼らが鏖殺寺院を手伝っていたことを不問にし、更に”世界を救った英雄”として報奨を与えよう」
彼は葉巻に火を付けた。煙と共に剣呑な雰囲気を漂わせる。
「勿論、取引を受け入れない場合、教導団はトライブ達の死亡が確認できるまで追撃するだろう」
“契約者の生徒が鏖殺寺院に入っただけでなく、幹部の副隊長を名乗っている”
この事実は学校側にとって面白くないだけでなく、学校の面子に関わる事実だ。しかもトライブと朱鷺の二人は、校長自らがジークリンデ抹殺を命ずるような蒼空学園の生徒である。サルヴァトーレの予告は現実となるだろう。
だが、彼にトライブ達の処遇を決める権利はない。【鋼鉄の獅子】の面々のみならず狙撃部隊もざわめいた。
「そのようなこと、部外者が勝手に──」
カオルの言葉を、サルヴァトーレのパートナーヴィト・ブシェッタ(う゛ぃと・ぶしぇった)が遮る。
「上の承認を待っていては核攻撃は止められませんし、関羽への追撃を認めた団長ではありませんか? 狙撃部隊の方の行動も当然認めるでしょう」
それにね、とヴィトは珍しく饒舌になり、
「追撃されるのはトライブ達だけじゃない。この場で彼女を助けようとした人間、する人間。皆、教導団に追われる立場になりますよ」
仮にも鏖殺寺院の幹部。紅月は正面からやりあって勝てる相手ではない。サルヴァトーレはだから、彼女の性格を利用することにしたのだ。
「……人質のつもりか」
再びざわめきが起こる。この男は、ロザリンドだけでなく、ともすれば紅月を説得する【鋼鉄の獅子】をも裏切り者として報告しようというのだ。
紅月は一瞬苛烈な炎を瞳にちらつかせるが、すぐに苦々しい色が取って代わった。
「私が断るには三つの理由があるな。一つめ、教導団と波羅蜜多実業高等学校は仲が悪いと聞く。二つめ、キャンプ・ゴフェルにてトライブを急襲した。故に私は貴様の言うことなど信用しない。三つめ、私は善人などではない」
彼女は銃の安全装置に手をかけると、ゆっくりとそれを外した。そのまま、隣に立つトライブの頭に当てる。
あまりの出来事にトライブの目が見開かれていく。仮面の下で、それは誰にも分からなかったけれど。
「紅……月……?」
「トライブと朱鷺がが惨たらしく、苦しみながら殺されていくというのなら、私はこの手で安らかに葬ることを選ぶ」
「……本当に、世界に滅びて欲しいのか?」
「私の大切な人は皆殺されてしまった……私はこの手で父や多くの者を殺した。もし世界の存在を認めたら、私は……どうしたらいい」
彼女の声音は、今まで彼が聞いたことがないほど無機質だった。
彼の声音も、今まで彼女が耳にしたことのない──いや、遠い過去に何処かで聞いたことがあるような気もした──優しい覚悟に満ちたものだった。
「そうか」
彼は手をゆっくりと仮面の上に当て──投げ捨てた。
その手を、腕をそのまま正面に伸ばした。
紅月の身体をきつくきつく抱きしめる。想いが伝わるように。
そして、肺腑から声を絞り出す。
「好きだ!!」
今度は紅月が目を見開く番だった。紅月だけではない、朱鷺もサルヴァトーレもヴィトも【鋼鉄の獅子】も皆呆気にとられた。朱鷺だけがそれを予測していたのか、微笑ましい顔で見つめている。
「俺の望みは一つだけ。紅月、あんたの笑顔が見たい」
トライブは抱きしめたまま、彼女の唇に口づけた。
「紅月の怒りも悲しみも絶望も、全部ひっくるめて俺が貰ってやる。だから、俺と一緒に生きろ」
「トライブ……」
人目をはばからない熱烈な告白に、紅月は呆然と立ち尽くした。
彼女は、自分には誰かに好かれる要素などないと思っていた。けれど彼が世界の行く末や闇龍がどうとか、そういったことで自分を救おうとしているのではないことだけは分かる。
「どうしてそこまでできる?」
「好きな奴を放っておけるか?」
「………………いや」
紅月は小さな声で否定して、ゆるゆると銃を持つ手を下ろした。
「お前の気持ちは分かった。私の行く道のその先が地獄でもいいなら付いて来い」
ほんの少し……いつものしかめっ面と殆ど変わらないくらい僅かに微笑む。その顔は、トライブにしか見えなかった。
何故なら、すぐにその顔はすぐに彼らの顔は影に入ったからだ。
二人が振り仰いだそこに、逆光になってもはっきりと分かるその顔は。
「関羽……!」
「させるな──撃て!」
紅月達の全方位から銃声が鳴り響く。
「やったか……?」
もうもうと立ちこめる土煙から両眼を庇いながら、サルヴァトーレは呟いた。だが、すぐに赤兎馬に跨った関羽の姿が現れ、失敗したと悟る。
関羽は赤兎馬の手綱を引き、【鋼鉄の獅子】の包囲の隙間を抜け、スナイパーライフルの二射を放とうとする狙撃部隊の外周を走り抜けた。時計回りに馬を駆り、彼らの首筋を青龍偃月刀の石突きで軽くとんと押していく。ぱたぱたと連鎖するように兵士は地面に倒れていった。
それを認識したとたん、サルヴァトーレとヴィトの視界も暗転した。
「無事か、紅月!?」
関羽の後ろ、紅月の側面の一方には、トライブが操った傀儡が銃弾をめり込ませていた。
そしてもう一方には──
「大丈夫っ?」
土埃にまみれながら、彼女を抱きしめて地面に突っ伏していたのは、ルカルカだった。彼女は咄嗟に紅月を庇い、飛び込んだのだ。
「大丈夫?はそっちだ! ……何故そんな危険を冒す。もし当たったらただでは済まん!」
彼女のパートナーダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、彼にしては珍しく怒りを顕わにルカルカに駆け寄った。
「だって、助けてって聞こえたんだもん」
「非論理的だ」
「……あはは、そうかも」
呆れたようにため息を吐くダリルに、照れたように彼女は笑うと、その笑顔をそのまま紅月に向けた。
「大丈夫、当たってない? 怪我してたらダリルが助けてくれるからね」
「何故……何故、そこまでして私を庇う?」
その疑問は当然だとでも言うように、ダリルが肩をすくめる。
「こういう奴だ、あまり深く考えてのことではない。俺もそんな彼女によって人間を信じてみようかと思ったのだが、な」
それより、と続ける。
「一つだけ俺からも言いたいことがある。……肯定は過去の否定ではない」
「お前に何が分かる」
紅月はダリルを睨み付けようとしたが、視線は弱く、どうしても睨み付けているようには見えなかった。彼女はためらうように視線を彷徨わせた後、胸元からスフィアを取り出して見せた。
「……おまえ達の目的は、ヴァイシャリーを破壊から守ることだろう? 私の一存では決められないが、望むならスフィアの書き換えとやらに協力してやってもよい」
そのスフィアは深い闇の色をたたえている。ちょっとやそっとのことでは光になってヴァイシャリーを守らないだろうことは、見る者には理解できた。
「いずれ滅びる世界のこと。いつどこから滅びようが、私にはどうでも良いことだ」
紅月は立ち上がると、再び彼女の元に戻った関羽を見上げた。憎むべき中国の英雄を。
「何故私を助けた」
「我が主の意は、宝珠の持ち主を守る事」
「スフィアなど持たされなければ、私もおまえ達もこのような茶番に付き合わされることもなかったろうに。中国は相変わらずと見える……行くぞ」
「待て、林紅月!」
レオンハルトの制止にも、彼女は再び安全装置をかけた銃を放っただけだった。
朱鷺が彼らを冷たい目で見やる。
「中国の方々に言っておいてください……今後、あの二人に手を出せば、わたくしが叩き潰します。どんな手を使ってでも」
そして、紅月はトライブと朱鷺を連れ、いずこかへとテレポートした。
「怪我はありませんか?」
「あ……はい」
紅月の傍にいたロザリンドを引き戻したのは、狙撃部隊に従軍した衛生科夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)だった。
狙撃部隊が狙うのは紅月とはいえ、流れ弾に当たる可能性はあった。当然引き戻した彼女にもその危険はあった。だが、衛生兵として怪我人を出さないことは勿論のこと、彼女は百合園に犠牲者を出したくなかったのだ。
「せっかく協力していただいたのに、巻き込んでしまって申し訳ありません」
「覚悟の上ですから」
微笑むロザリンドに、彩蓮も微笑み返す。
「ありがとうございます。私、一度直接お礼を言いたかったんです。皆さん白百合団のおかげで、先の戦争で被害者を最小に留められました」
「みんな友達だよ? 遠慮なんかしないで」
救急箱を運んでくるメリッサにロザリンドは少し複雑な表情を浮かべる。
「みんな友達。そうなるといいんですけど」
「私には……それが教導団、いえ、建国にとって必要なものではないかと思います」
彼女の危惧は当たってしまった。
団長の建前の本音との乖離。そして利権争い。それらによってもたらされた内部分裂。
「同じ教導団員だというのに……互いを信じず傷つけあって、何が得られるというのでしょうね」
誰が傷付いても、それは教導団にとっての損害にしかならない。
彼女はこの時まだ知らなかった。……諍いを起こすこと、それがカリーナ・イェルネの目的の一つである、ということを。
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