校長室
【ろくりんピック】最終競技!
リアクション公開中!
鏖殺寺院 潜入 警備スタッフ用控え室。 天御柱学院グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)は、警備分担などがまとめられた分厚いファイルをこづいて、同僚たちに言う。 「これだけ厳重な警備でテロなんか起きるかよ。VIPも楽しんでるんだ。オレ達も一緒に観戦しようぜ」 「……最低だな、お前」 グンツに声をかけられた生徒が、不快を露にする。 先ほど、VIPが会場入りした際には、グンツは背筋を正して 「エリザベート様。あなたにとって今日が思い出に残る一日でありますよう, 不肖このグンツ心より祈っております」 そう言っておきながら、実際に仕事となると、会場内を映すモニタで競技でも見てサボろうと誘う。 「この事は教官や委員会の上司に伝えておくからな」 同僚たちは冷たく言い放ち、自分の仕事場へと向かっていった。 一人取り残されたグンツは、フンと馬鹿にした鼻息をもらし、目の前のファイルを開いた。 一人にされた方が、テレパシーでパートナーのプルクシュタール・ハイブリット(ぷるくしゅたーる・はいぶりっと)に警備情報を伝えるのにやり易い。 それを鏖殺寺院のメニエス・レイン(めにえす・れいん)に伝えるのは、プルクシュタールの仕事だ。 グンツは警備担当者が今、どこにいるのか? 名前、数、武器、錬度など知り得たあらゆる情報を、精神感応で知らせた。 「それで? 会場に入るメドはついたのかしら?」 メニエスに冷たい口調で聞かれ、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)はパワードスーツの中で居心地の悪さを感じていた。 メニエスとそのパートナーのミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は、教導団の制服に身を包んでいた。 そもそもの話では、教導団員であるジャジラットがその立場を利用して、メニエスたちをスタジアム内に導く計画だった。 しかしジャジラットは面が割れるのが嫌だと、パワードスーツを着こんで正体を明かさないまま計画を遂行したのだが。 正体が分からないパワードスーツが、警備中のスタジアムに入れるわけがない。 ミストラルが小馬鹿にした口調で、ジャジラットに言う。 「中身が3mもの大男が着るパワードスーツなんて、珍しくて、すぐ足がつくものではなくて? 素直に階級姓名を明らかにすれば、いいだけの事でしょう?」 「……パワードスーツをちょろまかしたパラ実って線もあるだろう!」 ジャジラットは不機嫌に応える。 なお、ジャジラッドのパートナー、全長約百mのゆる族キャプテン・ワトソン(きゃぷてん・わとそん)は、空京スタジアムには来る事ができなかった。 図体がデカすぎて、スタジアムに入らなかったのである。 本人は「スタジアム内の特設ルームでモニター観戦する」と言い張ったが、そんな都合のよい巨大特設ルームなど存在しなかった。 また、図体が巨大すぎて邪魔な一兵卒の為にシャンバラろくりんピック委員会や教導団が、人手と経費を裂いて部屋を特設する訳がない。 キャプテンは逆に「通行の邪魔だから」とスタジアムに近づかないよう、教導団から命じられてしまったのだ。 「あのー、すいませーん」 突然、ジャジラット達に声がかけられた。メニエスはとっさに彼の巨体の陰に身を隠す。 声をかけた若者は気にする風もなく近づくと、ジャジラットにカードのような物を差し出した。 「あなたたち、スタジアムに向かうんですか? ちょっと頼みたい事があるんですけど……このスタッフ用IDカード3人分、僕に代わってスタッフ事務所に返してきてくれませんか? 僕とパートナー達で警備のバイトをする予定だったんだけど、急に、もっと見入りの良さそうな冒険依頼をもらっちゃって。……気まずいんで、お願いできませんか?」 なんという幸運。いや、話が出来すぎていないか? だがジャジラットは他に方法もなく、若者からIDカードを受け取った。都合よく、男一人、女二人のものだ。しかも写真付きではない。 ジャジラットはメニエスたちを連れてスタジアムに向かい、当然のように預かったIDカードを使って内部に侵入した。 スタジアム内でメニエス達が来るのを待ちぼうけていたプルクシュタールが、多少ほっとした表情で彼らに近づく。グンツからの情報を伝える為だ。 教導団の制服を着たプルクシュタールは告げる。 「メニエス。そろそろメインイベントの時間だ」 彼らの狙いは、イルミンスール魔法学校校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の誘拐だ。 さらったエリザベートをエリュシオン帝国に差し出せば、喜んだエリュシオンから重用されるに違いない、と甘い考えを抱いての事だ。 エリュシオンに皆殺しにされ、「鏖殺寺院のテロリストを始末してやった」と帝国が東西シャンバラに恩を着せるだけ、とは思いもつかないようだ。 もっともそうなれば、エリザベートは帝国本国で「保護」される可能性も高くなり、シャンバラの政治状態はさらに不安定化するだろう。 とは言え、その為に命を捨てる、という覚悟は彼らにはなかった。 スタジアムの監視室。 防犯システムの監視を行なっていた影野 陽太(かげの・ようた)が異常に気付く。 「スタジアム内に鏖殺寺院関係者が侵入した模様です」 陽太は警備スタッフに緊急連絡を入れる。 メニエスの体に刻印された鏖殺寺院の紋章が、防衛網に引っかかったのだ。 陽太は根回しして、鏖殺寺院に関わる魔法波動を他の魔法アイテムが受けるわずかな数値の揺れから発見するシステムを空京大から得ていた。つまり、そこに入院している砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)からだ。 「鏖殺寺院メンバー及び複数の戦闘員の部隊と思われます。ん……?」 報告している陽太の前で、画面から反応が消えた。 「敵、こちらのソナープログラムに気付いて、反応を消した模様です。侵入箇所の確定、できません」 陽太はこの時、そう判断した。 だがメニエス達は、そんなプログラムの存在にまったく気付いていない。 (こんな所まで手を貸してるなんて、あの先生、ほんと働き者だよね) 「?!」 陽太は何かの気配を感じて立ち上がり、周囲を見回す。 それまでの風景となんら変わらない光景が広がっている。鏖殺寺院が潜入してきたとはいえ、彼らはまだ正体を現しておらず、スタジアム内は落ち着いている。 だが、その風景の向こうに何か得体の知れないモノが潜んでいるような気がしてならない。 (インターネットや電波に詳しいルミーナさんに……いや、もう駄目か) 時計を見て、陽太は諦める。 ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)は先程まではスタジアムにいたが、蒼空学園でXルートサーバーの管理をする為、一足先に帰ってしまったのだ。今頃は、携帯電話の通じない空の旅の最中のはずだ。 通信機の呼び出し音で、陽太は我に返る。各部署の警備スタッフから続報を求める声が次々と入っていた。 陽太はまずはその対応を優先させる事にした。 スタジアム近くの公園。 先程グンツにカードを渡した若者が、観光客風の老人と話している。 「本当にあれでうまく行きますかね?」 「ワシらが直に行くより、メニエスに暴れさせた方が騒ぎも大きくなる」 「ですねえ。彼女の方が我々より遥かに強い……イテッ!」 老人が若者のスネを蹴り上げた。 「ワシたち空京東北支部は人員が足らんのだ。ヴャイシャリーのエリュシオン人に援助を頼みにいった同志は、その場で不審者として始末され、地球支部の連中に協力を求めた同志たちは、あろう事か無能者呼ばわりされてイコンの射撃で全滅させられた。あまつさえ地球支部の奴らは、ワシらの秘密基地まで乗っ取りおって……。各なる上は、ワシらが今ここで革命を巻き起こすしかないんじゃ」 「ならメニエスと協力した方が成功するような……」 「中東の闇鷲と恐れられたワシが、あのようなポッと出の小娘の言う事など聞けるかっ」「鷲って鳥目じゃ……いえ、なんでもないです」 「後はメニエスが騒ぎを起こすのを待って、我が兵団で痛撃を加えるのみ」 興奮する老人を尻目に、若者はひっそりとため息をついた。 兵団と言っても、五十人に満たない人数しかない。資金難のあおりで武器も密造AK-47が何丁かあるだけだ。他は剣や槍、あるいは農具でまかなうしかない。 彼ら、シャンバラで活動してきたテロ組織としての鏖殺寺院は今、絶滅の危機にあった。 ダークヴァルキリーことネフェルティティが正気に返った事で、多くのメンバーやスポンサーは活動をやめていた。 そして地球支部、というより地球各国や諸組織の利権に染められ、怪物化した地球産鏖殺寺院は、これまでシャンバラで活動してきた鏖殺寺院を「背教者」として攻撃していた。