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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●カナンの民との交流(06):魂鎖蛙斗穂織屡、伝説の幕開け(中)

 リハーサルもマイクテストも、すべて完了した。
 客電が落ち、暗くなった劇場を見渡して獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)は感無量だった。
 完全に席が埋まっている。満員だ。これまで一週間、カナン各地でコンサートの告知を怒濤の如く行った甲斐があったというものだ。セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)らの広報活動の効果はもちろん、龍牙自身、今日この日までカナン中をかけずり回り、電撃宣伝をしたのだ。おかげで龍牙は、カナンの地について多少なりとも詳しくなることができた。
「そろそろですね」ステージ後方で時計を確認していた神薙 魔太郎(かんなぎ・またろう)が顔を上げた。魔太郎は今日の立役者だ。魂鎖蛙斗穂織屡の使用許可から始まって、広告チラシの作成、当日のスケジュール作成など、数日はまともに寝ることもできないほどに働きづめだった。おかげで無事この日を迎えることができたのだ。ようやくこの仕事も終わるだろう。
 ステージにライトが灯った。その中央に立っているのは龍牙だった。
「貴様ら! 今日は良く集まってくれたな!」
 彼は総合司会役でもある。噛み付くように声を上げて、魂鎖蛙斗穂織屡の落成までのいきさつ、この日を迎えられる喜びなどを、立て板に水の如く一気にまくし立てた。だが最後に、出し抜けに龍牙は言ったのだ。
「今日のコンサートを開くことができたのは俺様のパートナーのおかげだ。貴様ら! 盛大な拍手を頼むぜ!」
 その瞬間、スポットライトは魔太郎を照らし出した。
 闇に浮かぶ格好となった魔太郎は(「粋な演出、感謝しますよ龍牙様……」)と念じながら深々と頭を下げた。盛大で温かな拍手が魔太郎を包み込む。この瞬間彼の目に、涙が光ったように見えた。
「それでは開幕だ! いつもの苦労は忘れて楽しんでくれ!」
 龍牙が言い終えるとオーケストラが盛大な音楽を流し、きらびやかな幕が左右に開いた。
 豪華絢爛にして空前絶後、まばゆいほどのステージが姿を現す。

 まずは『のど自慢大会』が開催された。カナンの民も自由に参加できる歌の祭典だ。
 審査委員長席に、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の姿があった。これは琳 鳳明(りん・ほうめい)が、是非にと言って参加を要請したためだった。代表として彼女は挨拶を述べた。
「この大会には一切の参加資格はないわ。今からの飛び入り参加も歓迎! 参加する人も観る人も、思いっきり楽しんで!」
 喝采とともに、カンカンと涼やかにチューブラーベルが鳴り響く。そう、のど自慢といえばつきものの、判定を伝えるあの鐘の音のような楽器だ。ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)がこれを担当していた。
 席に着席し、フリューネは舞台袖の鳳明に「これで良かった?」というような表情を向けた。もちろん、という意味のサインを鳳明は送った。
 手拍子に導かれるようにして、背に翼を持つ聖騎士と、栗毛の少女が姿を見せていた。二人はマイクを持って口上する。
「冒険屋ギルドのギルドマスターにして秋葉原48星華のノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)です!」
「ノアちゃんみたいなすごい肩書きはないけど、いつも元気な『ちーちゃん』こと日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)だよー♪」
「今日は私たちが、のど自慢大会の司会を任されることになりました」
「なりましたー☆」
「フリューネさんもおっしゃいましたが、今日は飛び入りも歓迎です」
「だ・か・ら♪ そこのキミにも歌ってほしいのー♪」
 相性抜群で二人は言葉を交わすと、いよいよ参加者を紹介した。
「それではエントリーナンバー1番、張り切って参りましょう!」
テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)さんです!」
 ステージ奥の入口から、ギターを抱き、サングラス姿の少女が姿を見せた。
「わー♪ ギターが格好いいねー☆」と元気爆発の千尋に対し、
「ありがとう。ギターを持ってステージに上がるほうが慣れているので……」テスラの口調は落ち着いていた。
「意気込みをお聞かせ下さい」
「意気込み……?」やや緊張気味にテスラは述べた。「知らない土地、新しく出会う人たちとの驚きと発見。それがあるから私はシャンバラに移り、そしてカナンに来ました。この感動、カナンの人たちとも共有したい、そう思っています。のど自慢を選んだのは、音楽は誰の耳にも等しく届く――そう信じているからです。頑張って歌います」
 声が上ずりそうになったが、歌い始めるべくマイクを取って、テスラの心は落ち着いた。客席に、ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)の姿を見たのだ。スケッチブックを手に、ウルスはテスラに笑顔を送っていた。
「……聴いて下さい」
 地球では、プロのミュージシャンとして鳴らしたテスラである。満点の鐘を受け、熱く美しいパワーバラードを歌い終えた。
 一曲終わって安堵の溜息ついたのは、テスラのみではなく茅野 茉莉(ちの・まつり)も同様だった。彼女はバックバンドの一員としてベースを担当していたのだ。無駄な雑音の出ない完璧なコンサートホールだと茉莉は思った。(「となれば責任重大だね。バックバンドだって決して手抜きしないよ」)茉莉はギターのネックを、しっかりと握り直した。
 かくて大会は盛況を保ちながら進んだ。一人の出場者が出番を終えるたび、ルイ・フリード(るい・ふりーど)は力強く次の人を送り出した。しかも一人一人に「頑張って下さい!」「楽しみにしていますよ!」と声をかけていた。さらにルイは、飛び入り希望者に簡単な説明とアドバイスを行い、歌いたい曲を聞いてこれをバンドに伝えるなど、裏方ながら八面六臂の大活躍を見せていた。
「ええと、次……ですよね?」
 恐る恐るやってきた少女に、ルイはニカっと笑顔を見せた。
「お待ちしておりました。小山内 南(おさない・みなみ)さんですね?」
「は……はい」
 南の前の出演者は、悲しいほど調子外れの歌声を披露している。この分では早々に『失格』の鐘が鳴ることだろう。手早くルイは説明を行った。
「スポットライトについては気にしなくて結構です。ライティングは私のパートナー(シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)ことセラ・フリード)が担当しており、どんなに動いてもキャッチしますので……」と言ったところでさっそくカーンと鐘が鳴った。「おっと、そろそろ出番ですね」ぐっと親指を立ててルイは、これ以上はない神々しい笑顔を向けた。「ルイ☆スマァイル! はははは、盛り上げてきて下さい!」
 これが良かった。緊張のほぐれた南は、ステージで往年のアイドルの歌を熱唱したのだった。なお、南の歌は、なんと四十年近く前の日本のアイドルの曲だった。なぜそんな古い曲を彼女が知っているのかは、謎だ。

 大盛況のまま、のど自慢大会は終わりを迎えた。
「上手く行っているな……」バルコニー席からステージを見下ろしながら、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はサングラスの位置を指で直した。
 この『祭り』を仕掛けたのは彼と、その盟友日下部 社(くさかべ・やしろ)なのだ。
 社は小さく頷いた。「ああ、ここまではな♪」846プロダクション社長として、イベントを見つめる社の目は柔らかだ。彼自身、仕掛け人としてというより参加者として、今日のイベントを楽しんでいるのだ。「ほんま、うちのちーもノアちゃんも、司会、ようやってくれとるで。次は幕間、それが開けたらいよいよメインイベントや」
「だが、最後まで気が抜けないな」
「同感や、エンディングで人の印象ってのは変わる。楽しいけどまだごっつ緊張するわ〜」
 二人にとってこれは挑戦であり、カナン再生のための戦いでもあった。敵を倒すだけではカナンは復活しないだろう。枯れた大地に染み渡る水のように、皆の心を癒したい。