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リアクション
■ゾディアック内部
契約者たちが最初に見たのは果ての無い荒野だった。
夕暮れの空が永遠と広がっていて、赤茶けた大地が起伏少なに360度の地平線へと続いている。
そして、そこには幾つもの扉が立っており、その扉の一つ一つが別の空間へと繋がっていた。
契約者たちは、それぞれの目的のために扉をくぐり、その先にある空間を駆け抜け、新たな扉を探し出し、また別の空間へ渡って行った。
そこに潜む吸血鬼たちと戦いながら。
「え、ええと、皆、こ、ここはボクたちに、任せ……ひゃっ?」
何か言いかけていた桜井 静香(さくらい・しずか)が、死角から飛び掛ってきた吸血鬼の攻撃に怯む。
その攻撃を予見していたテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が吸血鬼を横から、曙光銃エルドリッジで撃ち払った。
「誰か代わりに言ったってー」
「ここは私たちに任せて、皆は先へ進んで!」
静香の言いたかったことを代弁したのは琳 鳳明(りん・ほうめい)だった。
【六合大槍】を構えながら吸血鬼たちの前へ立ちふさがる。
そして、彼女は仕掛けてきた吸血鬼の動きに合わせて、槍先を突き出した。
その向こうでは、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が、静香に追撃を行おうとしていた吸血鬼の攻撃を盾で弾いていた。
「今まで通ってきた空間には、様々な記憶が反映されていました。
それは誰かの歩んできた証。
色んな出来事、共に居る人、紡がれた思いと言葉。
その証が未来へと紡がれるため、私たちは絶対に世界を守ります!」
ロザリンドのランスが吸血鬼を一閃する。
「熱い熱い。ロザリー、桜井校長がいるから頑張ってるねー」
テレサが弾幕で仲間たちを援護しながら、けらけらりと笑う。
「ロザリーのために私も一働きするとしますか。
さあさ、来るなら来なさい。
世界の消滅なんてアホなことはさせんでー!」
テレサの弾幕に加え、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)のサイコキネシスが吸血鬼たちの動きを妨害していく。
近づけず、焦れた吸血鬼が仕掛け、それを待っていた鳳明の槍がそれを地に転がした。
その様子を横目に見ながら、天樹は鳳明の死角をフォローするように動いていた。
(……鳳明は全てを失った僕に居場所を与えてくれた。
……彼女を……彼女を取り巻くものを守る理由はそれで十分なんだ。
……僕は、鳳明の為に、このパラミタを守る)
■セイニィ
(聞こえますか?)
(……シャーロット!?)
(良かった。正気なようですね)
(どういう意味よ?)
(もしかしたら、あなたもウゲンに操られているのかもしれない、と思っていたので)
(もし、そうだったらどうするつもりだったの?)
(それは……秘密です)
(……き、気になる。
って、それより、何が起きてるの?
女王の様子は変だし、何か嫌な感じがするのよ。
それに、さっき『あなたもウゲンに』って言ってたわよね?
それってどういう――)
「シャーロット!」
呂布 奉先(りょふ・ほうせん)の鋭い声にシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、ハッと意識を自身の身体に戻し、身を返した。
間に合わず、どこからか放たれていたナイフが己の肩に突き刺さる。
「……くぅ」
「大丈夫か!?」
奉先がシャーロットを庇うように身構えながら問いかけてくる。
「問題、ありません。
それより、セイニィと意思を交わすことが出来ました。
おそらくこの近くの空間に彼女の神騎があるはずです……」
「この辺りの空間を一つ一つ虱潰しに当たるか。
だが、その前に、こいつらをどうにかしなきゃな」
槍先に風斬らせ、奉先が視線を強める。
誰かの記憶らしい東京渋谷の交差点の景色の中で。
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は神騎プロミネンストリックを通じて、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)に語りかけていた。
(――セイニィ!! おいッ、聞こえるか!?)
(ぁあああもう、うっさい!!
そんなに怒鳴らなくても聞こえてるわよ!)
(元気そうだな)
(あんたもね)
(ようやく繋がって安心したぜ)
(あんたも助けに来てくれたんだね)
(紅白の時、空京スタジアムで言ったよな。
俺が腑抜けになったら何処かへ行くと。
悪いが、俺はまだ腑抜けてないんだ。
だから必ずそこへ行く。待ってろ)
そして、牙竜はセイニィとの交信を終え、意識を己の居る場所へと戻した。
「如何でしたか? マスター」
周囲を警戒していた重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)の問いに牙竜は視線を向けた。
「交信が出来た。もう近くまで来てるってことだ」
「なら、さっさとここは突破しとくか」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が二対のティアマトの鱗を、スンと構える。
「敵か?」
エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の問いかけに唯斗が無言の肯定を返し。
「殺気と血の匂いでバレバレだ。
――惚れた女と友の為、白獣纏神バイフーガ!参る!」
音少なに身を馳せた唯斗の動きに合わせ、エクスが神の目による光を放って、人混みの中に潜んでいた敵の姿を暴き出す。
「唯斗よ! わらわがサポートする!
故に己が本懐を成し遂げよ!」
リュウライザーのレーザーガトリングが周囲を打ち払っていく隙間を縫うように、唯斗が敵に距離を詰め、相手の突き出した刃をティアマトの鱗で受ける。
そして、その刃に絡めるように手を返し、彼は相手の腕を外へ逃しながら、開かれた相手の無防備な身体へ、
「雷神掌!!」
一閃の雷気を爆ぜた。
唯斗は吹っ飛ぶ相手を尻目に、次のターゲットへと身を返し。
「一つ、忠告しておいてやる。
惚れた女が待っていて、馬鹿に付き合うパートナーがいて――
背中を預けられる友がいる。
今の俺達はちょっと最強だから覚悟しな」
やがて、牙竜たちは歓声で沸き返る空間へと出ていた。
リュウライザーが辺りを見回し。
「ここは空京スタジアム……それも、シャンバラ独立記念紅白歌合戦の時のようですね」
「……ここだ」
牙竜は確信して駆けた。
「マスター!?」
「さっき俺はセイニィと『約束』の話をした。
セイニィもこの景色を思い出したはずだ!
だから、間違いなくセイニィの神騎はこの空間にある!」
そして、彼らは、その空間の中にセイニィの神騎を見付け出した。
プログラムが実行される間も吸血鬼たちの攻勢は止むことはなかったが、唯斗とエクスの助けを経て、彼らはそれを耐え凌いだ。
「俺は愛してる女を取り戻しに来た!!
セイニィ、みんなの……いや、俺の元へ戻って来い!!」
「なぁああにを高らかに公言してるかぁ!!」
セイニィが姿を表すとほぼ同時に牙竜の後頭部をスペコーーンと引っ叩いた。
「み、み、み、皆に聞かれて恥ずかしくないのっ?」
「構わない! 恥じる必要はない!」
「あたしが恥ずかしいのよっ!!
て、照れるし――って、何であたしが照れなきゃなんないのよ!」
ドスドスと牙竜の胸を割と強めにぶっ叩いてから、セイニィが大きく息を吸って、彼に背を向けるように武器を身構える。
「……とりあえず、あんたが腑抜けじゃないことはよーく分かったわ」
シャーロットたちは脱出中のセイニィたちと合流していた。
シャーロットは無事なセイニィの姿を見た途端、くぅっと涙をにじませ、
「わっと!?」
突き動かされるままにセイニィを抱きしめていた。
「……心配、かけちゃったね」
セイニィがぽんっとシャーロットの頭に片手を置く。
シャーロットはセイニィの目を見つめた。
「セイニィ、あなたに会うまで、私は愛と幸せの意味を知りませんでした。
私を幸せにできるのも、泣かせられるのも、あなたしかいません」
「シャーロット……」
「私は、あなたを心の底から深く愛しています。
これからの私の人生に、あなたの微笑みをください」
それは、シャーロットのプロポーズだった。
セイニィがシャーロットを見詰め返し。
「あたしのこと、そこまで想ってくれてありがとう。
……ただ、返事は少し待ってくれないかな。
今は、ほら、あたしの事よりシャンバラや女王様を救う方が優先しなきゃいけない時だから」
■ウゲンと英照
「以前、君に言ったことがあるよね?
君なんかじゃ、どうやったって僕に勝てないって」
ウゲン・タシガン(うげん・たしがん)が、地面に転がっていた羅 英照(ろー・いんざお)の腹を蹴り飛ばす。
英照は小さな呻き声を上げたきりだった。
ウゲンが優越へ浸るように眉根を上げる。
彼の顔の皮膚は所々変色し、爛れていたが、それは英照によるものではなかった。
「もう反論する気力もない?」
ウゲンは嘲るように言った。
と、英照が血のこびり付いた唇を揺らす。
「今……何か、言っていたのか?」
「あ?」
「別件に気を向けていて、聞いていなかった」
上海万博の風景の中――。
「――この空間で合ってるみたいだね」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が空飛ぶ箒シュヴァルベを繰って、最高速度でかっ飛ばしながら問いかけてくる。
「特徴的な建物の形が全て一致してる。
本人に確認も取れているしな。あの球状の建物の裏側へ回り込むぞ」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は同じくシュヴァルベで彼女に並走していた。
「……羅参謀は本当にウゲンと一人で……」
ルカルカの箒の後部に同乗している土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)が、周囲の戦闘跡を見やりながら、呻くように言う。
「緊張してる? 雲雀。
ここまで来たら勢いで行くしかないよ」
ダリルの後ろに乗って軽口を叩いたエルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)へ、雲雀から「エルは緊張感が足りないであります!」と返る。
そうしている内に、低空飛行で列を成す人々の幻影の中を突っ切り、巨大な建物を回り込んでいく。
その先に英照とウゲンの姿を認め、ダリルは怯懦のカーマインを抜いた。
「参謀は団長の一部。勝手に逝くなど許されない」
ダリルの銃撃とルカルカのフラワシが同時に放たれる。
「ふぅん?」
黒崎 天音(くろさき・あまね)は、風景に身を潜ませながら、ルカルカたちが乱入してくる様を観察していた。
ウゲンに付き従う形で、七曜同様、ゾディアックの内部に居た。
「思ったより早かったね。テレパシーで手引きしたかな」
テレポート地点に控えているブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の連絡が来た時間を思い出しながら考える。
「それに、もっとギリギリまで粘ってからウゲンの位置を伝えるのかと思っていたけれど。
彼にも考えがあるのか、あるいは……
まあ、いいか。後は直接聞かせてもらうとしよう」
ス、とダガーを抜き、天音は彼らの方へと身を滑らせた。
「俺の告げたタイミングの3倍早く来たな」
英照がわずかに呆れたような調子で言う。
エルザルドは彼を支え起こしながら笑った。
「羅参謀がここに居た意図を考えれば当然でしょ。
まず、参謀が俺たちに本当に伝えたかったのは『自分が犠牲になってウゲンを抑えられるタイミング』。
でも、実際は参謀を助けに来た俺たちの甘さを考えて、その一つ遅いタイミングをこっちに告げる。
だから、俺たちは参謀を助けるためにその三つ早くする必要があった」
英照がウゲンらと対峙している雲雀たちの方へ顔を向ける。
「その後の事は考えていたのか?」
「少しは。
だけど、アレは予想外だったかもね」
彼らの視線の先に居たのは、天音だった。
彼は雲雀たちの前に立ちふさがるように立っていた。
「どういうことかな?」
ウゲンが問いかける。
天音が片手にダガーを構えたまま。
「英照には十分に力を見せつけられたんじゃない?
後は処理するだけでしょ?
僕と吸血鬼たちでやっておいてあげるから、もっと面白いところに行ってきなよ」
「…………」
ウゲンは、しばし天音の言葉を推し量るようにしていたが、
「じゃ、そうしよっかな」
そう言い残し、人混みの幻影の中に身を潜り込ませて行った。
ルカルカたちが天音を睨みやる。
しかし、天音の視線は英照に向けられていた。
「君には少し聞きたい事があるんだよね」
「…………」
エルザルドに支えられたままの英照は何も言わなかった。
「約11年前、君はドージェとウゲン、そして、ニマの運命にどう関わったのかな?」
ルカルカたちより遅れて、織部 イル(おりべ・いる)と共に英照の元へ辿り着いていた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)は、天音の問いかけに息を飲んだ。
それは、彼女自身も英照に問いかけたいことだったからだ。
「聞いてどうする?」
英照が天音へと問いかける。
「ただ、真実が知りたいんだ」
「羅さん……」
鈴鹿は英照を見据えた。
「羅さんは、やはり、ウゲンさんの件に関わっていた中国軍の一人、なのですか?」
暫くの沈黙があって。
「……ドージェを止めるためにウゲンを使うことを提案したのも、ドージェがウゲンを殺すよう仕向けたのも、全て俺だ。
ウゲンがドージェに殺されたために、あのような力を手に入れるなど想像だにしていなかったがな」
「黒のリンガが君の計算を狂わせた」
天音が言って、英照が何処か自虐的な様子で呟く。
「ドージェがそれを選んだのは偶然だったかもしれない。
しかし……戦乱は、あの時、俺がドージェに真実を告げたために起こった。
それは変わらない」
と――
天音たちとは別方向から放たれたファイアストームが英照たちを襲った。
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