空京

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戦乱の絆 第二部 第四回

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戦乱の絆 第二部 第四回
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■ウゲンの望み

 雪が降っていた。
 深い谷間をゆらゆらと降り落ちている。
 その谷底では、車が黒い煙を上げて燃えていた。
 そんな風景。

「少しだけ、君への攻撃を待ってもらうよう皆に頼んだんだ」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は姿を表したウゲンへと言った。
 ウゲンが小首を傾げる。
「時間稼ぎには、もう十分付き合ったと思うけど?
 せっかく誘いに乗ってあげたんだから、もったいぶらずに全員で掛かってきなよ。
 さっさと決着つけてあげるからさ」
「俺たちは、お前の本当の望みを知りたい」
 言った早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の方をウゲンが見やる。
 その視線が風景をちらりと眺めてから。
「これは君の記憶?」
「俺の始まりであり、無限に広がる、絶望の始まりだ」
 彼の言葉に従うように、雪の谷底の空間には様々な景色が再生された。
 それは、目を背けてしまいたくなるような『人の業』の記憶だった。
 呼雪自身の体験、何処かの国の虐殺映像、陰惨な欲や不条理を良しとする人々の一片――
 呼雪がウゲンに近寄り、その手を取る。
「大分無茶をしたようだな……」
 枯葉のような色に変色している小さな手に癒しの光をかざす。
「お前の故郷を見てきた。
 そして、そこでお前が『死ぬまで』どんな風に生きてきたかを聞いた」
 ウゲンは口の端を曲げていた。
「昔、まだ僕が“大人だった”頃、思ったことがあるよ。
 例えば君たちみたいな人が幼い僕らの前に現れていたら、どうだったんだろう、とかね」
 零すように言う。
「でもね……何度考えてみたって何も変わらないんだ。
 僕はどんな人生を歩んだって何処かで必ずこうなる。
 君が今見せてくれたものと同じさ。
 君たちの価値観は僕を守ろうとするけれど、僕の価値観は僕以外を守る必要性を持たない。
 それらが世界っていう枠の中に同居していて、そこに力の差があるだけ。
 僕の身に起こった全ては、その事に僕が気づくのを早めただけに過ぎない」
 尋人はグッと拳を握りこんだ。
「オレは、あの黒い森で君を見つけた時から、君の為にはなんでもしてあげたい、力になりたいと思っていた。
 君が様々な歪みの中心に居ることは、薄々感じてはいたけれど……
 オレには、何故、君がそういう気持ちになったのかということが、ずっと気になっていた。
 教えてくれ、ウゲン。
 君には、本当に守る価値のある大切な人は居ないのか?」
「居ないよ。
 皆無だ」
「妹は見つからなかったの?」
 呼雪のそばで、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がウゲンに問いかける。
「妹、か。
 興味があって、それっぽいのに接触したことはあるけどね。
 守りたいとかそういうんじゃないんだ。
 本当に、ただ興味があっただけ。
 僕が僕の望みを最優先し続けることに変わりはない」
 呼雪がウゲンの手を離し、彼を見つめる。
「……教えてくれ。
 世界を壊した先にある、お前の本当の望みを」
「世界は消える。そして、『あいつ』だけが残る」
 と、尋人はウゲンのわずかな動作に気付いた。
「早川!!」
 呼雪とヘルを突き飛ばした刹那、尋人の体はウゲンに蹴り飛ばされていた。
「――クッ」
 西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が尋人の体を受けとめ、すぐに彼を庇うように尋人の前へ出て身構える。
 尋人が再びウゲンを視界に捉えた時、ウゲンは地に倒れたヘルを踏みつけ、膝を折った呼雪の首を片手で締め付けていた。
「世界が消滅して、残されるのは……ドージェ、か……。
 何故、お前は、そんなにも、ドージェを……」
 切れ切れの呼雪の声にウゲンが笑う。
「それが僕の価値観だからさ。
 僕があいつの存在を消滅させることが出来ないなら、僕があいつの存在している意味を全て奪えばいいだろ?
 そして、無の中にたった一人残されたあいつこそが、僕の証明になり続ける。
 僕の方があいつより優秀だっていう、覆りようのない永遠の証明だ」
「――……で、それはともかくとして。
 『お兄ちゃん』とか呼んだ方がいいんでしょうか?」
 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)を纏った牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が谷上から降り落ちてきて、着地したと同時にウゲンを斬り飛ばす。




 上海万博の景色の中で――

「僕は信用されてなかった、ってことかな?」
 天音の言葉にメニエス・レイン(めにえす・れいん)は口角を吊り上げた。
「そういうことじゃない?
 詳しい事は知らないけど、あなたって『シンプル』じゃなさそうだもの。
 とにかく、自分の用事が終わったのなら帰っていいわよ。
 後は引き継がせてもらうから」
 英照を護衛する一行は、吸血鬼を連れたメニエスの襲撃を受けていた。
 メニエスは英照へ、見下すような視線を向けた。
「貴方があたしの事を嫌がっていると話を聞いてね。
 ご挨拶に来たのよ」
「ウゲンについたか」
「ついさっきね」
「もう少し利口な者だと思ったが……まさか、世界の滅亡に加担しようとする愚か者だとはな」
「滅亡、それもいいじゃない」
 鼻で笑い捨てる。
「あたしの理想の世界にする為には、一度、全部を無に回帰するのもひとつの手。
 あたしは構わないわ」
「消滅を生き延びられると思っているのか」
「方法なんて探せばきっと何処かにあるんじゃない?
 可能性の高い方にしかベットできないようなら、世界なんて変えられやしないわよ」
 そして、メニエスの放ったファイアストームが英照たちを飲み込む。
 英照がファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)に庇われながら炎の嵐を脱し、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)がメニエスを狙って曙光銃エルドリッジを撃ち放つ。
「英照参謀をここで死なせる訳にはいかない!!」
「届きませんよ、その程度の攻撃では」
 弾丸はミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が受けた。
 その間にメニエスはエンドレス・ナイトメアで暗黒を振り撒き、英照を追って、吸血鬼たちと契約者が交戦している中を駆けた。

 しばし後、建物の内部。
「今はウゲンを押さえ、女王を救出することが一番の優先事項だ。
 俺を囮にしている間に、お前たちは――」
 言いかけた英照の言葉を遮って、雲雀が言い放つ。
「団長は自分たちに『決して無茶はするな』って言ってたんですよ。
 その言葉、本当は羅参謀にも言いたかったんじゃないかって……そう思います。
 金鋭峰って人には、羅英照って人が必要なんですよ!!
 お願いです、どうか生き延びて団長の元へ戻ることを考えてください」
「……俺はもう軍の人間じゃない」
「なら、私達が命令を聞く必要もないわね」
 ルカルカが微笑む。
「ね、皆を信じて。
 私達なら世界も、十二星華も、アイシャも、あなたも、全部を救うことが出来る!
 そうでしょ?」
「そういうことだ。
 他のことは皆に任せて、俺たちはここをどうにかする事だけを考えよう」
 ダリルが言って、エルザルドが頷く。
「フォローも来てくれたから、戦力的にはこっちの方が上だよね。
 落ち着いて対処すれば、危なくは無いはずさ。
 退路はシャウラたちが守ってくれてる筈だしね」


 彼らは、その後、メニエスたちを打ち破ることとなる。
 メニエスとミストラルは、状況が悪くなったのを察すると、
 あらかじめウゲンから聞き出していた脱出経路を用い、さっさと姿を消していた。




 雪の谷底――

 アルコリアの放った叫びの衝撃がウゲンを打つ。
 その中を突き抜けてきたウゲンがアルコリアを殴り飛ばす。
 アルコリアは雪粉を巻き上げて吹っ飛んだ先で、谷壁を蹴って態勢を立て直し。
「邪魔でしょう? 私って。
 あの時勧誘しとけば良かったーとか思いません?」
「っていうか、君、やっぱり僕のフラワシなんていらないじゃん」
 アルコリアの叫びによる衝撃波を避け、ウゲンが岩影に滑り込む。
 その岩からウゲンが姿を現すタイミングに合わせて、アルコリアはパイロキネシスを放った。
「灰になれ、野望と共に!
 ……なーんてね」
 巻き起こった炎が景色ごとウゲンを飲み込む。
「私、ウゲンさん達を否定するつもりはありませんよ。
 というより、今回の件に関わる全てを否定しません」
 魔鎧のラズンが小さく笑いを零す。
「誰かを肯定すれば必ず誰かは否定される。
 戦いだけを目的とすれば、物理的には否定するけど、想いで想いを拒絶せずに済む。
 全て全てを肯定するには、何も想わずに戦うしかない。
 本当、この世は地獄だよ。きゃは」
「さすが分かってるなぁ」
 炎の中から飛び出してきたウゲンがアルコリアを掴み、谷壁へと投げ付けた。
 轟音と共に辺りの地形が崩れていく。

 それが、契約者たちとウゲンとの死闘の始まりだった。