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戦乱の絆 第二部 第四回

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戦乱の絆 第二部 第四回
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■七曜 ナンダ・アーナンダ

 灰色の空の下に広がる薔薇園の中で。
「――ボクは、ボクの選択が間違っていたとは思わない」
 ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)は、醜い姿となった己の頬を撫でた。
「この体は神が与えたボクへの試練だ。
 絶対的な力による自信を得た、真のエリートたるボクに乗り越えられないはずは無い。
 そうだろ、マハヴィル」
 彼の言葉にマハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)が深く頷く。
「もちろんでございます、ナンダ様。
 このマハヴィル、ナンダ様の選択と輝かしい未来を信じております」
「マハヴィル。
 超霊に操られたためとはいえ、ボクはキミに武器を向けてしまったことだけは酷く後悔している」
 ナンダはマントと頭部全体を隠す仮面とに自身の姿を覆いながら呟いた。
「ナンダ様は気に病む事はございません。
 もし再び、マハヴィルがナンダ様に危害を加えるようなことあらば、すぐに斬り捨ててくださいませ。
 命をかけてナンダ様をお守りすることだけが、このマハヴィルの唯一の願いなのですから」
「…………。
 来たようだね」
 零し、ナンダは薔薇園の影へと身を潜めた。


 セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)たちに続いて扉をくぐり、新たな空間へ出る。
(――え)
 気付いた時。
 皆川 陽(みなかわ・よう)は頭で考えるよりも早く、仲間たちを扉の向こうへと押し返していた。
「戻って! 早く!!」
 薔薇園の空間から皆を押し出し、背中に、響き渡る声の切れ端を聞く。
 バタン、と扉を閉めて。
「っと……どうしたんですか? 陽さん」
 沢渡 真言(さわたり・まこと)が驚いたように目を瞬かせる。
 こちらの空間に戻せたのは彼を含めて数人だったが、それが精一杯だった。
 陽は一気に胸を詰めた緊張感に息を切らせながら、なんとか言うべきことをまとめ、搾り出した。
「フラワシが。フラワシがいたんだ――多分、七曜の」


 薔薇園の空間。
 ナンダはウゲンから借り受けたフラワシ、超霊アブソリュートオーダーの能力を行使していた。
 その能力は『相手を命令に従わせる』というもの。
 そして、彼はこの空間に現れた代王たちへと言い放っていた。
「ナンダ・アーナンダが命じる!
 『ゾディアックから退去せよ』!!」
「――っな!?」
「か、体が、勝手に!?」
「おおおおおっ!? なななななんだこれぇ!?」
 後続の数人は逃したものの、セレスティアーナたちがナンダの言霊に従って先ほど侵入してきた扉へと自ら戻って行く。
 そんな中――

「断る!!」
 葛葉 杏(くずのは・あん)は、必死にナンダの命令に対抗しようとしていた。
「――ぅうう!」
 己の精神はマインドシールドに守られているはずだが、それでも体はナンダの命令に従おうとする。
 それを気合でどうにかこうにか抑え込もうとする。
「七曜の力なんて物ともしない、さすがは杏さんですぅ」
 橘 早苗(たちばな・さなえ)が扉の方へと向かいながらも、杏をヨイショする声が聞こえた。
 杏は超霊の力に必死に逆らいながら、フッ、と無理やり口角を上げ。
「大ッ体、私に勝手に命令してるんじゃないわよ!
 私は、私こそが、最強のフラワシ使いなんだから!!」
「そうですそうですぅ、あの七曜も倒して杏さんが名実共に最強のフラワシ使いに――」
 という声を残し、早苗の姿は扉の向こうへと消えていった。
「アブソリュートオーダーに従わなかっタのは、君が初メてダ」
 ナンダが杏の目の前へと現れ、顔を覆い隠す仮面の奥で言う。
 彼は何処か苦しげで、その身に纏うマントの所々は奇妙にボコボコと揺れていた。
「ったり前よ!」
 杏は噛み合わせた歯を軋ませながら、言う事を効かない己の片腕を無理やりギリギリとナンダの方へ掲げ、彼を指さしてみせた。
「レンタルのフラワシに負けるほど、私の、フラワシは、弱くないわよ!
 行けッ、キャットスト――ッ!?」
 自身のフラワシに命じようとしたた瞬間、杏は背後からの一撃に身を崩した。
 マハヴィルに回り込まれていたらしい。
 そして。
「ナンダ様の邪魔はさせません!」
 マハヴィルの声と共に、追撃の風切り音が背中へと迫る。
 と――
「待ってください!」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の声と共に雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の放った縫針がマハヴィルを牽制した。

「どうか、話を聞いてください」
 ソアがナンダとマハヴィルを真摯に見据えながら続ける。
「あなた達が従うウゲンさんの目的は、地球とパラミタを破壊することなんです。
 世界が消滅してしまえば、あなた達も無事では済まないはず……
 お願いです。先へ行かせてください。
 みんなの、大切なものを守るために!」
 彼女の言葉を聞いて、大きな動揺を見せたのはマハヴィルだった。
「ナンダ様……」
 マハヴィルが答えを乞うようにナンダを見やる。
 仮面の向こう、ナンダの、くぐもった声は冷静だった。
「ウゲン様は、絶望の中に居たボクに光をくだサった方。
 ボクは、あの方につイて行くよ。
 その先に待ツものが例え、世界の終わリだろウト――
 途中で裏切るなんて、ボクのえリーとトしてのプライドが許さナい」
 彼が深く息を吸い込む気配。
 ほぼ全員がフラワシの力を警戒して身構える。
 その中へ、こちらの空間へと渡っていた陽の声が響く。
「違う! 彼はフラワシを『使わない』!!」
 その言葉通り、ナンダはフラワシを使うことはなかった。
 身を馳せ、風景に紛れながら直接、ソア達を狙おうとする。
 陽の言葉を受け、いち早く動いていたのは、陽と共にこちらの空間へ来ていた真言だった。
 真言がタイムウォーカーによるスピードでナンダへと一気に接近し、蜘蛛糸で薔薇の花を散らしながらナンダの体を捉える。
「ナンダ様ッッ!!」
 ナンダを助けようと動いたマハヴィルの足元をマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)のブリザードが凍らせ――
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)のランスの石突きがマハヴィルの鳩尾を打った。
 倒れ込んだマハヴィルを素早く拘束したテディがマーリンを見やる。
「連携成功だね」
「俺、なんかしたっけ?」
 マーリンは、しれっと言いのけながら、ナンダの方へと視線を向けた。

「助かりました。陽さんのおかげです」
 真言は、こちらへと歩んで来ていた陽へ言った。
 陽がおずおずと薄く首を振る。
 真言は微笑み。
「自信を持ってください。
 ところで――どうして彼がフラワシを使わないと分かったんですか?」
「最初に見た時と、フラワシの動きが全然違ったんだ」
 と、ナンダの仮面が外れ、落ちる。
 現れたナンダの姿に、陽が小さく息を飲んだのが分かった。
「……過ぎた力を使った代償というものですか」
 真言は呟き、代王たちにかけられたフラワシの力を解くために、ナンダを昏倒させようとした。
「あ、待って!」
 陽が制止し、ナンダに問いかける。
「一つだけ……聞かせて欲しいんだ。
 なんで、フラワシを使わなかったの?
 そんな風になってまで、ずっと使い続けてきた力なのに」
 問いに、伏せられていたナンダの濁った眼玉が陽を見上げた。
 そして、少しの時間を置いてから、彼は言った。
「まタ暴走しテしまうンじゃないかと思っタ……。
 マハヴィルを傷つケ、今度コそ、失ってシまうのではナいかと。
 ――怖かったんダ」


 こうして、ナンダ達はシャンバラに捕えられ、セレスティアーナたちは再びアイシャの元へ急ぐこととなった。


■ウゲン

「コレはただの私怨だ――」
 樹月 刀真(きづき・とうま)がウゲンの死角をつくように駆けて距離を詰めていく。
「環菜が殺された瞬間が、俺の心の中に残って今でも消えない。
 ただ憎くて、ソレが存在しているという事実を許すことが出来ない、だから殺す。
 ウゲン・タシガン、テメエを此処で殺す!!」
 ウゲンの振り返り際の一撃に合わせて、一歩素早く大きく踏み込む。
 振り出された相手の腕の根本に向けて、己の腕を伸ばした。
 幾分威力を殺したウゲンの一撃が横ッ面を打ち弾く。
 鈍い感覚に意識が飛びそうになるのをこらえ、刀真は、痙攣しかける眼球でウゲンの動きを追っていた。
 ウゲンが溜めるのを認めて、タイミングを合わせようとする。
 彼は相手が強打を放つのに合わせて、光条兵器を胸に突き立てるつもりのようだった。
 だが、ウゲンは彼の予想を上回る素早さだった。
「遅いね」
 光条兵器の切っ先がウゲンに触れる寸前で、ウゲンの一撃をまともに受けて刀真の体が崩れ落ちる。
 と、ウゲンが、己の腹に開いていた数個の小さな穴に気づく。
 刀真の体が崩れ落ちた向こうで、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がラスターハンドガンを構えていた。
 彼女は刀真の体が作る死角に合わせて動き、刀真を透過させウゲンを撃つように設定したその光条兵器で撃ったのだ。
「私も刀真も他の皆もパラミタでかけがえのないモノを得た…絶対に絶対にここで終らせない!」
「そういうわけだ、そろそろお前は幕から降りやがれ! ウゲン!!」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が同時にウゲンへと踏み込む。


 空中ドックから放たれた想いが、ゾディアックを巡り始めていた。

 スウェル・アルト(すうぇる・あると)――
『友達が、いる。

 世界も、友達と会えたこの場所も、失くしたく、ない』


■七曜 銀 静
 
 カリ、と氷砂糖が噛み砕かれる。

 延々と墓標が続く墓場の風景――
 ポツリと置かれたラジカセから、サン=サーンスの『死の舞踏』が流れていた。
「ジグ、ジグ、ジグ、墓石の上……全て分かっている」
 音無 終(おとなし・しゅう)の銃撃が響き、銀 静(しろがね・しずか)の指揮棒が振るう。
 静の指揮棒は、まるで契約者たちの動きを操るかのように正確に振るわれ、そして、終の銃弾は、必ず契約者たちの急所を捉えていた。
 そして、混乱するセレスティアーナ一行を吸血鬼たちが襲い始める。

「フラワシ!?
 ――彼女が七曜です!」
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が静を差して、仲間たちへ告げた。
「どんな能力か分かるかい?」
 榊 朝斗(さかき・あさと)が、捻れた木の上から飛び掛ってきた吸血鬼を撃ち弾きながら問う。
 朝斗は、元七曜である彼女の監視兼護衛役を買って出た一人だ。
 衿栖が首を振る。
「いえ――
 詳しいことは何も知らされていなくて……」
「衿栖! 九時方向!」
 吸血鬼の気配を察したレオン・カシミール(れおん・かしみーる)の言った方向へと、衿栖と朝斗が同時に身を翻し、弓と銃で迎撃する。
 その向こうではルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が吸血鬼たちへと光の閃刃を放っていた。
「次から次に湧いてきますね」
「……かなりの数に囲まれてるみたいです」
 朝斗たちと同じく衿栖の監視と護衛を行っている神崎 輝(かんざき・ひかる)が、己の感覚に集中しながら言う。
「まるで、あの七曜とパートナーの銃撃で、ここに誘導されたみたい……」
「大丈夫にゃー」
 不安そうに顔を曇らせた輝を神崎 瑠奈(かんざき・るな)が、にひぃ、と見上げ。
「根拠はないけどー」
「そう、ですか」
 輝が、かくん、と肩を落とす。
「まあ……でも、皆居ますし、大丈夫だと思いますよ。根拠はありませんが」
 ルシェンが言って、天のいかづちを吸血鬼たちの方へ撃ち放つ。
「とにかく、今は時間を稼ぎながら吸血鬼たちの対処に集中するしかないな」
 レオンが言って、機晶スナイパーライフルで静を狙い撃つ。
 しかし、その弾丸は一度も静に触れることは無かった。

 吸血鬼たちの数が減ってきた頃。
 魔鎧アルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)を纏った毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、終の銃撃を受けながら、冷静に彼らの持つ能力を推察しようとしていた。
「――ミラージュは効果無し」
 静の方へ、毒入り試験管付きの爆弾弓を放ってみる。
 静は、大佐が弓を放つ直前から迷いなく動いていた。
 その割には、爆風の余波を受けていた。
 そして、毒を警戒して、その場をすぐに離れていく。
「なるほど。
 こちらの頭の中を全て把握しているというわけではないようだな。
 決定を先読みしている、というところか。今のところは3秒先まで。
 マインドシールドすら効かないというのは、さすがというところだが――
 問題は無いな。
 指揮者は我がやる。
 アルテミシアは奏者の方だ。イケるか?」
「なんなら両方とも私が処理してあげてもいいけど?」
「折角の楽しみを取られてたまるか」
 大佐は終の方へと駆けた。
 既にこちらの行動を読み取ったらしく、終がこちらの間合いから絶妙に距離を取っていく。
 と、終が、こちらが取ろうとした行動を先読みしたように反撃に転じようとする。
 大佐は地を擦りながら、体を反転させ、爆弾弓を静の方へと構えた。
 同時に、アルテミシアが大佐から分離し、終を魔銃モービッド・エンジェルで撃ち抜く。
 大佐が爆弾弓を放った先で、静が明らかに動揺しているのが分かった。
 しかし、爆風に飛ばされ、氷砂糖をぶちまけながら転がった後の静の行動自体は冷静だった。
 こちらが二射目を放つ前に、彼女は煙幕ファンデーションで姿をくらましたのだ。
「チッ――」
 舌を打って、大佐はアルテミシアの方へと視線を返しボヤいた。
「ブレインはそっちか」
 アルテミシアは既に銃撃によって終の自由を奪い、容赦なく彼を制圧していた。

「大人しく通してくださるように、パートナーの七曜へ伝えてくれないでしょうか?」
 そう言った衿栖を値踏みするように見やってから、終が口を開く。
「ウゲンを裏切れ、と?」
「そうです。
 ……あなた達だって滅んだ世界が見たいわけじゃないでしょう!?」
 その言葉の真剣さに、終の目が細められる。
「滅んだ世界……?」
「ウゲンの望みは、地球とパラミタ、二つの世界の消滅です」
「…………」
 ほんの少しの時間を置いてから、終は笑った。
「面白そうなものを色々と抱えていたから、もう少し付き合ってみるつもりだったが……
 流石に世界の消滅は困るな。
 笑えん」
 ス、と笑みを引いた終の視線がある方向を差した。
 示された墓標の影から、両手を上げた銀が姿を現す。

 そうして、終たちは大人しくシャンバラへ回収されたのだった。