空京

校長室

戦乱の絆 第二部 第四回

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戦乱の絆 第二部 第四回
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■脱出

 上海万博の風景が崩壊し始めていた。
「――ようやく、来たか」
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は崩れ行く景色の向こうに現れた一行を見つけ、やれやれと嘆息した。
「戦争も、殺しも好きじゃないし……ましてや教導団に特に忠誠があるわけでもない。
 だけど……誰かを助けるためならさ」
 周囲には、彼とが必死で守り続けた退路――空間の出口である扉があり、戦闘の跡があった。
 空間の綻びから溢れ、忍び寄る影人間を銃で撃ち払い、彼は携帯を取り出した。
 テレポートポイントの防衛に当たっているユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)へと連絡してやる。
「ユーシス。団長に一報入れてやってくれよ。
 羅参謀は無事確保、ってさ」
 その視線の先では、英照を連れたルカルカや雲雀たちがこちらへと近づいて来ていた。


■アレナ

「……撤退命令か」
 神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は、セレスティアーナの側で情報統括を行っているフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)からの連絡を受け、呟いた。
「心配ですの? アレナのこと」
 彼女の補佐についていた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が問いかける。
 無言を返す優子へと、彼女は目を細めた。
「アレナがこういった状況になったのは、これで……確か三度目」
 くすり、と零す。
「三度目ともなれば慣れたもの。
 某たちを信じて、今は私たちの指揮に専念してくださって大丈夫よ?」
 亜璃珠は優子が感じるアレナの居るだろう方向を匿名 某(とくな・なにがし)たちへ、随時伝えていた。
 曖昧な方向しか分からないとはいえ、ただ闇雲に探すよりはマシだろう。
「言われなくても分かっている」
 優子がかすかに笑み向けてから、凛とした声を張る。
「じきに空間が崩れる!
 AからC班は負傷者を連れて先にテレポートポイントまで戻れ!
 他は退路の維持だ!」
「了解いたしました」
 マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が頷き、亜璃珠と共に優子の命に従っていく。




「――空間が崩れ始めてる……」
 無限 大吾(むげん・だいご)は、端々からボロボロと粒子と化していく風景を見やりながら呟いた。
「撤退命令が出ています」
 セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が言う。

「……神騎の発見に時間がかかり過ぎたな」
 匿名 某(とくな・なにがし)がわずかに奥歯を鳴らすのが聞こえた。
 彼らの目の前にはアレナの神騎があった。
 プログラムは未だ実行中だった。
「早く……早く戻ってこい、アレナ!」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、グッと拳を握り締めながら焦る気持ちを抑えていた。
 プログラムを実行する前までは、彼の持つ神騎を用いて交信を行うことが出来ていた。
 神騎の向こうで、彼女は不安そうに震えているようだった。
 早く、その手を握ってやりたかった。
 景色が崩壊し、ヌゥッと影姿の人形が姿を現し始めていた。
「……何だかヤバそうな感じだね」
 大吾が影人間に警戒を表しながら、銃【インフィニットヴァリスタ】を構える。
「考えてみれば、元々の警備システムのようなものがあっても不思議ではないわけだ」
 某もまた、武器を構えながら視線を強めた。
 と――
 プログラムが終了し、アレナの姿が現れる。
 康之はアレナの手をパッと取り、そして、笑った。
「アレナ!
 迎えに来たぜ!
 さっさと帰ろう!!」
「あ……はい!」
 そして、五人は空間の出口へと急いだ。
 案の定、影人間たちが襲いかかってくる。
「雑魚はすっこんでろってんだ!」
 康之のトライアンフが影人間を斬り裂き、大吾の銃撃が康之の死角から迫ってきていた影人間を撃ち抜く。
「康之くんがアレナさんの王子様だとしたら、俺はそれを護る騎士ってところかな」
 冗談めかしながら、彼は更に影人間へと銃口を滑らせて行った。
 セイルが行く手を遮る影人間たちの方へと、身を馳せる。
 戦闘モードというヤツなのか、彼女は先ほどまでとまるで雰囲気が違った。
「失せろ虫けらがぁ!!
 邪魔するなら容赦なく細切れにしてやるぜ!!
 クククッ、アハハハハハッ!!」
 セイルがトゥーハンディッドソードで影を薙いでいく。




「ふぅ、これでオーケー」
 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は、怪我を負っていた吸血鬼の傷を癒し、気を失ったままの彼を背負った。
「罪を憎んで人を憎まずだもんね」
 彼女はアーシャ・クリエック(あーしゃ・くりえっく)と共に、内部で戦闘を行う仲間たちの救護に当たっていた。
 そして、撤退命令が出され、脱出を行う際に、この吸血鬼が倒れているのを見つけた。
 特に蒼十字のメンバーだということも無かったが、どうしても見捨てることが出来なかったのだ。
「夢見、急いでくださいまし」
 向こうで負傷した契約者の傷を癒していたアーシャに呼ばれる。
「はーい、お姉様ー」
 夢見は出口へと急いだ。


「ったく、キリがないぜ」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)たちと共にテレポートポイントを護っていた。
 数を増す影人間たちを真空波で叩き飛ばす。
「ほっといてくれても、もうすぐ勝手に出てくから!
 あっちにいけー!」
 ライゼのシーリングランスが影人間を突き、払う。
「まだ脱出できてないのは!?」
 垂は、内部の部隊の情報を統括管理していたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)へと問いかけながら影人間へ再び真空波を放った。
「ティセラ、テティス、パッフェル、ホイップを救出に向かった人たちよ!
 でも、もうすぐ到達するはず――皆、なんとか堪らえて!」


■ティセラ

 神騎ビッグバンダッシャーが不安定に変質し始めた空間を駆け抜けていく。
「ッ――近くにあんのは分かってんだ!」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は神騎を操りながら呻いた。
「もう、時間がありませんわ」
 シリウスの腰に抱きついている後部のリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が言う。
「分かってる!
 でもなぁ、絶対に諦めるわけにゃ行かねぇんだ! 絶対にだ!
 前も! その前も! 俺はティセラねーさんを守れなかった!!」
 風景の端が散り散りになっているのが見えていた。
 リーブラの持つ携帯には、撤退を促す声が響いていた。
「俺は自分の不甲斐なさにハラが立って仕方がねぇよ!
 だから、今度こそ。
 今度こそだ……待ってろ、ねーさん!」
 ビッグバンダッシャーが土煙を巻き上げ、崩れた大地を飛び越えていく。
 そして、しばらくの後に、彼女たちはティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)の神騎を見つけることとなる。
 
 魔鎧那須 朱美(なす・あけみ)を纏った宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がティセラの神騎を見つけたのは、シリウスたちとほぼ同時だった。
 プログラムを実行している間、祥子はシリウスたちと共に、襲いかかって来る影人間たちを迎撃していた。
「ティセラ。
 貴女は……必ず助ける!」
 祥子の龍騎士のコピスが焔を迸らせながら、影人間を一閃し、霧散させる。
「貴女はこんなところで倒れていていい人じゃないもの」
「――それは貴女たちも同じですわ」
 星剣ビックディッパーが周囲の影人間たちを薙ぎ払う。
「ティセラ!」
「ティセラねーさん!」
「あなた方が無茶ばかりするから、ずっと胸が痛くて堪りませんでしたわ。もう」
「恨み事なら後でゆっくりと聞かせてもらうぜ、ねーさん」
「今は、とにかく皆の元へ」
 そして、五人は二台のビッグバンダッシャーを駆って空間の出口を目指した。


■テティス

「――撤退しよう」
 皇 彼方(はなぶさ・かなた)が言う。
「ちょっ、待ってくれよ、彼方さん!」
 渋井 誠治(しぶい・せいじ)は、危うく彼方に掴みかかりそうになって、慌てて手を引っ込めた。
 彼らはテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)の神騎を探していた。
 彼方とテティスの繋がりから携帯が通じないかなどを試していたが、未だそれは一向に繋がる気配の無いままだった。
「諦めるってのか!?」
「もう、時間は無いの……?」
 ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)の問いかけに彼方が頷く。
「例え、今から神騎を見つけられたとしても、プログラムの完了を待ち、テレポートポイントまで戻る時間は無い」
「い、いや、だけど」
「ここでテティスを解放出来なくても、一生会えないってわけじゃない。
 それに、テティスの為に渋井やシュナーベルにもしもの事があったら、あいつを助けた後、俺が無事で居られる自信が無い。かなりマジで」
「彼方さん……この、へたれ!」
「なっ!?
 ッ――とにかく、今は撤退するんだ。いいな」
 そう言った彼方の口元からは、キリ、と歯を軋ませた音が小さく聞こえていた。