校長室
リアクション
おひさま〜 ささない〜 と〜おい〜ばしょ〜 たすけて〜 くぅれた〜 お〜とも〜だち〜 たたかうこと〜 さけら〜れない〜けれど〜 おわればそう〜 つぎは〜わたし〜たちが〜 て〜をひいて〜 つれだす お〜ひさまの〜 あたるばしょへ わ〜たしたち〜の〜 こきょうへ〜 「ペト……」 「はい? なんですか、シャムス?」 「まあ、お前は小さいわけだ。オレの頭の上に乗っているのも、『あ、あのミカン箱は良い素材を使ってるのですよ〜』とか言ってよそ見をするのも、良しとしよう。でもな――」 行く手を遮る魔族たちを蹴散らしながら、バルバトスの元を目指して先を進んでいたシャムスは、はたと頭の上に乗るペト・ペト(ぺと・ぺと)を見た。 「のんきに歌うのだけはやめろっ! 気が散るっ!」 「むー、どうしてですか〜。ペトはシャムスを励まそうとしているだけなのですよ〜」 口をとがらせて、ペトはすねたように言う。 「いや、だからな……それはすっごくありがたいんだが、その、な……」 「手を焼いているな、シャムス」 「他人ごとじゃないぞ……」 言いづらそうにして困っているシャムスは、ほほえましそうにそれを見ていたアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)に辟易したような声を返した。 と―― 「シャムス、くるのですよ〜」 「!?」 つい気を逸らしてしまった隙に迫った敵の槍。 ペトの一言でそれに気づいたシャムスは、即座に身体をひねってそれをはじき、敵を切り倒した。 えっへん、といったように胸を張るペト。 「どうですかー、役に立ったのですよ?」 「…………」 実際、こんなことはたまにあるわけで。 シャムスが強気に出れないのも、そういった部分を経験しているからだった。 「まあ、なんのかんのと、お前らは良いコンビだな」 「…………勘弁してくれ」 アキュートに厄介事を押しつけられたようなもので、シャムスは肩を落とした。 だが。 階段を上って、道が開けた廊下に出た時。 そこで彼女たちを待ち構えていた者と相対したときには、これまでの空気のままでいることは不可能だった。 「遅かったな、シャムス」 英霊――モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)。 そして、彼の契約者である久我内 椋(くがうち・りょう)が、そこにいた。 「モードレット……ロットドラゴン」 「オレの名前を知っていたか。……嬉しいぜ」 モードレットは、槍を突きつけるようにして言った。 「ここから先へ通りたきゃ、オレを倒していくんだな」 「なぜ、そんなことをする必要がある? お前たちにとって、バルバトスに何の意味があると言うんだ」 少なからず――シャムスは彼らと面識を持っている。 むろん、味方ではない。しかし、このまま何の感情も抱かずに戦える相手でもない。納得して、引いてくれれば、それに越したことはなかった。 そうでなくては……バルバトスへ向けた刃は、彼らを標的としてしまうかもしれない。 「道を、空けろ」 「フン…………ガッカリだぜ」 モードレットは、残念そうに、シャムスを見下しながらつぶやいた。 「貴様は……オレ一人に臆するのか? そんなことだから、エンヘドゥを失ったのだ」 「…………ッ」 それは、シャムスの心を揺さぶるには十分な言葉だった。 彼女の手は、自然と腰の剣帯へと伸びる。 「やるのか、シャムス?」 シャムスの傍で彼女を支えてくれていた、仲間の氷室 カイ(ひむろ・かい)が、ささやくように問いかけた。近くにいた者しか気づいていなかったが、彼の手はすでに自分の剣帯に触れている。もしものときは、自分がモードレットを討つ。そのつもりだった。 だが―― 「……どちらにしても、こいつはオレが倒しておかねばならない敵だ。それに、前に進ませるつもりはないのだろう?」 「当然だ」 「ならば……道は、力尽くで切り開くまでだッ!」 シャムスは腰の剣を抜く。彼女の表情はまるでその剣の刀身のように研ぎ澄まされていたが、少なからず憤怒の色も見え隠れしていた。 無言で、彼女はペトを頭から降ろす。 「シャムス、なんだか怖いのです〜」 そう言うペトを、シャムスの代わりに肩に乗せて、アキュートは彼女に告げた。 「シャムス、あんたの道だ。あんたが戦うことそれ自体に文句はない。だが……後ろを振り返る余裕も持ちな」 それは。 これまでザナドゥでずっとシャムスを見てきた彼の、彼なりの、願いでもあった。 「このザナドゥで、お前が見てきたモノ、行動の結果得たモノを、全部捨てるつもりなのかい?」 「…………」 それが、力の入っていたシャムスの肩をほぐしたのは、予期した結果だったのか。 瞬間。 「……ッ!」 シャムスとモードレット。二人の刃は、ぶつかり合った。 シャムスがモードレットと一騎打ちをしている間、カイたちの相手をするのは椋だった。 もはや、カイもシャムスを止めようなどとは思っていない。それは、立場は違えど椋も同じ気持ちだった。彼もまた、モードレットを止めるつもりなどないのだ。 それは野暮で、そして無駄なことである。 そうでなくては進めない事も、時にあることを、二人は理解していた。 「マスター。本当に手伝わなくてよいのですか?」 パートナーのサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)が問いかける。 カイは、そんな彼に振り向かずして答えた。 「シャムスが一対一で相手してるんだ。それに……向こうも一人だ。俺だけが、戦いを無碍にするわけにはいかない」 むろん、綺麗事ばかりで事が運ぶわけではないことは重々承知している。 しかし、これは性分であるとともに、信念と主張のぶつかり合いだ。椋の眼差しに曇りはない。カイは、それに応えるのが少なからず剣士としての自分の務めだと感じていた。 「いくぞッ!」 「…………こいッ!」 守るべきものを持った、二つの刃が交錯した。 その間に、ベディヴィアとアキュートはモードレットたちが引き連れていた《スパルトイ》――骸骨の戦士たちの相手をする。 「遅れるなよ、ナイト」 「そちらこそ」 アキュートの軽口に微笑と声を返して、ベディヴィアはおのが剣を振るった。 シャムスとモードレットの実力は拮抗。刀身の金属音が幾度となく鳴り響く。 一方が隙を見て振り抜こうとすれば、一方がそれを防ぐ。お互いに譲らず、前進、後退が繰り返された。 「ふん、貴様の実力はこの程度か。エンヘドゥが死んでしまった理由も、分かるというものだなっ!」 「なんだとッ!!」 「しょせん貴様も、こちらへ堕ちる存在よ。そんな奴は……オレの相手にもならん!」 モードレットの一撃はエンヘドゥをはじき飛ばす。 ギリギリのところでその刃を受け止めることはできたが、体勢が崩れた隙に更なる追撃が加わった。モードレットが手を離した槍は《サイコキネシス》で自動的にシャムスを狙い、モードレット自身は、逆側から体術を駆使して拳で彼女を襲う。 姿勢低く、二つの直線上をくぐるようにしてそれを逃れたシャムスは、なんとか体勢を立て直した。 そして。 次の瞬間。はじき飛んだのは――モードレットの槍だった。 二つの方向から迫っていた攻撃を、シャムスは背後の壁を利用して防いだのだ。振り下ろされる予定だった槍は、自動的だった故に、その刃が壁にめり込んでいる。 そして、シャムスの剣の切っ先は、モードレットの喉元に突きつけられていた。 すなわちそれは、彼の敗北を意味している。 「…………」 だがもはや、何も言うまい。 互いに。 その頃には、すでにアキュートとベディヴィアは骸骨の戦士たちは葬り去っており、カイと椋も、戦いを止めて二人の決着に視線を転じていた。 剣を収め、立ち尽くすモードレットから離れるシャムス。 「……先へ急ごう」 「ま、待って、シャムスさん」 彼らと部下を引き連れて、廊下の先へ向かおうとした彼女を、ともにいた仲間の一人だった琳 鳳明(りん・ほうめい)が呼び止めた。 「私、ここに残る」 「なに……?」 「さっきの戦いで、敵がすぐそこってところまで迫ってきてるよ。このままじゃ、追いつかれちゃう。だから、私が足止めを」 「…………」 シャムスは口を開きかけたが、彼女の瞳に固い意思を感じ取って、何も言い出すことが出来なかった。 「シャムスさんが私達を信頼してくれたように、私もシャムスさんを信じる。だからここは私に任せて先へ進んで。そして……必ず、バルバトスを討って!」 鳳明の気丈な声に続くように、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)がこくっとうなずく。 わずかに。しかし、長い時間を過ごしたようにしばし、彼女は鳳明を見つめた。 「……分かった」 そして、決断を下す。 シャムスたちは鳳明を置いて、バルバトスの待つ最上階を目指して駆けていった。 「あんた、教導団だろ。良かったのか、オレを捕らえなくて」 と――傷を負って、すぐに動き出せないモードレットが、座り込みながらふいに声をかけた。椋もまた少なからず傷ついているようで、彼も回復に努めている。 「別に…………これは、教導団のもとで行ってる戦争じゃないから。そんな権限なんかないわ。私たちは、ただ、契約者として自分たちに出来る手伝いをしてるだけだもの」 「フン……そうか。あんたみたいに、理解のあるヤツもいるんだな」 「そんなことより、あなたこそ、どうしてこんなことしたの?」 「こんなこと……ってのは」 「シャムスさんのためを思ってなんでしょ? 一騎打ちで戦ったのは」 「…………」 モードレットは黙り込み、憮然とした表情をわずかに浮かべた。 「友達や仲間と一緒にいて、少しは落ち着いてたけど、やっぱりエンヘドゥさんが死んでしまった憎しみが消えるわけじゃないもの。ひどいときには、きっとそれが心の殻を破ってしまうわ。だけど……あなたが、戦ってくれたから……」 「何のことか分からんな」 「え……?」 鳳明が戸惑う声を返したのを聞き届けず、彼はおもむろに立ち上がった。 椋が床に投げた《ぽいぽいカプセル》が、ボワンと、白煙と音を立てて開く。小さなカプセルの中に閉じ込められていた《レッサーワイバーン》が、姿を現した。 ワイバーンに乗り込んだモードレットと椋は、躊躇無く壁を破壊する。 そして、 「オレはオレのために戦った。憎しみに心を支配されたシャムスの相手など、つまらんからな。あいつが生きていたらこう伝えておけ。『次はオレが勝つ』とな」 そう言い残すと、ワイバーンの翼がはためいて風を巻き起こす。 思わず目を閉じる鳳明。その間にすでに、壁に空いた穴から、モードレットたちは飛び立っていた。 残された鳳明はその背中を見届ける。 と――階段を駆け上がってくる無数の足音が聞こえてきた。 「まったく、天の邪鬼過ぎ……」 逃げていった金髪の英霊に対し、呆れるような声を一つこぼす鳳明。 隣にいた天樹を見やると、彼がいつも携帯しているホワイトボードにマジックで文字を書いていた。 『まあ、めんどくさいけど……覚悟を決めようか?』 「ですね」 駆け上ってきた追っ手の魔族たちに、鳳明たちは立ちふさがった。 |
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