空京

リアクション

●ベルゼビュート城：地上２階

　１階をあらかた制圧した契約者は、階段を登り２階へと足を踏み入れる。
「グオオオオォォォ！！」
　そんな一行を、低く太い声が迎える。ここは『巨人の間』、名の通り巨人のために用意された階層である。部屋の全てに巨人がいるわけではなかったが、流石に誰もいないというわけにはいかなかったようで、地響きを起こしながら巨人が契約者の前に立ちはだかる。彼らはザナドゥ側について戦うというよりは、単純に闘争本能を刺激され、目の前の生物を潰すことだけを考えているようであった。
「ここは私達に任せて、みんなは校長先生の元へ急いでください！」
　進み出たソア・ウェンボリス（そあ・うぇんぼりす）がこの階層の敵を引き受けることを皆に告げ、雪国　ベア（ゆきぐに・べあ）と共に残る。契約者は移動を開始するが、巨人はより多くの気配がある方へと向かっていこうとする。
「おっと、おまえらの相手は俺様だぜ！」
　そこにベアが、龍を思わせる闘気をぶつけ、巨人の注意を引く。強い気配に、その場にいた巨人は咆哮をあげてベア、そしてソアへと向かっていく。
（思った通り、巨人は動きが鈍い……！　箒に乗って撹乱しながら戦えば、私だって……！）
　巨人の動きから特徴を読み取ったソアは、箒に跨り機動力を確保した上で、さらに氷塊や氷の嵐を見舞い、より動きを鈍らせる策を講じる。巨人も自分たちと同じ生物、体温が低くなればそれだけ、動きが鈍くなるはずと踏んで。
「どうしたどうしたぁ？　この程度の動きに付いてこれないようじゃ、俺様の相手は務まらねぇぜ！」
　目にも留まらぬ動きで、ベアは巨人の足元をくぐるなり目の前を通り過ぎるなりして、巨人の隙を伺う。メインは契約者が上の階に行くまでの時間稼ぎだが、自分たちがこの階を離脱する時には、痛打を与え少なくとも暫くの間、動けないようにする必要がある。
　……やがて、巨人にも目に見えて疲労が生まれ始めた。大きく武器を振り回し続けた結果体力を消耗し、明らかに動きが大振りになっていた。
（戦争は、悲しみと憎悪しか生まない……。
　どうしようもない傷を負ってしまう奴が増える前に、終わらせないとな）
　スプリングロンド・ヨシュア（すぷりんぐろんど・よしゅあ）が短剣を抜き放ち、巨人の懐へと飛び込む。疲れ果てた今の巨人に、彼の行動を追えるだけの余力は残っていない。
「眠れ……！」
　ドス、という鈍い音が響き、スプリングロンドの突き出した短剣が巨人の急所――人型である以上、背骨に沿った身体の中心は概ね急所――を捉える。巨人も類稀な生命力を持ち、その一撃だけでは絶命しない。けれどもその間に、巨人の喉元に飛び込んでいたリアトリス・ブルーウォーター（りあとりす・ぶるーうぉーたー）の光刃が喉を斬り裂き、おびただしい量の体液を迸らせた巨人は地面に伏せる。即死しなかったことはそれだけで脅威だが、どのみち長くはないだろう。
（こ、これが戦い……これが現実……）
　その光景を目の当たりにした伊礼　悠（いらい・ゆう）が、衝撃の大きさに倒れ込みそうになりながらも、なんとか踏みとどまる。何のために自分はここまでやって来たのかと、自身を奮い立たせながら。
「誰かを救うなんて、大それた事は出来ないかもしれない。
　……でも、大切な人達を失わないため……私は、ここで戦う」
　歯を食いしばって現実に耐え、悠は残る一体の巨人に視線を向ける。既に多くの攻撃を受け弱りつつも、まだまだ戦意の衰えない巨人を前に、ディートハルト・ゾルガー（でぃーとはると・ぞるがー）が踏み込む準備を整えたのを確認して、悠は強烈な光を見舞う。
（悠……悠の決意に、私は持てる力で応えよう。
　心配するだけが正解ではない、このようなやり方でも、悠を守ることに繋がる……私はそう、信じている）
　光をまともに受け、巨人が膝をついて頭を抱える。その間にディートハルトは足元から膝へ、そして首筋を狙って跳躍する。
「おおおぉぉぉ！！」
　大きく振りかぶった大剣の斬撃は、巨人の延髄を深々と抉る。脳と身体とを繋ぐ神経を断ち切られ、流石の巨人もまともに立っていられず床に伏せる。脅威を振り払った一行は、巨人が自分たちの後を追ってこないことを確認して、先行した者たちを追って上へと向かう。

「…………」
　少しずつ、巨人の身体がゆっくりと起き上がる。実は先程の巨人は、死んでいなかったのだ。巨人の常軌を逸した自然治癒力で、巨人は身を起こして動けるまでに回復していた。
　これがもし、この場にこれ以上誰も訪れなかった場合、後に大きな災いを呼んでいたかもしれない。

「オレは吉永　竜司（よしなが・りゅうじ）、歌で悪魔を倒した事があるイケメンだ！
　オレの歌は最強だ、今日ここで特別に、オレの歌を聞かせてやるぜ！」

　名乗りを上げ、竜司が歌い出す。本人は歌が超絶上手いと思っているが、実際は色々な意味で超絶であり、それは漏れなく巨人にも作用した。
「グワアアアアァァァァ！！」
　急所を貫かれたり裂かれたりした時には挙げなかった悲鳴を上げ、巨人が地面をのたうち回る。
「おぉ……竜司の歌に巨人も心打たれている！
　素晴らしい……竜司の歌は悪魔も、巨人すらも魅了するのです。さあ、もっともっと楽しみなさい」
　ヴォルフガング・モーツァルト（う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると）の演奏、従者やペットが周りを囲み、竜司のテンションはさらに高まっていく。
「ぶるあああぁぁぁ！！」
　まるで地震を起こすような竜司の声に、巨人はついに耐え切れず意識を失い、どう、と地面に倒れ伏す。それまで回復傾向を見せていた傷が一向に回復しないのを見ると、どうやら自然治癒力まで一時的に失われてしまったようである。
「グヘヘヘヘ、またオレの歌で魅了してやったぜ！」
　歌い終え、竜司が気分よく高笑いを見せる。確かに、行動の自由を奪ったという点では、竜司の見解は正しいかもしれなかった。

●ベルゼビュート城：地上４階・地上５階

　それぞれ『来訪者の間』『要職者の間』と名付けられた階層であるそこは、今は閑散としていた。四魔将や客将の類は各地に散っていたし、このような状況下でのんびりとしている来訪者などいようもない。
　しかし、特に５階には、四魔将の部屋がある。ここで戦闘に役立ちそうな物を見つけ、今後の戦闘に生かす……そういう考えに至る契約者がいてもおかしいことではない。

「宝物庫……は見当たらなかったから……何かありそうって部屋は……ここかしら」
　ある部屋の前に立ち、春桜　橘花（しゅんおう・きっか）が扉に身をつけ、開錠を試みる。だが何かの仕掛けがしてあるのか、扉は開かない。
「そうとくれば、実力行使で――」
「止めといた方がいいぞ？　そこの奥からヤバそうな気配がする。ただじゃすまないかもしれないな」
　物理的に破壊を試みようとする橘花を、曖浜　瑠樹（あいはま・りゅうき）の声が制する。そこに限らずこの階層の部屋は、どこもかしこも危険な雰囲気に満ちていた。確かに、中には今後の戦闘に有用な物があるかもしれないが、少なくとも一人で攻略するには荷が重い。
「あなたのパートナーは、無事に６階に辿り着きましたよ。……頑張って下さいね！」
　先行した龍川　影人（たつかわ・かげひと）の無事を、マティエ・エニュール（まてぃえ・えにゅーる）から知らされた橘花は、二人に礼を言ってその場から立ち去り、影人に合流するべく駆け出す。二人は『強い動機を持つ味方が一人でも多く目的地に到達すれば』との思いで、途中で迷ったりしていた天城　瑠夏（あまぎ・るか）とシェリー・バウムガルト（しぇりー・ばうむがると）、鷹宮　明梨（たかみや・あかり）と廻　風雅（めぐり・ふうが）らを始めとする契約者を、地上６階まで送り届ける役目を担っていた。
「えーっと、１階、２階は制圧した。４階と５階は敵の姿なし……と」
「……あれ？　りゅーき、３階は見ましたっけ？」
　マティエの問いに、瑠樹はあぁ、と頭を掻いて答えをはぐらかす。
「ま、あそこは大丈夫だ。さて、こっちはこっちの仕事すっか」
　言って歩き出す瑠樹を、首を傾げつつマティエが付いていく。

　……実はこの時、地上３階と地下１階でも契約者による行動が行われていた。
　飛ばしてしまっていたが、それぞれ見ていくことにしよう。