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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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chapter.10 揉め事リンク 


 彼らが空賊狩りと接触を果たしているその頃、フリューネの乗り物を破壊しようと意気込み、ヨサークの下を離れていった武尊は、ついにフリューネの乗り物を発見していた。
 しかし、それは彼が思い描いていたような船ではなく、ペガサスだった。しかも、おかしなことにペガサスには護衛までついていた。それも、5人もだ。物陰からその様子を窺う武尊。
「にしても、なんでペガサスに5人も護衛がついてやがんだ……? どうする、やめんのか?」
 パートナーの又吉が聞くと、武尊は即座に首を横に振った。
「男に二言はねぇ! 乗り物を壊すと決めたんだから、壊すんだよ!」
「でもよ、てっきり大型船だと思ってヨサークの船から爆薬とか持ってきちまったんだぞ?」
「派手でいいじゃねぇか! あの馬公を盛大にぶっ殺して、ヨサークに馬刺食わしてやるよ!」
 武尊は自らを奮い立たせ、又吉と共にタイミングを見計らって物陰から飛び出した。
「油断大敵だぜ!!」
 護衛たちが戦闘態勢に入る前に、サンダーブラストで奇襲をかける。5人のうち巻き髪のメカと薄茶色の髪をした騎士がペガサスの前に立ち塞がるように割って入る。しかしその姿勢は守っている、というより身代わりになっているという状態だ。雷の直撃を食らい、そのふたりは倒れた。
「この人、ペガサスを狙ってきてます……!」
 教導団の軍服を着た女性が、そう言いながら長槍を構える。
「邪魔すんじゃねぇ! 手ぇ貸せ、又吉!」
 武尊は、すでにもう片方の手で魔法を放つ準備をしていた。手の中でアシッドミストを最高濃度にまで高める。もともとの予定では剥き出しの機関部に撃ち込む予定だったが、結果的にペガサス護衛の生徒からペガサスを剥き出しに出来たのだ。大体同じようなことだろう。
「分かってらあ! 見やがれメス共! これが俺の破壊工作だ!!」
 武尊の合図と共に、又吉は武尊を飛び越え残った3人に迫る。その手には、爆薬を抱えていた。
 黒髪の少女は何事かを呟くと、怒りの視線を向けた。そして、彼女の手から拳大の炎が放たれた。空中にいた又吉は避けることが出来ず、炎が爆薬に触れる。そして、激しい音と爆風が辺りを包んだ。モクモクと上がった煙の下では、又吉が武尊と共に力尽きていた。
「フリューネさんにペガサスを任されてるんです! 酷い事したら承知しませんから!」
 軍服の少女が、動かないふたりの体に追い打ちをかけるように長槍でとどめを刺していた。

 武尊と又吉が爆発を起こした場所から比較的近い、両側を廃墟で挟まれた狭い路地。そこをとぼとぼと歩いているのは、蜜楽酒家でユーフォリアの情報を集めていた未沙だった。集めていた、と言っても収穫はまったくと言っていいほどなかったのだが。
「はあ……結局ユーフォリアの情報、得られなかったなあ……あっ、そうだ! 未羅ちゃんと未那ちゃんの方はどうかな?」
 蜜楽酒家に行く前に、彼女は妹たちにある頼みごとをしていたのだ。未沙は、携帯を取り出し電話をかけた。数回のコールの後、電話に出たのは三女の朝野 未羅(あさの・みら)だった。
「あ、お姉ちゃん、お電話待ってたの」
「未羅ちゃん、そっちはどう? 何かユーフォリアの情報見つかった?」
「ううん、お姉ちゃんの言う通り、ロウンチ島に行ってロイテホーンさんに聞いたけど、知らないって言われたの」
「……そっか、うん、そうだよね、仕方ないよね」
「あ、お姉ちゃん、今未那お姉ちゃんがお墓参り終わったみたいだから、替わるの」
 数秒の沈黙の後、今度は次女の朝野 未那(あさの・みな)が電話に出た。
「姉さん、探してた情報見つからなくて、ごめんなさいですぅ」
「ううん、いいのよ未那ちゃん、あたしが我がまま言っちゃったんだから」
「えっとお、せっかくなので、ロイテホーン様に、替わりますかぁ?」
 再び電話の向こうで沈黙。そして、注ぎに聞こえてきたのは懐かしい声だった。
「久しぶりだな。確か、島でのイベントに参加してくれた生徒だったな」
「あっ、ロイテホーンさん久しぶり! ねえ、またあのイベントやりたいな」
「うむ、考えておこう……では、何やら大変なようだから、この辺で失礼しよう」
 そう言うとロイテホーンは再び妹たちに電話を渡したらしく、それから未沙の耳に届いたのは妹たちの声だった。
 一体なぜ、未沙は妹たちをまったく関係のないロウンチ島へ送り込んだのか? どうやら彼女の中では、ロウンチ島はツァンダの周辺にある島、そしてツァンダ周辺は空が広がっている。つまり、ロウンチ島も浮遊島では? という推理がなされていた。同じ空に浮かぶ島なら、何かユーフォリアの手がかりがあるかもしれないと思ったのだ。確かに、地図を見るとツァンダ周辺は雲海に覆われている。こんな細かいところまで調べるとは、恐るべしユーフォリア……いや、フリューネへの執念、といったところだろうか。ちなみにロウンチ島は、地図上は雲海の中にあるように見えるが、実際きちんと周りは海である。
「うーん、いよいよ手がかりがなくなってきちゃったよ……」
 そこから少し妹たちと話し、電話を切った未沙は溜め息をひとつ吐いた。彼女が落ち込み、何気なく片側の廃墟の窓を覗いた時だった。一瞬、建物の中を何かが横切ったような気がした。
「えっ……今のは……!」
 瞬きするくらいのごく短い時間ではあったが、未沙の瞳はそれを捉えていた。
「あの服……アレは、フリューネさんのだっ!!」
 未沙は飛び上がり、その廃墟へと脇目もふらず入っていった。
「こんな奇跡ってあるんだね! やった、フリューネさん……今、あなたに会いに行きます!」
 1階、2階、3階……と一気に駆け上がった未沙は、4階でついにフリューネと思われる人物に追いついた。
「やっと会えたね、フリューネさ……ん?」
 未沙は目の前の光景を見てぎょっとした。服装こそ確かにフリューネのそれだが、髪色や体型などがまったく別物だったのだ。黒いはずの髪は乳白色をしており、身長もフリューネより大分小さい感じを受ける。そして。
「え、え……これ、どういうこと?」
 困惑する未沙の方を、その偽フリューネが振り向いた。なんとそこには、フリューネを遥かに超える胸の持ち主がいたのだ! もうこれは大きいとかいうレベルではない。恐ろしい、そんな形容詞がしっくりくるだろう。
 胸の大きさはさておき、未沙はすっかり混乱していた。当然である。愛しのフリューネに会えたと思ったら、それは服だけで中身が完全に別物だったのだ。大好きな歌手のCDを買って開けてみたら、成人向けのDVDが入っていたようなものである。が、彼女のこの謎はすぐに解けることとなった。
「はあ、はあ……やっと見つけたのですっ」
 未沙の後ろから階段を上がってきたのは、青い髪を編んでいる少女だった。
「そろそろそれを返しに行かないと、まずいと思うんです……」
 少女を見ると、偽フリューネはその恐ろしい胸を揺らしながら反論する。
「落ちておった服を着ただけじゃ、何も問題ないと思うがのぅ。アレじゃ、タンスに眠ってた服を出してあげたようなものじゃ」
「違いますっ、それは断じて違います……っ」
 彼女らの話をまとめると、おそらくこういうことだろう。
 偽フリューネは、おそらくフリューネ側にいた生徒だ。そして、お風呂なり寝るなりでフリューネが脱いだ服を、勝手にパクってきたのだ。青色の髪の少女は、それを止めに来たパートナーか何かだ。
「フリューネさんの服を泥棒するなんて……あたし、許せないっ! それはあたしのよ!」
 全てを理解した未沙は、偽フリューネに怒りの眼差しを向けた。それは、フリューネへの愛情故の怒りでもあり、嫉妬でもあった。
「おおっ、何をするのじゃ」
 服を引っ張り、無理矢理脱がせようとする未沙。脱ぐことはやぶさかではないが、もうちょっとこの服を着ていたい偽フリューネ。ふたりは組んず解れつの取っ組み合いになった。それをぽかんとした様子で見ていた青毛の少女だったが、やがて少女はふたりの間に割って入り、試合を強引に止めた。
「いい加減にしてくださいっ、それはどちらのものでもなくて、フリューネさんのですっ」
 その一言で争いは終わり、未沙はふたりにちゃんと依頼主のところに戻るよう説得され泣く泣くヨサークのところへ向かったのだった。



 14時10分。
 ヨサークたちは島の中央へと確実に近付いていた。一行の中には先陣を切って先へ先へ進む者もいれば最後尾で後ろを警戒する者もいるため、もしフリューネ側も同じような感じであれば、先鋒隊はニアミス、あるいは接触していてもおかしくない。そんな緊迫感が漂い始める中、望はノートからの質問を受けていた。
「望、あのようなつまらない罠で良かったんですの?」
「あれで良いんですよ。バレバレな罠であればあるほど、他の方が仕掛けた罠への警戒心が薄まるんですから」
 望が仕掛けたきた罠は確かに、草を結んだ足を引っかけるトラップや落とし穴の上に小銭を置いたトラップ、縄が見え見えの吊り上げるトラップにパンくずばら撒いた上にザルを用意した雀用トラップなどなど、露骨な罠ばかりである。
「まあ、他の方が罠を仕掛けていなかったらほとんど無意味ですけど」
「ですわね……それにしても、どうしてわたくしが罠を作ってはいけないんですの?」
 望が罠の設置をしている時ノートは手伝おうとしたのだが、余計なことをして壊されたらたまったものではない、と判断した望はやんわりと断っていたのだった。
「お嬢様、人にはそれぞれ向き不向きがあるのです」
 あまりやんわりではなかったようだった。
「望、わたくしをただのヴァルキリーだと思ったら大間違いですわ! この器用さを見るのですわ!」
 ノートは急に右手と左手でジャンケンをし始め、常に右手を勝たせようと握りを素早く変える。が、当然そんな器用さを持ち合わせていないノートの手はすぐにあいこになった。
「……あ」
「ただのヴァルキリーなどとは思ってないので、大丈夫ですよお嬢様」
 もちろんそれは、悪い意味で。

 緊迫感をほんのり薄めていた望とノートだったが、そんなふたりよりもさらに脱力感アップな言動をしている生徒が数名、ここにいた。何やら上の空状態な月実、そしてそんな彼女の姿を見つけたセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)である。
「む……月実が何やらどこかの世界に行っているような顔なのじゃ。しょうがない、元に戻してやるのじゃ」
 当の月実は、持ち込んだ天ぷら粉を抱えたまま、どこか遠い場所を見ていた。
「青い空、白い雲。そして紺碧の海。ひと夏の思い出、アバンチュールッ! ああ、これが青春ねっ!」
 両手を広げくるくると踊る月実。パートナーのリズリットも月実と一緒になって声を合わせる。
「あばんちゅーるー! せいしゅーん!!」
 が、ここにもちろんそんなものは無い。月実からバカンスだと聞かされていたリズリットは、裏切られた気満々だった。
「月実のうそつ……」
「とうっ」
 ずび、と。リズリットがつっこみ終わる前に、ファフレータが月実にチョップをお見舞いしていた。
「……何をしておるのじゃ、おぬしは」
「はっ、ここは……? 南の島は……?」
「ここは戦艦島じゃ。蒼空学園から見たらむしろ北じゃ」
 どうやら月実は、完全に勘違いして来てしまったらしい。それかちょっとキマってるかのどっちかだ。そんな月実の横で、つっこみ損ねたリズリットは行き場をなくした手をファフレータのパートナー、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)のほっぺに持っていき、むにっと引っ張った。ミリィは突然頬をつねられたことにも驚いたが、それ以上にその頬をつねっている相手に驚いた。
「あああーーーーーっ! この間の、悪魔のちびっ子ーーー!」
 苦々しい記憶が一瞬で蘇るミリィ。彼女は以前、小型飛空艇を乗っ取られた上に海に落とされ、散々な目に遭っていたのだ。しかしそんな事情を知らないファフレータは、ふたりの様子を見て「仲が良いのじゃな」と勝手に解釈してしまった。そしてどうやら、せっかくなので今回も一緒に行動しようということになったらしい。4人の中でただひとり、ミリィだけが「正気!?」とショックを受けていた。
 いざ島の中央部へ向かおうという中、月実が早速ごねだした。
「それにしても、探検って疲れるのね。セシリアさん、私ご馳走が食べたい気分よ」
「いやいや、おぬし疲れるようなこと何もやってないではないかえ! ただぽかあんとしてくるくる踊ってただけじゃろう!?」
「ふう、もう一度言うからよく聞いてて。私、ご馳走が食べたい気分よ」
「お昼を終えたばかりじゃろう!? そもそも何かえ、私に食材を取って来いということかえ、それは!?」
「仕方ないわね、三度目の正直というヤツだわ。私、ご馳走が食べたい気分よ」
「分かった、分かったのじゃっ、私が取ってくれば良いんじゃな!? むむむ、ステータスに一応『弱点・運動が苦手』とあるのじゃが……まあ、がおーがいればどうにかなるかえ」
そう言うとファフレータは大型騎狼を従え、食材を求めにふらりと出かけていった。
「それ、何に使うの?」
 彼女を見送った後、リズリットは月実の持っている天ぷら粉を見て尋ねた。
「これで、セシリアさんが取ってきたものを好きなだけ揚げるのよ」
「ふーん……」
 リズリットは思った。確かに月実の料理は美味しいし好き。けど。
 なんか今日、天ぷらって気分じゃないなー、と。焼き肉食べたいなーと。
 そこで、リズリットは妙案を思いついた。そうだ、天ぷら粉隠しちゃおう。だって、お肉食べたいもん。
「ミリィさん、ちょっとそこで踏み台になって」
 思いついたことは即実行、ということで、リズリットはファフレータの相方、ミリィに命令した。
「……え、踏み台? ちょっと待って、あんた年上に向かってその口の利き方はねぇ……」
「いいからなって。なりなさい。なれ。なれって」
 押しに弱いミリィは、もうここでギブアップだった。
「え、あ、う……わ、分かった、なればいいんでしょなれば!」
 ミリィを気兼ねなく踏んづけたリズリットは、廃墟入口の上屋に天ぷら粉をよいしょ、と乗せた。
「あ。ついでに糸で引っかけちゃおう」
 糸を天ぷら粉が入った容器に巻き、下に向かって垂らす。もし誰かがこれを引っ張ったら、粉まみれになるという寸法だ。
「これで良し、と。あー、料理楽しみー」
 満足そうにミリィの背中から飛び降りるリズリット。そのミリィは、すっかり涙目になっていた。
「なんでこんなことに……うう……」
 それから少しして、3人のところにファフレータが戻ってきた。そのオーラは、どこかしょんぼりとしている。
「食材が見つからなかったのじゃ……なにか、一団の中に虎はおったのじゃが……」
 それは団員のヌウである。食べられません。
 この戦艦島に生息している生物はせいぜいネズミかコウモリくらいしかいなかったので、ファフレータは収穫ゼロで帰ってこざるを得なかった。月実はそれを聞くと、あっさりと言ってのけた。
「まあ、元々そんなにお腹は空いてなかったから問題ないわね。セシリアさん、ほら、探検再開よ!」
「……言ってることが無茶苦茶なのじゃ……」
 月実は何か忘れ物があった気がしたが、特に気にしないことにした。そんな大事なものでもないはず、と決めつけて。

 生徒たちの中には、彼女たちのようなイージートラップだけではなく、手の込んだ罠を設置する者もいた。
 入り組んだ廃墟間の細道、その路地裏にある出入り口で罠を仕掛けていたのはクロス・クロノス(くろす・くろのす)、そしてパートナーのカイン・セフィト(かいん・せふぃと)だった。おそらく彼女らの罠が、今回最もえげつない罠ではないだろうか。
「面白いことになりそうですよ、ふふ……」
 そう微笑むクロスの手には、片栗粉とローションを混ぜ合わせた白濁液が準備されていた。
「こんなものを本当に仕掛けようとするとは……相手の自由を奪う効果は期待出来そうですけども」
 他の罠では駄目だったのか、とカインは呆れ気味に言葉を漏らす。
「何を言うんですか、廃墟と言えば白濁液でしょう」
 その組み合わせがどうやら黄金のタッグらしかった。マニアの世界は奥が深いようである。
「さあ、隠れて獲物を待ちましょう」
 カインの微妙に冷たい視線も気にせず、クロスは身を隠しそのどろどろの液体に誰かがかかるのを待った。
 やがて、彼女らの視界に何人かの男性が入った。小型爆弾を抱えた少年と、黒髪の妙に色っぽい青年である。そのふたりが何かを話している様子を、バレないようにクロスたちは観察していた。とその時、どこか優しそうな感じの青年が急に路地裏沿いの入口から顔を出した。
「おい、大変だ。フリューネさんが飛び出して……って、うわあぁっ!?」
 足元に撒かれた白い液体を思いっきり踏んだ彼は、豪快に転んだ。何度起き上がろうとしても立てない彼を見て、彼のパートナーと思われる女性が近付こうとする。
「なんですか、その白いの……!? す、すぐ助けてあげますから……」
「こ、こっちに来るな! おまえまで引っかかったら、検閲に引っかかる描写になりかねない……!」
 一部始終を観賞したクロスは、背後でこの絶景をまだ拝んでいないカインを手で誘いながら呟く。
「どうせなら男女ともかかってくれれば最高でしたけど、これはこれでなかなか面白いことになっていますね」
 そして、路地からふたりは罠にかかった者の前へと姿を現した。
「ほら、見てください。誰かさんが見事にどろどろになっていますよ」
「まさか本当に引っかかるとは……」
 短い言葉を交わしたクロスとカインは目配せすると、酒瓶を投げつけたり雷術で痺れさせたりと好き放題し始めた。その場でごろごろ転がって避けるしかない青年に攻撃を続けるふたりだったが、次の瞬間クロスたちの目の色が変わった。黒い肌をしたドラゴニュートが、自分たちに向かって弩を構えていたのだ。ドラゴニュートは何かを呟いた後、矢を次々と放った。これにはさすがのクロスたちも、退却を余儀なくされた。仕掛けた罠もそのままに、迫り来る矢の追撃からどうにか逃れたクロスとカインだった。
 なお、白い罠は依然そのままで、運悪くかかった青年はすっかり白濁液まみれになっていた。

 クロスたちが白濁液騒動を起こす少し前。
 ヴェルチェは通った場所に片っ端から小型爆弾を置いて回っていた。ヨサークの船から勝手に持ち出したものである。
「こんなにヨサークちゃんのためになることやってあげるなんて、あたしって健気ねっ」
 やってることの恐ろしさとは逆に、ヴェルチェは明るく鼻歌なんかを口ずさんでいた。
「これで、あっち側の生徒が何人か生き埋めになってくれると嬉しいな」
 やってることも恐ろしければ、言ってることも恐ろしかった。
 ヴェルチェがヨサークのためここまで動く理由は本人にしか分からないが、ともかくヴェルチェは爆弾を置き続けた。
 その効果がどれほど現れたのか、そしてヨサークがこの働きを知ったのかは定かではない。