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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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chapter.3 罠のち解除 ときどき暴走 


 時刻は18時40分。
 仮入団者や正式入団者が増える中、国頭 武尊(くにがみ・たける)は前回の事件を思い返し、拳を握りしめていた。
「前に船に乗った時、オレはそこそこ良い働きをしたはずだ。が、入団させてもらってないのはどういうことだ……くそっ、分からねえぜ」
 確かに彼は以前船に乗った時、敵船に果敢に突入し、暴れ回った結果数人の敵を倒すことに成功していた。結果だけ見れば文句なしに入団許可が下りるはずである。しかし彼は団員ではなかった。それはなぜか?
「……そうか! もしや、そういうことか!」
武尊は以前、自分がヨサークに言った言葉を思い出した。
 ――職場見学のつもりで来たが、これは就職試験と受け取った。シヴァってヤツの船を制圧出来たら、その時はオレも入団させてくれるか?
「言われてみれば、オレは船を制圧まではしていねぇ。なるほどな、だが今回こそはしっかり手柄を立てるぜ!」
 武尊はひとりで勝手に納得すると、ヨサークのところへ駆け寄った。
「頭領、頭領!」
「なんだ? ん、おめえは前も船に乗ってた、やる気あるヤツじゃねえか」
「あの時は船を制圧出来なかったせいで入団を逃したが、今回はきちんと勲功を立てて入団する! 見ててくれ、オレの活躍を!」
 言うや否や、武尊はパートナーの猫井 又吉(ねこい・またきち)を呼び出した。
「おっ、そろそろ行くか、武尊!」
 従えていたトナカイに乗ってやって来た又吉は、背中を顎で指し示し武尊に乗るよう促す。
「おい、ちょっと待て、おめえらどこに……」
「とりあえず、女義賊だが何だかもこの島に来てるんだろ? じゃあそいつが乗ってきた乗り物でも襲って、ぶっ潰して来るぜ!」
「そういや武尊、場所は?」
 トナカイを走らせようとする又吉に聞かれ、武尊はあっけらかんとして答えた。
「知るか! ここにいないんなら、西南北を手当たり次第回っていけばどこかで見つかるだろ! 行くぞ又吉!」
「分かったぜ武尊、早くに敵をしとめれば、入団間違いなしってわけだな!」
 又吉のそんな言葉に、武尊も「無事成功したら、入団させてくれよな」と付け加え、慌しくその場を去っていった。
 彼らがいなくなった後、言葉をかけそびれたヨサークは虚空にひとり呟いた。
「つうか、おめえら男なんだから、普通に入りてえって言えばいつでも入れんだぞ……?」
 もちろんその言葉が武尊に届くことはなかった。



 武尊や他の生徒がヨサーク空賊団に入ろうとしたり、ヨサークと口喧嘩をしている頃……すなわち、テントの設営や焚き火の準備が終わりそうになっている頃。野営地から少しだけ離れたところで、静かな戦いが幕を開けようとしていた。
ブラックコートで気配を消したリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)、そしてパートナーのシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)がヨサーク一行のいる野営地から脱し、周囲を警戒しながら茂みへと隠れた。
「リュース兄様、無事抜け出すことが出来ましたね」
 シーナが嬉しそうに話しかける。
「油断してはいけません、シーナ。これからが本番です」
 リュースは殺気看破で周囲への注意を怠らない。とその時、リュースが何かを察知した。
「……シーナ、このままあっちへ!」
 凛とした声で指示を出すリュースに、シーナはこくりと頷き後をついて行った。そしてふたりは、野営地から少し離れた廃墟の一画である光景を目にしたのだった。それは、廃墟間の細い路地に次々と瓶や缶を置いて回っている神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)の姿だった。
「あれは……」
 リュースが夕菜の様子を陰から窺いつつ、小さく言葉を漏らす。
「ゴミをポイ捨てしているんですね」
「……うん?」
「いくらここが廃墟だからって、私、不法投棄はいけないと思います」
「ああうん、シーナ、違う、違うんです、あれは……」
「瓶や缶だって、リサイクルしようと思えば出来るのに、それをしないなんて、私アリスとして許せません」
「ええとシーナ、ちょっとオレの話を聞いてくれますか。というかアリスと環境問題ってそんなに関係ありましたっけ」
「うん? リュース兄様、何でいきなり環境問題の話してるんですか? 今私たち、罠を設置してる人を探しているんですよね?」
「……そうですよ。そしてオレたちの目の前で今まさにそれが行われていますよ」
「えっ、あの瓶とか缶とかを置いているのって、そうだったんですね!」
 天然成分が入っているシーナは、時々会話がおかしな方向に行ってしまう。それをリュースは呆れるでもなく、馬鹿にするでもなく、ただ穏やかに軌道修正をするのだ。
「おそらく鳴子の代わりにああやって目立たないように物を配置し、敵が来たら音が鳴る仕組みなんでしょう」
「リュース兄様、私たちが任せられたお仕事って、罠を解除することと、新しく罠を仕掛けることですよね?」
「ですね」
「じゃあ、あの瓶や缶も片付けるんですか?」
「あれはどちらかと言うと罠というより警戒用、護身のための仕掛けな気もしますが……もう少し様子を見てから決めましょう」
「でもリュース兄様、ゴミをそのままにしてたら私いけないと思うんです」
「……また振り出しに戻りましたね、シーナ」
 そんなやり取りを続けていたふたりだったが、夕菜のところに新たな人物が登場したことでふたりは会話を止めた。リュースが無言でシーナに移動を促すと、ふたりはより近くで様子を見るため、気配を消したまま夕菜のところに近付いた。距離を狭めるにつれ、段々と会話が聞こえてくる。
「まあ〜、随分たくさん置きましたね〜」
 のんびりとした口調で夕菜にそう話しかけたのは、彼女の契約者である神代 明日香(かみしろ・あすか)だった。
「空賊狩りにユーフォリアの発見を邪魔されては困りますから、このくらいはやっておかないとですわ」
「相変わらずしっかりさんですねぇ、夕菜さんは〜」
 明日香の言う通り、夕菜は常に気品のある、落ち着いた行動を信条としており、百合園生らしく一通りの家事も高水準でこなせるしっかり者だった。故に、この鳴子設置にも余念がない。
「あ、そういえば〜、さっきお渡ししたお飲み物、どうでした〜? とっても美味しいと思うのですけれど〜」
 明日香は思い出したように、夕菜が作業にあたる前に差し入れとして飲み物を渡したことを話題に出した。
「……あ」
「……? どうしました〜?」
 夕菜は口を開け、自分が置いてきた瓶と缶の軌跡を眺めた。
「……」
 夕菜は、しっかり者であると同時に若干抜けてるところもあった。
「……うぅ……」
 じわ、と目の端に涙を浮かべる夕菜。そして彼女はまた、動揺しやすく涙もろいところもあったのだ。
 夕菜のそんなうっかり具合に苦笑しつつも、明日香は「また今度新しいのをお持ちしますよ〜」と慰めていた。夕菜の頭をよしよししながら、明日香は設置作業を手伝おうと夕菜の持っていた空き瓶、空き缶を手に取った。
「これで、空賊狩りさんがやって来た時音で分かるといいですね〜」
「きっと、引っかかってくれますわ」
 どうにか落ち着きを取り戻した夕菜が、明日香の言葉に答えた。
 その様子をこっそり見ていたシーナは、隣にいるリュースに話かけた。
「良いお話ですね、リュース兄様……」
「そう、ですね……きっと」
 リュースは、拒まない。優しく、人を甘やかす性質のあるリュースと天然ボケなシーナの会話は概ねこのように展開していくため、周りから見たら「誰かつっこめよ」という状態である。が、リュースは拒まない。彼は、受け入れるのだ。
 明日香たちを引き続き観察しているリュースとシーナ、その反対側に位置する廃墟の陰から、彼ら以外にも明日香たちを窺っている生徒がもうひとり、この場にいた。
「なんであの子たち、あんなムカつくおじさんの手助けしようとしてるの? 信じらんなーい」
 不満気に呟いているその生徒は、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)。彼女は前回ヨサークにこっぴどくなじられたので、ヨサークに腹を立てていた。ではなぜ、その彼女がこちらの陣営に加わっているのか?
 その理由は単純、最初にヨサークたちの一味として潜入し、ある程度ヨサークの邪魔をしてからもう一方に移動しようとしていたからだった。そして美羽は今まさに、それを実行しようとしていた。
「あのふたりに恨みはないけど、あのおじさんの味方ってことは私の敵ってことだもんね!」
 そう言うと美羽はおもむろにふたりのところへ近付いた。気付かれないようそっと夕菜の後ろに立った美羽は、そのまま高々と脚を上げた。そして……。
「どーーーーーんっ!!」
 夕菜の後頭部目がけ、全力のかかと落とし! かわいい外見からは想像も出来ない、ヒールな行動である。
「おじさんに味方したあんたたちが悪いんだからねっ」
 びしっ、と指差し美羽が息巻く。突然頭に何かが触れた夕菜は、その場に倒れた。それを確認すると美羽は目の前の明日香を次の標的とし、ダッシュで近付く。そして……。
「はい、どーーーーーんっ!!」
 またもやかかと落としを食らわせようとする美羽だったが、さすがに正面からの攻撃は明日香にかわされた。
「いけない子です〜、お仕置きするのです〜」
 明日香はそう言うと、奈落の鉄鎖で美羽がまとう空気を重くした。
「っ!?」
「今です〜おいたした子を懲らしめるのです〜」
 明日香の言葉にぎくりとした美羽が後ろを振り向くと、そこにはたった今倒したはずの夕菜が銃を構えていた。
「これで少し、悔い改めていただきますわ」
「ちょっ、それ、少しとかいうレベルじゃないでしょ!? ていうかなんで普通に立ってるの!? ちゃんと頭に食らわせたはずなのに!」
 解説しよう! 美羽がかかと落としを食らわせようと脚を振り下ろしたちょうどそのタイミングで、夕菜は空き缶を置こうとかがんだためモロに衝撃を受けずに済んだのだ!
「あーもうっ、こうなったら滅茶苦茶にしちゃえ!」
 美羽は距離を置き、どうにか重力の支配から逃れると周りに置いてあった瓶や缶を手当たり次第蹴りだした。端から見たら完全に缶蹴りで遊んでいる女の子である。
「あんなおじさん、空賊狩りに遭っちゃえばいいのよ! こんなものっ! こんなものっ!!」
 あちこちでカンッ、カンッ、という音が響き、時々ガシャン、と瓶の割れる音もそこに混じる。あらかた目につく範囲の置き物を蹴り倒してすっきりした美羽は、そのまま逃げるようにその場を去っていく。
「……せっかくきちんと置きましたのに」
 めこりと曲げられた缶や砕け散った瓶を見ながら、夕菜はまた涙目になるのだった。一方美羽は、明日香と夕菜のところから離れた後、走りながらロープを手に取っていた。
「……追いかけてこられたらやだもんね、念には念を入れて、っと」
 退却しつつ、トラッパーで罠を仕掛ける美羽。ロープを辺りの出っ張りに括りつけ、そこを通った者が足をひっかけて宙吊りになるよう配置する。
「よし……っと。これでもうこんなとこに用はないし、退散退散!」
 そして美羽は、そのまま暗闇へと姿を消した。

「……凄まじい光景でしたね」
 一部始終を見ていたリュースが呟く。
「どうしましょう、リュース兄様」
 シーナに尋ねられたリュースは少し考えた後、自身の本来の目的を思い返した。
「オレたちの計画を成功させるためには、ヨサーク一行の誘導が必要不可欠です。そのためには、罠を配置し直す必要がありますね」
 リュースはそう言うと、今しがた美羽が消えていった方向へ進み始めた。そして、美羽が仕掛けたばかりのロープトラップを禁猟区を使い発見すると、慎重に解除していく。
「とりあえず、今オレたちに出来ることはここまで、ですね」
 一仕事終えたリュースが静かに微笑む。
「あとは……連絡を受け次第、罠を仕掛けなおして、動線を作ってあげれば……」
 意味深な発言を繰り返すリュース。そんな彼の横顔を見て、シーナは心配そうに声をかけた。
「リュース兄様、やることが多くて大変そう……大丈夫ですか? 疲れていませんか?」
「大丈夫です、これくらいで……っ!?」
 突然、柔らかいものがリュースの頬に触れた。彼の言葉を止めたのは、シーナのアリスキッスだった。
「これで、少しでも元気になってくれたら嬉しいです」
 遠慮がちなシーナのそんな言葉にリュースは再び微笑み、シーナの髪を優しく撫でた。そしてふたりは再び気配を隠し、見つからないようにヨサーク一行を看視するべく野営地の近くへと戻っていった。



 19時08分。
 野営地では、一段落ついたヨサークたちがちょっとした宴を開こうとしていた。
「頭領、さっきなんか、瓶の割れる音が聞こえませんでした?」
 船員のひとりがヨサークに話しかけるが、ヨサークはもうすっかり宴会モードのスイッチが入っていたので、瓶の音くらいはどうでもよかった。
「あぁ? 気のせいだろ気のせい! そんなことより酒持ってくるぞ、酒!」
食事の準備を始めようとしている生徒たちを尻目に、ヨサーク、そして船員たちは船から酒を持ち出し始めた。ヨサークはもちろん、船員も細かいことは気にしないことにし、すっかり飲む気満々だ。やがてヨサークが船員、そして生徒たちに大声で呼びかける。
「おめえら、明日は本格的に捜索を始めるから、今夜のうちに全開で騒いどけ! いいか、騒ぎ残すんじゃねえぞ! ただし女はうるさくすんじゃねえ。騒ぐような女がいたら焚き火で灰にした後肥料にすんぞ」
 女性に仮入団権を与えても、その口の悪さは一向に改善される様子のないヨサーク。生徒たちも少し慣れてきたのか、そこまで大きなブーイングは聞こえてこなかった。それを自身の権力が増したからだと思ったヨサークは機嫌良さそうな声で、全員に告げた。
「おめえら、宴を始めんぞ!!」