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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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chapter.8 突発的戦闘と計画的犯行 


 6時51分。
 まだ生徒のほとんどが寝ている頃、ヨサークは目を覚まし、顔を洗っていた。このあたりはさすが元農家である。顔を拭き終えた彼のところに、ひとりの少女が現れた。
「あ……ああ、あのっ、あなたに……た、耕されに、きっ、来ましたっ!!」
 朝っぱらからなかなか素っ頓狂なことを言い出したのは、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)
「……あぁ? 何言ってんだおめえ。朝から女が話しかけてくんじゃねえ」
 アリアは、ヨサークの女嫌いを噂に聞いていた。故に、この反応もある程度予測していた。同時に覚悟も。アリアには、強くあらればならない理由があったのだ。それは、彼女が入隊したクイーン・ヴァンガードの一員として、自らに課した課題だった。
 強くなりたい。どんな環境でも戦える力が欲しい。こちらの陣営に来る前に、既に彼女はフリューネに騎乗戦闘の訓練を受けていた。次は、船上のような、より特殊な状況においての対人戦闘訓練を。
「ひとりの剣士として……あなたに、教えを請いたいのです!」
 校長救出の件も聞いていた彼女は、ヨサークにある程度の信頼を置いていた。この人なら、私の強さを伸ばしてくれるはず! 強く……ただ強く。優しさを貫けるくらいの強さが欲しい。いつまでも、あんあん言っている私ではいられない。
 彼女の脳裏にこれまでの記憶が高速で蘇る。あれは、吸血鬼がいる孤島に、依頼で生徒を救助に行った時のこと。行方不明の人を助けるつもりが、逆に行方不明になってしまった私。そればかりか、ツタに絡まってあんあん言わされた私。もう、そんな私とはお別れなの!
 気持ちが盛り上がるアリアに対し、ヨサークは寝起きということもありますます機嫌が悪くなっていった。そんなヨサークに、アリアは説得を続ける。
「あなたのメリットは確かに薄いかもしれません。けれど、後に戦いがあればきっとその時は……」
「うっせえ! 俺にとっては女と話してる時点でデメリットだボケ! それに後に〜とか未来の話を軽々しくすんじゃねえ! 女はいつもそうだ! 先のことばかり語ってそれをどうせ実現しねえんだ!」
 と、その時だった。カンッ、と中途半端に甲高い音が鳴った。
「なんだ?」
 音のした方を振り返るヨサーク。そこには、深夜から近くの廃墟に潜んでいたロザリアスがいた。音の正体は、前日に明日香や夕菜が仕掛け、美羽に蹴り散らかされた空き缶の残りをロザリアスが蹴っ飛ばしてしまったのだ。ロザリアスの後ろからゆっくりとメニエス、そしてミストラルが歩いてくる。
「ロザ、気をつけて歩かないと駄目じゃない」
「……おめえら、見たことあるな」
 見たことあるどころではない。ヨサークは、以前船に彼女らを乗せ、途中で裏切られて離脱されていたのだ。そして、シヴァの船内でミストラルとロザリアスを鉈でなぎ払ってもいた。
「今度は、何の用だ」
「ユーフォリア探してるんでしょう? 残念ね、それを手に入れるのはあたしよ。空賊狩りなんかに任せとくのもまどろっこしいから、あたしが直々にあなたを潰しに来てあげたの。ありがたく思いなさい? あなたのその脳みそぐちゃぐちゃにこねくり回して、畑の肥料にしてあげるのだから」
 喧嘩を売られたこととそれが女だったことで、ヨサークの怒りのボルテージは上がりに上がった。
「上等だこらあ! 今すぐ耕してやんぞ!!」
「ふふ、耕し返してあげる」
 そう言うと同時に、メニエスはアシッドミストを発動させた。ヨサークの視界が遮られるその一瞬の隙を突き、ミストラルが腕につけた刃に冷気をまとわせ、一気に放つ。氷属性を持つスキル、アルティマ・トゥーレだ。
「うおっ!?」
 冷気により僅かに動きが止まるヨサーク、そこに、メニエスのファイアストームが襲いかかる。迫り来る炎を紙一重でかわすヨサーク。態勢を立て直そうとする彼の前に、先ほどまで冷たくあしらわれていたアリアが立ちはだかった。
「……何? あなたも脳みそ捻り出してほしいの? それとも内臓がご希望?」
 ただでさえ蒼空学園の生徒が嫌いなメニエスは、露骨な嫌悪感を示した。そんなメニエスに向かって、アリアはキッと睨みつけ言い返す。
「今、私がヨサークさんと話をしていたんですっ! 訓練のお願いをしていたのに……邪魔をしないでください!」
 ヨサークは望まない形であったが、ふたりは自然と共闘するような態勢になっていた。
「……あぁ、やっぱり蒼空のウジ虫ってうっとうしい。目玉くり抜いて、ぐちゃぐちゃにすり潰してから口に放り込んであげる! ロザ!」
 メニエスがパートナーの名を呼ぶと、ロザリアスが軽身功を駆使してアリアの背後に回りこむ。それとほぼ同時に、メニエスが魔法を放つ準備をした。アリアが一瞬その仕草に気を取られている隙に、ロザリアスがアリアに抱きつく。
「なっ……?」
 そして、メニエスがそこにサンダーブラストを放つ。ロザリアスもろとも消し炭にしようという標準の定め方だった。
「……あれ」
 しかし、そこに倒れていたのはロザリアスだけだった。アリアは間一髪、フリューネに教わったばかりの重心移動を応用し、抱擁からすり抜けていたのだ。とは言えノーダメージというわけにもいかず、アリアの服は部分的に焼け焦げてしまっていた。
「ヨサークちゃん、ピンチになったらすぐに呼んでいいのに、もうっ」
「ヨサークさん、オラがかかしになるっぺよ!」
 さすがにこれだけ激しい音を立てて戦っていたからか、ヴェルチェ、そして団員のカレンが救援に駆けつけた。これで数的にも有利になったヨサークたちは、一気に勝負を決めようとメニエスとミストラルを取り囲む。ヨサークが鉈の腹で衝撃を与えようとしたところを後ろに下がってかわすメニエス。しかしそこにはアリアが剣を持ち構えていた。振り下ろそうとしたその時、彼女の指に痛みが走った。フリューネとの訓練中に折った指だった。そんなアリアをフォローするように、カレンとヴェルチェが包囲網を作り直す。
「メニエス様!」
「……秘宝がどんなものか、分からないまま引くことになるなんてね。ロザ、行くよ」
 メニエスに呼びかけると同時にミストラルが煙幕ファンデーションを使うと、辺りに煙が立ち込めた。煙が晴れた時、既にそこに彼女たちの姿はなかった。
「ったく、これだから女っつうのは……」
 早朝から戦いを強いられたヨサークは、舌打ちをしながら文句を並べた。そんなヨサークに、アリアが話しかける。
「船上訓練は出来ませんでしたけど、これも立派な対人訓練になりました! 勉強になりました!」
 ヨサークはなんだか疲れてしまい、言葉を返すこともしなかった。
少し遅れて、騒ぎを聞きつけた船員たちもやってくる。彼らの目に真っ先に飛び込んできたのは、服の一部が焼け焦げ、朝からちょっと刺激的な格好になっているアリアだった。
「嬢ちゃん、すげえ格好だな……大丈夫か?」
 いやらしい気持ちではなく、親切心で近付く船員。その瞬間、アリアの脳裏にフリューネの教えがよぎった。フリューネに教えられたもの、それは、彼女の奥義。きっと私の身には今危険が迫っている! 今こそその奥義を使う時!
 ぺきっ、と小気味良い音と共に、アリアは近付いてきた船員の指を折った。
「うおおおぉおおおお」
「コツは、躊躇しないこと!」
 この後、誤解と知ったアリアは船員に平謝りしたという。



 その頃、島の中央付近にある遺跡。
 前の晩にフリューネのところから抜け出してきた島村 幸(しまむら・さち)が、パートナーのアスクレピオス・ケイロン(あすくれぴおす・けいろん)を労って言う。
「ピオス先生、お疲れ様でした。先生のお陰で、無事合流を果たすことが出来ましたよ」
「まっ、俺もユーフォリアってヤツに興味あったしな! このくらいの協力はするけどよ、ただ、これ以上あんまり大騒ぎして問題起こすようなことはするなよ? ただでさえ今回のグループアク……こほん、団体行動が既に問題児気味なんだからな!」
 そこに、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とふたりのパートナー、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も会話に加わる。
「ピオスさん、それは言わない約束ですぅ」
「そうそう、やったもん勝ちって言うもんね!」
「けれどさすがに、次にもしまたこういうことをするのでしたら、もっとまとまった行動を心掛けたいですわね」
 彼女らはどうやら常日頃からはっちゃけた行動を起こしているらしく、今回はそれが最大限に発揮されてしまったようだった。
 リヒャルト・ラムゼー(りひゃると・らむぜー)もその中の一員なのだが、彼は何やら遠くの空を見ている。
「なんだ? どうかしたのか?」
 アスクレピオスの問いかけに、リヒャルトはぽつりと呟いた。
「あぁ、歌菜ちゃんは上手くやってるかなと思ってね」
「きっと上手くやってると思うぞ! もっと自分の相方を信じてやれよな! 俺も、まあ人格はともかく、幸の改造の腕だけは認めてんだからよ」
「そうだね……これだけ皆で入念に打ち合わせして決めたことなら、上手くいくはずだよね」
 そこに、リーズと真奈、そして大和のパートナー忍を小型飛空艇に乗せた陣が、ふらふらしながら現れた。
「や、やっと着いた……途中空が明るくなって、ピオスさんのモールス信号が見えへんくなったから焦ったなあ」
 さすがに小型飛空艇にこれだけの人数が乗るのは無理があったらしく、のろのろと進んでいるうちに夜が明けてしまったらしい。
「けど、やっと合流出来たねっ!」
「後は、作戦通り罠を仕掛ければ目標は7割方達成ですね」
「おおそうじゃ、わしは忘れぬうちに大和に位置情報を教えておくのじゃ!」
 リーズ、真奈、忍が次々に口を開く。
「これで、フリューネ側に残っている島村組は歌菜とあの人、ヨサーク側に残っているのはカガチと大和、それにリュースですね」
 幸が現在の状況をまとめる。
 このあたりで、彼女たち島村組という組織の陰謀を明かすことにしよう。
島村組の目的……それは、双方どちらにも属さない第三勢力となり、フリューネとヨサークを共闘させる流れに持っていくことだった。そしてついでにユーフォリアも手に入れられれば万々歳という按配である。なぜ彼女たちはそんなお節介なことをしたがるのか。それはおそらく、面白いから、そんなシンプルな理由だろう。島村組は、シンプルな馬鹿騒ぎがお好きなのだ。しかしアク……その行動はシンプルという言葉とは程遠いほど綿密に練られていた。
島村組は今回、まず人員をフリューネ側とヨサーク側に割くことから計画をスタートさせた。そして作戦開始は深夜。互いの陣営から組員の一部が抜け出し、トレジャーセンスなどを使って宝の匂いがする遺跡を目指す。リーダーである幸がそこに到着したら、彼女のパートナー、アスクレピオスが光術でモールス信号を送り、他の人員の合流の手助けをする。そして中央の遺跡に組員が集まったら、互いの陣営に残ってスパイ活動を行っている組員に連絡を取り、この中央にある遺跡に誘導させる。なぜここに誘導させるか? その理由は、今から幸たちが取ろうとしている行動にあった。
「このくらいでいいかな?」
 セシリアが掘った穴を幸に見せる。
「いえ……どうせならもっと深く掘りましょう。そしておまけに、油も染み込ませておきましょう」
 彼女たちは、中央にある遺跡、その入口に繋がる大きめの踊り場にいくつもの穴を掘り始めた。
 そう、彼女たちはこの場所にフリューネとヨサークを同時に誘導させ、一緒に穴に落とそうとしていたのだ。そして自分たちは秘宝を前もって発見し、それをダシに共闘をさせようと目論んでいた。「これが欲しいんでしょう? 争ってる場合じゃないですよ」とでも言うつもりなのだろうか。
 どこまでこの計画が成功するかは置いておき、これが島村組の作戦の全貌である。ご覧の通り、恐ろしく綿密な作戦だ。ほんとに恐ろしい。
さて、ここにいる島村組には、まだ仕事が残っている。彼女らは、フリューネとヨサークがここに来るまでにたくさんの穴を深く掘っておかなければならない。のんびりしている余裕はないのだ。一行は、急ピッチで穴掘り作業を始めることにした。
「生徒さんたちの名前を一通り聞いたところ、武尊さんやナガンさんあたりが何かしてきそうで怖いですぅ」
 そんなことを呟くメイベル。彼女とアスクレピオスに周辺の警戒を任せ、セシリアやフィリッパ、陣、そしてリーズや真奈らがメインとなり掘削作業を始めた。

「まだ、他の方は誰も来ていないようですわね」
 他の罠がないか一応点検をするフィリッパの横で、セシリアは他の人が掘った穴をトラッパーを使い、丁寧に形を整えている。スキルを駆使したその作品はとても見映えが良く、満足のいく一品となった。
「うんっ、僕こういうの向いてるかも! 将来、穴に関わる人になろっかな!」
 聞く人が聞いたら誤解されそうな発言である。
少し時間が経ったあたりで彼女らの契約者であるメイベルは警備に飽き始めたのか、歌を歌いだした。
「おーるにーでぃっらー、おーるにーでぃっらー」
 何の歌かはふわふわした口調のせいで聞き取れないが、どうやら愛の大切さについて歌っているらしい。それを聞き、セシリアとフィリッパは顔を見合わせて笑った。
「やっぱり、愛だよね」
「愛は、尊いものですわ」
 何かのCMででも出てきそうな流れである。手段はどうあれ、彼女たちはフリューネもヨサークもいがみ合うことなく、愛を持って接してほしいと思っているのだろう。

 そんな博愛の精神溢れた3人のそばでは、陣も歌を歌いながら穴を掘っていた。
「ひとつ掘ってはフリューネのためっ、ふたつ掘ってはヨサークのため〜っと」
 もちろんその鼻歌は今回の行動目的に沿った歌詞だったが、相方の真奈は納得いかなかったらしい。
「ヨサーク様のため、などと言っては語弊があります。それではあの方に尽くしているみたいで気分を害します」
 よっぽどあの女性は子を産む〜発言が気に障ったんだなあ。陣はそんな真奈を見て、歌詞を変えた。
「ひとつ掘っては梅ちゃんのためっ、ふたつ掘ってはマスターハギのため〜っと」
 彼はこれを言いたかったらしいが、後半部分だけ言ったのでは誰かの自画自賛になりそうだったので急遽前半部分の歌詞を付け加えたようだ。さらにテンションが上がった陣は、なんと3番までつくってしまった。
「みっつ掘っては、扉絵でかわいそうな目に遭ったエッシ・ザ・トウのため〜」
 もう彼はやりたい放題だった。のん気に歌っている陣とは対照的に、リーズは一生懸命に作業を続けている。
「んにっ、んにっ! ……ふぅ、それにしても、ヨサークさんのあの言葉遣いはひどいと思うんだ、ボク! ちょっと反省してほしいよね!」
 リーズの言うことも、もっともである。が、彼女にはぜひ時々パートナーである陣の言葉にも耳を傾けていただきたい。彼もヨサークとは別な意味で、結構ひどいセリフを連発しているのだから。

 段々と深さを増していく穴に、幸は片っ端から葉っぱを落としていく。油にたっぷりと浸してあるので、ここに落ちた者は這い上がるのに相当苦労することだろう。作業の途中で、幸はリヒャルト、そして忍から連絡を受けた。それは、それぞれのパートナー、歌菜と大和からの伝言だった。それによりフリューネ、ヨサークの現在地と進路を大まかに把握した幸は、財産目録のスキルを使い衝突地点を予測計算する。そして、折り返しリヒャルトと忍にそれを伝え、各陣営に残っている組員に誘導をするよう指示を出した。
「ふふふ……計画は順調に進んでいますね。さあ、愛の素晴らしさを教える時が近付いていますよ」
 幸はこみ上げる笑いを抑えることが出来ず、愉快そうに葉っぱを落とし続けていた。