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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第2回/全3回)

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chapter.4 夜宴1・野菜の部 


 おこされたいくつかの焚き火を囲むような形で、生徒たちは思い思いの場所に座り笑顔を覗かせている。
「はいはいはい、たーんと食べて、明日に備えてくださいな」
 人の姿をした妖狐、信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)が生徒たちに料理や食器を配っている一方で、葛の葉の契約者であるさけは船内の厨房を借り、持ち込んできたかぼちゃやシジミを使い料理をしていた。
「ん、良い煮具合ですわ」
 さけは自らがつくったかぼちゃの煮物を一口食べ、満足そうに盛り付けを始めた。祖母直伝というその煮物はほんのり甘い味付けがなされていて、色合い・形共に見栄えが良く、所々煮崩れしているのがまたとろみを感じさせる、食欲をそそる一品である。
 そこに、料理を運ぶため葛の葉が現れた。
「こちらに置いてあるお皿も、持っていってええどすか?」
「ええ、丁度一通り作り終えたところですし、わたくしも一緒に運びますわ」
「あらあら、そんなようさん働かんでも、わらわがやりますえ?」
「大丈夫ですわ、それに、他にも厨房を使いたい方がいるようですから、ここにいても邪魔になりますし。そうだ、それよりも……」
 さけは皿を運ぼうとしている葛の葉を呼び止め、耳元で何かを呟いた。葛の葉はそれを聞くと、眉を下げながら口を緩ませた。
「ええんどすか? せっかく作りはったのに……」
「女性が作った料理だと知ったら、何を言われるか分かりませんもの。祖母の味をけなされたら、我慢出来ないでしょうし」
 そんなことを話しながら、さけと葛の葉は煮物を皆の下へと運ぶ。生徒たちはもちろん、既に一杯やっているヨサークの船員のところにも差し入れに行くさけ。
「おお、嬢ちゃん気が利くな! ありがとよ!」
「うまそうなかぼちゃじゃねえか!」
 次々に表情が明るくなる船員たちに料理を配り終えると、さけは船内へ戻っていった。と、船員が異変に気付く。
「あれ……頭領、頭領のとこだけお皿置いてないっすね……」
 しばらく待ったが、ヨサークの手元に煮物が運ばれてくることはなかった。
「……」
「えっと、と、頭領、俺のかぼちゃ、良かったら……」
「うっせえ! 女が作ったもんなんか食うか! おめえら、下痢になっても知らねえぞこらあ!」
 ヨサークは酒をぐい、と飲みながら船員たちが煮物を食べている様子を黙って見ていた。

 さけが厨房に戻ると、そこでは佑也が持ち込んだクーラーボックスからサケやサツマイモを取り出し、テキパキと料理を作っていた。
「塩はこのくらいでいいか。おっと、そろそろ味噌を溶かさないとな……」
 執事の修行中であり、常日頃からパートナーたちにご飯を作っている佑也にとって、炊事はお手の物だった。BUも料理してる絵だし、称号も『皆のお父さん』だし。
「美味しそうな匂いですわね」
 後ろから、さけが声をかけた。
「大したものは作ってない」
「それでも、男性でこれだけ手際良く作れるのはお見事ですわ。男性の料理なら、ヨサークさんもお食べになるでしょうし」
「……あの団長のために作ってるんじゃない。うちの校長を結果的に助けてくれたことに対して、借りを返そうとしてるだけだ」
 あまり女性に免疫がない佑也は、ついぶっきらぼうな喋り方になっていた。そういう点では、ヨサークと似た部分があるのかもしれない。佑也はそれを認めたり、受け入れたりはしないだろうが。
「よし……出来た。悪いが、運ぶのを手伝ってくれるか」
 佑也は作り終えたサケの塩焼きとサツマイモの味噌汁を船外へと持ち出した。さけ、そして葛の葉もそれを手伝う。
 さけが、酒を飲んでいる人のところにサケを持っていった。
「もう一往復くらいしないと運びきれませんわね」
 さけが、酒を飲んでいる人のところにサケを持っていった。
「もう一往復くらい……」
「いや、もう充分だ」
 佑也に止められ、仕方なくさけは厨房へ入ることを諦めた。
 その厨房では、呼雪がせっせと大量の大根を調理していた。尋常じゃない量を持ち込んだので、作るのにも時間がかかっていた。
「コユキがいっぱい料理を作ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱりちょっと多かったんじゃないのかなあ……?」
 パートナー、ファルのそんな疑問に呼雪は包丁で大根を切りながら答えた。
「いや、これくらいしないとヨサークの目を覚ますことは出来ない……!」
 どうやら彼は、以前ヨサークが大根を粗末に扱い、あまつさえ大根で人を傷つけようとしたことが許せないらしかった。そこで今回呼雪は食べ物……いや、大根の大切さを思い出させるべく、このような行動に出たのだ。
「まったく……農家の人が作った作物を粗末にするとは何事だ! 元農夫キャラを売りにしておきながら……!」
 ぶつぶつ言いながら、ひたすら大根を切り刻み続ける呼雪。そんな忙しそうな彼のところに、ヘルプがやってきた。
「大変そうだね。自分も、何か手伝うよ」
 そう言って料理を手伝おうとしたのは、セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)だった。後ろには彼の契約者、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)も立っていた。
「あ、セイ兄料理するんだ? じゃあオレ、ヨサークの兄貴のところに行って、苦手なものとかないか聞いてくる!」
「ヨサークのところに!?」
「ん? どうかした? セイ兄」
「……ああいや、分かった、いってらっしゃい」
 笑顔で駿真を見送るセイニー。が、その笑顔はかなりギリギリの笑顔で、こめかみがピキピキと音を立てていた。駿真はそんなセイニーにまったく気付かず、元気良く船外にいるヨサークのところへと駆け出して行った。
「駿真の気持ちも分かる、分かるし駿真に不満を持ってるわけじゃないんだ。持ってるとしたら……」
 どうやら駿真はヨサークに憧れを持っているらしく、セイニーはそんな駿真の態度にあまり納得しきれていないようだった。
「未開拓の地に名を残したいっていう駿真の夢は知ってる。だから空賊に興味を持つのもいい。ただ、よりによって相手があんなのなんて……」
 ヨサークからしたらまったく絡んだことのない相手に知らないところで嫌われているのでとんだとばっちりだが、セイニーにとっては弟分が非行に走ってしまうような出来事であり、心中穏やかではいられなかった。そこに、駿真が再び現れ元気な声で言った。
「セイ兄! ヨサークの兄貴、野菜なら大体好きだってさ! あと、スイーツがちょっと苦手らしいよ!」
 駿真がうきうきと報告すればするほど、セイニーは唇を噛みしめるのだった。
「今なら、料理に異物を入れる人の気持ちが分かる気がするよ……」
「ん? なんか言ったセイ兄?」
「いや、何も言ってないよ。さあ、自分たちが料理を作っておくから、皆のところに行っておいで」
 駿真が出て行ったのを確認すると、セイニーは未だに大根を切り続けている呼雪の手伝いを始めた。
「ヨサーク……食べ物は大事にしないと駄目だ……!」
「ヨサーク……君が嫌っている女性の髪の毛でも入れてあげたいよ……!」
 そしてふたりは、執念や怨念のこもった包丁で大根を刻み続けた。



 やがて、生徒たち、そしてヨサークの前に見事な料理の数々が並んだ。
 さけが作ったかぼちゃの煮物と野菜ご飯、佑也の作ったサケの塩焼きとサツマイモの味噌汁、そして呼雪とセイニーの切った大根を主材料につくられたみぞれ鍋・大根と鶏肉の煮物・大根とじゃこの炒飯・大根葉のサラダ・紅白なます。滅茶苦茶ベジタリアンな食卓である。
「なんだ? やけに大根料理が多いな……」
 ヨサークのその言葉を待っていたかのように、呼雪はヨサークの隣へと移動し、肩を軽く叩いた。
「大根は、大切にしなきゃ駄目だ」
 大根のコマーシャルがあったら、間違いなく出てきそうなセリフである。
「お、おお……よく分かんねえが、食わせてもらうぞ」
 ヨサークが料理に手をつけようとしたその時。呼雪の手がヨサークの箸を押さえた。
「あ?」
「大根に、謝ってからだ。さあ、大根にごめんなさいと言うんだ」
 呼雪の言っていることがよく理解出来ていないヨサーク。
「あぁ? なんだおめえ、大根大使か?」
「……そうか、ヨサーク、君は大根の悲しみや無念、切なさ、やるせなさを感じられないのか……大根は泣いているぞ」
 その後、呼雪は前回ヨサークが大根を粗末に扱ったことを懇切丁寧に説明し、ヨサークもそれを思い出し謝ったことでどうにか事なきを得たのだった。
(※なお、あまりに大量に作ってしまったため残った大根料理は、呼雪のパートナー、ファルが美味しくいただきました)

 呼雪が大根を大切にしなければいけないということを熱く語り終えたところで、ヨサークらのいるところにやって来たのは薫だった。その手には、乗船時に持っていたジャガイモとニンジンが握られている。
「ヨサーク殿、お話があるでござる」
「お、なんだ? まあ座れ座れ、一杯飲め」
 未成年の薫にヨサークは強引に酒を勧めた。断るに断れず、薫はぐび、と酒を飲む。
「お、いい飲みっぷりじゃねえか。よし、もっと飲め」
 調子に乗ってどんどん飲ませるヨサーク。既に薫の顔は赤くなっている。
「ヨ、ヨサーク殿、拙者、伝えはいほとがあるんでござるよ……」
 ろれつがちょっと怪しい薫を見て、ヨサークは飲ませすぎたことに気付いた。けれど飲ませてしまったものは仕方ないので、とりあえずヨサークは話を聞いてあげることにした。
「ヨサーク殿は、女性がお嫌いでござるな?」
「ああ、地平線の彼方まで嫌いだ」
「しかし実は、拙者、発見してひまったんでござるよ」
 そう言うと、薫は持っていたジャガイモとニンジンを取り出しヨサークの目の前に持ってきた。
「女性と野菜は、同じなのでござる!」
「あ? んなわけねえだろう。どう見ても野菜の方がかわいいじゃねえか」
「それは、ヨサーク殿が女性の中身まで見てひまっているはらでござろう?」
 薫は、水を飲みどうにか口調を正して話を続けた。
「女性はそばに近付くものではござらぬ。視覚で楽しむものでござるよ」
「視覚で……?」
「作物を収穫する時、艶や大きさを見て育ち具合に感心したりしないでござるか?」
「そりゃするだろうよ。あのぷっくりした果実とかなめらかな肌触りは最高だ」
「それでござる! 女性も要は、女性だと見なかったらいいのでござる。愛すべき作物だと思えば……拙者の入っている部の部長も、こんなことを言っていたでござる。奴らを見る時は、巨峰や桃の艶、大きさを愛でるような気持ちでいたい、と」
「なるほどな……おめえの言うことも一理あるかもしんねえな」
「分かってくれたでござるか! そうでござる、世の中に存在するのは、男性と果実だけでござる」
 酔いが回ってきたのか、このあたりから薫は急にはっちゃけだした。
「つまりこういうことでござる!」
 突然持っていたジャガイモをピッキングのスキルでくり抜き、出来た穴にニンジンを出したり入れたりし始める薫。
「作物を眺めるか食べるかは、自分次第でござる!」
 言ってることはそれなりにかっこいいのだが、いかんせんやってることが最低である。
「うおお、拙者も愛でたいでござる! 愛でたいでござる!」
 薫の手の動きが激しくなる。めでたいのは彼の頭の方である。
「すっぽりハマってるでござるよ! ジャガイモが、ジャガバターになるでござるよ! ニンニン!!」
 これにはさすがのヨサークもちょっとひいていた。とは言え、酒を飲ませてしまった自分にも責任はある。ヨサークはどうにか薫を落ち着かせると、船の中へ連れて行き、水を飲ませてそっと寝かせた。
「中身まで見てしまっている、か……ガキの癖に、面白いこと言うじゃねえか」
 元いた場所に戻りながら、ヨサークはそんな言葉を漏らしていた。

 気を取り直して酒を飲もうとしたヨサークの前だったが、そこにふたりの男がやって来た。清泉 北都(いずみ・ほくと)とそのパートナー、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)だ。
「おい北都、分かってるな? 挨拶だけだからな」
「分かってるよお。終わったらすぐ離れるんでしょ?」
 ヨサークに聞こえない音量でこそこそと言葉を交わしたふたりにヨサークが話しかける。
「なんだおめえら? おめえらも飲みてえのか?」
「あ、ええとね、僕空賊狩りを警戒しようと思ってるんだけど、その一員として一言挨拶しておこうかなって」
「ははっ、礼儀正しい野郎じゃねえか! 気に入った、よし飲め! それかなんか食うか?」
 皿とコップを差し出してくるヨサークに戸惑う北都。背後では、ソーマが北都を突っついている。早く行くぞ、というサインだろう。
「せ、せっかくだけど、他にも挨拶していくから、またねヨサークさん」
 背中でソーマの小突きが段々パワーアップしてきたので、北都はそそくさとその場を立ち去ることにした。
「ソーマ……痛いよ、もう」
「北都が変に愛想良くしようとするからだろーが」
 ソーマは、噂でヨサークの女嫌いを聞いており、危機感を覚えていた。彼の頭の中には「女嫌い=男好き」という思考があり、そんな危ないヤツのところにパートナーを近付けるわけにはいかないと判断したのだ。
 そんなソーマの杞憂とも取れる心配をよそに、北都はきょろきょろと辺りを見渡していた。
「何見てんだ? 北都」
「ん……料理の中に、サツマイモがあるね」
「ああ、そりゃあってもおかしくねーだろ。それがどうかしたのか?」
「いや、何でもないよ」
 北都はある心配事をしていたが、ソーマにそれを告げることはしなかった。もっとも、後でソーマは北都のその発言の真意を知ることになるのだが。
 21時30分。
 夜はまだ深くなることを止めず、宴は続いていく。