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第6章:百円パンダ


「あー……これは壊れちまってるな」
「えーなんでー!せっかく来たのにー! 来た意味ないじゃん最悪だよー!」
 屋上の百円パンダは子供たちに大人気の動く乗り物だった。子供だましばかりだと馬鹿にしていた桐生 円(きりゅう・まどか)はパンダだけは楽しみにしていたのに、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)の見立てによると故障しているらしい。ラルクは赤いタンクトップに黒いジャンバー、クラッシュデニムにウォレットチェーンというスタイルだった。赤いキャップで日差しを避けながら、パンダをぽふぽふと叩いている。
「おっさん修理技能ないんだよなー、どうすっかな……」
 いつもどおりゴスロリ服に身を包んでいる円は、白いフリルのついた貴族服のオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)に『マスター、パンダ壊れてるってー!! 乗りたかったのにー!』と報告していた。
 ……!!
 待て、俺にはこの鍛え抜かれた筋肉があるじゃねぇか!!
「おい! おっさんがこのパンダの代わりになってやるぜ! 乗りたい奴は乗れ!!」
「うわ、おっさんが変な事してるー、筋肉お化けだ、筋肉お化け」
 突然四つん這いになったラルク、集まる周囲の目……オリヴィアは内心乗ってみたかったのだが、大人が乗るってちょっと変よねぇー。と、いい方法を探すべく脳味噌をフル活動させていた。
「のっていいのー? のっていいなら乗るけど楽しそうだし。ねーマスターのっていいでしょー? ねーいいでしょー?」
 はっ、そうだわ!!
「円が乗る前に安全性を確かめる必要があると思うのー、だからまずはオリヴィアが乗るわよぉー」
「お前かよ!! あー……いや、オリヴィア? 本当に乗るのか?」
 オリヴィアはニッコッォオオ! といい笑顔をしていそいそとラルクの横に並んだ。こ、子供が使って怪我する前に安全性を確かめないといけないわ! それが大人のレディの勤めよねぇー。
「ちがうのよー、これは楽しむための乗るんじゃないのー。みんなのために調査するのよぉー」
「まぁ、いい。一応3分までだから、それすぎたらガキ共と代われよ?」
「了解よぉー」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 
走って、ラルク・クローディス! 〜取扱説明書〜

1)操作方法を知りたい
「めっさ早い」「早い」「遅い」の3種類から選べるよ!
音声認識機能搭載だから直接話しかければOKさ。
3分が経過すると自動的に終了するから注意してね。
ただし、満足しなかった人には延長も可能だよ!

2)ラルク本体と赤外線通信したい
残念ながら現在のヴァージョンのラルクには赤外線機能は搭載されてないんだ。
目から紫外線も出ないし、口からビーム的な何かも出ない。
その代り熱いハートとぴくぴく動く胸の筋肉が発達してるよ!


ルールを守って楽しく遊ぼうね!

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

「ねー早く変わってよー、ボクも乗りたいー!」
「ちょっと、円ぁー待ちなさいよー。いいわ、ラルクさん行きなさいー。スピードの向こう側まで!」
「じゃぁ一緒に乗ればいいでしょー? これでいいよ! さーおっさんいけいけー!!」
「体力だけは毎日修行してっし大丈夫だが、オリヴィアアアア! お前30分以上乗ってるだろがぁぁ!」
「今度は遅すぎるわぁー、もうちょっと早くないと楽しめないわよぉー、もっと早く3分間動きなさいー」
「何だと!? だったらもう一回乗っていけ!! 次こそは満足させてやる!」
「ボク、1人でも乗ってみたいよー!!」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)はパンダ? で遊んでいる円たちを見て、楽しそうだなぁ。とほのぼのした気持ちになった。
「屋上ってボール投げられるの?」
 お手伝いを頑張ったご褒美に野球道具を買ってもらった七瀬 巡(ななせ・めぐる)は、早速ためしてみたくて歩にお願いしている。歩がパンフレットを見てみると、屋上でのボール遊びは禁止ということだった。
「お日様気持ちいいけど、ずっとだとちょっと暑くなっちゃうかな。ソフトクリーム食べよっか? キャッチボールは別の場所でやろうね」
「ソフトクリームおいしそー! ボク、ミックス味が良いなー」
 歩と巡は途中でミミの配る風船をもらいほっこりした気分になると、そのまま植物園のほうに向かっていく……。


「パンダの乗り物が壊れてしまったのですね?」
「そーなんだよ、直してよ!」
 ラルクと円から事情聞いた九条 風天(くじょう・ふうてん)は、おやまあ。と驚いた表情を作る。
「今宵、直せますか?」
「ハッ、問題ありません、殿。私にお任せ下さい!」
「よろしい、では修理を頼みます。ボクは少し行く所があるので、この場はよろしくお願いしますね」
 チャイナドレスで来店していた坂崎 今宵(さかざき・こよい)は、御意! と気持ちのいい返事をして、主人が戻ってくるまでにパンダを修理する命を受ける。主人は植物フロアに向かっていったようだ。対して巫女装束の白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)はふわあ、と大きな欠伸をしながら主人のために役に立とうと、張り切る今宵の後姿を眺めている。
「私が暑いのは苦手だというのに機械の修理だと……? まぁ、風天らしいと言えば風天らしいか……ふわああ」
「殿は何か妙に最近気を遣って下さっている気がします。命を救われてからというもの、殿のお傍に居れるだけで私は幸せなのですが……」
 風天のブラックコートが小さくなっていくのを見送ると、今宵はポシェットから日曜大工セットを出して、機晶技術の知識を生かした修理を進めていく。
「今宵はマジメに修理しているし、風天はどこかに行ってしまったし、暑いし、ダルいし。どうしたものかな……」
 むぅ、と面白いことを探し始めたセレナは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がこちらに向かってくるのに気づいた。
「ねえねえ、どーせなら強い方が子供たちも喜ぶよ! こっちにもアーティフィサーがいるんだし、せっかくだから改造しようよっ」
 マイクロミニで脚線美を惜しげもなく披露している美羽は、大きなリボンを揺らして今宵に協力を持ちかけた。今宵は『そういうものなのだろうか?』とセレナに困ったように質問している。
「ふふ、名案だ。風天も『子供は笑っているのが1番』と、いかにも言いそうじゃないか」
「ベアトリーチェです。お願いします、今宵さん」
「殿が喜んでくださるのなら……」
「決まり、決まりねっ。いよーっし! 最強の百円パンダを作るんだから♪」
 目立つのが好きな美羽は自分の声でアナウンスを入れている。『右に曲がりま〜すっ』『ジェットローラーダッシュは赤いボタン!』『パンダアイアンクローは右下左上AB!』など、ベアトリーチェの先端テクノロジーの知識も手伝ってずいぶん多彩な機能が搭載されているようだ……。
「ベアトリーチェ様。迷彩塗装で白黒に塗りなおしておきますので、内部データの再構成をお願いいたします」
「分りました、今宵さん。ふふ、なんだか楽しいですね」
 ベアトリーチェはメガネをハンカチで拭きながら、理学部の教科書とにらめっこしつつパンダのスペックを必要以上にアップしている。いまやパンダは戦争に連れていっても問題ないくらいの恐るべき兵器に成長していた。
「おー、完成したねぇ。風天もびっくりするだろう……確実に」
 ソフトクリームを食べながら見学していたセレナは、『最強の百円パンダ』を見てにやりとしている。さあ、いよいよ試運転を開始しよう。
「それいけー、赤いボタンをぽちっとなー!!」
 美羽がパンダの赤いボタンを押すと、後ろ足が変形してジェット噴射が始まった。この機能を使えば近くで騒ぎを起こす悪人に正義の体当たりをかますことができる。
「続いて、右下左上AB! ……って、キャー!?!?!?」
 なんということだ、パワーを最大化したせいでパンダの腕がもげてしまった! アイアンクローを放つ予定の右腕は、もげて、飛び出て、ロケットパンチのごとく植物フロアのほうに飛んでいく……あれに当たったら大の大人でも無事にすまない!!!
「だ、だれかー!! 助けてー!!」


「奇麗だね、涼しげな雰囲気も素敵」
「ねーねー、何で花言葉ってたくさん意味あるのー? 1つだけの方が、分かりやすいと思うんだけどなぁ」
 巡は紫陽花の花言葉が書いてある立札を見つけると、どうして? と首をかしげて歩を見ている。歩は本来なら体を動かす方が好きなのだが、花を見るのも嫌いではない。
「うーん、人と同じで色んな面があるからとか? ……ごめん、適当なこと言っちゃったかも」
 難しい質問。
 冷淡、高慢、無情とか……。ただ、辛抱強い愛情って言葉もあったり。つれなくされても慕い続ける健気なカップルって感じかな。応援したくなるかも。
 いろいろ、思うことはあったが口には出さなかった。
「そこの女の子、よけてー!!!」
「え?」
 振り向くと美羽が両手を振り回してジェスチャーをしている。そちらの方向を向くと……パンダの腕が目の前に……っ!!!



「キャアアアアアアアア!!!!!!!!」



 ……アレ?
 思わず目を閉じて巡をかばうように抱きかかえるが、何も起きなかったのでおずおずと目を開く。すると、2匹のグールが歩と巡をかばって火花を散らしてジェット噴射をする百円パンダの腕をがっちりと押さえているのが見えた。
「あぶねえなァ……人がバイトしようとしてる所で、トラブルごとは許さんぞ」
 風船ガムをぷくーっとふくらましながら、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が猫背でだるそうに近づいてくる。2匹のグールは主人の命に従って足を地面にめり込ませて頑張っているものの、戦闘兵器と化した百円パンダはそれでも止まらないらしい。奈落の鉄鎖を利用して威力を弱めると、どうにかゴトリとした音とともにパンダの腕は落下した。
「おーい、怪我してねえかァ」
「わわ、ナガンさん。ありがとうございますっ」
「いーってことよ」
 かったるそうにヒラヒラ手を振ると、ナガンはパンダの腕を掴んで美羽のもとにそれーっと放り投げた。ほどほどになー、と独り言のように呟くとグールたちを連れてその場を立ち去る。その後も自由にあやしい人物がいないかとブラブラしていたら、帯刀している風天の後姿を見つけたのでなんとなく話しかけてみる。
「なァ、ずいぶん迷ってるみたいだが何してるんだ?」
「あ、どうも。いつも家事をしてくれている人にプレゼントでも贈ろうと思ったのですが、難しいものですね」
「ふーん、なんでもいいじゃァねえか」
 確かに気持ちがこもっているのだ大事だな。そう思った風天は押し花のしおりを購入して、普通の百円パンダに緊急改造している今宵のもとに戻って行った。


「今宵、いつもありがとうね」
「あ、あ、あ、あ、あ……殿ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」