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七不思議 恐怖、撲殺する森

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七不思議 恐怖、撲殺する森

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    ★    ★    ★
 
「ああ、その本なら、921.7Zの棚ですね」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に聞かれて、司書さんが即座に七不思議関連の書籍棚の番号を教えてくれた。
「ありがとね!」
 分かったとばかりに、カレン・クレスティアがカウンターにおいてある魔法紙に書架の番号を書き込んでふっと息を吹きかける。たちまち紙ドラゴンに変化した魔法紙が、目的の書架にむかってゆっくりと移動を始めた。
「本の海は広大だわ」
 イルミンスール魔法学校の大図書室では、こうでもしないと目的の書架に辿り着くことさえも難しい。もちろん、魔法使いであれば、使い魔のコントロールぐらいできて当然という暗黙の約束もある。
「あーん、待ってください。おいていかないでー」
 ペパーミントグリーンの髪をゆらしながら、『地底迷宮』ミファが、紙ドラゴンの後についていくカレン・クレスティアとジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の横を走り去っていく。
 『定例読書会開催予定表。次回は、特別読書会』と書かれたポスターの横を通りすぎながら、カレン・クレスティアたちはそそり立つ壁のような書架の間に入り込んでいった。
 高い天井までびっしりと本の壁で埋め尽くされた細い通路のには、無数の光の人工精霊が飛び交って、学生たちの探す本を明るく照らしだしていた。
 本の回廊が無限に続くかと思われたとき、紙ドラゴンが高い位置でピタリと止まった。
「あそこであるのだな」
 ジュレール・リーヴェンディがふわりと浮きあがって本を取りに行く。
 光の人工精霊が近づいてきた。
 七不思議に関する本がずらりと棚に並んでいる。特定の伝説について一冊まるまる解説した物もあれば、何年度版みたいな物もあった。とりあえず、『七不思議 恐怖、撲殺する森』関連と思われる物を数冊チョイスする。他の七不思議とくらべると、やや数が少ないようである。
 まだ空中に浮いている紙ドラゴンをつまんでポケットにしまうと、ジュレール・リーヴェンディが本をかかえて降りてきた。
「ありがと、ジュレ。戻って読んでみよ」
 ジュレール・リーヴェンディの取ってきた本を受け取ると、カレン・クレスティアは閲覧机の方へと戻っていった。
「比較的新しめの本ばかりであるな」
 集めてきた本を並べて、ジュレール・リーヴェンディが言った。
「七不思議って概念自体が二千二百年前ぐらいの話だもん、学校の七不思議なんかはごくごく最近だし」
 カレン・クレスティアの言葉を裏づけるように、ほとんどの本はここ十年以内に編纂されたものだ。特に、イルミンスール魔法学校の七不思議関係の本は、たいていが伝承の口伝や学生のレポートをまとめて本の形にしたものである。そのため、作者不詳か、イルミンスール魔法学校の卒業生、あるいは、カレン・クレスティアもよく名前を知っている同級生の物がほとんどであった。
「うーん、作者に話を聞けばと思ったんだけど、さすがに卒業生はどこにいるのか分からないんだよねー」
 いくつかの本に目を通しながら、カレン・クレスティアが眉間に皺を寄せた。
「それにしても、昔の記録も新しい物も、誰かに殴られて倒されたとしか書いてないであるな」
「新しい物には、ちゃんと犯人の名前が書いてあるよ、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)さんって」
 一番新しい本である、『新イルミンスール七不思議』という本を開いて、カレン・クレスティアが言った。
「だが、最近の事件はそれでいいのであるが、何百年も前の同じような事件は、さすがにメイベル・ポーターでも無理であろう。まだ生まれていないはずであるのだ」
 ジュレール・リーヴェンディの言うことももっともだ。
 もっとも、それは、大昔の事件と、最近の事件が同じ犯人であるとしたらの場合だ。大昔の事件を元にした模倣犯であれば、別々の事件の犯人に関係がある必要はない。
「そうだよねー。それに、被害者はそれぞれ別々の武器で襲われているみたいなんだもん。犯人が一人なら、いちいち武器を変える必要ないよねえ」
「複数犯説であるか。ある意味理にかなっておるな。いちおう、武器の目撃はあるのであろう?」
「武器だけはね。だから、最近では、ゆる族の野盗が光学迷彩を使って人を襲ったんじゃないかとか、武器の着ぐるみを着てたんじゃないかとか書いてある本もあったんだもん」
「着ぐるみはずいぶんと無理があるように思えるのだが……」
「不思議なのは、襲われて死亡した被害者はほとんどいないんだよね。金品を奪われた人もいないとあるし。強盗や辻斬りというよりは、単なる愉快犯なのかもね」
 うーんと、頭をかかえてカレン・クレスティアが言った。どうも、犯人の目的がはっきりとしない。
 もちろん、犯人が複数であれば、その目的も違うのであるかもしれないが。ひとまず、ここしばらくの殴打事件の被害者で、命に関わるような大怪我をした者はまだいなかった。
「いずれにせよ、その様な怪異がイルミンスールに近づいているとなれば、我も黙ってはおれん。武器が見えるのであれば狙いはつけられるであろうから、我のレールガン最大出力で武器ごと犯人を吹き飛ばしてくれるのだよ」
 カレン・クレスティアの読んだ本のトンデモ説に一定の理解を示しながら、ジュレール・リーヴェンディが楽しそうに言った。
 
    ★    ★    ★
 
「簡単なことじゃけん、秋月くん」
 世界樹地下の大浴場のレストスペースで、大きめの安楽椅子にふんぞり返るように座ったリンダ・ウッズ(りんだ・うっず)が、そばにいる秋月 葵(あきづき・あおい)に言った。
「もう分かっちゃったんだもん?」
 頭の上にちょこんとゆるスターのマカロンを乗せた秋月葵が、持ってきた百合園女学院のスクール水着姿でリンダ・ウッズに聞き返した。
 リンダ・ウッズは、水着を下に着ているのかいないのか、バスタオルを身体に巻きつけただけである。
「まあ、とりあえずは、被害者の証言も聞いてみんといけんからのう。そこのあんた、ちょっと、やられたときんこと、も一度詳しく聞かせてくれんかのう」
 そう言うと、リンダ・ウッズはバスタオルの裾からすらりとのびた脚をすっと組み替え、横のテーブルにおいてあったワイングラスを手に取った。
「ええと、私ですか」
 思わず身をかがめてリンダ・ウッズの脚に見とれていたラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が、あわてて自分を指さした。
「ここに、被害者は、あんたしかおらんけんのう」
 これ見よがしにまた脚を組み替えて、リンダ・ウッズが言った。
「えっと、相手はですね……二十〜三十代、あるいは四十〜五十代。あ、十代だったかもしれません」
 しどろもどろに、ラムズ・シュリュズベリィが証言する。彼は、つい先日、イルミンスールの森で頭から血を流して倒れているところを保護されたのだ。
「何それ。それじゃ役にたたないんだもん」
 期待して損したと、秋月葵が言った。
「そのー、頭を殴られたせいか、記憶が曖昧でして。まあ、私としてはいつものことなんですが……」
 申し訳ないと、リンダ・ウッズをガン見しながらラムズ・シュリュズベリィが答えた。
「要は、犯人は視界に入りにくい種族ということではないんかのう。しかも、あんたは今もこうして生きちょる。おそらく犯人は、視界に入りにくい小柄な種族ではないんかのう。であれば、体格に比した腕力から、致命打を与えるに至らなかったという理由も導き出せるけん。とりあえず、ここにあんたの発見されたときの写真があるけん、説明してくれんかのう。何やら、ダイイングメッセージらしき物を書いているようなんじゃが」
 バスタオルの胸元から、ほかほかに暖められた写真を取り出すと、リンダ・ウッズはそれをシュッと投げ渡した。
 ラムズ・シュリュズベリィが受けとめた写真を、秋月葵が横からのぞき込む。そこには、倒れたラムズ・シュリュズベリィが、右手で地面に何か書き残している姿が映っていた。
「犯人はかゆ……うま……って書いてあるだもん」
 少し呆れた口調で秋月葵が言った。
「き、記憶にないです。おかゆですか?」
 こんな物書いた覚えがないと、ラムズ・シュリュズベリィがうろたえた。
「やはりな。こんなふざけた偽のダイイングメッセージを書いたりする者は決まっておる。分かるけん? 秋月くん」
 もう答えは出たとばかりに、リンダ・ウッズが秋月葵に振った。
「出汁を取っておかゆにしてしてもカレーにしてもよく、やたら殴打するちっこい種族……、ものすごくふざけた存在……、地祇……、ラリアット……、ざんすか! 犯人はざんすかだよ!」
 秋月葵が、ザンスカールの森の精 ざんすか(ざんすかーるのもりのせい・ざんすか)を名指しで叫んだ。
「御名答」
 リンダ・ウッズが、また色っぽく脚を組み替えてから言う。
「きっと、ざんすかちゃんとつぁんだちゃんがまた変なことやってるんでしょう」
 ツァンダの町の精 つぁんだ(つぁんだのまちのせい・つぁんだ)の名前も出して秋月葵は言った。
 ざんすかであれば、森はテリトリーのすぐそばである。確かに、犯人としての可能性は高い。
「うーん、それが犯人なんですか?」
 今ひとつ納得がいかないラムズ・シュリュズベリィだったが、明確に否定するだけの根拠もなかった。
「ざんすかであれば、きっとこの大浴場に浮かんでるに違いないけん。これからみんなで確保するんじゃ。行くぞ、おー」
 そう叫ぶと、リンダ・ウッズは椅子から勢いよく立ちあがった。勢いで、バスタオルがストンと下に落ちた。