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第7章 許されない奇麗事

 東の塔ではアスカたちが十天君の協力者を止めようと奮闘している。
「ハツネちゃん、どうしてこんなことするのか理解に苦しむわ」
 それが相手の生き方だと分かりながらも、別の形で出会いたかったとアスカが残念そうに言う。
「どうして?お仕事だもの」
 隠れ身の術で草陰に身を隠し、ハツネが小さな声音で言う。
「それにハツネちゃん可愛いんだもの、絵のモデルになってほしいわぁ」
「あまりじっとしてるのイヤ」
「う・・・そうなの〜?」
 考える間もなく即答され、心にプチショックをくらう。
「いいことを教えてあげる人は“壊す”ものというより、“大切にする”ものよ〜。覚えておいてねぇ」
「大切にするって何?ハツネは壊すことで褒められたの。そんなもの、分からない」
 人を大切にするという言葉を知らずに育ったのだ。
 ずっと組織の中で生きてきたハツネに交渉の余地はない。
「君はあまり戦いは好きじゃないようだな?誰かを傷つけたくないなら何もしないでくれ。我は君を傷つけたくない・・・」
 契約者の説得が無理ならと、ルーツは葛葉に話しかける。
「えっ。僕は・・・ハツネちゃんたちを裏切れないっ」
「交渉の余地なしということか。残念だ」
 ブラインドナイブスで彼女の背後を狙い、殴って気絶させようとする。
「うわぁあ!?痛いよーっ。―・・・何するんだお前ー!!」
 気絶させそこない彼女の玉藻の人格が出てしまう。
「ギャハハ♪死ねよバーカ」
「なっ!?」
 あまりの変わりように驚いたルーツは避けきれず、銃弾が手首を掠めてしまった。
「ほらほら、蜂の巣にしてやるよ。かかってきなっ」
 ゲラゲラと笑いながらルーツに迫り、塔の中へ追い込む。
「1人を叩くなら、ハツネたちもそうする」
「文句ねぇよな?あぁあ゛!?なんとか言えよこの野郎」
 仕掛けておいたトラップゾーンへ追い詰めた葛葉がワイヤーを切り、それにつながっていたカッターがルーツを襲う。
 ヒュッ、シュパパパッ。
「ぐぁあぁあっ!!」
 灯りが消された暗闇に追い込まれ、刃の餌食にされてる。
「ルーツ!」
 彼の悲鳴にアスカが思わず声を上げる。
「まずは1人だ。怪しいやつを見つけて、分かるまで何も対処しないとでも思ったか?」
 焦る彼女の姿に鍬次郎は可笑しそうにククッと笑う。
「備えあれば憂いなしってことだ。2度と歯向かう気力がなくなるよう、ズタズタにしてやるぜ」
「うぅっ、こんなのってないわぁ〜。(今は殺気を感知出来るのってベルだけなのよね)」
「大人数に叩かれそうな恐怖ってどういう気分だ?」
「これで諦める私じゃないわぁ〜!」
 取り囲んだ魔女たちに向かってポイズンアローを放ち、3度も負けて終わりなんてたまるものかと抵抗する。
 しかし炎の聖霊で阻まれ、それも失敗に終わってしまった。
「いやぁああっ」
「まったく・・・。スナイパーよりも先に、魔法から守る盾になるとはな・・・」
「鴉・・・!」
 痛覚がなく再生する身体といえど、その痛々しい姿にアスカの瞳から涙が零れる。
 空から降り注ぐ崩落する空の光が、彼の身体を貫通してしまったのだ。
「もうそこから動けないだろ?」
「相変わらず・・・汚いやり方だな」
 新兵衛にまで狙撃され、鴉たちは一歩も動けなくなってしまった。
「俺は十天君の護衛に戻るか。じゃあな、せいぜい頑張って生き残ってみな?」
「待ちなさいよ。これ以上、皆の邪魔はさせないわっ」
 またもやオルベールが行く手を阻み、傷の恨みを込めた等活地獄の拳を繰り出す。
 スウェーで軽く受け流した鍬次郎は柄を握り直し、片手平突きで相手の腕を狙う。
「私がそれくらい、分からないと思っているの?新兵衛ちゃん」
 先の先を読み彼の切っ先をかわして、腹部にえぐり込むように殴りつける。
「―・・・・・・な、何!?・・・・・・くっ。げはっ」
 地面へ叩き伏せられた彼は腹を押さえ咳き込む。
「これで向こうも後3人ね」
「鍬次郎・・・。もう、あの人たち。壊しちゃう」
 彼がまともに動けそうにないのを見たハツネは、殺気を探知する術のない者を狙おうとアスカたちへ顔を向ける。
「あなたが倒れていれば、無理に倒す必要はないようね。それにこっちは鴉がいるし?いくらでも注意を引きつけられるわ」
 悔しそうに見上げる鍬次郎を今度はオルベールが見下ろし、ニッコリと小悪魔な微笑むを向けた。
「ちくしょう。このままだと秦天君が・・・あの生徒どもにっ。おい、ハツネ!そんなやつらに構ってないで早く秦天君のところへ行け!」
「フフッ行かせないわよ?とおせんぼくらい、いくらでも出来るんだからね。隠れたって分かっちゃうわよ」
 無理に戦わなくても止めることくらい出来ると、オルベールは通すまいとハツネたちの前に立ちはだかる。



「まったく鍬次郎たちは何をやっているんだかねぇ」
 秦天君は彼らを待ちながら透乃たちから逃げている。
「あの娘、なんて足の速さなんだ」
 神速にダッシュローラーの加速を加え、悪鬼のように迫る芽美を見て舌打ちをする。
「悪いけど。私を集中狙いしても無駄よ?」
 魔女にサンダーブラストの雷の雨に狙われながらも、芽美は軽身功の体術で木の枝に飛び乗り軽やかにかわす。
 飛び降り様に鳳凰の拳で女の足を狙う。
「これくらいじゃ、やっぱり避けられてしまうわね」
 地面へ降りた彼女は相手を睨み、透乃に視線を送る。
 芽美の合図に軽く頷き、両手を刃の如く疾風突きを繰り出す。
 シュシュシュッ、パシィイッ。
 その指が届く前に秦天君は、透乃の腕に自分の腕をぶつけてかわし、わき腹を蹴り飛ばす。
「そんなにゆっくり狙えるほど、あちきは甘くないよっ」
「ふぐぅっ」
 蹴られた場所を片手で押さえて芝生へ飛び退く。
「むーっ。やっぱり独り占めはよくないね。この場合、2人占めになるのかな?」
「何しろ殺せないのが一番癪だわ」
 2度も逃してしまったことに苛立つ芽美は、今度こそ殺してやろうと追いついてきた美羽たちをちらりと見る。
「他にも秦天君を殺したいやつがいるのよね。仲良くってわけにはいかないけど、皆で殺してやるのもアリかもしれないわ」
 ターゲットへ顔を向けて逃がさないように追いかける。
「あちき女に追いかけられる趣味はないんだけどねぇ」
「へぇ。女じゃないのもいるみたいよ、よかったわね?」
「げ、なんであいつもいるんだい!?」
 茶化すように言う芽美の言葉に、秦天君はまた後ろを振り返ると、美羽と一緒にいる礼青の姿を見てぎょっとした顔をする。
「お嬢はん、大人しく葬られてしまいなはれ。もうだいぶ年なんやし、逃げるだけ無駄どすぇ?」
「うっさい!あんたに言われたくないっ」
 2人の年は見た目の若さとまったく異なるのだが、自分だけ年のように言われた秦天君がキレ気味に言う。
「怒ると小皺が増えますぇ?」
「(言葉で攻撃するのは礼青もなのね)」
 メンタルダメージをくらわそうとする彼に、美羽が目を目を丸くする。
「同じ種族のくせに、そんなやつらの味方するなんて呆れるねぇ。妖怪は本来、他のやつを困らせて弄んだりする、冷酷で非道な性格なのにさぁ」
「そないなもんはとっくの昔に、ガンジス川に投げ捨ててしまいましたなぁ。殺しは好みまへんけど、あんたらだけは別どす」
「よく人間辞めたら?ってセリフがあるけど、あんたは妖怪辞めたらいいんじゃないかねぇ?」
「人それぞれ、妖怪もそれぞれどす。それに慈悲深いうちが、人困らせるとか酷いこと考えるわけないやないか」
「ていうか、あんた足速くないかねぇ?なんであちきたちについてこれるわけ」
 すぐ傍まで迫ってきてる彼の姿に、表情を崩さないものの秦天君は頬に冷や汗を流す。
「うち、駆けっこ早かった記憶あらへんけど。強いて言えば、コンパスの差やないどすかぁ〜?」
「あちきを言葉で負かそうとしても無駄さ」
 相手の意図を呼んだかのようにニヤと笑みを浮かべる。
「まぁ、そうとってもらってえぇどす」
「隙を見つけたわ。鎌鼬、お願い!」
「はぁ〜い♪」
「あいつは私たちに対して言ってはいけないこと言ったわ。死の地獄を味わせてやる!」
 ターゲットの動きを封じようと鎌鼬に強風を起こしてもらい、グリントライフルで相手が逃げられないようにしてやろうと美羽が狙撃する。
 美羽とベアトリーチェにとっては封神されているあの女の、2番目にムカツク女なのだ。
「ちっ、あちきの足が!」
「やっと追いついたわね?」
 獲物が足をやられたのを見て芽美が等活地獄の遠当てを放つ。
 シュパッシュッ。
「避けたのにどうしただい!?」
 確かにかわしたはずだったが、拳を避けてもその拳の気が秦天君の腕に傷を負わせたのだ。
「何でこいつら眠っているのさ!」
 町中へ逃げようとするものの、見張りの魔女たちは弥十郎が作ったアルコールのお菓子で眠らされてしまっている。
「―・・・く、どうあっても逃がさない気かい!」
「1人に気を取られるなんて、あんたらしくあらへんなぁ?」
 パレードに紛れて逃れようとする秦天君を阻むように、城の門の前へ戻っていた礼青が煙管を持つ手首を狙う。
「ちぃっ、よくもあちきのキレイな肌に傷をっ」
 動脈をスパッと斬られ、血がシュゥウーーッと吹き出る。
「ほぉ〜お?ほんじゃ、もっとキレイに染めてあげまひょか?」
 真っ赤に染めてやろうと相手の首筋を狙う。
「ふざけんのもいい加減にしなっ」
 ひゅっと屈み礼青の足を蹴り飛ばしてやろうとするが、読まれているかのように飛び退かれ、よけられてしまった。
 止血している間を与えることなく透乃が襲いかかる。
「あちき1人だけ傷を受けるのは気にくわないねぇっ」
「ん、まだそんなに動けるんだ?楽しい殺し合い相手だね」
 ピタッと手を止めて相手の蹴りを後の先で読み、身を屈めてスッとかわす。
「踏み潰してやろうかねぇ!?」
 その足で秦天君は透乃の頭部を狙いカカトで潰そうとする。
「これでもう動けないかな?」
 彼女は片腕を犠牲にして防いだ足へ目掛けて、疾風突きでゴキンッと叩き折る。
「だいぶ無理しちゃってるね。それでこそ殺しがいがあるってものだよっ」
 常人ならとっくに息絶えている出血量の血溜りに、透乃は満足そうに微笑み秦天君の心臓がある部分を狙って殴り、致命傷をくらわせる。
「あなた・・・目障りです。消えなさいっ!」
 ベアトリーチェは怒りをこめた二丁の魔道銃でクロスファイアを放ち、紅の炎で秦天君を燃やし尽くす。
「ククク・・・ッ。あちき1人で死んでたまるものか」
 そう言い残し封神台へ飛ばされていく。
 呪のようなその言葉はただの負け惜しみに見えたが、その後の惨劇を誰も予期出来なかった。



「十天君のお姉ちゃんが封神されちゃった。褒めてもらえない・・・。褒めてもらいたいのっ」
 ずっと褒めてもらっていないハツネの狂気は、美羽の傍にいるベアトリーチェに向けられてしまった。
「この嫌な感じ、近くに誰かいるの!?」
 ぱっと美羽が振り返った瞬間、ビシャッと背後から鮮血を浴びた。
「え・・・、何?血・・・誰の・・・・・・」
 手で拭うと彼女自身はまったく傷ついていない。
「ベア、何で泣いているの?」
「―・・・美羽さんっ」
 涙を流すベアトリーチェの視線の先を見ると、さっきまで元気にはしゃいでいた鎌鼬がぐったりとしている。
 彼女を庇った少女の身体が斬り裂かれてしまった。
「鎌鼬・・・そんな。いや、いやぁああーーっ。うわぁあぁあん!!」
 また守れなかったことに美羽は、うわぁんうわぁんと泣き叫ぶ。
「美羽お姉ちゃん・・・、泣かないで」
「だって殺されないように気をつけてたのに。それなのに・・・」
「大好きなベアお姉ちゃんを助けられて・・・、ぼっくんは幸せ・・・だよ?」
「そんなの、死んじゃったら何もならないじゃないの!」
「大切な人を守れた・・・、それが・・・・・・ぼっくんの生きた・・・証・・・・・・」
 黄色いリボンを手に握ったまま、少女の腕がぱたんと土の上へ倒れる。
「行かないで・・・、行かないで!」
 身体が粉のように散り、ただの風となってリボンと共に空へ舞い上がる。
 必死に鎌鼬を掴もうとするその手には、優しい暖かな風がそこにいた感覚だけが残った。