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リアクション
「うーん、確かに荒っぽい人が多い店ですね。まぁ、酒場だから仕方ないのかな?」
テーブルでハンバーグステーキを食べつつ、そう呟いたのはお客として来店している御神楽 陽太(みかぐら・ようた)である。
今回の陽太は、たまたま蒼木屋の近くまで赴いていたので、パートナーのノーンの働きぶりを見学するため、お客として店に入っていた。
『幸せの歌』を口ずさむノーンがななな達他のウェイトレスと楽しげに働いている姿を見ながらも、陽太は店にやや荒っぽう様な客が多い事を気にしていた。
先ほどノーンにオーダーをしてもらった際、「ノーン、調子はどうですか?」と、バイトでの体験談や酒場にまつわる四方山話を尋ねてみたが、ノーンは持ち前のポジティブで明るい性格で上手くやっている事がわかったつもりであった。
「環菜がこの店でもしもウェイトレスをしていたら、ちょっと面白かったかな」
少し笑みを浮かべた陽太は、ドリンクのストローに口をつけ妄想を膨らます。
いつも一緒に暮らしているのだ。ウェイトレス姿の恋人の行動等、手に取る様にわかる。
「は? 貴方そんなコスパの低い料理とか注文するの? ……もう少しマシなモノを頼みなさい?」
「何だとコラァァァ!!」
客と彼女の間に割って入るウェイター姿の陽太。
「ああッ! すいません! 俺がお料理を直ぐお持ちしますからぁぁッ!!」
限りなく実践シュミレートに近い妄想が終了する。
「……いえ、やはり止めておきましょう。ノーンが元気に働いているのを見て、安心したのですからね」
陽太は「うん」と頷き、ナイフとフォークを動かす。
ふと、陽太の視界にルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)と楽しそうに話すケツァール コアトル(けつぁーる・こあとる)の姿が映る。
ツンツンの黒髪姿で既に随分出来上がっているルースが煙草をふかしながら、周囲のモヒカン達を煽る。
「お前ら〜皆飲め!! オレが奢ってやる!!」
「「「うおおおおぉぉぉー!!」」」
普段は渋い大人なルースも酒が入ったせいか、やや陽気な男になっていた。
グラスに入ったビールを高々と挙げ、次々と乾杯していく。
「すいません! ルースさん!!」
ルースの傍には頭を下げ続ける店員のコアトルがいる。
「あー、オレはいいんだよ。そもそもここにはストレス発散で来ているだけなんだしな」
「でもでも……」
と、ルースの濡れたボーダーポロシャツと傍のモヒカンの濡れたパンツをチラリと申し訳なさそうに見やる。
「ああ、騒いでいるうちに乾くって!」
ニッと髭が生えた顎をさすりながらルースが笑顔をケツァールに向ける。
二人の出会いは少し前に遡る。
ビールを運んでいたコアトルが躓き、モヒカンの客と飲んでいたルースにそれを浴びせてしまったのだ。
「何すんだテメェ!!」
「あああ、すいませんすいません!!」
平身低頭に謝るコアトルを前に、ルースが男にやんわりと声をかける。
「止めておきな。笑顔が売りのウェイトレスを怖がらせてどうする?」
「でも、俺のこのパンツは超お気に入りで……」
「わかってるさ。けど、この子だって謝っているんだ。些細な事だ、許してやれよ、男だろ?」
伊達にシャンバラ教導団で大尉の称号を持っているわけではないルースの言葉に、男は押し黙る。
「……」
「て、わけだ。済まないがビールを早く持ってきてくれよ! 君のとびっきりの笑顔と一緒にな!」
笑いかけるルースに、コアトルの心臓がトクンと高鳴る。
「は、はい!!」
と、コアトルの顔に笑顔が浮かび、厨房へと駆けていく。
そんなケツァールの様子を見ているのは店内警備に当たるアッシュ・トゥー・アッシュ(あっしゅ・とぅーあっしゅ)である。アッシュはコアトルの義兄でもあった。
元々、店員のバイトへは、アイドルを目指しつつも、どうも気弱なところがあったり、相当なドジだったりと、芸能界で歩んでいくには不安な要素が多すぎる妹のコアトルを鍛え上げるべくアッシュが申し込んでおいたものであった。
そこには兄として、彼女が社会勉強を通して少しは勇気や冷静さを身につけてもらえれば本望とする優しい配慮があった。
先程、グラスの中身をぶちまけた時も、アッシュはすかさずフォローに行きたい心を鬼にして留めたのだが、そこは客のルースが助け舟を出してくれて難を逃れていた。
アッシュはアッシュで店員として接客する傍ら、モンスターや巨獣を警戒する警備員達の手を煩わせる間でもないような、店内での些細な問題を、その姿から発せられる威圧感で処理していたのだ。
兄としてコアトルが酷い目に遭うのは避けるよう見守りつつ、彼女が嫌がる様子が無ければ、ナンパ等も歓迎していたアッシュ。そこには「(いっそ良い人を見つけてくれれば兄としては安心なのですが)」という本音も見え隠れしていた半面、ルースと楽しそうに語らうコアトルに、一抹の寂しさも感じていた。
「いや、僕はコアトルが幸せならそれでいいはずだろう?」
頬を少し染めたコアトルが厨房へと戻っていくのとすれ違った時、そう自分に言い聞かせるように、アッシュは胸をドンと叩く。
その時、ルースの席でルースに話かけていたモヒカン達が驚きの声を挙げていた。
「ええ!? ルースの兄貴、妻帯者なんですかぁぁ!?」
「ああ、ついこの間な」
「こりゃあ、めでたい!! おい、ルース兄貴に乾杯しなきゃな!」
先ほどまでとアッシュの顔色がやや変わる。
「(な、何だってーーー!?)」
厨房から新しいビールを両手に持って現れるコアトル。アッシュがその肩をガシリと掴む。
「コアトル」
「え、何? 兄さん?」
「よく聞いて下さい。世界のおおよそ半分は男です。一刻の巡り合わせを運命だと思ってはいけません」
「え……何を言ってるの? 私、ルースさんのところにビールを運びたいんだけど」
「ルースさんは駄目です。あなたの歳で略奪愛はよくありません」
アッシュの言葉にコアトルの頬が赤くなる。
「あ……愛って何言ってるんですか、兄さんは!」
そこに座席から振り返ったルースが声をかける。
「おーい、ビールはまだかー?」
「あ、はーい! 直ぐにお持ちします!」
「コアトル! ドジと愚かの言葉には深い溝があります。それだけは覚えていて下さい」
「ちょ……兄さん! 離して下さいよ!」
と、コアトルがアッシュの手を払ってルースの方へ駆けていく。
ポツンと残されたアッシュに、陽太が声をかける。
「あの、会計お願い出来ますか?」
「あ……あぁ、はい」
店の入り口付近のレジへとアッシュと陽太が向かう。
料理を運ぶノーンが陽太とすれ違う。
「あ、おにーちゃん! もう帰るの?」
「ええ、そろそろ行きます。残った就労時間も頑張ってください」
「うん! 頑張るよー!」
と、ノーンが去る。
レジを打つアッシュが、お金を払う陽太とノーンを見比べて、
「兄妹というのは大変ですよね?」
「え?」
「いえ……すいません、独り言です」
陽太がやや悩んでいる様な態度のアッシュを見て、
「……大変な思いが出来るのも、妹がいるからでしょう?」
「……そうですね。ええ」
「信じてあげましょう。兄ならば、それが出来るはずです」
そう陽太はアッシュに笑って、店を出ていく。
アッシュは「うん、そうですね」と頷き、ルースと話すコアトルを見つめる。
「コアトルに何があっても僕だけは味方になってあげなくちゃ……」
一方、会計を済ませて店を出た陽太は、急いで恋人の元に戻る為に、小型飛空艇「アルバトロス」を限界一杯飛ばして荒野を駆けていくのであった。
背後で小さくなる店を振り返りつつ、「おにーちゃんか……」と呟くのであった。
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