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冒険者の酒場ライフ

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冒険者の酒場ライフ

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 蒼木屋は酒場と言えど、一般クオリティーよりちょっと上の料理を安く提供する店でもあった。
 次々と注文の舞い込む厨房では、ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)をメインに黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)御劒 史織(みつるぎ・しおり)が必死に料理を作っていた。
「竜斗さん、オーブンからパンを出して下さい。史織さんはサラダの盛り付けをお願いします!」
 目の前に4つのコンロ。フライパン、フライパン、鍋、中華鍋の中身の料理を程良い具合に調理するユリナの額に汗がにじむ。
「了解だ! 任せろ!!」
「ユリナ様、任せて下さいですぅ!」
 ユリナは、冒険の旅に竜斗や史織達の胃袋を満たしてきた実績を買われ、厨房のほぼ全ての料理を一人で作っていた。
 当然、チェーン店にはマニュアルがあったが、ユリナはそこに一工夫加えて、より美味しい料理を追求したため、厨房に彼女が入る日の店の料理はちょっとした話題になっていた。
「大勢の人に私の料理を食べて貰えるなんて、嬉しいです」
 火を使う現場のため、冷房の効いたホールと違ってやや暑い。
 竜斗はユリナの傍に先ほど置いた飲み物の氷が全部溶けているのを見て、
「おい、ユリナ! ちょっとは休めよ?」と、声をかけるも、
「いいえ、大丈夫です! それより、みなさんのお口に合えばいいのですが」
と、ユリナは気丈に振る舞いフライパンを振るう。
「……」
 竜斗が何か言おうとした時、史織が竜斗の袖を掴み引っ張る。
「何だ?」
「ご主人様? こういう時は『頑張れ』と言った方が良いと思うですぅ。それにご主人様も私もユリナ様のお力には少しはなっているのですからぁ」
 本を読むのが好きな史織は、その読書の幅の広さから料理本もよく読んでいた。
 だが、料理における知識と実践は意外と異なるものであり、史織はユリナの補助としてその経験を積んでいる最中であった。
「そうだな! よし、頑張るんだユリナ! 俺も手伝うぜ!」
「はい! ありがとうございます!」
 ユリナがニコリと笑って、ハンバーグをひっくり返す。
 そこに駆け込んできた店員の和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)が注文を告げる。
「オーダー通します! ペペロンチーノ! チーズの味噌漬け! サザエの塩辛! 枝豆! 冷奴! 以上です」
「よぅし、俺がパスタを茹でるぜ!」
「私はその具材を作るですぅ!」
 竜斗と史織が素早く次の作業に向かったのを見て、ユリナはクスリと笑う。
 そこに銀のぼさぼさ髪のジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)が現れる。
「やれやれ、ツマミなら俺の出番だな」
「ジャックさん?」
 先ほどまでユリナを横目で見ながら、ツマミや軽食系を調理していたジャックが登場する。
 ユリナの奮闘ぶりにジャックの心の何かに火がついたらしい。
 身長差およそ50センチはあるジャックがユリナを見下ろす。
「ペペロンチーノはおまえがやれ。ツマミは俺の得意分野だからな!」
 やや粗暴に言うジャックにユリナが頭を下げる。
「では、お任せしました」
「任されたぜ!」
 そう言い切ったジャックの頭をパコンとトレイで絵梨奈がど突く。
「あん……?」
 前髪ぱっつんロングから見える絵梨奈の黒い瞳が「今までサボってたでしょう?」と語っている。
「ふん。違うぜ! 俺は俺で仕込みをしてたんだ。酒の肴ってのは妥協すると酒まで不味くなるんだぜ?」
 ジャックはそう言って、足元に置いていた味噌樽を開ける。
 大きな手を突っ込み、ジャックが引き上げたのは、程良い色に染まったチーズや卵の卵黄である。
「確かに料理というものは流動的で時代の流れやその土地の食文化、宗教的な物事、時代による食の趣向を過敏に受けるから、一個体の同じ料理でも少しづつでも絶えず変化が続いている訳だ。だが、変わらないモノがある。それが酒の肴だ!」
 そう言いながら、ジャックは巨体には似合わぬ素早さで、手早く料理を仕上げていく。
「おらよ! チーズの味噌漬け! サザエの塩辛! 枝豆! 冷奴だぜ! 持ってけ!」
「殆ど調理済みのを皿に盛りつけただけでしょ?」
 絵梨奈がそう言って、皿を見る。
「!?」
「へっ……気付いたようだな」
と、驚く絵梨奈にジャックが勝ち誇った様な表情を浮かべる。
 チーズの味噌漬けには、塩辛いモノが苦手な人も食べられるようプレーンクラッカーが添えてあり、味が淡泊な冷奴には、これもお好みで掛けられるにんにくのスライス。そしてサザエの塩辛にはシソの葉を細かく刻んだモノが添えてある。そして枝豆は一つしか実が入っていないものは取り除かれている。
 これがジャック流の細やかな気配りである。
「お! これは美味そうだな!」
 傍を通りかかったセレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)がジャックの料理を見て感嘆の声を挙げる。
「セレン、厨房で咥え煙草はやめろと、あれほど……」
 ユリナの料理補助をしていた竜斗がセレンをジト目で見る。
「竜。悪いな。オレは厨房担当じゃないんだ」
「そう言えば確かセレン様は、調理補助はめんどくさいから酒の管理をする、とおっしゃっていたですぅ」
 史織が皿の盛り付けを済ませてセレンを見る。
「ああ、そっちの方はちゃんとやっているさ」
「本当だろうな? 何かちょっと顔が赤いのは、飲んでいるからじゃないのか?」
「ふ……竜よ? 酒の品質を調べる為に試飲するのは店員の役目なんだ」
 そう言うセレンの背後に、制服を着ず、魔鎧「伍式」に武器弾薬という姿の店員、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が現れる。
「セレン、その試飲の事で話がある」
「グラキ? 何だ?」
「向こうのカウンターの方で話そう。ここだともしもの時にモノが壊れる」
 グラキエスがそう呟いたのを聞いた史織が「壊れる?」と首を傾げる。


「召喚を受けて来てみれば……酒場でアルバイトとは」
 そう呟いたのは、店員として皿運びをしていたエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)である。
 見世物的なノリで食器の持ち運びを、サイコキネシスで行っていたエルデネストに、席の客達から喝采が飛ぶ。
「しかも物騒な客ばかり。これらと戦う場合の事を考えて呼ばれたわけですね……ん?」
 テーブルへ料理を運んだエルデネストが見ると、背後に酒の並ぶカウンターでセレンとグラキエスが何やら言い合いをしている。
 細い腰としなやかな細身が色っぽいグラキエスはただでさえ、そういうのを好む女性あるいは男性客の注目の的であった。それがまた騒ぎを起こすというと、一斉に注目が集まってしまう。
「……グラキエス様の魔力を抑えるだけが仕事ではないようですね」
と、エルデネストが二人の方へ足を向ける。
 黙って腕組みをしたグラキエスにセレンが言う。
「何だよ!? 試飲じゃないか! それにここにあるのは店の酒だろう?」
「だが俺もアルバイトをしたら給料と一緒に一本好きな物を持って行っていいと言われた。俺の酒でもある」
「グラキ……おまえ大人びているけど未成年だろう?」
「俺が飲むわけじゃない」
と、並んだ酒に目を向けるグラキエス。
「試飲というのは、少量をテイスティングする事のはず。にしては、随分、減っているな。特に高い酒が……」
「う……美味い酒なんだから、そりゃあ減るさ!」
「そうか、美味かったのか」
「あ……」
 セレンが墓穴を掘ったのを、グラキエスは見逃さなかった。
 そこにエルデネストが現れる。
「まぁまぁ、グラキエス様もセレンも落ち着いて下さい。お客様が見ていますよ?」
「エルデネストか……」
 エルデネストが並んだ酒瓶を見て、「ふむ……」と少し考えた後、
「グラキエス様。減ってしまった酒を増やす方法があります」
「何だって?」
「グラキエス様が持って行きたい酒の瓶を全て空にしてしまうのです」
「どういう事?」
 セレンも首を傾げる。
「酒瓶が空になれば、補充がかかるはずです。幸いにも蒼木屋はチェーン店。つまり、他の店の在庫から可及的速やかに補充の品が届くという事です」
「あ!」
「……なるほどな」
 セレンとグラキエスが同時に頷く。
 エルデネストが妖艶な顔に笑みを浮かべて、
「そしてセレンは酒の味を知っています。グラキエス様はその容姿で客を惹きつける事が出来ます。どうです? 酒瓶を空にする事は可能でしょう?」
 その後、エルデネストの提案により、セレンとグラキエスが片っ端から客へと酒を売りさばいていく。