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リアクション
3トン半・一杯を運転し、森の中を駆けるのは、同じく食料調達員のローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)である。
車内のエアコンを切り、窓を開けると、心地良い風が入ってきてローザの薄く淹れた紅茶のようなロングヘアが揺れる。
「まったく……森は視界も悪いし、おまけに大巨獣も出るっていいます。あまり深入りしたくなかったですわ」
ハンドルを握るローザがそう呟くと、銃型HCから応答が入る。
「だから俺が小型飛空艇オイレでこうして上空から見ているんだろう?」
「あら? 聞いていたの?」
「聞こえるように呟いたのは誰だよ。それにトラックで行って正解だったろう?」
「まぁ……確かに」
ローザが操るトラックの後部コンテナには、収穫をした果物や蜂蜜等がギッシリと詰まっている。森の目的地付近に最短距離で到達した彼らは、そこを拠点として従者「狩猟採集民」達の手を借りて食料調達をしたのである。当然、収穫は力仕事なので、その時ばかりは上空にいた天城 一輝(あまぎ・いっき)も下に降りて収穫作業を手伝った。
「しっかし……予想以上にうまくいったもんだ」
小型飛空艇を操る一輝が、荒野に沈みかけた太陽を見ながらそう呟く。
一輝は、上空で特技の「要人警護」と「セキュリティ」で監視し、目に届く範囲の食料調達員達の安全を守っていた。だが、一輝の見たところ、さほどの深刻な事態になっている者はいなかった。いや、正確に言えば、どこかではちょっと大変な事になっていたのだが、流石に広い森である。一輝に責任は、ない。
「ヴァンガード強化スーツを着てくる必要はなかったか……」
一輝は今回、クィーン・ヴァンガードの格好でわざと目立つようにしていた。それは、食料調達員を狙っている敵に対して「お前らが何をするか分かっている、覚悟は良いな?」という無言の警告でもあったのだ。
「一輝……私、言おうか言うまいか悩んでいたのですが……」
ローザから通信が入る。
「何だ?」
「ほら、たまに公園で『ここで犬や猫にトイレをささないで下さい』て看板があるでしょう?」
「ああ。それが?」
「犬は飼い主が連れて散歩しているのですから、わかるのですが……猫に文字は読めませんわよね?」
「……酒場じゃ飲んだくれる人が多そうなので、二日酔い対策には果物たっぷりのソフトドリンクも良いだろう」
「一輝。話をそらしましたわね」
「五月蝿い。……ま、帰りは安全運転で帰れるな。この前、コンビニでバイトした時、銃型HCに流砂のポイントをマークしたから……ん?」
一輝が上空から、地上の一点を目を凝らして見つめる。
「何だ……あの砂ぼこりは? 森へ入っていくぞ?」
「私の進行方向ですか?」
「それは違うけど……でも、あの方向には誰かいる気がする」
「帰還予定時間まではまだ余裕があります。様子を見にいきますか? 」
「ああ!」
一輝が小型飛空艇の舵をきる。
「おまえ、なかなかやるな!」
浅めに被った学帽が脱げかけるのを手で押さえ、ひるがえるスカートも気にせず、後方を見ながら木々の間をターザンの様に、片手で木のツルを掴んで華麗に飛び跳ねて行くのは、学ラン姿の姫宮 和希(ひめみや・かずき)、彼女もまた食料調達員である。
「ヴヴィーーッ!!!」
その後ろを雄叫びと共に木々を巨体で薙ぎ倒し突進する白い大巨獣。通称、『白い巨豚』と言われる大柄の豚である。
「まいったぜ……第一の作戦がこうもあっさり失敗するなんて……おわっっとぉ!!!」
跳躍した際に大木の幹に真正面から当たりそうになるのを回避する和希。
和希が白い巨豚と出会ったのは、数刻前に遡る。
得意のサバイバル経験を生かした和希は、森の付近の大荒野でトレジャーセンスを用い、その獲物を探していた。
「(いた……!!)」
崖の傍に身を隠した和希の近くを、ノシノシと巨体をゆらして登場する巨豚。
「(急所は首元……おまえに恨みはないけど、仲間のため、狩るぜ!!)」
先の先で先手を取った和希が、軽身功で一気果敢に豚に襲いかかる。
「ドラゴンアーツの怪力でKOしてやるぜ!」
と、素早く死角からアクロバティックに攻撃したはいいものの……その体重差が百数十倍はあろうという巨体を誇る巨獣である。
「ドムゥ!!」
ドラゴンアーツを生かした和希の首元への一撃は、分厚いゴムに弾かれるかの如く、その本来の威力が出せなかった。
つまり……怯ませはしたものの、そこを更に追撃したため、逆に怒りで追いかけられる今の状態になっていたのだ。
「大丈夫! まだ……次の作戦がある!!」
森を走る和希。しかし、二足歩行の人間と四足歩行の獣。距離はやはりみるみるうちに縮まっていく。
「ヴヒィィィイーーッ!!」
巨豚が和希に近づく。
「くっ……速い!!」
「ダダダダダッ!!」という音が聞こえ、巨豚が一瞬怯む。
「!?」
「おい、おまえ! 何してる、早く逃げろ!!」
声が上空から響き、和希が見上げる、
すると、木々の間に小型飛空艇をホバリングさせた一輝が機銃で弾幕援護をしていた。
ちなみに一輝の飛空艇は改造した飛空艇で、助手席を取り外してそこに機銃を固定する銃座を設置したタイプである。後ろ向きで射撃するので操縦しながらの射撃は出来ないが、銃座が中心に来て重心が安定しているので、地上と変わらず安定した射撃が出来るシロモノである。一輝でなければ、「本当、戦場はじごくだぜ! ヒャッハー!!」的な気分にもなるのであろう。
「倒した……?」
「これくらいで倒せるものか! ただの目眩ましに過ぎない!」
和希が一輝に首を振る。
「駄目だ……俺、アイツを倒さなきゃならないんだ」
「ただの食料調達員だろう? 命をかけてすることじゃ……」
「違うッ!!」
「?」
「仲間……仲間のためなんだッ!!!」
和希の声が森に響く。
「倒せる自信があるのか? 俺は今の援護で精一杯だぞ?」
一輝が連射する機銃の弾薬がどんどん減っていく。
「ある! トラッパーで仕掛けた落とし穴に追い込む作戦だ!!」
「手伝うか……ローザ! 話は聞いたな!!」
残弾を見ながら、銃型HCに叫ぶ一輝。
「ええ……落とし穴のポイントまでこちらでルートを割り出しますわ。一輝にすぐ送るから、それまでその子を連れて巨獣相手に逃げてくださいます?」
「言わずもがなだ!! 乗れ!!」
小型飛空艇を降下させて和希を呼び込む一輝。
丁度その時、機銃の弾薬が切れて、巨豚が再び突進を始める。
「行くぜッ!!」
「助かるッ!!」
こうして、チェイスが始まった。
そして、ローザが和希からの連絡を受けて割り出した落とし穴ポイントは、あの食料調達員達がいるすぐ近くであった。
「何か……地響きしない?」
苗床状態から復活したエリヌースが朔に尋ねる。
「……本当だ」
「こっちにくるわね」
アテフェフが優雅に呟く。
「えぇぇっ!?」
みすみが声をあげる。多分、彼女のせいである事は一同の誰もがわかったが、敢えて言わなかった。
森の中を、こちらに向かって爆走する和希を乗せた一輝の小型飛空艇が見える。
その後方を、木々を薙ぎ倒し、突進する巨獣。
「流石に、あの大きさは私の糸でも無理ですね」
と、真言が呟く。
「私達も逃げなきゃ!」
歩夢が駆け出そうとすると、
「あ、待って! まだ付いてた!」
「……えっ!?」
アゾートの顔が歩夢の視界一杯に見え、
「ペロッ」
アゾートに口のすぐ側の蜂蜜を、口で吸われた歩夢が頭からぷしゅーと湯気を立てる。
「(はうう……少し場所がずれてたらキスだった……)」
「ほら、歩夢!」
アゾートがすっかり放心状態の歩夢の手を引っ張る。
「う、うん!」
先ほどまでとは逆に、アゾートに手を引かれる歩夢。
「レヴィシュタール! クェイルは!?」
「ここから離れたところに停めたであろう?」
ロアとレヴィシュタールが言い合いし、彼らの結論は一つにまとまる。
「「「逃げろぉぉーーーッ!!!」」」
一同が蜘蛛の子を散らすように退避した後、そこを一輝の小型飛空艇が通過し、巨豚が爆走し……。
―――ズズゥゥゥーーンッ!!!
巨豚の巨体がクレーターの様に空いた大穴へと落ちて行く。
「やったッ!!!」
和希が声を弾ませる中、退避した一同が恐る恐る大穴へと様子を見に集まってくる。
「チィ……俺のよりデカイな!!」
ロアが悔しがる中、レヴィシュタールが一旦しまった肉切り包丁を持つ。
「今度こそ、私の出番のようだな」
「あれ? 切ちゃんは?」
歩夢が見渡すと、ペシャンコになった切が地面に大の字になっていた。
そこに、ローザがトラックを乗りつける。
「一輝。無事なの?」
「ああ……なんとかな」
と、一輝が一同を見渡し、
「また随分収穫したもんだな」
「ボクらが頑張ったからね!」
アゾートが笑う。
「戻る場所は一緒なんだ。帰りは俺たちのトラックに乗って行けよ?」
「いいの?」
「ああ。お安い御用だ」
トラックから降りたローザが目を回す巨豚を見る。
「また……随分大きなエモノですわね。トラックに積めませんわよ?」
「あ……」
「問題ないぜ」
と、ロアが言う。
「これは俺たちのイコンで運ぶよ」
和希が巨豚を見て、満足そうに頷く。
「豚は夏バテにも効くらしいし、ヘルシーらしいぜ! 俺は少しでいいから、残りは集まったみんなで食べようぜ!!」
「「「おおおぉぉーー!!」」」
夕日に照らされた食料調達員達が歓声をあげる。
「あ……でも」
和希が「あちゃー」といった顔で頭を抱える。
「どうした?」
「約束のお届け時間に間に合わせるって事、すっかり忘れてたぁぁーーっ!!」
「じゃ、早く蒼木屋に戻りませんとね?」
と、ローザがトラックへと戻っていく。
「さて、貴公達……これから肉をさばくが……」
レヴィシュタールの赤い瞳が光る。
「私は血など慣れているから良いが、社会勉強だと思って見ていくか?」
レヴィシュタールの言葉に、ロアを除く一同は慌ててローザのトラックへと走っていくのであった。