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冒険者の酒場ライフ

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冒険者の酒場ライフ

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「あんまり長くないやん」
 カノコが腕組みをしてヨルを見る。既にゲイルは次の料理を運んで行った。
「そうかな? とにかく、例のオーダーはMドリンクでお願いね?」
「ややこしいなぁ。まるでカルタやわ」
「カルタ?」
「せや。怪しい客相手やったらミル……で、即座に注文を変更するんやろ? そのミルクレープやったり……」
と、カルタをバシンッとはじき飛ばすような動作をしてみせるカノコ。
クルミタルトって手もあるよ?」
「……同じやん」
「あとはバカ丁寧に対応して、場違いだと察してもらおう。酒場でも迷惑客はお断りだよ」
「それは認めるわ。どちらにしてもカノコは調理は全然向いてへんし、店員しか無理やもん。やるなら楽しく仕事したいわ」
「ボクも料理はあんまり上手くないんだ。一緒だね?」
 カノコの傍では先ほどまでお座りしていたオグラさんが、どっしりと床に寝そべっていた。
 そこに、ドドドドっと走りこんできた、同じく店員の八塚 くらら(やつか・くらら)が膝に手をつき、ゼィゼィと息を整える。
「聞かなくても、何か大変な目にあったのわかるよ。くらら……」
 ヨルが、くららの金色の瞳が涙目になっている事に気付いて、そっとその肩に手を置く。
「ヨルさん。あり得ないですわ、このミルクの注文量は……」
「頼んだ奴おったんや?」
 カノコを見たくららが首を振る。
「通りかかったゲイルさんが、即座に「Mドリンクですね?」とか……声を張り上げて下さったんで助かりましたわ」
「くららは、明るく接客していたから、絡まれそうにないと思うんだけど……」
「私も、そう思っていましたわ」
と、くららが遠い目をする。
 ヨルの言う通り、くららの挨拶は好評であった。
 お客が店に入ってきたら、彼女は食器を下げたり、注文を取りに行く時等、どんな時でも、「いらっしゃいませ!」と言っていたし、お客が店を出るときにも「ありがとうございました!」と、きちんと明るく、笑顔ではっきりと声を出していた。
 もちろん、それは注文を取りに行く時でも同じである。
 『目指せ、酒場の良い笑顔大賞』みたいなノリすら感じるくららの笑顔満点の接客は、密かに好評であり、この蒼木屋のイメージアップにも繋がっていた。

「私は、なるべくお客様に満足していただけたら嬉しいですねー、と思ってお仕事していたんですけど……まさか、ミルクなんて……」
「気にしたらアカンで。どこにでもゴンタクレはおる」
 気を落とすくららをカノコが励ます。
「ところで……Mドリンクて何ですか?」
「うーん、そうか。店員の間でも決めておかないと駄目なんだね」
と、ヨルがくららに説明しようとした、その瞬間であった。

「こんばんわー。ミルクください♪」

 店内に不気味なほどの静寂が訪れる。
 天井で回る四枚羽の送風機の音すら響く。
「……誰が、今……て、あれれ? あの人は!?」
「あーあ……言っちゃった……え?」
「そろそろ、ライフルの出番やろか……ん? なんでやねん!!」
 禁断の注文をした人物を見て、くらら、ヨル、カノコが目を丸くし、各々の声を出す。
 そう、敵は身内にいたのである。
 注文をした人物は、静寂に包まれた店内を、黒い三つ編みのおさげ髪を揺らし闊歩する。

 ギシッと音を立て、近くにテーブルに座り、頬杖をつく人物。
「ん? 何か、私に用?」
 沈黙する周囲を見回して笑う少女。
 彼女こそ、蒼木屋の店内警備員をしていた伏見 明子(ふしみ・めいこ)である。

「冒険者がミルクだぁ? お家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」
「ミルクってのは、俺のミルクか!」
「ミルクあるのかよ! じゃあ俺もミルクだ!!」
「バカ言え!! オイラが先に頼むんだ!!」
「テメェ、何言ってやがる? ぶっ殺されたいのか!?」
「アァッ!? 何なら今ここでやってやるっての!!」

 静寂の後、あちこちから声と椅子から立ち上がる音が上がり、店内に雄々しい喧騒模様が広がっていった……。