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●先約済みとのこと

 一巡りして静香の元に戻ったラズィーヤは、そこに見慣れた顔を目にした。
 他校生ながら友人、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)である。
「おいでになって下さいましたか」
「ああ。せっかくのお招きだしな」
 イーオンは片手を上げた。紫紺の袖が揺れる。和服だ。帯が雷光色なのがアクセント、体型にもぴったりと合った姿であった。同席のルドルフや、貫禄の鋭鋒にも劣らぬ立派な姿だ。
「和装を持っていなかったので、これを機に新調した。なに、ちょうど欲しいと思っていたところだ。フィーネにもな」
 するとフィーネが立ち上がった。
「この着物はイーオンが選んでくれたものだ。良いだろう」
 普段はドレスしか召さないので、新鮮な着心地にフィーネは上機嫌らしい。しかし、と彼女は襟元に手をやりつつ言い加えた。
「だが、胸が大きいと少々崩れるのがいけない」
 そして、チラチラとイーオンのほうを見つつにやりとするのだ。ところがイーオンは彼女のそういった言動に慣れているのか、実に平然としていた。
「お二人ともよくお似合いですわよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。ただ……」と、イーオンは苦笑気味に告げた。「着る際、少々苦労したことだけは恥ずかしながら告白しておこう」
「うん、二時間ほどかかったぞ。イーオンが手伝ってくれなければもっとかかったかもしれん」
 さらりと明かすフィーネに、さすがにこれはいくらか困惑したかイーオンは咳き込んでいた。
 そのまま茶を点て、出された菓子を楽しみつつ彼は、二本のかんざしを取り出していた。いずれも精巧な作りの一品だ。うす桃色と濃い朱色、ともに珊瑚のかんざしだった。
「ちょっとした手土産だ。こっちの薄い色はラズィーヤに。濃いほうは静香に進呈したい」
 二人に手渡す。感謝してラズィーヤはこれをしまい、静香はすぐに髪にさしてみた。
 天然ものである珊瑚の色は、秋の陽に照らされてより輝く。まさしくそれは海中の神秘といえよう。
「日本の装飾品は美しいな。味わい深く、ふとした瞬間に気づかせる華やかさがある」
 ここまで告げてさらりと、こうイーオンは付け加えるのを忘れなかった。
「まあ、本物の華の前では見劣りするかもしれんが」
「お上手ですこと」
 ラズィーヤは軽やかに、そして、
「華って僕のこと!? やだなぁ、そんな、照れるよ」
 静香は実に静香らしく照れつつ、その言葉を受け取った。
 ところがそんな二人になにやら不安を感じたか、
「顔だけはいい男だが、イーオンはやらんぞ。先約済みだ」
 と、肘で彼をつつきつつ、フィーネがぐいと身を乗り出したので、皆、笑ってしまった。