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●支え合うということ

「こんにちは」
 と、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)桜井 静香(さくらい・しずか)ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の両名に挨拶した。
「いい天気になって良かったね」
「うん。今日はよろしく」
 さあ、座って座って、と、静香はアゾート、そして、彼女と同行してきた白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)を手招きするのだった。
 本日は静香、ラズィーヤ、両名とも和服なのだ。桜色した静香の着物には雲がたなびき、翠のラズィーヤの召し物は穏便なデザインだが、その分、細密画のような帯が目に鮮やかである。和服は歩夢たちも同様で、アゾートは野紺菊を散らした紺色、歩夢はもみじをあしらった楓色の着物に袖を通していた。
「可愛い着物姿ですわね。よくお似合いですこと」
 ラズィーヤが褒めると、
「ありがとう。歩夢が着せてくれたんだよ」
 アゾートは嬉しそうに返答した。一方、歩夢は照れたように、
「私、普段から和服だから……」
 と答えて頬を染めた。
 自分が褒められたことよりも、アゾートに喜んでもらえたことのほうが嬉しい。本当に、アゾートは何を着せても似合うが、和服がこんなに合うとは思っていなかった。まるで人形のよう――歩夢はあふれそうになる想いを胸にしまった。この鼓動の高鳴りも、どうか聞こえていませんように。
 静香が主側、歩夢たちは客側にちょこんと座った。膝と膝が触れあいそうなほど近く座して、歩夢の心臓はまたドキドキするのである。
(「まだこのドキドキの理由も気持ちも、伝えられてないけれど……」)
 心の中でごめんね、と手を合わせつつ、歩夢はアゾートに語った。
「茶道には一期一会って言葉もあって……人との出会いを一生に一度のものと思い、相手に対し最善を尽くす、って精神を大事にするんだって」
「一期一会、ね。うん、こんな機会、もうないかもしれないもんね。ボク、しっかり『お茶』していきたいな」
 アゾートの言葉にうなずきながらも、同時に歩夢は自身に問いかけるのだった。
(「私はアゾートちゃんに最善の事ができてるのかな……」)
 だからつい、色々と気を配ってしまう。今日の歩夢は、アゾートの一挙一動をずっと気にしていた。
「茶道では皆との一体感を大事にする為、回し飲みする場合もあるけど大丈夫かな……?」
「郷に入っては郷に従え、ってね。いいと思うよ」
 そう言ってアゾートは、歩夢からの茶入を受け取った。ほのかな薔薇色した唇が、薄茶の茶器の縁に近づく。
「あっ……」
 声を上げそうになり、歩夢は慌てて口をつぐんだ。
 本当は器を回転すべき所だが、アゾートの唇はそのまま、歩夢と同じ飲み口に触れたのだった。
(「間接……キス……」)
 困った。ハートがまるでドラムソロだ。今日は心臓が躍って仕方がない歩夢なのだ。
 かくて一通り、談笑がすむ頃、
「料理のほうにも呼ばれているから」
 と早めに席を立ったアゾートはふらりとよろめいた。慣れぬ正座で足が痺れたものらしい。
 歩夢にとって少々の正座はなんともない。歩夢は反射的に立って彼女を支えた。
「大丈夫!?」
「あたた……、ちょっと足がじんじんするよ。ありがと」
 そのときそっと、「私こそ、アゾートちゃんにお礼を言いたかったんだよ」と、歩夢は告げていた。
 同時に、言うつもりではなかった言葉がするすると口から滑り出していた。
「あのね……七夕の時言えなかったけど……ありがとう。私……アゾートちゃんを支えてるつもりが、私もまた支えられてたんだなって……」
「それでいいと思う」アゾートは、ひなたに出た猫のように眼を細めた。「お互い、支えあうのが友達ってものだよ」
 うん、と歩夢はアゾートに顔を寄せた。
「だから、アゾートちゃんも辛いときは、私を頼ってくれていい、から……」
 そうするよ、と、アゾートも自分から顔を寄せて歩夢に告げた。
 そんな二人を眺めつつ、
(「仲むつまじくてうらやましいくらいだね」)
 と、静香はなんだか嬉しそうな顔をしていた。